10-13 Mon , 2008
ブレンダと呼ばれた少年
わたしはいつくらいだったかな、高校生の時だったか、親に頼んで毎月「科学朝日」を取ってもらってたんだけど(その当時、うちの新聞は朝日新聞だったので)、そのどの年か、今、ネットで検索してもよく分からないんだけど、確か特集が「女と男」ってときがあった。わたし、あの号はどういう理由でかは分からないんだけど、何回も読んで(他の興味のない号なんかは全然読んでなかったのに(苦笑))、しかも何回か引っ越ししたんだけど、その中でも「捨てられない本」の一冊で、ずっと取っておいた本だった。ま、今は捨てちゃって、手元にはないんだけど。

その中で忘れられない話がある。

かなり有名な話なので、知っている人は多いと思うけど、あるとき双子の男の子が生まれ、その男の子が包茎だってんで、手術した際に誤って最初に手術した男の子のペニスが焼けただれてしまって、将来使いものにならないってんで、そこで「性転換手術」をして女の子として育てている、という話だった。あの当時、読んだときにはその子供たちはまだ5歳くらい、って書いてあったと思う。女の子として育てられた子供は、女らしく育っている、って書いてあった。

そして、年月が経ち、その後の後日談を、なんだかよく覚えてないんだけど、何かで読んだんだよね。そのときは女の子として育てられている子供は、思春期に入り自分が男性ではないかと混乱している、と書いてあった。

そのようなものを「読んだ」ことだけが頭の中に残ってて、わたしは別に「男らしさ」とか「女らしさ」(いわゆるジェンダーと呼ばれているものね)が、環境によって変わるのかどうか、ということについては、なーんも考えなかった。でも、その後、その人がどうなったのかは、結構気になっていた。

今回、この「ブレンダと呼ばれた少年」については、よく覚えてないけど、偶然、Amazonかなんかで見つけたのかなあ~?「あ、これは多分、あの話だろう」と思って、買って読んでみた。そうしたら、やっぱりその話だったんだけど、わたしが今まで読んだことと全く違っていたので、かなり驚いた。

結局、「性転換手術」をして女の子として育てられた子供は、いつだって自分を「女」とは思っていなくて、ずっとずっと「違う」と思いながら生きていたんだってこと。そして既に15歳のときに、元の性別に戻っていたということ、結婚したものの、38歳で自殺していたこと。双子の弟はその2年前にやっぱり自殺して亡くなっていたこと。かなりショッキングな内容だった。

と同時に、わたしが高校の時にこの話を知ったわけだけど、この人たちは、わたしよりちょっと前の生まれた、わたしより年上の人だったってことについても、びっくりした。わたしが話を知った当時は既に男性として元の性別に戻ってたんだよね。

なぜこんなに「古い情報」を載せていたかというと、当時の主治医が、都合のいいことばかりを論文に書いてて、その主治医がその分野の権威だったために、誰も本当のことが言えなかったという、これまたすごく馬鹿げた話だったんだけど、この主治医である「ジョン・マネー」って人は、この「男らしさ」「女らしさ」を「氏より育ち」として、要するに育てた環境によって男は男らしくなり、女は女らしくなる、という「持論」を捨てなかった人なんだよね。なので、半陰陽の子供とか、こういった手術のミスで性器を失ってしまった子供を「男」か「女」かのどちらかにして、そしてその性器の形に従って育てれば、ちゃんとした「異性愛者の」大人になる、と思っていたらしい。

その中には確かに今で言う「性同一性障害」の人も含まれていて、成人になって性転換手術を行なった人も中にはいたんだけど、なんかね、今の概念で言うと、半陰陽と、性同一性障害と、そしてそうではない人とみんなごちゃごちゃにして、それを無理に「一つの結果」に強引にしてしまったので、すごく悲惨なことが起きてるんだよね。

でね、この本、Amazonの批評を読んでもらうと分かるんだけど、解説でものすごく「ジェンダー・フリーバッシング」してるのね。要するに「男らしさ」とか「女らしさ」は持って生まれたものだから、「男らしさ」とか「女らしさ」をなくそうとする「ジェンダー・フリー」なんぞ、以ての外。今まで、この話を真に受けて「生まれつき男女の差はない」と言っていたフェミニストの人をもう、叩きまくっている(苦笑)要するに、この本、「ジェンダー・フリー・バッシング」のための本、みたいになっちゃってるんだけど。

違うんだよなあ(苦笑)

「男らしさ」、「女らしさ」と自分が「男である」とか「女である」という「性自認」は、また全く別のものなんだよね。要するにさ、「男らしさ」とか「女らしさ」は「ジェンダー(社会的な性)」なわけで、それによって自分が「男である」とか「女である」と感じる心とは違うものなの。多分、性器の他に、脳で「自分は男/女である」って思っている部分があるのだろう。だから逆に言うと、性同一性障害の人は、性器の形や遺伝子(XとY)が完全な「男/女」であっても、脳では(普通、心の性と言っているが)「自分は女/男である」と言う風に、認識がずれている、と言うわけだ。

