12-31 Sun , 2017
来年のことを話しても鬼が笑わない
それは一体いつ頃からなのだろうか、とふと考えたりして。
感覚的には10月くらいですかね。2ヶ月後くらいの話は普通にするかな。

とはいえ、わたし自身は去年もそうだったけどまったく年末な感じがしない。
明日から新しい年が始まるという実感がない。

正月の準備などまったくしていない。
昨日も今日も明日も明後日も同じ一日。
(ただし、明日、明後日は生きてるかどうかは分からない。未来のことは誰にも分からない)

まぁこの世の中にはそんな感じの人もいていいんじゃないですかね?

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とーとつだけど、昨日の晩の月。

満月ではありませんでした。
15:41 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-29 Fri , 2017
サンタは大阪に来なかった
Googleで12月24日、「サンタを追いかけよう」って企画みたいなのをやっている。わたしが発見したのは去年からなんだけど、確か去年も今年も12月24日の日本時間19時ごろだったか、北極にあるというサンタ村を出発して、そこから丸1日以上かけて世界一周してプレゼントを配りまくる、というヤツ。

わたしはなんかこれを見るのが好きで、去年も今年もサンタが日本に来てプレゼントを配りまくる様子を見ていた。

各国を縦横無尽に移動しまくるサンタなんだけど、これがものすごい非効率的な回り方で、カムチャツカ半島まで配り終えた後、なぜか急激に南下し、オーストラリア大陸まで行っちゃうのだ。そこから北上して日本はまず、沖縄からサンタがやってくる。これがだいたい日本時間で24日22時から23時くらい、だったかな?

で、日本の各地にサンタがプレゼントを配るのだが、これがまたとてもよく分からない都市に配る。

沖縄→神戸→京都→名古屋→富士山→綾瀬→横浜→東京→仙台

メモ取ってないのでもしかしたらいくつか覚えてないところがあるかも知れないけど、こんな感じ。確か去年もプレゼントを配った都市は同じだった。

これを見ると分かるように、日本第2の都市、大阪にはサンタは来ない。なぜ神戸に行って京都に行くのに、大阪には来ないのか謎。また、わざわざ富士山にプレゼントを配りに行くのだが、富士山ってわざわざプレゼント配りに行くほど人がいるのか??確かに日本一高い山だけどさ。。そして、綾瀬という「え、なんでここが?」ってところが入ってるのも謎。だったんだが、綾瀬は多分、ここに米軍厚木基地があるからだろうと思われる。なんてったって、Googleはアメリカの企業だしね。沖縄も多分そうなんだろう。でも調べてみると厚木基地はこの綾瀬市と大和市と海老名市の3市にまたがってるそうだから、なぜこの中で綾瀬市が選ばれたのかはよく分からない。もしかすると綾瀬市における面積が一番大きいのかも知れない。調べてないけど。

そしてサンタは仙台に行った後、進路を西に変えて朝鮮半島の方に行く(確か)。北海道は無視される。なんかとっても理不尽なサンタのルート。。

で、サンタがプレゼントを配り終えるのはいつか。去年は気が付いたらなくなってたけど、今年は最後の方はずーっと見ていた。日本時間の12月25日の朝はヨーロッパでプレゼントを配っていた。その後アフリカ大陸を回って、夜にやっとアメリカ大陸に行った。そしてカナダに行き、アラスカ半島に行き、いよいよ帰るのかと思ったら、いきなり南下してハワイ諸島に。ハワイ諸島でサンタは「なんでこんな!?」って思うほど丁寧にプレゼントを配りまくっていた(全然知らない町の名前がたくさん)。多分ハワイも米軍基地がたくさんあるからなんだろうと推測。

そして、ハワイ諸島でプレゼントを配り終えた後、サンタは一気に北極にあるサンタ村まで北上し帰って行く。これがだいたい日本時間で25日20時少し前くらい。

丸1日配ったプレゼントの数は、確か70億6527万いくつかだったような、、、これもメモを取ってなかったのでうろ覚えの数字だが。ただこの数字を見ると、サンタは全世界の人にプレゼントを配りましたよってことなんだろうかと思う。

というか、この数字は宗教の違う、例えばイスラム教の人だったり仏教の人だったり何も信じてない人だったりにも配ってることを意味していて、これを見るととっても傲慢でいやな感じがするのよね。。イスラム諸国を回るのは、いつも日本時間24日深夜から25日にかけてらしく、わたしが25日の朝に起きるともうすべて回った後なので、サンタが配る様子を見ることはないのだけど、こういう傲慢さがイスラム諸国にとってアメリカをいや~なイメージにしてるんだろうなと思ったりもするのよね。もちろん、サンタのこれが直接的にどうこうというわけではなく、こういう姿勢が多方面にも現れてるんだろうなと思うのよね。

というわけで、見るたびになんか複雑な思いがする「サンタを追いかけよう」って企画だが、多分、来年も12月になったらそんなことすっかり忘れてて「おお、今年もこれやるのか」って思ってみちゃうんだろうな。今年もそうだったからな。

ちなみにずっと見ていると、裏で流れている音楽が頭について離れません。24日の夜から既に4日経った今でも、あの音楽はわたしの頭の中で鳴り続けている(^^;
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12-28 Thu , 2017
惜しい人
確か1年前の今ごろ、ジョージ・マイケルが死んだ!ってびっくりしてた頃だ。

そして今年亡くなった人の中で。

一番ショックだったのは、エンケンこと遠藤賢司が亡くなったこと。確か実習中だったのであまり関連するニュースも見れなかったのだが。

数年前に確かガンだって公表したよな、と思って今年に入ってからWikipediaのエンケンのページを見たりしたことがあったんだけど、ガンを公表したという記述が全くなくて「あれ?気のせいだったかなあ?」って思ってたんだよね。それが、確か体調不良ということでライブが中止になったんだっけ。そのすぐ後でしたよね、亡くなったのは。。そしてこれはいつ頃だったのか詳しく覚えてないけど、ガンを公表した後に「今度は頑張れって言って欲しいとエンケンが言ってる」というのを読んで、さすがにエンケンも苦しいんだなあと思った記憶があるのだが、今、その記述はどこにあったのか探しても出てこない。もしかして、これはわたしの記憶違いか、ニュースのミスリードだったかも知れない。なんせ、エンケン、まだ亡くなってないのに「亡くなった」って情報が先に出て来たというミスリードもあったそうだし。

「頑張れって言って欲しい」というのは、もちろん、エンケンの「不滅の男」の中で「頑張れよなんて言うんじゃないよ 俺はいつでも最高なのさ」という歌詞に対してのことで、だからこそ「ああ、エンケンはそれほど苦しいんだなあ」って思ったのだが、でももしかしたら、そういうときでも別に頑張れよなんて言って欲しいと思ってなかったんじゃないかなって、今さらながら残されたエンケンのブログを読んだりしてそう思ったりしている。

ただわたしはエンケンの大ファンってわけじゃない。持ってるCDはたったの3枚だし、あっ、シングルCD含めると4枚か。そして結局1回も本人のライブには行かなかった。だから「生エンケン」は見たことがない。

なんでエンケン聴き始めたのかな~って考えると、確か'80年代の終わりか’90年代の初めかに、エンケンの「東京ワッショイ」と「宇宙防衛軍」がCDで再販されて。その当時、わたしは「東京」へのこだわりがものすごい強くて。東京っていうものは一体何なんだろう?って考えてた時期でもあって、東京タワーにも何度ものぼったし。なので曲の名前に「東京」が付くものを探していたことがあった。エンケンと出会ったのはそれがきっかけ。あとは、自分が聴いてたパール兄弟周辺にいた人だからってのもある(この言い方はエンケンに対しては失礼なんだけど、わたしとエンケンよりパール兄弟のメンバーの方が年代的に近かったので仕方がない)。1枚だけ持ってるシングルCDは「エンケンのミッチー音頭」ってヤツだけど、このコーラスにサエキけんぞうが出演してたりするし。そういえば、ミッチー音頭の青山ミチさんも去年だったかお亡くなりになったんですよね(後で調べてみたら、今年の初めだった)。わたし、この人のこともこのエンケンのミッチー音頭でしか知らない。だいたいわたしの好む音楽って、'70年代くらいのものも多く、その曲がリアルタイムで歌われてた時期には生まれてたけど記憶がほとんどないときなので、その歌が歌われてた当時、その曲がどのように評価されてたかとか、その当時歌ってた人はどうだったのか、みたいなことは全く知らなくて。'80年代後半~'90年代前半のことなので、今のようにネットですぐに検索したら何かが出てくるってわけでもなかったしね。だからわたしは純粋にその曲のこと、しか知らないのだ。

そしてわたし自身の音楽の聞き方、というのは、ジャンルがなんであるかは全く気にしないというか、自分が聴いている曲がなんのジャンルに属しているかと言うことについては全く興味がない。気に入った曲が好きな曲、というだけだ。それ以外のことは考えたことはない。なので、わたしは今までエンケンの曲を繰り返し聞いてても「これはどういうジャンルの曲かな?」なんて考えたこともなかった。でもよく考えてみたら、この人自身の音楽性って広いジャンルを持ってた人だったのよね。フォークっぽかったり、ロックっぽかったり。ただわたしが好むのは、日本民族っぽい音楽というか、そういうと雅楽とかそういう古来の音楽かなと思われるかも知れないが、わたしが好きなのはそうじゃなく、音頭とか、なんというか、ガチャガチャした音楽の中にかけ声かなんかが入ってる音楽が好きなのよね。あとはネオ歌謡曲。ネオ歌謡曲というジャンルは多分ない。そんなものができるまえに歌謡曲はどっかに行っちゃった。ネオ歌謡曲をやってた近田春夫が大好物だったのだが、これを知ったときは近田春夫自身、もうパンク?ラップ?の方に行ったあとだった。なのでわたしはいつも「ああ、なんであと10年早く生まれてこなかったのだ」と思っていた。

話が逸れたが。

まあそういうことで、「東京ワッショイ」という名に惹かれてエンケンのCDを買ったわけだが、このCDは好きだった。「東京退屈男」の、音調は純日本風なんだけど、電子音楽っぽくもあり、ちょっと変な雰囲気から始まるこのCD。「東京ワッショイ」の中にある東京への変な肯定感が好きだった。東京ってところは東京出身者にとって故郷と成り得る存在なのか。当時そんなことを考えてたわたしは、このエンケンの「東京ワッショイ」の「東京」という感じではない東京を感じながら「好きさ東京 おお我が街 おお我が友 トゥリョト トトトトトトトト 東京!東京!東京!」ってCDを聴きながら気持ちを高ぶらせたりしていた。「続東京ワッショイ」は「東京だよ おっかさん」だからさ、ちょっと古めかしいセリフがあって好きだった。「ホームランだよ 後楽園」って、わたしが聴いてたその当時は既に後楽園はなくなって東京ドームになってたりしてたから。

それから「不滅の男」。この曲はマッチョな感じの歌詞なので、本来、あんまり好きではない曲なのだが、結構好きだった。この曲の中で歌われてる「男」とかはどうでもよかったので、わたしはカラオケで「男」の部分を「女」に変えて歌ったりしたこともあった。「俺」という言葉は言い換えができないのでちょっと違和感ありますがね。。

♪まるであいつは 勝ち誇ったように
ついに この俺に こう言ったぜ
「おい お前も頑張れよ」って冗談じゃないぜ馬鹿野郎
そうすりゃ お前みたいになれるのかいお前はお前 俺は俺
頑張れよなんて 言うんじゃないよ
俺はいつでも 最高なのさ

まぁこの曲の間奏の「きゃーきゃー」いう女の人の歓声は笑えるけどね。「K・E・NJI」ってかけ声も。。
でもわたしもこの歌を歌いながら、気力を奮い起こしてたのは確かですよ。。その結果うつになりましたけどね(笑)

わたしの持っている「東京ワッショイ」のCDには、ボーナストラックとして「ミスター・タンブリン・マン」と「終わりの来る前に」という曲が入っている。これがわたしはすごく好きでね。

♪周りで何か言ってるけど それは誰のことでもないさ
そのうちわかるさ 空には垣根なんかないもの

これは「ミスター・タンブリン・マン」の歌詞。あ。当然のことながら、本家本元のボブ・ディランの「Mr. Tambourine Man」は聴いたことがありません。こんな歌詞なのかどうかもよく知らん。それから「終わりの来る前に」。実はエンケンの歌の中ではこの曲がわたしは一番好きだったりする。なんかこのCDに入ってるのは8分以上あって、途中ハウリングしたりなんだかよく分からない音がたくさん入ったよく分からない状態の曲なのだが、なんだかこれがとても好きだ。

♪ねえアイスクリームをくれないか
頭の先まで凍るような
ねえなんか言葉をくれないか
頭の先をぶっとばすような
なんでもいい なんでもいい 本当にくれるなら
ねえお酒を飲まないか
頭の先まで燃えるような

これはわたしの持っている「黎明期ライヴ」の中にも入ってるんだけど(こちらの方は10分以上!)、これと「東京ワッショイ」に入ってる「終わりの来る前に」は同じものみたいです。なんで「黎明期ライヴ」の方が2分長いのかというと、前振りが2分長いから。「どうせこの世の二人では 花の咲かない枯れすすき」という「昭和の枯れすすき」みたいな歌詞が入ってる。(「東京ワッショイ」の方は「さあ電気を消せ」から)

「哀愁の東京タワー」は「東京ワッショイ」のCDにも、「宇宙防衛軍」のCDにも入っているが、わたしは「宇宙防衛軍」の方が好き。「宇宙防衛軍」のCDの方が楽曲としては整っている感じがして、歌がとても歌っぽい(という表現していいのだろうか?でも多分これが面白くない!って人もいるんだろうね)。てか、今CDの歌詞カード見たら、この「哀愁の東京タワー」の女の人の声は、平山三紀だったのか!!この曲、「東京ワッショイ」ではエンケン1人で歌っていたが、「宇宙防衛軍」ではデュエット曲になっている。

