11-06 Thu , 2008
しばらくは後ろ向きで居させてくれ
今日はもう、気持ちがくさくさして、今もふて寝から目が覚めたところなんだけど。

「この気持ち、何かと似てる、以前も何度も何度もこんな感覚を持ったことがある。それは一体、なんだったっけ」って思ってたら、昼メシを買いにコンビニに行ったとき(最近、わたしの昼メシは実は、シュークリームだったりする(爆)。しかもペコちゃんの)、ある歌が浮かんできた。

それは。。協和発酵の焼酎、「かのか」のCM。

それですっかり謎が解けた。って、これだけしか書かなかったら、わけが分からない人の方が多分、多いだろうが、協和発酵はかつて、防府市に硬式野球部があった。わたしが中国地区の社会人野球を見始めたときは、そんなに強いチームだとは思わなかった。が、徐々に力を付けてきて、日本選手権の代表決定戦にまで出場するようになった。平成12年、協和発酵は第1代表決定戦に負け、第2代表決定戦にも負け、結局、日本選手権出場はかなわなかったはずだった、その時点では。

しかし、第2代表となった三菱自動車水島が、例の「リコール隠し」のあおりを受け、出場辞退、ということになった。そして、その代わりに協和発酵が日本選手権に出場することになった。

わたしはあのとき確かに三菱自動車水島の選手たちのことを思い「だったらなぜ、日本選手権の二次予選に出場させたのだ」というやりきれない思いがあった。現に、他の三菱自動車のチーム(岡崎、京都、川崎)は、二次予選に「出場辞退」したのだから(あの当時、中国地区が一番、日本選手権の代表が決まるのが早かったのだ)。

しかし一方、協和発酵が日本選手権に出場できることも、もちろん、監督、選手を始め、応援するものまでとても複雑な気分だろうが、わたしは彼らが大きな舞台で戦えることを喜んでいた。結果は1回戦敗退、だったけど。

だが、この経験が生きたのか、協和発酵は平成13年、自力で日本選手権の出場を勝ち取る。このときは日産自動車九州が相手だったが、最初、4点先制したものの、その後1回に7点取られたりして、結局8-14で負けた。

当時、わたしはなぜか協和発酵の監督さんやコーチの人と顔見知りになっていて(あんだけ球場に通えば、顔は覚えられるし、そしてその当時、それ関係のウェブサイトをやってて、いろいろ書いてたんで(笑)ある年の徳山大会の時に声かけられて以来、ちょっとしたことは話すようになってた)、平成14年の広島大会の時、その大会には出てなかった協和発酵の監督さんとコーチを見かけて「お、今年は気合いが入ってるなあ」なんて思っていた矢先。協和発酵、今季限りで廃部のニュース。愕然とした。ウソだろ、って何遍も思った。最近、ようやく強くなってきて、全国大会にも出場できる力を持つチームになったのに。。

その年の都市対抗野球大会は、予選の時点から、防府市(協和発酵)を心の中で応援していた(基本的には、予選の時点ではどこも応援していない、というのがわたしのポリシーだったんだけれども)。そして、防府市(協和発酵)が都市対抗中国地区予選第1代表を突破したとき、本当に嬉しかった。

もちろん、東京ドームで行なわれる都市対抗野球は観に行った、というか毎年観に行っていたけれどね、東京ドームには(笑)でも、その年は特別だった。第1回戦、対JR東日本東北。7-2で申し分のない勝ち方だった。だが2回戦、対NTT東日本のとき、先発の三瀬(NTT西日本中国野球クラブから補強、現ソフトバンクホークス)の制球が定まらず、、、確かに味方のエラーなどで「打ち取れる」と思ったものを出塁されたりして、ペースが狂ったのだろうが、その後、打たれるは、制球が定まらず四球連発だわ、で、1アウトも取れず3失点で、ノックアウト。チームメイトである伊藤(NTT西日本中国野球クラブから補強)に代えられた。

しかし、この1回の攻撃に一挙に4点入れられたのが響き、結局6-2で2回戦敗退。試合が終わったあと、わたしは人目をはばからずに泣いた。あのあと知り合いに会って「会わせたい人がいる」って言われて、すんごい情けない姿で会わせられたんだけど(苦笑)もう、めちゃくちゃ泣きまくった。