だからね、この場合、かわいそうに「女の子として育てられた子供」は、性器の形と性自認が同じ人だったんだよね。それは、大部分の人と同じく。それが本人の意志を聞かずに(って生まれたばかりだから当たり前だけど)、今で言う「性別適合手術」をしてしまったわけだ。だから、この場合は「性同一性障害の人」と全く逆のパターンで、なおかつ苦しみは同じ、というわけ。だからこれは「性自認」の問題で「ジェンダー」とはなんの関係もないんだよね。だから、そんなところで「ジェンダー・フリー・バッシング」なんかやるなよ、これ読んでそんなことやると、結局自分は何も分かってませんよーって公言してることと同じなんだよね。恥ずかしいことこの上ない(爆)

だいたい男(女)が「男(女)らしく」育てられて、みんながみんな、性自認が一致してたら、トランスジェンダーの人なんか、この世にいないって!どういう風に育てられようが、性自認と自分の性が違う、性別違和を感じる人はいるのよ。この解説を書いた人は、そういう人たちのことを全く知らないのね。そして「男女共同参画行政」について、猛反発している。そんなに「性差」をなくすると、何か不都合な点でもあるのだろうか?この解説を書いたおっちゃん、単なるヒステリーとしか思えないのだが(爆)

「ジェンダー・フリー」ってのは、別に「男らしく」とか「女らしく」というのを否定してはいない、とわたしは思う。男らしくしたいんだったら、すればいいんだし、女らしくしたいんだったらすればいい。けど、そうじゃない人間もいる。このわたしのようにね(爆)要するに「過剰に押しつけられた○○らしさ」というのは止めましょう、というのが「ジェンダー・フリー」っていう考え方なんだとわたしは思う。ま、わたしはフェミニストじゃないんで、実際の「ジェンダー・フリー」についての定義は知らないんだけど、だいたいこんなもんだと思っている。

そしてこのわたし。えー、幼い頃から考えてみるに、全然「女らしく」なかった(爆)小さい女の子なら誰でもやるであろうと思われている「おかあさんごっこ」。あれ、大っ嫌いだった。まー、わたしは「自分は自分以外のものになりたくない」ってところがあるので、「演じる」ことが嫌いなのね。それもあったのかなあ。だから「ごっこ遊び」というものをやった覚えは全くない。あと、人形遊びも嫌いだった。リカちゃん人形とかバービー人形なんか、なぜかうちにあったけど、わたしはその人形の首をもいだり、あとは到底人間にはできない関節を逆に折ったりして、遊ぶんなら、そういう風にめちゃくちゃにして遊んでいた(爆)

小学校の時は、戦車や戦闘機が好きだった。小学校2年の時からプラモデルを作って遊んでいたが、最初に買ったプラモデルは戦車だった。プラモデルの変遷は、「戦車」→「ガンプラ(ガンダムのプラモデル)」→「車」→「バイク」になって、高校くらいまでは作って遊んでいた。ちゃんとパテでつなぎ目を埋めたあとに耐水ペーパーを掛けて、その上でスプレーで塗装したりして、最後の方はかなり本格的に作って遊んでいた。

そして小学校の時は放課後、男子に混ざって一人で野球をしていたり、「鉄道&エレクトロニクスクラブ」に入って、子供がよく作る「お風呂ブザー」や「3石トランジスタラジオ」なんか作ってた。だから今でも半田ごては20Wと30W、2つ持ってるし(トランジスタは熱に弱いので、20Wを使う)、電気テスターも持ってるし、ラジオペンチとか普通のペンチ、プラスマイナスドライバーも各種、持っている。そのうち無線をやりたいと思うようになり、高校に入ってすぐに無線の免許を取って、そして秋葉の電気街なんかよく行くようになった。晴海の国際会議場で8月に毎年「ハムフェア」をやってたんだけど、そういうところに行ったりね。

ただし、制服のスカートがヤダ、と思ったことはなかった。わたしは小学校は私立だから、小学校から制服があったんだけど、制服ってなんとなく「ちゃんとしてる」って感じで好きだった。だけど、学校に着いたらすぐに体育着に着替えて、制服はホント、通学の時しか着てなかったんだけどね。体育着はブルマはいやだった。パンツがすぐはみ出るから(爆)でも、みんなそう思ってたんじゃないかなあ~?今は女子でも短パンで、パンツがはみ出ないからいいよね、って思ってる。

あとはランドセル。わたし、赤いランドセルはいやだったんだ~。だから、私立で黒いランドセルだったから、それはすごくよかったと思ってる。黒いランドセルの方が格好良く見えたんだもん。ただし、実は「赤色」はわたしの好きな色だったりする。ちょっとしたもので、赤いものを付けるのは好きだし、実はピアスもホールが落ち着いてきたら、赤い石のピアスにしようと今から決めている(笑)