上にも書いたが、一時期東京タワーはわたしのとても気になる場所だった。大学が東京タワーの比較的近くにあったので、大学から何回も歩いていったこともある。夜の東京タワーを見ながら、「哀愁の東京タワー」を思い出したこともあったな。

♪そっと 君の肩 抱き寄せ
そっと あなたに寄り添えば
東京タワーの 赤い灯が

ちなみに平山みきの「鬼ヶ島」というアルバムはわたしの好きなCDの中でもかなり上位に入ってる。セールス的には全然だったそうだが。。モロわたし好みの曲が多数。というのは、これは近田春夫が大いに関わっていたからで。そういう意味でも「あの頃」の近田春夫のプロデュースする曲って、ホントわたし好みの曲だったんだよなあ~。しかしそっか~、これは平山三紀の声だったのか。全然分からなかった。

エンケンといえば、代表曲は「カレーライス」とかなんだそうだが、わたしはホント、この前後のエンケンの曲って全く聴こうとも思ってなかったので、そんなに印象深くない。「黎明期ライヴ」の中に入ってて、全く知らないというわけではないのだけど、あんまりピンと来なかった。わたしが「東京ワッショイ」と「宇宙防衛軍」のCDを何回も何回も繰り返し死ぬほど聴いたのは、その後の「夢よ叫べ」なんかを出す前で、ほとんど新曲を出してない頃だった。ライブ活動は活発にやってたらしいんだけどねえ、、

もう一つエンケンの代名詞みたいになってる「不滅の男」なんだけれども。「不滅の男」のイメージが強いから、エンケンってマッチョなのか?と思うとそうでもなく。猫が随所に出てきて、にゃ~ん、とか。それこそ「カレーライス」にも出てくるよね、猫。そしてすっごい繊細な心細そうな声をしてて。多分、本当はすごい繊細な人だったんじゃないかな~なんて想像したりする。本当にマッチョだけな人は心細そうな声は出せないけど、心細そうな人は無理すればマッチョになれるからね。それこそ「俺は不滅の男だ!」ってわざと心を奮い立たせるようなね。確かこないだ、エンケンのブログを見たときにスケッチブックに「いつもそばにいるよ」という付箋だったかが貼ってある画像が載ってたのを見て、ああ、エンケンってこういう人だったのだよね、と思った。

結局一回もライブに行くことはなかったけど、どんな感じだったのかなと思ったりもする。存在感バッチリの人だったんだろうか。存在感バッチリというと思い出すのは、パール兄弟のライブにゲストで来てたかまやつひろし(ムッシュかまやつ)なんだが、あの人はすごかった。パール兄弟のライブだったのに、わたしはかまやつひろしに目が釘付けになったもん。それくらい存在感があった。「わー、このおっちゃん、すげーなー」って思ったもん。そういえばそのかまやつひろしも今年、亡くなったんだったっけか。でもわたしはこの人自体の音楽はエンケンとは逆で聴かなかった。なのでただそのライブでの存在感のみが記憶に残っている。あー、かまやつひろしももういないんだな~、、あの人の笑顔はなんだか好きだったよ。

しかし「終わりの来る前に」の終わりって一体何なんだろうね。
死を持って「終わり」とするのか。
それとも精神崩壊か。
いや世界の終末期なのか。
それ以外に何か「終わり」があるのか。

♪どうせ一緒に なれないのなら心中しよう
でも さらしものに ならないよう
何かでああ何かで バラバラにしよう
首のない ビーナスの下で アレをしよう
首のない ビーナスの下で 誰でも抱こう
終わりの 来る 前に
終わりの終わりの終わりの来る前に

つい先日、エンケンのことを調べてたら、25日に発売のユリイカがエンケンの特集だというのを知って、ユリイカ買っちゃった。

多分これでわたしは今まで知らなかった「遠藤賢司」をたくさん知ることになるんだろうな。
で、「ああ、惜しい人を亡くした」って思うのだろうな。。
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12-26 Tue , 2017
悲しいというかなんと言うか
自転車のブレーキが両方効かなくなったので危ないと思って自転車屋さんに行ったら、「これ、直すより新しく買い替えた方がいいですよ」と言われた。

ついに、言われてしまった。。

思い返すと今の自転車はかれこれ30年は乗っている。詳細な時期は覚えていないが、多分、大学に入ってすぐに今は亡き成城の無印良品で買った自転車。その後、わたしの移動に伴い、あっちこっちに連れてった。今でも思い出すのは、以前引っ越すときに、引っ越し屋さんに「自転車がある」と申告するのを忘れて置いて行かれて、仕方ないので引っ越し先まで約20キロだったか、車の行き交う国道を自転車でえっちらおっちら移動したこと。途中で雨が降りだしてえらいひどい目に遭ったこと。

物持ちはいいし、一つのものに愛着が湧くとずっとそれを使い続けるという習性があり、「新しく買い替えろ」と言われると無性に悲しい。まぁただ、ほとんど油も差さずに乗っていた自転車で、至る所で錆び付いてるから、ブレーキだけ新しくしても仕方がない、と言われるのは自業自得でもある。

あーでも悲しいし寂しいな~。

おそらく次の自転車を買うとすれば、それはわたしの人生において最後の自転車となるだろう。だって今の自転車、30年持ったんだもん。いくらわたしでも80まで自転車に乗ることはできまい。というか、80まで生きてるかどうかだって分からない。
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12-24 Sun , 2017
今年やった一番アホなこと
うちの最寄りの駅の近くには、何ヶ所か自転車置き場がある。

その中の一部を除いてほとんどは、自転車を止めたラックの番号を後から自動精算機に入力して清算する仕組みになっている。

わたしは止めたラックの番号を覚えることはそんなに苦ではなく、むしろ「どこの場所に自転車を止めたか」を記憶することが苦手だ。なのでいつも、自動精算機に番号を入力してお金を払った後に、その番号はどこにあったかを探すことになる。

その日も自転車置き場に自転車を止めた際、番号を見た。今でも覚えてるけど、28番だった。

数時間後、用事を済ませたあとに戻ってきて自動精算機の28番を押して、100円を入れた。で、28番のラックを探したら、自分の自転車じゃない自転車がそこにあった。焦った。「なんでなんでなんで。。。」って考えてみたら、置いた自転車置き場自体を間違ってることに気が付いた。

そう、わたしは自分の置いてない自転車置き場に行って、見も知らぬ誰かの自転車のためにお金を払ってしまったのだった。別の自転車置き場に行ったら、ちゃんと28番のところに自分の自転車が止めてあった。100円損した。

止めた自転車置き場の場所くらい覚えてろよ~って思うけど、それが案外自分にとっては難しい。あのときから「本当にここに自分は自転車を置いたのか?」を考えてからお金を払うようにしている。
10:42 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
12-22 Fri , 2017
実習総括レポート(案)提出
実習終了後1ヶ月を目途に提出しなければならない実習総括レポート(案)を実習担当の先生に提出した。
てか、実習終了後1ヶ月以内じゃなく、1ヶ月を目途なので、年末にかかるしちょっと伸ばしてくれないかな~って甘い期待を抱きつつ、先生に「正月になっちゃいますよね」と振ってみたところ、「うん、だから年内に出して」と(^^;

いや~、甘かったですね。逆に自分の首を絞めてしまった。

ただこっちも実習疲れがあるし、というのでしばらく何も考えない日が続いたところ、気が付いたら20日過ぎてたんで「やばい!」ということでようやく重い腰を上げて手を付けたという次第。まぁ分量がA4用紙2枚というちょー少ない分量だったので、そんなに時間もかからなかったんだけどね。てか数年前までは3枚だったみたいなのだが、今は2枚になったそうな。

しかしこれにて実習関係のものはすべて終了。あっ、今回出したのはあくまでも「案」なので、これがまた手直しされて戻ってくるわけですが。。まぁでも一からやり直しってわけじゃないだろうから、最初のたたき台だけ出せばなんとかなるのかなと言う感じで。

なので久々、気持ちが晴れ晴れしている(加えて今日は待ちに待った冬至で、明日からちょっとずつ昼間の時間が長くなると思うと気分がよい)。

で、本来なら第3学期のレポート1本は提出済みのはずが、実はまだ「現代社会と福祉」の教科書、2章までしか読んでない。。この教科書、結構分厚くて360ページくらいあるので、読み終わるまでまだまだかかりそう。しかも、このテーマ、今とても興味がある分野で、他の教科書のように分からなくても読み飛ばし~したくない。ただ、今期のレポートのテーマはどれもなんかめんどくさいことが分かってるので、さっさと1本目のレポートを書いてしまいたいという気持ちももちろんある。

うーん、でも、成り行きに任せてずるずると時間食うのは避けたい。

適当に目標期限を作っておかなきゃならないかも。
17:50 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-21 Thu , 2017
コーヒー中毒なのかなあ?
コーヒー中毒のイメージって一日に5杯も6杯も飲むってイメージなんだけど、わたしはもともと一日に2杯か3杯、たまーに「今日は飲みたいなあ」って思う日が4杯くらいで、そんなに多く飲んでるとは思ってない。

が、あるとき、今年のいつ頃だったっけな、5月か6月だと思うんだけど(確か胃の調子が悪くてコーヒーを飲む気にならなかった頃)、なんか頭痛いときがあって、そのときなぜか彼女から「コーヒー飲んでないんじゃない?」って言われて飲んでみたら、スッと頭痛がなくなったときがあって。「むむ?わたしはこれしか飲んでないのにコーヒー中毒なのか?毎日飲めてるうちは別に問題はないと思うけど、災害が起こったときとか、毎日飲めなくなったときに頭が痛くなったら困るぞ」と思って、それ以来、回数は減らしてないんだけど飲む量を半分くらいにして飲んでいる。

ので、今は一日に1杯か1杯半くらいなんだよね、せいぜい。朝カップ半分、夕飯食べた後にカップ半分、それに加えて飲むときは昼間にカップ半分。

ところがさ。わたしは今も漢方医院に通っているのだが、わたしが「朝起きたときに一番くしゃみとか鼻水鼻づまりがひどい」って言ったら「コーヒー飲んでませんか。一日にどのくらい飲んでますか」って聞かれて、「朝と晩にカップ半分飲むから、1杯くらいです」って言ったら、取り敢えず晩に飲む分減らせません?って言われたので、昨日は夕飯後は代わりにお茶飲んだのよ。まぁわたしはコーヒー好きなんだが、飲むなと言われると無理って答えるが、まぁ晩のみ減らすのは特にそこまでのこだわりはないので。

でさぁ。問題は今日の朝。なんかどーも頭が痛い。それも前頭葉全体が痛い。わたしの頭痛は大抵右か左かどちらかから始まることが多く、前頭葉全体が痛くなって始まる頭痛ってそんなに多くはない。しかも、前頭葉全体から始まる頭痛は急激にひどくなる頭痛のことが多い。が、それにしてはなんか変なんだよね。そこまで痛くないというか、なんか頭の前の方に重いものが埋まってるみたいな感じで、いつもみたいに目も開けられないみたいな頭痛ではない。

そして思い返すと、昨日の晩はコーヒーを飲んでない。

「まさか、コーヒー飲んでないから頭痛が来たの?」と思いつつ、朝、いつものようにカップ半分コーヒーを飲む。

しばらくすると重たいものが消え去った。ちょっと片側に移った感はあるのだが、それも気にしないでいたらそのうちなくなってしまった。

ということは、、あれはやっぱりコーヒー中毒による頭痛だったんだろうか??1日1杯しか飲まなくてもコーヒー中毒になるんだろうか?

コーヒー中毒の原因はカフェインと聞いた。が、それなら夜にお茶を飲むことは、カフェインを補充していることになるが、それは関係ないみたいだ。コーヒーの別の成分から来るコーヒー中毒ってあるんだろうか?
17:56 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-19 Tue , 2017
49歳はビミョーな年齢
最近、49歳ってビミョーな年齢だなと思う。

というのは、アンケートなどで「40代」のところに丸を付けるのが非常に申し訳ないような感じがするとて、50代に丸するのはねー、、いや、許されるならとっとと50代に丸したい気分なのだけど、もし万が一「じゃあ何歳ですか?」って聞かれたときに、「49です」って答えたらウソの年代を答えたことになるよなと。

しかし、29とか39を経験したことがあるのに、一体なぜ49で初めてこんな気持ちが湧き起こってきたのだろう?

って考えると、それはよく分からない。

ただ、40代は40から49までで、40代と答えると、40近辺を含むと言うことが、今のわたしには違和感があるのだと思う。

というのは、なぜか自分の中で「40歳と一緒にしないでよ」って気持ちがどこかにあるのだ。40のときの自分と49歳の現在の自分は、多分違う。この9年間に、わたしは自分なりにいろんなことを考えてきて、時には分からなすぎて涙を流したこともあったけど、それなりに自分が成長していると思っているからだろうと思う。

よく、「えー、60うん歳が40に?」みたいな「いかに実年齢から若く見られるか」という価値観しかないテレビCM(注:わたしが現在見てるのはケーブルテレビのみ)を見ることがあるが、60うん歳がなぜ40に見られて嬉しがってるのかちっとも分からない。だって、40に見られるってことは、40年しか生きてない、実際の20年分の経験がないように他人から見られてるってことじゃん。それってなんか悲しくないか?中身がぎっしりつまった60代に見える方が、人間として価値があるようにわたしは思えるのだけど??

