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09-24 Wed , 2008
性別違和を感じないわたし
今、「セクシュアルマイノリティ―同性愛、性同一性障害、インターセックスの当事者が語る人間の多様な性」っつー本を読んでいるんだが、これは3部からなっている。第1部は「インターセックス(半陰陽)」第2部が「性同一性障害」第3部が「同性愛」。まだわたしは第2部までしか読んでないんだけど(もう「同性愛」はいいって感じもしないことはない(^^;)、この本の著者は「セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク」ってところが書いているみたいで、まぁ先生の集まりではあるらしい。でも「性的少数者に対して、こういう風に教えた方がいい」という感じで書かれているわけじゃなく、その当事者一人一人が、さまざまなデ-タやこれまでに起こったこと、体験談、それから自分の考えを書いているという感じの本で、第2部まで読んだところでは、なかなか今まで知らなかったことが多くて、面白かった(って言い方していいのかな)。「インターセックス」にしても、確かにXO型とかXXXY型、という言葉は生物学的に有り得るとは知っていたけれど、それに伴う「生きづらさ」などはあまり聞いたことがなかったから。。「生まれたくなかった」という人々や「産みたくなかった」という人々が外国では訴訟してるんだよねー。。(前者を「Wrongful life訴訟」と言い、後者を「Wrongful birth訴訟」と言うらしい)これは、例えば重度の障碍者やそういう子供を産まさせた、ということで医療側が訴えられているんだけど、インターセックスも「染色体異常」で起こるもので、生まれてから「どっちか一方の性」にさせられる、そのさせられた「性」のままに第二次性徴が起こるとは限らない、というなんとも複雑な場合があるのと、また、生まれつき重度の障碍を抱えて生きざるを得ない人たちもいるらしい。日本では戸籍というものが存在するから、男女どちらかを「選ばなければ」ならなくて、だいたい1ヶ月くらい様子をみてから、ということだったが、それでもずっと男女どちらかにしなくて、その部分はずっと白紙、という場合もあるらしい。

ただ、この本にも書いてあったけど、どんな書類やアンケートや些細なものにも全部「性別欄」があるのね。今は「この世の中は男女だけではない」という考えもあるので、そういうところには「答えたくない」や「どっちでもない」などの選択肢があるけれど、それはほんの一部で、わたしはそういうものには、何の疑問もなく「女」ってところに○をしているけど、答えられない人たちっていうのがいる、ってことを改めて気づかされたというか。

またこの「この世の中は男女だけではない」っていうのは、第2部の「性同一性障害」も同じことでね。まぁここでは「性同一性障害」と「トランスジェンダー」について触れているんだけど。

性別違和を感じる、というのは、生物学的な(身体の)性と自分が感じている性が不一致の人のことなんだけど、同性愛者であるわたしは、もちろん性別違和は感じたことがない。「性別違和を感じるってどういうことだろう」って今日はずっと考えていたんだけど、感じたことのないことは感じることができるわけがなく。よく「性別の違うぬいぐるみを着ている感じ」と形容されるけど、やっぱ分かんないんだよね。。確かに思った性別で見られないのは嫌だ、という気持ちは分からないこともないんだけど、、わたしはよく男性と間違えられるから。。だけど、身体自体に、例えば胸が(小さいけどさ(自爆だわ))膨らんでる、とか、生理があるとか、そういうことにはまったく嫌悪感が感じないんで、やっぱ根本的に分からないだろうなーってこれを読みながら思ったんだけどね。

しかし、前々から思ってたことは「性同一性障害」の人は、過剰に「なりたい性」のジェンダーを身にまとってるんじゃないか、ってことでね。でもそれは分かるのよ。そうしなければ、自分の思った性に見られないんだから。けどさー、わたしにしてみれば、わたしが生物学的に女で、そして性自認も女ってことは、もう揺らぎのないことなわけ。だから、例え男に間違われようと、間違えた人が悪いんであって、わたしは何も悪くないわけ。そういう「開き直り」みたいなのがあるわけね。でも、性別違和を抱える人ってそうじゃないんじゃないか、って思って。でもそれは絶対に間違ってるよね、とは思ってて。だってさ、「そうなりたい性」になるためにしたくもない格好をするなんて耐えられないことだと思うよ?そうだとすれば、性同一性障害の人やトランスジェンダーの人は、絶えず絶えず「そうなりたい性」の格好をし続けなければならないことになる。それってあんまりじゃんって、ちょっと前からそう思ってるのね。