それから、なんといっても「ぬいぐるみ」の多さ。わたし、人形は嫌いな割に、ぬいぐるみは本当に好きだったりする(笑)それの一つ一つに名前を付けて、人格(人形格?)を作って、遊んでいる。これは実は今でもそうだったりする(笑)で、もう使わなくなったぬいぐるみがどうしても捨てられなくて、段ボール1箱分、押し入れに入っていたりする。

要するにね、わたしは「自分がしたいこと」をやってるだけなの。そこに「女だから女らしくしよう」とはちっとも思ってないの。「女だから赤い色を好きになろう」とは思ったことはないの。それに赤だけが好きな色ではないしね。青だって好きな色なの。こういうのはね、人に強制されて好きになるもんじゃないでしょ?

なんで、わたしはいつでも「周囲と合わせる」ことなんてちーーーっとも考えずに、自分のやりたいことだけやってきたの。その中に女が一人であろうと、自分がやりたいことだから別に女一人でも気にならなかったの。それより「こっちの方が女の子がたくさんいるから」ってんで、やりたくないことやってもつまんないでしょ?そういう性格だったの。だけど、わたしは自分のことは「男だ」とか「男になりたい」とか思ったことはないの。だって「自分」であるだけでもう十分なんだもの。自分のやりたいことに男も女もないでしょ?そーいうもんじゃないのかなあ~?だからわたしはいつでも「ユニークな子供」とか「変わってるね」と言われ続けてきたんだろうか?

そういわれることに関しては、特になにも思ってなかったのね。とにかく「自分が何をやりたいか」だけで生きてきたから(爆)今で言うと「空気全く読めない人間」と言われそうだけど、空気なんて読む必要ないの。だって、自分がやりたいことをやらずして、どうやってこの世の中を生きていくっていうのよ。一回きりの人生じゃん(あ、わたし「輪廻転生」とか信じてないから)。正直言って、生きていくのはつらい。なんで生きてんだろ、わたし、って常に思ってる。だからこそ、自分のやりたいことをやらずして、どうして生きていけるの?って思う。もともとあんまり生きていきたくないのに加えて、やりたくないことをやらされてたら、ホントわたしは死んだ方がマシだと思っちゃう。

ってことで、この本に出てきた双子の兄弟は、本当に悲惨な人生だったな、と思うんだけど。

お兄さん(っていうか、女の子として育てられた子供)は常に「性別違和」を感じ、しかし、それを誰も分かってくれない。親に無理矢理女の子の格好をさせられて、しかも膣の整形がまだ終わっていないからといって、手術をさせられそうになる。そっちの方はいやがって結局はやらなかったんだけど、ある程度年齢がいくと、今度は女性ホルモンの「エストロゲン」を飲まされる。年に1度のカウンセリングで、性行為の場面とか、子供が生まれてくるところの写真とか見させられる。大人になって「性転換」した女性に会わせられ、将来、こんな姿になることを予想させる。そして「女であること」を強要され、都合のいいところだけが「研究結果」として発表される。主治医はそれでその子供が女性になることを疑わない。全くもって地獄のような生活だったと思う。科学が発達していない、ということはこんなことなんだ、と思わされるし、もしかすると今だって将来から見たらとんでもないことをしていることだってあるのかも知れない。

弟の方は、両親が兄の方につきっきりなので、自分について構ってもらえず、いろいろな「問題」を引き起こす。親は思ったように子供が「女性」にならないので、父親はアル中になり、母親はうつ病になる。もうめちゃくちゃだ。

そして結局は「正常であるが故に誰からも見向きもされなかった」弟が自殺をし、そして、2年後、兄も自殺をする。彼らにとっては、この世はどんなに生きづらかったのか、それを考えると胸が潰れる思いがする。

この本では、主に「半陰陽」である子供について取り上げられていたが、どうして「男」か「女」かに分けてしまうのか。今は生後すぐに医師の判断で決められているのかどうかは知らないが、少なくとも半陰陽の人に関しては、自分がどちらかであるか、本人がはっきりした時点で決められないのか。また、どちらでもない、という認識を持っている人に対しては、それがそのままの存在で許されないのか、とも思う。

そして、このような人に対しても「ジェンダー・フリー・バッシング」の人は、まだ「○○らしく」と言い続けるのだろうか?とても疑問の残るところではある。

人生なんて、自分の思うがままに生きればいいんだよ!無理に強要された「男らしく」「女らしく」なんてくそくらえだ!!(ただし、人に迷惑はかけないように、、(笑))

そーいや、ピアスして明日で1週間日記。
やっぱかゆい。けど、よく見ると、ピアスホールに皮が出来はじめて、それがなんか剥け始めているよう。ということは、これが剥けたらかゆくなくなるのかな。周囲の色は特に変化がないし、痛みもない。ただ、風呂から出て、髪の毛をゴシゴシとタオルで拭いているときに引っかけたりするので、気をつけなければ。
22:28 | (性的少数者)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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