でも多分、若く見られた方が絶対にいいって思ってる人(日本には多くいそう)は、そういうところに価値観を置いているのではなく、「見た目」が若ければ若いほどいいって価値観なんだろうね。そういう人は一体自分が何歳に見られたら納得するんだろう。20代?10代?って考えると気持ちが悪くならないのかな。

わたしは20代で物事の大半について、自分がどう思うか、どういう態度を取ればいいのかが分かった、と思っていた。これは前にも書いたと思うけど、「こういう事象にはA」「ああいう事象にはB」という一次的な観点でしかなかった。一次的というのは「こういう事象」と「ああいう事象」は無関係、ってことだ。ところがよくよく事象を捉え直してみると、「こういう事象」と「ああいう事象」は表面上は異なって見えるけれど、何か本質的な部分で共通しているところがあるんじゃないか?と思えるようなものもあるってことが次第に分かって来た。これまで点と点でしかなかった事象が、いろんな事象と関わり合って「面」みたいなものを作っているのではないか、と思うようになった。そして、「こういう事象」についてはAという結論を出し、「ああいう事象」にはBという結論を出したけど、これってちょっと矛盾してるんじゃないか、とか整合性が取れないものがあるとか、そんなことに気が付き始めた。そして現実はそんなに単純でないこと、様々な矛盾をはらんでいること、がやっと40代で分かるようになってきた。現実は矛盾をはらんでいて、どう考えればいいのか分からないことがあること、なぜこんな風になってしまうのだろうと考えても分からないことがあること、わたしの40代はほぼそういうことを考えてきたと言ってもいいんじゃないかと思う。

とすると、今後もしあと20年生きたとしたら、今捉えられている「面」が「立体」に思えるようになるときがあるのではないか?って思ったりもするんだよね。20代のときは傲慢にも「もうこれでいっぱしのことが考えられるようになった、これ以上考えることはないだろう」って思ってた。が、実は違った。となると、点が面に見えてきた今だって、もしかすると面が立体に見えるための発展途上なのかも知れない。だからわたしは20代のときみたいに「もうこの世の中分かってる」って顔はしない。何にせよ、今自分が考えていることは、今現在の自分が思ってること、将来どうなるかは分からない、ということでしかない。

50近くになってようやくこのような境地に達した。多分、こういう思いが40代に丸を付けるのに抵抗感がある理由なのではないかと思う。
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12-17 Sun , 2017
韓国地上波ドラマ初、同性愛者を扱った「美しき人生(인생은 아름다워)」
韓国地上波ドラマ初、と言えども、この作品はそんなに新しいものではない。このドラマは今から7年前、2010年に韓国で放映されたドラマだ。

で、わたしがこのドラマを初めて見たのは確か3年ほど前になる。3年前は朝鮮語を習ってて、その影響で「なんか面白い韓国ドラマがないかな~」って探してて、偶然この番組を見たのだ。確か最初見たのは8話だったと思うんだけど、8話まで物語が進んでいても、登場人物が結構多かった割には1話見ただけで誰と誰がどういう関係ってよく分かったので「見よっかな」と思ってたところ、これもたまたまそのチャンネルでこの番組の番組宣伝を見たときにちらっと「同性愛」って聞こえたので「えええ?」と思っていろいろ調べたら、このドラマは韓国の地上波ドラマでは初になる同性愛者を真正面から取り上げたドラマだってことが分かったのだ。それまではそういうドラマがあるとはつゆとも思ってなかった。韓流ドラマって日本でも結構流行ってると思うのだが、2010年のときにそういうドラマをやってる、ってことは全く情報が伝わってこなかったように思う。

で、録画して一通りDVDにも落としたのだが、それ以降見返すことがなくて忘れ去ってたのが、実習中に気分転換がしたくて、何かいい気分転換の材料はないか、、と思って思い浮かんだのがこれだった。全63話なので、実習中に全部見きれないだろうと思ったからだ(終わるとまた次の気分転換の材料を探すのがめんどくさかったから)。

3年ぶりに見返すと、1回目に見た内容はほとんど忘れてた(笑)

この作品は大家族の話で、その中の子どもの一人がゲイという設定なのだが、途中、カミングアウトするシーンなどもあり。でもなんせ、初めて親にカミングアウトするのが20話くらい、その後、40話以上続くわけだから、カミングアウト後の誰までカミングアウトするか(例えばおばあさんにはしないでおこう)、とか、弟が結婚する際にその配偶者になる人へのカミングアウト、とか、そういう点についても描かれていた。こういうことは現実にも有りうることであり、そういう点でも不自然さは全く感じない作品だった。そして作品全体としては非常に穏やかなストーリーでいいドラマだったと思う。穏やかすぎて韓国ドラマらしくないという評価もあるらしい。日本の同性愛者が出てくるドラマって、すぐ思い浮かぶのが'90年代の「同窓会」などだが、イメージ的にはゲイのセックスシーンとか、そういう変なところばかりが強調される、とてもじゃないが「見たい」と思うドラマではなかったので、初めての同性愛者が正面から取り上げられたドラマがこういう穏やかな真面目なドラマだったことがちょっと羨ましい。日本のドラマってなぜ同性愛も「人生の一部だ」って描き方をしてくれないのかなーと思う(といえども、わたしはここ20年くらい日本のドラマはほとんど見たことがないので、それ以降の同性愛者が出てくるドラマがあるかどうかすらよく知らない)。

このドラマはそういうのとは本当に逆で、セックスシーンはおろか、キスシーンもない。まぁ韓国ドラマ自体が男女でさえセックスシーンはあまりない?ない?よく分かんないけど、今まで見たドラマ(これを含め全部で4つ見てる)では皆無だったので、まぁ韓国では男女でもセックスシーンというのは御法度なのかも知れない。が、ゲイの恋人同士なのにキスシーンもないっていうのは、ちょっと見てて不自然だった。抱擁はするんだけどね。まぁこれに関しては、本当は結婚式のシーンがあったとか、その中でキスシーンがあったとか読んだけど、これがいろいろ世間に物議を醸し出して放映されなかったらしいとどこかで読んだが。なので、画面を見ただけではなんか高校生同士の付き合い?みたいな感じが否めなかった。今どき高校生だってキスくらいするか(笑)

ドラマはこの人がメインってわけじゃなく、ドラマ自体でいくつもの恋愛が進行するのだが、ただ、物語全般にわたって親が子どもたちや未婚の親族に対して結婚結婚言い過ぎて、それがややウンザリ気味だった。結婚だけが、結婚式だけが人生のメインイベントなのか?初めて見たときは確かそんなこと感じなかったんだけど、今回見たときはそう感じた。

ま、だけど、同性愛者に対しては偏見がないストーリーで、そしてドラマの中では同性愛に対して偏見を持つ人間も何人か出てきたりするのだが、そういうある程度のリアリティはあるように感じた。乗ってたタクシーの運転手から突然「降りろ!」って言われたり、付き合ってる恋人の方の家族が強硬に偏見を持ってたりね。

この物語自体は、本当にいろんな人の「人生」が出てくる。同性愛はそのうちの一部にしか過ぎない。これって結構当たり前なことなのに、ドラマとしてはそんなに当たり前に描かれている作品って少ないように感じる。

そういう点では貴重なドラマなのかも。
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12-16 Sat , 2017
早く来い、冬至
今年は夏以降、すごい変な天気続きだったような気がするんだけど「今年は○○年に一度の異常気象」って言われた記憶がない。これは単に今年一年嫌なニュース続きだったから、わたしがほとんどのニュースも何も目や耳にしていないからなのか?

正直なところ、今年ほど雨が降って、洗濯物が洗濯できない、どーしよー?と思った年はなかったし、今まで部屋干しって言っても「いや、別に変な臭いしないし、なんで部屋干しじゃダメなの?」って思ってたけど、今年初めて「いい加減、洗濯物をおひさまの元に干してぱりっと乾かしたい!!部屋干しだとなんか気持ちが悪い」って思ったほどだったのに。

しかも、秋という季節を楽しむヒマもなく、ある日突然木枯らしが吹いて(この日は実習で外出したのでよく覚えてる。めっちゃ寒かった(T_T))そこから急に寒くなってもう秋じゃなくなった。暦の上ではディセンバー、じゃなく(古)、暦の上ではまだ10月だったような??

んで、ここんとこの寒さ!最低気温が0度続きって、真冬並みというか、真冬でも東京の場合、0度続きってのはほとんどなく、たいてい2度前後はあるはず。真冬でも最低気温0度が一週間続いたことなんかない。まぁとはいえ最高気温の方はフタケタいくので真冬並みではなく、一日の平均気温自体は真冬並みじゃないにせよ、最低気温だけみると、真冬並みより寒い。

冬は一年中で一番嫌いな季節で、その理由は寒いから。寒いと筋肉が固まるし、寒いから外出るのが億劫になるし、寒いと何より手足がかじかんで感覚がなくなるし、冷えると生命の危険を感じる。「だから冬は大嫌いだ-!」っていうと、彼女は「夏の方が暑くて生命の危険を感じる」という。わたしは夏に生命の危険を感じたことはなかったので、これはとても意外だった。なんせわたしは冷房の利きがよすぎるところは夏でもすぐに手足がかじかんでくるのでダメなのだ。で、クーラーを消すとあるところで「ぼわっ」と暑くなる。あの暑さが来ると「生き返った-!」って気になる。だからクーラーをつけるのは、あの消した後で「ぼわっ」とする楽しみがあるから付けるわけで、「ぼわっ」の前に「暑くなった」と言ってクーラーを付けられると、わたしは夏でも生命の危険しか感じなくなる。

例年、12月は冬なのだけど、毎年「12月の寒さはそんなでもないな」と思ってた。ところが今年は11月の間から寒くなっちゃって、あと何ヶ月我慢すればいいんだよ?と思う。そして例年はそんなに寒いとは感じない12月なんだけど、それでも毎年毎年楽しみにしてる日は冬至。一年で一番日照時間が少ない日。この日を過ぎれば日に日に昼間の時間が長くなる。夏が日に日に近づくのが実感できる。

今年は特にこれを楽しみに生きてる感じ。その冬至まであと1週間を切った。

そして冬至を過ぎれば次の楽しみは立春。この時期が一年中で一番寒く、この日を過ぎれば段々暖かくなる。なので本当に待ち望んでいるのは立春。

しかし、今既にこんなに寒くては、本格的に寒くなる来月下旬からはどんなに寒くなるんだ!?と思ったりするし、この寒さが底だとしても、これから2ヶ月近くこの底が続くと思うと気が滅入る。この気候のどこが地球温暖化なんだよ-!?って言いたくなる。
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12-12 Tue , 2017
添い遂げるということ
最近なんとなくよく考える。「添い遂げるとはどういうことなんだろうか」って。

太古の昔からいつの時代でも同性愛者はいると思うので、周囲にそうと気が付かれなくとも、周囲からなんとなく変と思われようと「添い遂げた」カップルはいたとは思う。

が、今や多くの国で同性婚ができるようになった時代、未だかつてないほど「添い遂げる」カップルは多くなるだろうと思われる。

しかし、「添い遂げる」ってどういう意味なんだろう。

今、わたしはギリギリ40代だが、もし彼女が亡くなり一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

10年後、わたしが50代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

20年後、わたしが60代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

30年後、わたしが70代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

40年後、わたしが80代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

このように10年単位で考えたとき、「添い遂げた」ことになるのは、70代80代になってからなのかと思ったりする。ということは、その後のわたしが同じようにその後の人生を一人で生きたとしても、あと30年経たないと「添い遂げた」ことにはならないのか?

そう考えると「添い遂げる」という言葉はとても不思議な言葉だなと思う。
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12-08 Fri , 2017
少しは自信が付いたかな
実習前に一番心配だったこと。

それは「実習終わるまで、無事に体力が持つだろうか」ということ。

結果的には実習中、風邪を引くこともなく無事に終えられた。ただ途中で一気に寒くなり、何回か風邪引きそうなヤバイ状態になったけど、そのたびに腰にカイロを貼ったり、葛根湯を飲んだらどうにかしのげた。

あとは頭痛。なんか去年の行政書士試験の試験勉強してた8月の終わり頃からだったと思うけど、どうも不眠傾向にあるのよね。で、結局今年の6月までずっと睡眠剤だけ処方してもらうために病院に行ってたけど、その睡眠剤は副作用に深刻な食欲不振を引き起こすために飲めなくなって。で、試せる睡眠剤は一応試してみたんだけど、どうもどれもダメで。結局病院に行くのは止めてしまった。

というか、普段は眠れるんだよね、普通に。わたしの不眠というのは、何かある前日になると途端に眠れなくなる、という不眠だ。例えば翌日から実習が始まる、とかね。案の定、実習が始まる前の日は一睡もできず、実習初日は頭痛薬を何錠飲んだかなあ。わたし、幼い頃から睡眠不足から絶対に頭痛になるという体質で。だから今まで徹夜は高校時代に1回しかやったことがない。そして特に今年の6月~7月頃から、眠れてても疲れるともう夕方頃から頭が痛くなってきてしまい。わたしの頭痛は本当にしつこくて、薬飲んだだけじゃダメで、同時に肩や首を揉んでもらったあとに風呂入ってぐっすり寝るとか、そういうことをしないと治らないのだ。それに場合によっては気絶するほど頭が痛くなることがあって、そういうことが外で起きたら、と思うととても怖い。そこまでひどい頭痛じゃないときでも大抵吐き気が起きるので頭痛の時は外に出たくない。

そんな頭痛が眠れなければ必ず来るので、眠れないと頭が痛くなる恐怖、がわたしにはものすごい強い。

不眠解消のサイトを読むと大抵「気になることは忘れましょう。一晩眠れなくても死にはしません」みたいなことが書いてあるのだが、わたしの場合、気になることが「眠れなければ頭が痛くなる」ということだし、眠れなければ絶対に頭痛が起こるので、死なないのは分かってるんだけど、「死なないから大丈夫だ」という呑気な気持ちにもなれない。また「頭痛が起こっても大丈夫だ」とは到底思えない。実際、大丈夫じゃないからね。

というわけで、実習中も何度か頭痛薬でしのいだ日もあった。

ただ。

実習やってたら体力が付いたらしく、一晩眠れなくても頭痛は出なくなった。二晩眠れなかったときは3日目に頭が痛くなって1日実習を休んだ日もあったが、それ以降は二晩眠れなくても頭が痛くなることはなかった。で、さすがに3日連続眠れないってことはなく、3日目に少し眠れてそれ以降は眠れるようになる、というパターンになった。

そうしたら普通は「一晩眠れなくても頭が痛くなることはないから大丈夫だ」って安心して眠れると思わない?