結局、協和発酵はその後、日本選手権を目指したんだけど、もう都市対抗で力が尽きたのか、早々に中国予選を敗退して、そして廃部になった。

このとき、打たれまくった三瀬が、次の年、自分のチームでまた戻ってくるとは夢にも思わなかったし、そしてその年限りでNTT西日本中国野球クラブも廃部になるとは思わなかったんだけどね。もっと言えば、三瀬がまさかドラフトで指名されてプロ野球選手になる、とともに、その年の新人王と最優秀救援投手になることさえも全く予想してなかったんだけどね。

世の中は不況で、自分の好きなチームがどんどんなくなっていき、そのたびにわたしは悲しく、悔しい思いをした。「なぜ?どうして?」と思っても、わたしはなんの力もなかった。何もする術がなかった。会社の野球を応援している人たちだって、会社が決めたことだから何も言えない。ましてやその会社と全く関係のないわたしは、ただただチームが目の前から消えていくのを見ているしかなかった。そして、最後の試合を観る度に、悲しく、悔しく、つらい思いをした。

この悲しみと悔しさが、昨日のProp 8可決に対する思いとよく似ていたんだ。

自分には何もする術がない。ただただ否決されるのを願うのみだった。しかし、Prop 8は可決され、わたしは自分が何もできないことについて、悲しくて悔しくて仕方がなかった。

もちろん、カリフォルニア州の同性婚の問題は、社会人野球チームの廃部と違って、まだまだ先がある。しかし、わたしはそれをただただ見守り続けるしかないのだ。それが今のわたしにはつらくてたまらないのだ。



この「かのか」のCMは、大阪ドームでよく、イニングとイニングの間に流されていたCMだ。これを見ると、当時の大阪ドームを思い出す。そして、東京ドームで号泣したことも思い出す。大好きだったチームをもう二度と観られない悲しさ。自分の力ではどうもできない悔しさ、悲しさ。そういう気持ちのすべてを思い出す。

結局この後、協和発酵は酒造部門を切り離し、アサヒビールに売った。現在の焼酎「かのか」はアサヒビールが売って、CMも違うものになっているらしい。

もう少し、このまま後ろ向きのままでいたい。後ろ向きのまま、これからカリフォルニアではどういう動きがあるのか、それを見届けたい。
20:44 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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コメント
協和発酵って企業は酒類と医薬品が主な業種でしたが、酒類はだいぶ前にアサヒビールに経営譲渡されちゃいました。
確か野球部が活動停止になった2002年です。
多分、野球部がなくなったのはこういう事情もあると思います。

そう言えば月曜日付けで昨年社会人野球に新加入したヒタチエクスプレスが自己破産の申請をしたという記事が出ました。
活動停止が発表される前に会社の業務停止になったのは前代未聞でびっくりしました。
Posted by: M at 2008/11/06 21:31 URL [ 編集] | page top↑
>Mさん
Wikipediaで調べたところ、協和発酵が酒造部門をアサヒビールに売ったのは、平成14年9月だそうです。なので、廃部が決まったあとですね(社員に廃部の文書が送られたのは6月13日付です)。
もちろん、協和発酵廃部にはそのような事情も一因だとは思いますが、実際は防府工場で野球部を支えきれなくなったことの方が大きいようです。野球部員自体は本社採用だったようですが、支えていたのは防府工場ですから。

ヒタチエックスプレスは結局、一度も観ることはありませんでしたね。
Posted by: ron at 2008/11/06 22:09 URL [ 編集] | page top↑
「同性婚賛成」がNOで「同性婚反対」がYES…これじゃ間違って投票した人もいるでしょうね…保守派はそれが狙いだったのかな…
Posted by: 匿名V at 2008/11/07 10:00 URL [ 編集] | page top↑
>ななしさん(と呼ばせていただきますね(^^;)
確かに「Yes」と「No」をごちゃごちゃにしてしまった人もいるかも知れないですし、「No」にはネガティブなイメージがあるかも知れないですが、それだけで5%もの差はつかないと思います。

今後の「同性婚賛成派」の動きが気になるところです。
Posted by: ron at 2008/11/07 11:03 URL [ 編集] | page top↑
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