ところが、やっぱり眠れないのよね。「眠れなくても頭痛くならないから大丈夫!」って思いながら目をつぶってるんだけど、何が原因なんだか全く眠れなかった。なので一睡もせずに実習に行くってことが何度もあった。そんな感じだったので、一晩や二晩眠れなくても大丈夫だという自信だけが、この実習では付いたのだった。
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12-07 Thu , 2017
第3学期突入
社事大の第2学期は11月30日まで。その翌日12月1日からは第3学期が始まる。

第3学期に課されるレポートは、「現代社会と福祉1」「相談援助の理論と方法3」「地域福祉の理論と方法2」「社会保障1」「就労支援サービス」「権利擁護と成年後見制度」「更生保護制度」「相談援助演習3」の8科目。

前の2学期のとき「課題自体、何を言ってるのか今のところはよく分からない」と書いたが、実習を経験したからか、課題の内容は今全く勉強してなくても、ある程度なんとなく何をやらなきゃならないのかが分かっているような気がするが、これ、本当にやるとしたらかなりめんどくさい。。。(´Д` )

しかし、社事大のカリキュラムってのは本当に面白くて、最初に個別の制度を学ばせた上で、徐々に「福祉とは何か」みたいな科目になるのよね。各論から総論、みたいな感じ?これは個人的には非常に分かりやすいカリキュラムだと思う。ま、大学の講義なんかはたいてい総論を初めにやって各論をあとでやるカリキュラムじゃないかなと思うんだけど。わたしが大学生の時の講義なんて(分野も何も全く違うけど)まさにそうだったから。で、総論からやるとこれがまた全然分からないんだわ。。話が抽象的なのでね、総論って。

という風に、なぜかここ最近ずっと社事大を誉めまくっているような気がしているのだが??まぁ別に誉めたからってここで受験資格がもらえるわけでもなく。ただ、個人的には勉強しやすいカリキュラムになってるなと本気で思うだけで。それに何よりここの学校に決めたのは前にも書いたけど、学費の安さのみでカリキュラムがどーとかってちっとも考えてなかったし。

今学期はいよいよ「権利擁護と成年後見制度」と「更生保護制度」が学べる。これ、当初から勉強したかった科目だ。その他の「現代社会と福祉」と「社会保障」も今になって徐々に興味が湧いている科目。で、第1学期からわたしはどうも相談援助関係の科目が苦手(社会福祉士なのに!)。なんというか、どういう資料を探せばいいのか分からないのが一点。教科書に書いてあることが理論として確立されているかどうか分からないというのが一点。でもレポート書くのにそこまで追究して勉強しなければならないのかというのが一点。結局あやふやなままでレポートを書かなければならないので、それがとても苦痛な作業なのだ。

そういや全然話が変わるけど、昨日、実習総括レポートの様式をダウンロードしようと思って学校のサイトに行ってみたら、今年の入学願書が受付中って書いてあった。あれからもう一年か~早いな~。で、そこには社会福祉士一般養成課程の修習率は91.1%って書いてあった。確かにね~、他のクラスメイトも次々と実習に突入してるみたいだし。で、実習終えたらもう学校は辞めたくないわね、ここまで来て。

というわけで、まずは「現代社会と福祉」から。
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12-06 Wed , 2017
実習が終わった
長かった実習がやっと終わった。
実習後にやらなきゃいけない諸々のことも終え、今は一息ついている。

実習が半分終わった時点で悩んでたことも関わってもらったさまざまな人たちのおかげで解決し、実習全体を振り返ってみれば、当初考えてたよりずっと実習は楽しかったと思う。それに当初考えていたよりずっとずっと教わるものが多かった。

確かに実習生は実習先にお金を払って実習を受けている。そういう意味では払った金額に見合う「何か」を得ないと実習生は損をすることになる。そう思って一つでも多くのことを学んでやろうとこっちも本当に必死に努力していろんなことを感じ、いろんな疑問を持ち、そしていろいろ考察もしたんだけど、わたしの実習先というのは、学ぶ方が真剣であれば、それに本気で答えてくれるようなところだった。それは最後まで一貫してそうだった。なのでわたしは「こういうことが福祉なんだな」とか「こういうことが支援なんだな」って感じることがたくさんあった。もちろんこれは実習先を通して感じたことであり、それによって福祉「全体」のこととか支援「全体」のことが分かったわけではないのだけどね。

それから社事大通信の場合、帰校日というものがないので、実習中に4回、先生が実習先に来て巡回指導をする。4回って言うと、ほぼ1週間に1度。しかもこれはわたしの先生だけかも知れないけど、4回ともぜーんぶ先生が実習先の実習担当の人も同席を望んだので、わたしなんか1週間に1回はわたしと学校の先生と実習担当の人で三者面談していた。それも1回に付き絶対に1時間以上話してたからなあ。。1週間に1度、自分が今何を学んでいるかをチェックされるので、これは少々きつかったですね(笑)ただそこで先生や実習担当から受けたアドバイスというのは、その後の実習に大いに役立ったのは確かだったけど。そういう面で大学自体も実習と本気で向き合ってくれるのが分かるというか。社事大、費用面では他の通信制大学に比べると非常に安いんだけど(その代わり学士の称号は得られない。養成課程だから)、安くてもホントしっかり面倒みてくれる大学だなあと思ってます。いや、大変ですよ。実習中に4回も三者面談があるのは。

まぁわたしの場合、実習先も真剣に答えてくれるところで、学校も真剣にやってくれるところで、それが両方こっちに向かってくるので、学生の側からすると非常に大変だったのよ。。でもおかげでこちらも本当に真剣にやらなきゃなーって思ったし、その気持ちを最後まで全うできたのは、こういう人たちのおかげだと思ってます。

そういうわけで実習は確かに大変だったんだけど、その大変さに拍車を掛けた理由は、わたしは実習前に11月30日までに学校に提出しなきゃいけない科目のレポートを3本残して実習に突入したからなんだよね。いや、ホントは実習前に2本は書くつもりだったんだけど、実習前の気の重さとか実習前に疲れてやる気を失ってたとかで全く書けなかったのよね。これが提出期限までに書けないと、受験できるのが1年延びてしまうので、レポート提出の方も実習中に必死に書いた。「実習あり」組は、普段のレポート提出もこなしながら実習をやらなければならないので、「実習免除」組より格段に大変な気がする。実習なしだと4ヶ月に8本、淡々とレポートを出し続ければいいだけだもんね。

というわけで多分最大の山場であろう、実習がやっと終わった。学校の方はこれからまだあと16本残っているレポートと、2回残っているスクーリング。それから国家試験。来年の今ごろは必死で試験勉強をしてる頃だろう。先のことを考えるとまだまだやることあるなあ、、という感じだけど、

でもひとまず、お疲れさんでした!
18:38 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
11-05 Sun , 2017
実習が半分終わった
実習が半分終わった。

あっという間といえばあっという間だったような気もするが、まだあと半分残ってるんだと思うと大丈夫かな、自分の体力がそこまで持つかな、と不安な気分でもある。

実習は楽しいかと聞かれると、今までまったく知らない世界を見られるので楽しいとも言えるが、一日一日その日の目標を立て、実習中はものを見聞きして、そこで自分がなにを感じるか、何を考察するか、をいつも以上に感度を上げて挑まなければならない。これが結構大変。実習終了時にその日の目標を達成したかの報告をその場でしなければならない上に、一日一日の実習が終わったら、必ずその日にあったこと、考察したことを実習ノートに書いて、翌日に提出しなければならないので、これが一番大変。

集中力が削がれると物事を見聞きしても何も感じないので、そうすると実習ノートに何を書いていいのか分からなくなる。集中力を切らさないためにも必要なのはやはり体力なのだ。

実習先は実習生と本気で向き合ってくれるところだと思う。こちらが質問しても「ここまで答えてくれるのか」と思うほど、丁寧に深く教えてくれる。これには本当に驚いた。そしてこれは実習担当だけではなく、どの職員も同じだ。これは実習生受入れを組織全体が一種の使命感を持っている証拠だと感じる。この実習先は自分で選んだものでなく、学校から突然「あなたはここです」と言われたところだが、そういう意味ではとても幸運だったと思う。

こないだ実習先に学校の先生が巡回に来ていろいろ話したのだが、「今までずっと山を登ってきて、半分越えるまでは長かっただろうけど、あとは下り坂であっという間に終わるよ」と言われた。今のわたしは「本当か?」としか思えないけど、あっという間に残りの半分終わられてもちょっと困る。実習終わったあとに実習総括レポートを書いて学校に提出しなければならないのだが、やはり一定の何かの成果がなければ書けない。もちろん、実習を始める前にちゃんと実習の目標を立て、それに沿って実習をやってきたのだけれど、どうも既にこの件については自分の中で一定の結論が出てしまって、それをこの先深めるか、それとも別の視線を持たなければならないか(この必要性があるんだよね、実習やってて気が付いたけど)、持つにしても前半の部分との整合性はどうするかなどを考えないといけないと思っている。

そういう意味では前半の実習というのは、わたしにとっては自分を使った「実験」をしている感覚だった。で、実習の半分はそれでよかったが、残りの半分はそれじゃまずいような気がするのよね。なんていったって、社会福祉士になるための実習なんだからね。んでもって、わたしはその感覚を持つことがめっぽう苦手で。いうなればその感覚は掴み所がないというか。何を手がかりに考えていいのか、今のところよく分からない。。分からないと思いつつも実習はどんどん下り坂になっていく、、というので、ちょっと困るのだ。

まぁ分からないながらも、日々実習を重ねていったら何か手がかりが掴めるのかな。

後半戦も頑張ります。そのためには体調を整えなければ。今、気温の較差が激しく、ちょっと油断すると風邪を引きそうで怖い。
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10-29 Sun , 2017
高尾にゃん、7歳のお誕生日おめでとう
10月22日は高尾にゃんのお誕生日。
だけど今年の10月22日は台風の影響で暴風雨が予想されたため、ケーキが取りに行けないと判断して、1日ずらして23日に高尾にゃんのお誕生日会をやった。

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相変わらず、嫌そうな顔(笑)

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今回もケーキ屋さんが猫ちゃんの絵を描いてくれました!そして今回は肉球も。とってもかわいい(*^^*)

高尾にゃんも7歳になりました。猫で7歳と言えば、シニアの仲間入りかな~。なんかもう、そんな時期が来たんだね、高尾にゃん。

9月に血液検査して腎不全がどうなってるか調べてきたんだけど、Creは1.7で微妙な感じ(正常範囲が1.6まで)、BUNは正常範囲内、腎不全の新しい指標と言われているCDMAは前回3月に測ったときの倍になった(5→10)んだけど、正常範囲が14までなので、まだ範囲内。これが上がってるのか誤差の範囲なのかはまだよく分からない。

高尾にゃんが今年の2月に初期の腎不全か?って言われて以降、ずっと今まで腎臓の療法食を食べさせてたんだけど、最近療法食から少しグレードを落として「腎臓に配慮したご飯」を食べさせている。これがどういう影響を起こすかよく分からないんだけど、なんか腎臓食は飽きがちになってきたかな、という感じなので、しばらくこれにしてまた戻したりしようかなと思っている。1日1回の薬は止められるかと思ったんだけど、血液検査の結果を見ると止めるより続けた方がいいだろうとのことで。

それ以外は体調面では今までとそんなに変わりがないかな~。

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「ごめん寝」をする高尾にゃん。高尾にゃんはもともと、ベッドの縁でごめん寝をする猫だったのだが、最近は平らなところでもごめん寝をするようになってきた。

高尾にゃんはこの頃ますます賢くなってきて、こないだは引き戸を手で開けてるのを見てしまった。猫の力ではとても重くて引けない引き戸なんだけど、ちょっとすき間が空いてたらしく、そのすき間に手を入れて自分の頭で押せるくらい開けたあと、そこに自分の頭を入れてぐっと押してこじ開けてた。扉が重いのでしっかり閉まってたらこんなことはできないけど、少しでも開いてたら行けちゃうので今後はしっかり閉めるように気をつけないとまずいね。

そして相変わらず、毎晩わたしがお風呂に入るときに一緒になって入ってきてお風呂場でなでてもらうことをすごく楽しみにしてて、お風呂場でけなげにずーっと座って待ってたり、なかなか入らないと「早くお風呂入ろうよ!」ってわたしのところまで誘いに来たりする。こちらも用がありなかなか行けないと、終いには怒りだしてせっかくずっと待ってたのに、いざわたしが風呂に入る段になっても怒って来ないこともある。

あと、出かける際に高尾にゃんに「高尾にゃん、行ってくるね。夕方までには戻ってくるからね」って挨拶していかないと、帰ったときに高尾にゃんの機嫌が悪い。機嫌がいいときはわたしが玄関のドアを開けると既に玄関先で高尾にゃんが来てて出迎えてくれるんだけど、機嫌が悪いときは無視される。なので機嫌が悪いときはこちらから高尾にゃんのご機嫌伺いに行かなければ無視されたままになる。で、そのうち高尾にゃんの元気がなくなってくる。。本当は高尾にゃんに取って、ままから構われないのはとっても悲しいことなんだよね。だけど素直に”寂しかった”とか”構って”って言えない性格なんだよね、高尾にゃんは。

すごい屈折した性格といえば性格なんだけど、わたしもそういう性格なので、実は高尾にゃんの行動は非常に分かりやすい(笑)まぁ機嫌がいいときもわたしは高尾にゃんみたいに素直に人に甘えたりはしないけどね(笑)高尾にゃんは機嫌がいいときはすごーく甘えん坊になるので、そこがちょっとわたしとは違うかな。甘えるときは本当にめんどくさいくらい甘えてくるのよね。

最近もしかしたら、高尾にゃんはわたしのことを「まま」と思ってるんじゃなくて、高尾にゃんがわたしの「まま」だって思ってるんじゃないかと感じることがある。わたしが風呂から出たあと、せっかく髪の毛を洗って乾かしたのに、高尾にゃんはその後、わたしのところに来て丹念に髪の毛を毛繕いをしてくれるのだ。この毛繕い、彼女にもばこにもしたことがない。わたしだけにする、特別な行為だ。

今は社会福祉士の実習の真っ最中で、朝早くから夜まで家にいないことが多い。

わたしは高尾にゃんがうちに来てすぐに3回目のうつ病になって、ほとんど家で療養生活を送っていたので、高尾にゃんにとっては「ろん(まま)はおうちにずっといる人」っていう認識があると思う。だからわたしがしょっちゅううちを空けるとすごく機嫌が悪くなって無視されたり体調が悪くなって吐いたりするんだけど、これって「ろん(まま)は高尾にゃんが守ってあげないとダメなのに、でかけてばかりだから心配でたまらない」って思って具合が悪くなるのかしら。。でもこればっかりは仕方がないし、わたしは高尾にゃんの子どもじゃないし。高尾にゃんには分かってもらうしかないよね。「もうろん(まま)は、高尾にゃんから心配されなくても大丈夫になったんだよ」って。

猫は中年時代が長い動物だと言われている。
高尾にゃんもいよいよ中年の仲間入りしたけど、ずっとずっと中年でいようね、高尾にゃん。

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10-23 Mon , 2017
尾辻さん、当選おめでとうございます
尾辻さんが昨日の衆議院選挙で当選した。
選挙全体の結果に対しては暗澹たる思いだけど、尾辻さんが当選できたことは本当によかった。

あれから10年経ったんだよね。(→ 民主党躍進。。だが、わたしはあなたの1議席が欲しかったのだ

10年前、新宿二丁目の尾辻事務所で選挙のお手伝いをした。初めての経験だった。
開票速報はいてもたってもいられず、事務所でみんなと徹夜でテレビの画面を見てた。
事前では当選の可能性は高いと言われていたが、思ったように票は伸びなかった。

あれから10年。
”LGBT”業界も今ではすっかり様変わりした。10年前には想像できないほどだ。
もしかしたら「尾辻さん」は当事者の議員だってことを知らない人たちも多いんじゃないだろうか?と思ったりする。

10年前の選挙に落選したものの、尾辻さんはその後繰り上げ当選で少しだけ参議院議員を務めた。
確かその間約1ヶ月半くらいしかなかったと記憶してるが(もしかしたら間違ってるかも)、その間でも質問書を出したりいろんなことをしたって風の噂で聞いた。

そして尾辻さんはこの10年の間で介護福祉士の資格と社会福祉士の資格を取って、働きながら政治活動をしていたようだ。尾辻さんの地元は大阪なので、その間ほとんど会うことはなかったし、当然今回尾辻さんに投票することもできなかったんだけど。尾辻さんにこの、社会福祉士の資格を取るのを勧めたのはわたしの友人で、その友人からわたしも社会福祉士を薦められて、わたしも今、ようやく社会福祉士の資格を取る勉強を始めることができている。

あー、あれから10年が経ったんだね。

戦後72年で今、最も危機的な状況を迎えているときに尾辻さんが国会議員になった。
本当に大変だろうけど「立憲主義」を守るためにしっかりやって欲しいと思う。
いえ、枝野さん(正確に言えば、福山さんだけど)が言ってましたね。有権者は投票してそれで終わりではない、やっていることをしっかりと「監視」して、おかしいことがあれば「批判」してくれと。それが健全な民主主義だと。

お互いにしっかりやっていきましょう。
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09-30 Sat , 2017
第1学期の成績表が来た
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先日、第1学期に提出したレポートの成績結果のお知らせが家に届いた。第1学期の締め切り日が7月31日だったので、ほぼ2ヶ月後に成績って分かるのね。いつ結果が出るのかちっとも知らなかったので、一体いつなんだろうと思ってたけど。

このお知らせ、自分のレポートの点数だけじゃなく、ご丁寧に各科目のレポートの平均点が出てるのだが、1つの科目に付き2つ課題があってどちらかを選択する科目(こういうのがほとんどだったが)は、2つの課題を一緒くたにした平均点なので、正直、この数字と比較して何か分かることがあるんだろうか、と思ったり。

で、第1学期のレポート全体(要するに提出した全員)の平均点は80点だった。なので割と点数は甘めなのかなという感じ。ちなみに60点以下だと不合格で、レポート再提出になる。ただしこれは何らかのレポートが提出されたときの場合で、最初から提出してなかったら再提出はできず、来年またお金払ってレポートを提出しなければならない。わたしは一応全科目60点以上だったので、レポートの再提出はなかった。

いよいよ来月半ばから実習が始まる。その前になるべく第2学期のレポートは提出しておきたいと思っているが、今、5つ目のレポートに取りかかったばかりで、あと半月の間に残りの3つを提出する自信はない。まだ教科書読んでない科目もあるし。でも少なくとも2つくらいは出しておきたいよなあ。。がんばろ。
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09-29 Fri , 2017
カープ二軍、優勝おめでとう!
今季、カープ二軍が優勝を争ってるとは直前まで知らなかった。

二軍の試合自体、対ソフトバンクか対阪神(たまに?)のときじゃないと映像が見れないし、普段はほとんど二軍の成績は気にしてないから。まぁそれでも次々と二軍から活きのいい若手が上がってくるので、二軍のコーチ陣はいい指導をしてるんだな、くらいの感覚ではあった。特に今までと違うのは投手がよくなって戻ってくることが多い。打者の育て方には定評があるカープなので、そんなに驚くことはないんだけど、投手、それも高卒投手を育てるのが下手なのと、大学、社会人出の投手をルーキーイヤーに使い倒して新人王は取れるけど、その後はケガして復活できず、、というピッチャーを何人も見てきてるので、今年の大瀬良などを見ると「今までのカープとはちょっと違うのかな?」とは思ってたが。

まさか二軍でも優勝を争ってるとは思いもしなかった(二度目)。

というわけで、

カープ二軍、リーグ優勝おめでとうございます!


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そんでもって、この人ですよ。現カープ二軍監督、水本さん。の約20年前の姿。てか、いつ知ったか覚えてないけど(多分、去年くらいか)、まさか水本さんが二軍監督やってるとは思いもしなかった。わたしの水本さんのイメージは、上のようにブルペンキャッチャーだったので(上の写真は'98年の日南キャンプ)、知ったときは本当に驚いた。が、もともとカープは現役時代何の実績もない上田利治を3年の現役生活後すぐにコーチにしたりするチームなので。多分、見る人が見てて、野球選手としての実績がなくても指導力があると見込まれた人がその地位に就けるような雰囲気があるとは思うのよね。だから驚いたは驚いたけど、そこまで「へええ!?」という感じではなく。ちなみにこの写真に付けてた一言コメントには「この一週間(※日南キャンプにわたしがいた期間)で水本さんにほれた」と書いてあるのだが、どこにほれたのか、20年後のわたしはまったく覚えていないorz

ところで、水本さんってわたしと同い年なんだよね。同い年といえば、現一軍監督の緒方もわたしと同い年。ってことは、緒方と水本さんは同い年なのよね。カープの選手だった人で、わたしと同い年の人は実は少なくてね。思い浮かぶのは、金本、緒方、望月秀通、くらいしかいなく、あとはわたしの全く記憶にない大卒の人が一人、そして水本さんはテスト入団。多分、このくらい。そのうち金本も緒方も水本さんも監督やってんだから、すごい。

で、二軍の方は一足早く10月7日にイースタンリーグ覇者の讀賣と日本選手権があるらしい。

絶対勝ってね!
18:45 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-20 Wed , 2017
リーグ2連覇おめでとう
2017カープ優勝ロゴ


さてさて。
少し遅くなったけど、18日にカープがセ・リーグ2連覇を果たした。

優勝おめでとうございます!!


昨日はYou Tubeでアップされた地元テレビ局の優勝特番をいろいろ見たんだけど、カープの選手たちが仲がいいのはもちろん、OBとの関係(例えばNHKの特番は大野、広テレの特番はノムケンが出てた)が垣間見えて、とても興味深かった。特にノムケンが松山をいじり倒してたのには驚いた。松山は選手の間でもいじられキャラだとは思ってたけど、そうか、もともとはこんなところから来てたのか~。

わたしは普段、カープの記事が載っている雑誌とかテレビ番組はほとんど興味がないので読んだり見たりはしない。以前は(といっても'90年代)、こういった情報が欲しくて欲しくて仕方がなかった時期もあったんだけど(なので週刊ベースボールとか月刊アスリートマガジンは毎号買っていた)、次第に「それを知ったとしてもどうなんだ」と思って、今ではすっかり興味を失っている。これが「歳を取る」ってことなのかも知れないけどね。なので、今の選手が生でしゃべってるところなんて試合終了後のヒーローインタビュー(ヒロイン)くらいなんだけど、そこだけだと読み取れないことも多々あるんだなあと思った。

特に思ったのが野村祐輔の去年からの変わりようで、ヒロインの様子だけ見てると、去年とあまり変わらず「よかったです」と「頑張ります」しか言わないし、性格もおとなしそうなので、黒田の代わりに投手陣のリーダーになれてるんかな?と疑問だった。ところが優勝特番の発言や中国新聞の手記(これもネットで転がってるのを読んだ)を読むと、今年は目に見える成績はイマイチだったけど、精神的に成長したんだなということがよく分かった。そんなこと考えて投げてたのか、ずいぶんしっかりした顔つきになったなと。もちろん野村祐輔だけじゃなく、丸なんかの発言は聞いてるとみんなをまとめていくような発言してるし、ああ、今年1年本当に選手は成長したんだな、強いチームってこういうことなんだなって思ったりする。

ま、だから「カープ球団いい球団!このチームのファンでよかった」とは特別に思わないけどね。だってわたしがカープファンになったのは単に偶然なんだから。

わたしがカープファンです、というと、特に東京の人に「カープみたいな選手を自前で育てるチームはすばらしいから好きになったんでしょ(それに引き換え選手を育てずに金で持ってくるあの球団は)」みたいなことをこれまで幾人かの人たちから言われたことがあるんだけど、わたしがカープファンになったのは、ただの親の影響で、12球団のうち、一番カープがすばらしいからファンになったわけじゃない。

言い替えると、親が讀賣ファンだったら、わたしは同じように親の影響で讀賣ファンになったと思う。そこはわたしは選んではないのだ。たまたま好きにならされた(?)球団が、お金持ってなくて選手を一から育てざるを得ない球団だっただけなのだ。なので「カープっていい球団だよね(そこを評価してファンになったんでしょ)」みたいに言われても「すいません、カープファンになったのはただの親からの刷り込みです」としか言いようがない。

そりゃ、ファンになったのは偶然といいながら、生え抜きの選手が活躍して強くなる様を見るのは楽しい。選手が切磋琢磨して、去年まで打てなかった打者が打てるようになったり、ストライクが入らなかったピッチャーが今年はきちっと抑えられたりする「成長」が見えるのは嬉しい。しかし、お金が無くてせっかく成長した選手を引き留められず、主力の選手がFAで出ていく悲しさ。カープファンはそういう悲しさもこれまで何回か味わっている。なので、今、若手が活躍しててもいずれ来るFAがとても怖い。そういう意味ではFAでどころか、シーズン中でも選手を放出してしまう日ハムのファンなんて、カープファン以上にかわいそうだなあと思う。だけど一度好きになってしまった球団は、もうなんか、変えられないんだよね。

つらくても、悲しくても、勝てなくて腹が立っても「カープは応援するもの」。ひな鳥が最初に見たものを親だと思い込むように、わたしも同じようにカープしか応援できない。

ただ、カープの場合は新しい球場ができて観客も増えて、グッズの売り上げも莫大で、球団自体もお金持ちになっているという。あの、'90年代の「清貧球団」と言われた時代のように、主力選手がどんどんカープ球団からFAしていなくなるようなことがもう起こらないといいなあと思っている。

で、マエケンはいつか黒田のようにカープに帰って来てくれるんかねえ?「カープで優勝したい」言うて。
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09-15 Fri , 2017
パウンドケーキ焼くのにハマってる
20170914 153148  20170914 171956


料理をするのは大嫌いだがお菓子を作るのは好きなわたし。

何がどう違うのかと言えば、まーわたしはお菓子屋さんじゃないから毎日お菓子を作らなくてもいいところ、なんだろうか?ちょっと違う気もするが。料理に対してはトラウマがあって、うつ病になる原因の一つとも言えるので、嫌いというような「軽い」ものではないんだけど、これは自分自身もうどーにもしようがないので、、困ってる。

よく「料理は化学だ」と言われるが、わたしはお菓子作りの方がよっぽど「化学」だと思うよ。バターをよく練って砂糖加えただけであんなに白くなるとかさ。卵白を泡立てたらあんなにふわふわなものに変化するとかさ。ベーキングパウダーなんて一切使ってないのに、よくよく材料を混ぜたら膨らむとかさ。だから「今回はうまく膨らむかな?」ってレンジの中に入れてるときが一番ワクワクするし、逆に言うと不安でもある。まー別に無理矢理料理とお菓子を比べることはないのだけども。

小さい頃、親が手作りのお菓子をよく作ってて、小学校の頃からそれをちょっとずつ手伝ったりしてたので、ケーキを焼いたりすることに抵抗感がないし、火加減以外あまり失敗をしたことがない(ベーキングパウダーを使わないシフォンケーキは未だに成功した試しがないが)。昔のうちはガスの天火を使用してたが、今は電子レンジなので、なんかちょっと勝手が違っているので、何回か失敗した。規定通りの時間で焼いてもまだ中が生焼けだったりして。なのでうちの電子レンジは今でも使いづらい。

手作りのケーキは素朴な感じが好きで、これはお店じゃ絶対に出せない味なので、しばしば食べたくなるんだよね~。なんだけど、小さい頃に親しんだレシピが思い出せなくてずっと「あれはなんて本に載ってたんだろう?」と朧気な記憶をたどっていたところ、やっとつい最近その本が分かって手に入り。「作りたい、作りたい」って思ってるうちにまた時間は経ったのだが、こないだちょっとしたきっかけがあり、作ってみようと思って重い腰を上げた。

実はパウンドケーキ自体は作るのは初めてだった。ベーキングパウダーを使わない、シュガーバッター法で作るパウンドケーキ。初回はレシピ通り、そしてバターは有塩バター、砂糖は白砂糖を使って焼いてみた。んー、まぁまぁ。失敗ではない。結構膨れて中央に亀裂も入ったし。味も「そう、これこれ」と思うような素朴な味。

2回目は無塩バターとてんさい糖を使って焼いてみた。なんかさ、ケーキは無塩バターを使うことってネットとかでもいろいろ書いてあるし、わたしはこれまで一度も無塩バターを使ってケーキを焼いたことがなかったので、無塩バターを使うとどんな感じになるんだろう?って思ってね。あと白砂糖じゃなくててんさい糖を使ったのは、これで作ったのを友だちにあげたかったからだ。友だちがあまり白砂糖を食べたくないという人なので。これも割と成功したので、友だちに半分あげた。で、あげてからわたしも食べたんだけど、無塩バターのケーキってなんかのっぺり甘いだけでわたしは少し塩が効いてたほうが好きな味だった。ただてんさい糖は白砂糖の時と同じ分量通りにしたら、結構甘さが抑えられてた。

で、3回目。上の画像は3回目に焼いたパウンドケーキ。無塩バターの残りはあったのだが、それに塩を加えた。ネットで調べたら有塩バターの塩分は1.5%だというので、分量に合わせて計算して。で、砂糖はてんさい糖を2回目より5g多く。あ、砂糖の量は70gなんだけど、それを75gにした。で、それまでは卵白泡立てるのだけハンドミキサーを使ったんだけど、今回はバターを混ぜるのにもハンドミキサーを使った。

焼く時間は40分なんだけど、それまでは割とすぐに膨らんでくる感じだったのに、3回目のは20分過ぎても膨らんでこない感じだったので「失敗したのか??でも前回と作り方変えてないのになんで??」って思った。でも出来上がったら前と同じような感じで膨らんでた。なぜ今回ふくらみ方が遅かったのかはよく分からない。

すべてハンドミキサーを使ったせいか、キメが細かくなってた。でも昔は手でかき混ぜててもこんな感じだったよなあ~。ってことは、今はやはりかき混ぜ方が足りないのかな?食べてみるとこれが一番美味しい。前回のヤツ半分あげた友人よごめん。こっちの方が美味しかった(汗)

高校の頃、一度マドレーヌを焼いたことがあるのだが、入手した本の中に「マドレーヌ」の項目がなく。でもこれ以外のお菓子の本でお菓子を作ったことがないので、このうちのどれかを参考にしたものと思われるが、カップケーキなのかなあ?カップケーキはこのパウンドケーキとほとんど同じだが、ちょっとだけベーキングパウダーが入ってるのよね。今度はこちらの方を作ってみようかな。

お菓子を作ってると女の子の気分。なんてことはなく、ただわたしが食べたいから作ってるだけでした。お菓子を作るときはできあがりを半分以上わたしが食べられないと、わたしは怒ります(笑)
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09-14 Thu , 2017
第2回スクーリングが終わりました
9月1日から9月3日までの3日間、2回目のスクーリングだった。

1日(金)は相談援助実習指導で、2日(土)3日(日)は相談援助演習。相談援助実習指導は、実習計画書(案)の作成が主な指導内容だった気がする(←よく覚えていない)。ああ、あとは事前訪問の意義とか実習記録の書き方などもやったんだった。実習記録は消えないボールペンなどで書き、文字を間違えたら修正テープ使っちゃダメで、訂正印を押すのがめんどくさいと思った。だいたい、もう長いこと筆記用具で文章を書いてないので、思い付いた文章そのまま書くのが結構怖い。わたしは約25年ほど前、大学の卒論を書くときには直接PCで文章なんか書けないと思ってて、そのときは自分の手であらかじめ文章を書き、PCは清書するためだけに使った。それがいつしかPCでしか文章が作れなくなってた。手書きの日記なんか付けてないし、手紙も手で書くことはまずなく、ほぼ100%メール。そんな中でまた急に手書きの実習記録なんて書けるのか。しかもボールペンで。

実習記録は毎日実習先に提出するらしい。なので毎日帰宅後に実習記録を付けて寝ることになりそうだ。まさか、あらかじめ文章はPCで打って、それを実習記録に清書、なんてことを毎晩はできないだろうからなあ。実習、すごいハードスケジュールになりそう。。大丈夫なのか、すごい不安なんですけど。

2日目3日目の相談援助演習は、インテーク面接とアセスメントについてだったかな。そこでロールプレイというものを初めて体験した。わたし、ロールプレイって筋書きがあるわけじゃなく、登場人物はどう動けばいいんだろう、だいたい当事者でもないのにこんなことして何か得られるものはあるのかって思ってたんだけど、そうじゃないんだね。まぁアドリブなところはたくさんあって、こういうの創作が好きな人だったら楽しいだろうなとは思ったけど、それだけじゃなく、たとえ演じているクライエント、相談員であっても、言葉を交わす内に本当に自分が言われたような気になってくるのね。なるほどって感じ。

ただ、特にクライエント役になる人は、これまでの自分の人生観とか、境遇が強く反映される気がする。授業ではいくつかのロールプレイをやったんだけど、親子関係が問題になるものがあり、わたしだったら親に関わるのは嫌だという意識しかないのだが、他の人は案外、そういう人はいないみたいで(まぁそっちの方が正常な親子関係だからね)、逆にわたしの方が「なぜこの人たちはこんなに親に対して好意的なんだ??」って不思議に思ってしまった。

っていうか、これも「自己覚知」に繋がることなんだよね。ロールプレイを通して他の人と自分の違いを発見する。そして「なるほど、自分はこういう人間か」と自覚する。そう考えると「自己覚知」ってありとあらゆる行動から考えられるような気がする。

2回目のスクーリングでは、ますます相談業務の中身に切り込んできて、相談受けるってことは難しいんだなあって改めて分かったというか、なんかもう頭の中めちゃくちゃ。まぁこのわからなさ加減が自覚することが、2回目のスクーリングの収穫だったのかも知れないけど。なんか、相談業務がどういうものかっていうのが朧気ながら見えてきたからか、徐々に将来に対する不安が大きくなってきてる。自分にそんなことができるのかとか。まぁそんなの今考えても無駄なことなんだけど。

2年間の修習期間の中で、出席しなければならないスクーリングは4回。今回で半分が終わったことになる。そして今回のスクーリング、クラスメイトのうち2名来なかった。でも逆に言うと勉強続けてる率はほぼ9割だからね。社事大の高い修習率ってのはその通りかもね。

3日目にスクーリングが終わったあと、先生を含めたクラスメイトで飲み会。いろんな人と話せて楽しかった。

次のスクーリングは来年の2月。わたしもだけど、実習が終わった人も多そうだ。他の人の実習がどんなのだったか、話が聞けるのはすごく楽しみなんだけど、それ以前にわたしは実習を乗り切れるのか((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
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09-13 Wed , 2017
栄冠手にするその日は近いぞ
カープ首位マジック4


今季はカープについてほとんど書いてないけど、もちろん試合がある日は毎日テレビ観戦している。

「逆転のカープ」とか「今年は強い」と言われてるけど、わたしにしてみれば、逆転するってことは、先発投手陣に安定感がなく、まず相手チームに点を取られてるってことだし、確かに打者はよく打つときは打つけど、なんかどーも安定感がないというか、、、いや、「打線はみずもの」なんだから、そんなみんながみんなスランプ無しでシーズンを乗り切れるとはこれっぽっちも思ってないけど、でもなーんか不安なんだよね~。

それに今年は、珍しく初回の内に点を取って、9点差付けてても野手のエラーとピッチャー陣総崩れで逆転負けしたりね。なので初回から大量点を取ると逆に「また追い付かれて負けるんじゃないか」ってヒヤヒヤするしね。

まぁこれが(長年痛めつけられてすっかり悲観的になった)ファンの心理なのかな。

ただ、昨日、マジックが4になり、やっと「それゆけカープ」の4番の歌詞を実感を持って歌えるようになったと思って嬉しい。だいたい、カープファンになったのは1975年の初優勝のときだから、70年代後半~80年代にかけてのカープが強かった時期も覚えてるけど、わたしが真の野球ファンになったのは、'92年の日本シリーズ、西武対ヤクルトを見てからなのだ。そう、つまりその前年、'91年にカープはリーグ優勝したけど、そのときは「あ、カープまた優勝したのね」くらいにしか思ってなく、それ以降去年までずっとずっと「それゆけカープ」の4番の歌詞は「夢のまた夢」で「いつになったらこの4番の歌詞が堂々と実感を持って歌えるのだろう?」って思ってたのだ。

去年はマジックがあれよあれよという間に減っていったので、あんまりこの歌詞は実感できなかった(それでもやっぱり実感したけどね)。今年は去年より早くマジックが点灯したにもかかわらず、何回も消えては付いて、それに2位の阪神がなかなか負けないものだから、一気に減ることもなく、やっとここまで来た!という感じだ。

まぁ確かにマジック一桁になったら4番の歌詞が実感できるかなと思ったこともあったが、実際はマジック一桁になってもまだ「本当に優勝できるのかな?」という気持ちが強く、あまり実感できなかった。だけどさすがにマジック5を切ったら、優勝する可能性がぐっと増したような気がするので、昨日から堂々と(笑)、この4番の歌詞を実感している。

ただ昨日は横浜に情けない負け方をして、ホンマにCSとか大丈夫なんかいな~、、と思いつつだけどね(気が休まらないファン)。

「それゆけカープ」4番の歌詞
晴れのあかつき 旨酒をくみかわそう
栄冠手にする その日は近いぞ
優勝をかけて 優勝をかけて
たくましく 強く 躍れ


がんばれカープ、あと一息で優勝だ!!
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08-30 Wed , 2017
実習計画書(案)の作成完了
先日、実習計画書(案)の作成が完了した。

何回か先生とやりとりをした上で完成かなと思ったが、実際は1回出して、それを修正され、修正したものを再度提出しただけだった。

修正されたものをもう一度検討しなおそうと思い、間1週間くらい考えたのだが、そもそも根本的に考え方を改めなければならないものはなく、わたしの視点に漏れがあってそこを新たに付け加えられたのと、言葉について簡単に書いてたところを修正されたのが多かった(知る→理解する、考える→考察する、等)ので、さっさと修正して出してしまえばそれでよかったんだよね。

ただ、修正された箇所の言葉遣いがやっぱり自分みたいな素人の言葉遣いではなく、「ああ、こういう言い方はわたしは書きたくても思い付かないな」って思うような言葉遣いだったし、視点の漏れも指摘されると「確かにそうだ」って思うんだけど、やっぱり今の時点のわたしはそういうことは自分じゃ思い付かないものだったので、「これが今後、この分野の専門家になるってことなんだなあ」って思った。と同時に「今後、こんなことが自分一人で思いつけるのかな」と思うと少し不安だったりする。

ともかくこれはこれで完了し、あとはこれを実習先の事前オリエンテーションのときに持参すればいい。事前オリエンテーションも少し前に実習先に連絡を取って日程が決定している。

そして明後日からいよいよ第2回目のスクーリングが始まる。3日間のスクーリングで身体はヘトヘトになると思うんだけど、頭は痛くなりませんように。。それだけが心配。

レポートの方は「社会調査の基礎」は書き終わり、今は「相談援助の基盤と専門職②」に取りかかっているが、これがまた、非常に書きにくい、というか資料、どうやって探すんだろこれ、って感じ。なので資料探すのに時間をかけるより多分、参考文献なしで教科書のみで書いた方がよさそう。スクーリング中に大学の図書館に行って資料を探す、という手が取れそうなんだけど、実はスクーリング中は大学の夏期休暇中ってことで開いてる時間が短く、そのほとんどすべてがスクーリングの授業と被るので行けないんだよね。

で、なんとなく取っかかりがつかめなくて、一昨日辺りから書こうとしてもなんて書いていいのか分からないので、ゲンジツトーヒしている。

ダメダメ。明日までには書き終えよう。
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08-28 Mon , 2017
今日で18000日
このブログの左端の一番下のところに「この世に存在し始めて」という欄がある。

この世に存在し始めて18000日


今日で18000日。確か、17000日のときもブログを書いたような気がするけど、あれからもう1000日、2年半以上経つのね。2年半っていうと過ぎた年月の長さがなんとなく理解できるが、1000日前と言われてもそれが長いんだか短いんだかピンと来ないのはわたしだけか。

そういえば、広島に原爆が投下されてから今日まで約26,320日らしいのだが、それを知ったとき「え??もっと何万日も前じゃない?」って思ったのね。というのは、わたしがこの世に存在し始めた日は、原爆投下された日から1万日も過ぎてなかったってことが信じられなかったからだ。わたしにとって、広島に原爆が投下された日というのは、かなりかなり前の大昔のことだという認識がある。1万日経ってなかったって信じられない。

しかし、広島に原爆が投下されてから今年で72年。そしてわたしは49歳になった。ということは、この72年間の7割以上、自分はこの世に存在していた、ということになる。そう考えると、広島に原爆が投下されてからわたしがこの世に存在し始めるまでの方がだいぶ期間が短い、というのは理解するのだが、それにしても約8,300日しか経ってなかったのか。。大雑把に計算してみても、72年×365日=26,280なのだから、約26,320日はまったく妥当なんだけど、やっぱり今も心のどこかで「そんなはずはない、原爆投下はもっともっと大昔のことなんだから」と思っている。

というわけで、わたしも49歳になった。いやー、来年は50歳。っていうか、もうめんどくさいので自分の年齢を言うときは「だいたい50です」と言っている。

年齢って昔からなってみると案外「あ、こんなもんか」と思うものなんだね。それこそ小学校低学年の時に「小学6年生はみんなおとなだなー」って思ってたけど、実際6年生になったときは「あ、こんなもんか。全然おとなじゃないじゃん」って思ったし、20歳になったときも「あ、こんなもんか。全然おとなじゃないじゃん」って思ったし。40って不惑だけど、全然不惑じゃないじゃんって思った。

いやー、50も同じだね(笑)というか、「全然おとなじゃないじゃん」という認識より、逆に「30のときとあんまり認識が変わらないね」という風になってきたので、多分それが「おとな」になった証拠なんだろうな~。ええ、つい最近まで50歳ってすごいおじさんおばさんな年齢だと思ってたし、実際今もそう思うんだけど、その年齢を目前に控えている今現在考えるのは「えーと、30のときと(気持ちが)全く変わってない気がするんだけど」ってことで、わたしが20代30代だったときの「50歳だった人」も、もしかしたらそう思ってたのかな?と今、そんなことを考えている。

この歳になって一番衰えを感じるのは目で、老眼がだんだん進んできたなとは感じるが、それ以外はあまり衰えは感じない。わたしの場合、結構強い近眼なので、日常的に度の強いメガネを掛けているが、これでは焦点が合わせづらくなって本が読みづらくなってきた。かといって、メガネを外すと今度は強い近眼のために文字がぼやけて見える。なので、いちいち「読書用メガネ」をかけないと本が読みづらい。よく「老眼になると目がよくなる(=度が緩くなる)。近くのものがよく見えるようになる」と言われてたから、近くを見るのにはメガネがいらなくなるんじゃないかと期待してたけど、強い近眼の場合はあんまり恩恵がなさそうで残念。ただ、今のままの度は多分合ってないので、時間ができたらメガネ屋さんに行って度を合わせてもらいたいと思ってるんだけど。そのときに遠近両用を薦められるかな。。

あー、あと、本人は衰えだと思ってないけど、ここ数年で白髪は増えた。でもこの年齢で白髪が生えてないと年齢不詳になって困るので、ある程度年齢がいった人ですよって分かるためには、白髪はあった方がいい。あと、白髪が生えていると白髪がないより顔の印象が柔らかくなるので、そこのところはメリットだよなと思っている。

ただ、相変わらず性別は不祥のようだ。てか、男性に間違われているようだ。今日、図書館に行って本を借りてきたのだが「このカードの持ち主はどこにいらっしゃいますか」と聞かれた。「わたしが本人ですけど」って答えて「あっ、それはすみません」ってことになったのだが、これ、こないだTSUTAYAでDVDを借りたときも同じことを聞かれたような。。(笑)

ま、別に気にしなーい!
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08-20 Sun , 2017
健康までの道は程遠い
7月は身体がものすごくしんどかった。
これは明らかに自分の体力以上にやることが多すぎて動きすぎてしまった結果。
その中で「体力を付けたい」って頑張ったのだが、運動できるような体力は残ってないし、それならスーパー銭湯で体力を付けよう(=長時間風呂に入れる=体力が付く)と思って行ってみたら、入ったあとに風邪引いたり頭が痛くなったり(=体力使いすぎ)。

そんなこんなの日常。

えーと、精神科にはもはや通ってません。
どうせ眠れないだけだし、おまけに出される睡眠剤の副作用に振り回されて、結局出される薬はもうないだろうなーと思って行くの止めた。

その代わり、この体力のなさとか疲れて動けないとかだるいとか息苦しいとか背中が痛いとかどうかならんかと思って、先月から漢方薬をメインに処方してくれる病院に行っている。その病院には既に2回行った。

1回目の処方は、
十全大補湯(ツムラ48)、加味逍遙散(同24)がベースで加味帰脾湯(同137)、麻子仁丸(同126)が寝る前。頓服は柴胡加竜骨牡蛎湯(同12)。

十全大補湯は体力が弱っている人に効果があるらしい。加味逍遙散は以前、精神科で出されたことがあってずっと飲んでいた。ただそのときは効いてるか効いてないかよく分からなかった。加味帰脾湯は睡眠剤に近い効果。麻子仁丸は下剤。漢方ってどうしても「便を出す」ってことが基本になるらしい。この麻子仁丸の効き目はわたしには強かった。よく「便秘と下痢を繰り返す」っていうけど、まさにそれ。っていうか、出始めたら腸の中が空っぽになるまで出続けるので、ある程度溜まる時間が必要なだけで、それが「便秘」って表現されていいのかな~?とは思うけど。出てる間は腹痛を伴うのでたまったもんじゃない。
頓服で出た柴胡加竜骨牡蛎湯はイライラしたときに飲めと言うことだったが、1回分飲んだのみ。それも特にイライラしたからじゃなく、たまに背中にアカシジアみたいなムズムズするのが出るのだが、それが出たので「これに効くかな?」と思って試しに飲んでみただけ。(ちなみにそのアカシジアみたいなのは、いつも何もしなくても1時間くらいで自然に治まるし、背中のアカシジア自体滅多に出るものじゃなく、現にこれ以降は一度も出てない)

2回目の診察の前に、貧血だってことが分かり、そのことを報告。あとわたしは1年くらい前から腰が冷えるようになって、でもそれはずっとではなく、ときどき起こってたのだが、この診察の1週間くらい前からまた腰が冷え始めたのでそれも報告。あとは下剤が効きすぎることも報告。脈診の結果、ストレスは以前より減った脈をしてると。その結果、

十全大補湯(ツムラ48)がベース。当帰芍薬散(同23)は朝、加味逍遙散(同24)は夕。加味帰脾湯(同137)、潤腸湯(同51)が寝る前。頓服は呉茱萸湯(同31)。

前回の処方も「血が増える処方」だったと言われたが、これは前回よりもそれ以上なのか、同程度なのか。細かいところはよく分からないが、ストレスが減ったことで加味逍遙散が減り、当帰芍薬散が加わったっぽい。当帰芍薬散は飲んだら体温が物理的に上がった。もともと基礎体温はここ数年ずっと測ってて、それによるとわたしは元々結構体温が高く、低温期でも36.6度、高温期になると37.4度くらいになる。それが当帰芍薬散を飲んだら全体的に+0.2度くらい上がった。なので、ここ最近ちっとも暑くないのに汗ダラダラ。の割に腰は相変わらず冷えるので、これは身体の冷えとは関係がないのだろうか。あ、夜中にトイレ1回くらい行くことがしばしばあったけど、それは行かなくなった。夜中のトイレは冷えと関係がありそうだ。麻子仁丸の代わりに潤腸湯という下剤に変更されたが、名前の通りこれはちょっとマイルドかも。しばらーく出なかったけど、出始めたら毎日お腹痛くならずに便意で便を出したくなる。
頓服の呉茱萸湯は頭痛時。もう3回くらい飲んだか。うち2回は効いたが1回は効かなくて西洋薬の偏頭痛薬を飲んで治した。めっちゃにがー!!!な漢方薬。頓服でよかった。

で、これで結構順調に行ってるなあ~と思ってたんだが。

健康診断で貧血を指摘され、その場で精密検査となり、その結果を先日聞きに行った。典型的な鉄欠乏性貧血だった。フェリチンが正常値以下で絶望的に低かった。フェリチンって鉄を溜めとく場所にどのくらい鉄が溜まってるかという指標だそうだ。正常値は6-167で「普通二桁はあります」って言われた。その結果フェロミアという鉄剤を処方されたのだが、これねー、以前も飲んだことがある薬でわたし、2錠飲むと腹痛起こして腸の中空っぽになるまで出続ける、ある意味わたしにとっては「強力な下剤」と一緒なのだ。なので「2錠は飲めません」って医者に言った。そしたら「1錠じゃ鉄は溜まりません。本来ならあなたは4錠この薬を飲まなければならないんです!」って言われた。。

「お腹痛くなるんですけど」というと「じゃあ、下痢止め出します」って。「下痢止めでお腹痛くならないんですか?」と聞くと「。。。」で。じゃあ、お腹は痛くなるのに出ないんだったら、ずっと地獄の苦しみじゃん?その場合、止めることに何の意味があるのだろう??(外出時に下痢が出るよりマシってことか)

しかもわたしは今漢方で下剤を飲んでいる。その上に更に(わたしにとっては)強力な下剤(=フェロミア)を飲み、その副作用を止めるために下痢止めを飲めと。。わたしは便を出したいんだか出したくないんだか??だんだん頭がこんがらがってきた(笑)わたし、今ようやく潤腸湯で順調な排便できてたのに(しゃれか)。

医者にはとにかく、どういう方法でも、薬を割っても何してもいいから工夫して1日2錠は飲めと言われた。「そうじゃないと輸血しなきゃならなくなりますよ!!」と脅されて怖かった。。帰ってネットでいろいろ調べたけど、鉄欠乏性貧血の治療って、どうやってでもどんな副作用が出ても鉄剤を飲め!ってことらしいですね。。食事やサプリではもはやここまでの貧血は改善できないらしい。もちろん日々鉄を取るという姿勢は大切だけど。で、鉄剤で副作用に苦しんでる人も多いらしい。それからわたしも注射もあるよと言われたが、まだそんなに強くは薦められてない。まぁこれは今後、本当に鉄剤飲めなかったら考えなきゃいけないこと。あと別の貧血の薬もあるらしいが、わたしが診てもらっている病院はフェロミアしか出せないんだと(泣)

で、家に帰ってから2錠いっぺんはダメだから、1錠ずつ飲もうと思って昼食後に飲んだら、その後すぐにお腹が痛くなってトイレに何度も駆け込むことに。だけどその日の夕食後飲んだら痛くならなかった。ということは、どうやら1錠でもお腹がいっぱいになったときに飲まないとダメってことが分かった(昼食はそんなにたくさん食べない)。しかもその影響で翌日は胃痛に苦しんだ。食欲もなくなった。今年は5月下旬に極度の食欲不振で胃カメラ飲んだけど、まぁあのときほどではないがそれに近い胃と食道がスースーする感じがする。

食欲不振はやっと最近なくなったと思って喜んでたのに、1日で逆戻りかよ、と思うとこの先のことを考えて絶望した。よくなるのはじわじわ、悪くなるのは一瞬なんだからね。

そんな感じなのに、やっぱり鉄剤は飲まないといけないんだろうな~(泣)
2錠でもこれだから、4錠はとうてい飲める気がしない。
1ヶ月後に再度血液検査だそうだが、それまでに処方された薬を飲みきれない感じがするので気が重い。

まぁ次の漢方医院でちょっと相談してみる。

健康までの道のりは程遠い。
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08-05 Sat , 2017
実習計画書(案)の提出
自分でもこんなに早く書けるとは思ってなかったんだけど、一応、実習計画書(案)を作ってみたんで、実習の担当の先生にメールで提出した。まぁこれはあくまでもたたき台なので、これから数回メールのやりとりをした上で完成させる予定。

ただ実のところ、集めてきた資料を全部読んだ上で計画書(案)を書いたわけじゃなく、まだ半分も読めてないというか、資料集めも全部やったとは言い難い。先生から「社協については論文がたくさんあるから読んでみた方がいい」と言われていたのに、そちら方面はまだ全然手を付けていない。なので、よくこんな状態で書けたなとも思う。しかも、実習計画書(案)を書けと言われたときも今も、正直「実習先でどういう実習やるのかさっぱり分からないのに計画書書けってどういう意味だよ?」と思っていたりする。イヤミみたいに(案)って付けてるのは、この後実習前に実習先に行って、そこで実習先の担当者とすり合わせをした上でちゃんとした「実習計画書」を作り直すんだそうだ。それ聞いて「えー?なんか案を作るのって無駄じゃん?」って思わなかったこともない。しかも実習計画書の見本みたいなものも全然なく、6月のスクーリングの時受けた説明もなんとなく抽象的なもので、それを一体どうやって具体的な計画にするんじゃ??と思ってた。

ただ、実習先が決まってからいろいろ資料集めをして、全部じゃないながらそれを読んだり、あとは日々の教科を勉強するうちになんとなく自分の中で疑問が湧いてきて、それを一旦まとめてみようと思って好きに書いてみたのね。そしたら疑問の項目が6つできて。で、その疑問をどうやったら解決できるかなと思ってスケジュールを組んだらなんとなく書けてしまったという。

でも正直、それがいいかどうかはまだ全然分からない。どう考えても自分の持っている疑問は誰かに聞いてすぐ答えが返ってくるようなものではないのは分かってるし、そういうことを実習で聞いたり考えたりすることがいいのかは分からない。実習ってもっと基礎的なことを身に付ける場だとしたら、わたしの今持っている疑問は応用的すぎる。

だけど、そういう分からないことがあったら、実習担当の先生に思い切って聞いてしまうのが一番いいと思う程度にわたしは実習担当の先生を信頼している。今のところスクーリングで3日間しかお世話になってない先生なんだけど、なんとなくこちらで分からないことをうじうじ考えているより全部言っちゃった方がいい感じがする先生って気がするので。

なので、自分が疑問に思ったものを6項目挙げた文書と実習計画書(案)を一緒に送って上のようなことが分からないんだ、ということをきちんと書いて送ってみた。もし全然見当外れなことを書いていたとしても、今だったらまだ時間はあるし(実習計画書(案)は事前のオリエンテーションのときに持って行くが、事前のオリエンテーションは多分来月中になる)、書き直してまた再度提出すればいいし。

ま、その間、集めた資料を読んでおかなくては。社協が実習先だと利用者が明確に想像できないので、ホント、すごーいイメージしにくいんだよね。それなのに資料だけは大量にある(役所の計画と繋がってるので。でもこれはどの施設も同じか。だが、社協の範囲は高齢者だけ、とか障害者だけ、ではなく、範囲が全部なので大量なのだ)。そして前回書いた「社会調査の基礎」、まだほとんど読めていない。。orz

体調がめちゃめちゃ良くない。家の外に出るだけでも億劫に感じる、というか正直途中で息切れして倒れないかとかちょっと不安な状態になってきた。6月に健康診断受けて、もう随分前に「結果が出ましたよ」って電話が来たのだが、昨日まで忙しかったり疲れてだるくて行けなかった。昨日もだるかったのだがようやく行ってきたら医者に「貧血がひどい」と言われた。で、精密検査のために再度採血された。貧血の種類を調べるそうだ。もともと貧血気味で、それでもヘモグロビンは2桁を保ってたんだけど、ついに1桁になってしまって。まぁ重度の貧血ではなく中度の貧血だけどね。もしかしたらここ1ヶ月めちゃくちゃだるくて仕事も休みがちなってしまったのは、貧血のせいなのかなあ?
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08-01 Tue , 2017
第2学期開始
今日、8月1日から第2学期開始。期間は11月30日まで。

今日からまた新たに8本のレポートが課される。
今期出すレポート科目は「社会調査の基礎」「相談援助の基盤と専門職2」「相談援助の理論と方法2」「地域福祉の理論と方法1」「福祉サービスの組織と経営」「高齢者に対する支援と介護保険制度2」「保健医療サービス」「相談援助演習2」。第1学期とはちょっと様相が異なってきた。題名だけではちょっとピンと来ない「福祉サービスの組織と経営」だとか「保健医療サービス」だとかがあって、レポートの課題内容も今読んだだけではどんなこと書いていいんだか?という感じ。

そりゃ、教科書読まないと分かんないでしょ、勉強したことないんだからと思うが、前学期は法律的な内容に関することが多かったので「これはこの法律読んで、その前提になるこういうのがあるはずだからそれを探して」とか、教科書を読む前にある程度何を調べたらいいのか、見当が付いたんだよね。ところが今回は課題自体、何を言ってるのか今のところはよく分からない。。なので、どういうことを調べればいいのかも何を調べたらいいのかも当然のことながら今の時点ではよく分からないので、レポート作成にどのくらい時間がかかるか分からずちょっと不安。

それに加えて今期は実習が重なる。事前に実習計画書(案)を作成したり、実習先に訪問したり、実習のための事前学習もある。レポートを書きつついろいろやらなきゃならないので、大丈夫なのか?とこれまたちょっと不安。

そして第2学期の中に「地域福祉の理論と方法」があるのは社協が実習機関なので大変タイミングがいいが、それ以外にも就労支援サービス、権利擁護と成年後見制度などの教科書も関連する(だろうと思う)ので、実習始まる前までに読んでおきたいんだよね。そんな時間があるとは思えないが。。

7月22日に第1学期最後のレポートを出したあとの9日間は、結局自分の読みたい本1冊と実習に関する本半分くらいまでしか読めなくて、その他のことはまったくできず、ひたすら休んでいた。それでもあんまり体調よくない。6月30日に健康診断を受けてきたのだが、その結果が半月以上前に出ましたよと電話をもらったのだが、行く気力がない。近所の病院なんだけどね。

まぁそんなこんなで先行きが不安なのだが、一つ一つクリアしてくしかない。

まずは「社会調査の基礎」の教科書を読むことから。

頑張ります。
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07-22 Sat , 2017
レポート、書き終わった~!
ただし終わったのは第1学期分で、8月1日から第2学期分の8本のレポートが待ってるけどね(´Д` )

前の日記では7月20日までに書き終えたいって書いたけど、結局は2日遅れの22日だった。「低所得者に対する支援と生活保護制度」のレポートが思いの外書きづらくて。。というか、レポートが書きづらかったのではなく、調べれば調べるほど気分が悪くなってきたので、それで時間がかかってしまったのだ。

今学期は法律関係について問われる内容が多くて、そういう場合は厚生労働省の該当の審議会の議事録とか資料とか当たって「根拠」を調べることが多かったのだけど、生活保護の場合、例えば不正受給についてもっと厳しくしましょう、みたいな話し合いの際にまったく資料がなく、「不正受給は全体の0.4%だけどね~やっぱり厳しく対処していかないとダメだよね~」(この0.4%についても、特に資料が出ていたわけではない)で話が進められていたのにはびっくりした。もちろん、一部の出席者からは統計に基づいた「そうではない」という指摘もあることはあるのだが、それはほとんど無視されている。生活保護に関しては全体的に統計がどうも恣意的に扱われているような気がしてならなかった。例えば「生活保護は1951年度を抜いて過去最高の受給者」(2011年度)と言われたが、全体の日本の総人口は1951年度と2011年度を比較すると1.5倍に増えてるので、受給率は1951年度の2/3に過ぎない。受給世帯も「高齢者」「障害者」「母子家庭」「その他の世帯」に分かれてて、「その他の世帯」が増えてるから、もっと働かせないと!って議論になっているが、「その他の世帯」の内訳を見るとその約半数が60代以上と10代以下で、そもそも「働けない」人たちである、残りの半数のうち「世帯主」じゃなく「重い障害」でないので「障害者世帯」に入らない人たちがここに入っている、それを除いた2/3の人たちは既に働いている、ということが分かっているのに、「その他の世帯」一括りにして見られて、いかにも「働けてる人が働いていません」という風に統計上見えてしまう。ここらへんのことは、日弁連が出した「今、ニッポンの生活保護制度はどうなっているの?」というパンフレットに詳しい。

なのだが、こういう統計の分析はなぜか審議会の資料の中では全くされておらず、ただただ絶対件数のみで議論しているので、全然実態に即した話し合いがされておらず、現に「件数が1件でも多くある」ことがいけないことのように話し合われている。不正受給にしても同じ。調べてみたら読売新聞の「貧困と生活保護(46)生活保護の不正受給率はごくわずか 未然に防げるものが多い」という記事が非常によくまとまっていたのだが、不正受給にしても、件数自体は確かに増えている(=件数の絶対値は増えている)が、1件当たりの不正受給金額は減っていると書いてあった。ということは、ここにも書いてあるが、ちまちまとした不正受給までよく拾えるようになった、その結果件数の絶対値が増えた、ということなのだ。そして、この「不正」においても、事前にケースワーカーさんが「子どもがアルバイトをするようになったら申告して下さいね」と言っていればかなり減るのではないかとのことだった。

それ以外にも「不正受給」の中には、交通事故の被害者が、加害者が入っている自動車保険から求償せずに生保の医療扶助を受けたことも「不正受給」になってるんだよね。被害者としてみれば、自動車保険から求償することと、医療扶助から医療を受けることは、どちらも自分にとっては違いはないので、わざわざ加害者に求償するのを拒む人がいるらしいんだけど、こういうのって不正受給しようと思って求償を拒んでるわけじゃないよね(確かに「捕捉性の原理」には引っかかるんだけど)。まぁ、この件については国が第三者求償権を得るという法律を作ったことによって、こういう問題はもう起きないようになったのだが。が、一般に「不正受給」と聞いて思い浮かべることと、実際に起きている「不正受給」の間にはかなり隔たりがあるってことだよね。「不正受給件数が過去最高」と報道されるけど(その元は厚生労働省がそういう発表しかしないから)、1件当たりの金額は減った、ということはまず陽の目が当たらない。一般の人は「不正受給はやっぱり増えてるんだ。やっぱりもらってはいけない人たちがもらっているんだ!」という「印象」を植え付けられてしまう。

その元が審議会だ。審議会で話されていることは結局「生活保護を受けるとどんなスティグマが貼られるか思い知らしてやれ」「働かない人がいるから働かせるようにしろ」という話し合いしかしていない。一部の人が「そうじゃない」といい、審議会の報告書などにはそれが反映されているところもあるけど、実際の法律になれば、そんなことは無視されている。役人から出される通知も同様。なので、審議会の議事録は全部丹念に読んでるわけじゃなく、むしろさらーっと読み流す程度にしたのだが、調べれば調べるほど気分が悪くなっていくので、「低所得者に対する支援と生活保護制度」のレポートを書くことは今までで一番つらかった。。ただ別にレポートとこの話題はほとんど関係がなく(笑)、、少しは関係があったんだけどね、でも、根拠となると考えられていることが実は全然根拠ではないと分かってしまった以上、そのことを根拠にすることは、わたしにはできなくて、別の方向から書いた。

ってことで、彼女からは「たかが1200文字のレポートにどのくらい労力を費やしてるんだ!」と言われるけど、最後の方はかなり要領がよくなったと思っている。なんてったって、約20日のうちにレポート4本書けたのだから。

ただ、身体の調子はほとんど元に戻ってなくて、また会社を休みがち。今月2回しか仕事行ってない(´Д` )疲れてるので、昼寝しても夜眠れる。夜は比較的早く寝てるけど、朝もそんなに早く起きられない。そんな感じ。寝ても寝ても身体がだるい。疲れが取れない。背中が痛い。息苦しい。しんどい。まぁこんな中でよくやったわ。

次の学期は8月1日から。だけど、残りの10日ではやりたいことがいっぱい。今まで読めなかった個人的に興味がある本が読みたい。実習先について調べたい。実習計画書(案)を書かなくちゃ。前倒しで8月1日からの教科書も読んでおきたい。できたらレポートにも手を付けたい。なんてことを考えると、休むヒマがないなあ。。
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07-08 Sat , 2017
あと2本
7月31日までに提出するレポートがあと2本になった。
今月初めまでは4本だったので、半分を消化したことになる。

今年の4月に大学に入学し、そこから7月31日までが第一学期。その間にレポートを8本提出しなければならない。
単純計算だと半月に1本になるんだけど、今学期はそのペースがなかなか掴めなくて、それで予定通り行かなかった。6月下旬の時点で教科書3冊、レポート4本だったのだけど、そのうちの教科書2冊を5日ずつかけて全部読み、その後2本立て続けに資料集め、レポート書きをした結果が今だ。なので、あと教科書1冊とレポート2本が残っている。

多分、これから5日かけて教科書読み、そして資料集めとレポート書き。次の課題は演習の課題なので読まなければならない教科書はない。課題からして集める資料もなさそう。自分のことをじっくり考えて書けばいいので、おそらくそんなに時間はかからずに書けるだろう。予定としては、20日頃までに全部提出してしまいたいところなんだけど、できるかな。

あまらせた10日間は第2学期分のレポートに取りかかろうと思っている。というのは、第2学期から新たにまた8本のレポートが課されるのだが、第2学期の期間、8月1日~11月30日って、ちょうど実習期間と被ってるのよね。実習は10月中旬から始まるので、第2学期の半分は実習中なのだ。実習とレポートが重なるのはちょっとつらそうなので、できるだけ前倒しでレポートを書いてしまいたいな-と思っている。

ただ教科書読みは第1学期に読んだものと重なる学科があって(相談援助の基盤と専門職と相談援助の理論と方法と高齢者に対する支援と介護保険制度)、まぁもう一度再読するつもりだけど、これは1回目を通してるので多分ちょっとは楽なはず。ただ、レポート課題は第1学期に比べると書きづらそうな印象。

第1学期は割と法律関係の話が多く出てくる分野で(高齢者、障害者、児童福祉、低所得者)、わたしはこういうのに対しては、とても資料が集めやすいというか、なんとなく課題に対する道筋だけは分かるんだけど、逆に相談援助の理念や技法に関しては、なんて書いていいのか未だによく分かっていないというか。。なので第1学期も書いた「相談援助の基盤と専門職」と「相談援助の理論と方法」はすごく書きにくかったのよね。逆に第2学期はそんな感じの科目が増えるので、苦労するだろうなあ。。

そうそう、こういうカリキュラムの組まれ方、どこも同じわけじゃないみたいです。最近偶然、別の専門学校のウェブサイトに載ってたカリキュラムを見たとき、全然違ってたのでびっくりした。「人体の構造と機能及び疾病」だけは共通して一番最初だったけど、その後は心理になって相談になって、高齢者とか障害者制度などは最後の方になってた。社事大のカリキュラムは「人体の構造と機能及び疾病」の次に「相談援助の基盤と専門職」「相談援助の理論と方法」をやって、次からは高齢者、障害者、児童福祉、低所得者、なんだよね。「人体の構造と機能及び疾病」の次に心理、相談というのは、今使ってる教科書、新・社会福祉士養成講座(中央法規)の順番通りで、そこから行くと、わたしがウェブサイトで見た専門学校のカリキュラムはこの順番通り、社事大の方がわざとそうしたカリキュラムを組んでいる、ということになる。

でも、実習をしなければならないわたしにとっては、社事大のカリキュラムの方が合理的なのだ。というのは、やっぱり実習をする際、自分の行く実習先はなんの法律が根拠になってて、どの制度の中に組み込まれてて、どういう支援があるのかなどを考えると、やっぱり実習に行く前に一通り、福祉制度について知っておく必要があると思うからだ。とはいえ、そんなにしっかり頭に入っていることはなく、漠然とした印象だけしか残ってないけどね。高齢者制度はとても複雑、障害者はなんか障害別にきっちり分かれてて、児童福祉は去年の改正でかなり進歩的になったなあくらい?だけど高齢者も障害者も児童福祉も微妙に影響し合って政策が進んでいることも分かるのだ。それに実習前に一度触れておくと、実習でもし「ここはどういう制度になってんの?」って思ったときに、自分で調べられるようにはなってるんじゃないか。というわけで、入学する前はカリキュラムが学校によって違うなんてことは全然思わなかったのだが、入ってみて、実際に勉強してみて「なるほど、そういうことか」と理解できるという。。まぁこれ、鶏と卵ですけどね。入ってみて「このカリキュラム、自分に合わない」って思ったとしても、引き返すことは無理だからね。。

ってことで、今日から「低所得者に対する支援と生活保護制度」の教科書を5日で読んで、そのあとレポートに取りかかる予定。ただ、この課題選択、まだどちらにするか決めてない。。事前の資料集めが少なそうなのはG-1だが、レポートとしては結構書きづらそう。逆にG-2は資料集めは大変そうだが、レポートとしては書きやすそうなんだよね。ま、これは教科書読みながら決めることにする。

最近の体調はものすごく悪い。7月入ってから2回仕事があったけど、1回目は休み、2回目は会社には行けたものの、気分が悪くて1時間もしないうちに早退してしまった。まぁここずっと休みなくやってるので体力低下しているのは確実なのに加え、暑くなってしまったので疲労がすごい。夜早く寝るようにして疲れを取るようにしてるのだが、追い付かない。昼間寝ても寝ても寝たりない。身体がだるくて起き上がれない。でもやらなきゃいけないのでやる。すると余計疲れてだるくなってまた起き上がれなくなる。大丈夫なんかな、わたし、と思うこともあるが、まぁやるしかないよね。こんなに身体が疲れててもやる気だけは十分あって、体力が付いていかないだけなのだけど。。逆にやる気がなくならないから休めないともいうか、頭が休もうとしてくれないというか。。
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