あ、性同一性障害とトランスジェンダーは一緒にしてはいけませんね(笑)性同一性障害っていうのは、ガイドラインってのがあって、それに当てはまる人たちのことで、でもこの中には(日本のガイドラインね、もちろん)1.自らの性別に対する不快感・嫌悪感、2.反対の性別に対する強く持続的な同一感、3.反対の性役割を求める、ってなってて、やっぱり「性役割」を求めさされてるんだよね。。なぜ反対の性役割を求めなければ、性同一性障害にならないんだろう??って思う。1.と2.だけで十分じゃないか、って思う。

それとは別にトランスジェンダーっていうのは、性別違和は感じるんだけど、異性装や異性の性役割をするだけで、身体的な特徴まで変えなくても大丈夫、って人、というのが超簡単な説明なんだけど、これ、本当に人それぞれで、トランスジェンダーってのは、本当に難しいと思うのね。「人それぞれ」ってのは分かるんだけど、じゃあ、どこまで聞いていいの?根掘り葉掘り聞いたら失礼に当たらない?ってつい、思ってしまうんだよね。.だから、すごく難しいとは思ってるんだ。しかもやっぱり異性装や異性の性役割をするだけで満足するってことは、異性の性役割をしたいってことだよね。。?人に説明するとき「性別違和を感じるんです」だけじゃ済まないんだろうか。。って思ったりする。

まぁただ、この本にも「性同一性障害の当事者は過剰なまでに自らの望む側のジェンダーを身にまとうことがある」って書いてあるし、「従来のフェミニズムによるジェンダー概念の枠に性同一性障害の人を押し込めることは意味がないかも知れない」「性同一性障害当事者も『過剰なジェンダー』から解放されていくかも知れない」って書いてあるから、やっぱりわたしと同じようなことを思っている人もいるんだなーって思った。

だってさ「性同一性障害当事者が過剰なまでに自らの望むジェンダーを身にまとう」ことは、やっぱわたしはちょっとおかしいと思うんだ。何がおかしいかというと、性同一性障害って、ただ生物学的な性と性自認が違うってだけでしょ。例えばね、そういう人が性別適合手術をするとする。そうして、自分の生物学的な性と性自認が一緒になったとする。そうするともう性別違和は感じないってことになるよね。その中で、まだ更に自分の望む性の性役割をしなきゃいけないの?って思うのよね。それは、このわたしがジェンダーなんか全く気にしなくて、自分の好きなカッコをしてても「わたしは女」って胸を張って言える、そういう状態に性別適合手術をした人も成り得るんじゃないの?って。

ただ難しいのは、性別適合手術まで望まないトランスジェンダーの人、なんだよね。。だからさ、もう、性別なんてのは、極端に言ってしまえば「自己申告制」でいいんじゃないの?って思ったりする。それを周りの人が尊重すればいい。それじゃダメなわけ?「男にも女にもなりたくない」って人は、それでいいじゃない。自分が望むようなことをすればいいわけで。何も「男になりたいから、性役割は男」にしなくてもいいんじゃないのって思う。

あ。だけど本に書いてあったけど、性同一性障害の人は「同性愛者と一緒くたにすな!」って思っているらしい。。ううむ、それはとても悲しいことだけど、やっぱ「同性愛嫌悪(ホモフォビア)」ってのがあるんだろうなーとは思う。ただ、MtF(Male to Female:男から女に変わりたい)の人の半数は性的指向が男女半々であり、FtM(Female to Male:女から男に変わりたい)の人の9割くらいが性的指向は女性なんだそうだ。ううむ。そうだったのか。というのは、レズビアンの恋人募集掲示板によくFtMの人が入ってきて、それでレズビアンの人とよく言い合いになるんだよね、、要するにFtMの人ってのは、自分が男性と思っていて、女性を求めているんだったら、男女の募集掲示板に行け、レズビアンはあくまでも相手は自分と同じ女性じゃないとダメなんだから、FtMは条件には合わない、というわけなのよね。わたしはもちろん、ゲイの募集掲示板は見たことないので、MtFの人がゲイの人から「出ていけ!」って言われてるかどうかは知らない。けど、レズビアンの掲示板とかは、この言い争いはしょっちゅうで「またぁ~?」って感じだったのよね。だからこれを読んで「なるほどねー」って思ったんだけど。ちなみにそういうところではトランスジェンダーの人は「トラ」と呼ばれて、嫌がられてます。。まーでも、FtMの人の気持ちもちょっとは分かるんだけどね~、、でもやっぱレズビアンは心が男性の人は愛せないんだよね。

しかし、こう考えてみると、性に関することって、ホント、人それぞれなんだなーって思う。同性愛者なんか、性的指向が同性に向かう、というだけで、共通点と言えば本当にこれしかないというか、これだけ。だから、理解しやすいと思う(と言っても、異性愛者に同性が好きになる気持ちは分かるとは言わない。それは、わたしが異性を好きになる気持ちが全然分かんないのと同じだから)けど、インターセックスやトランスジェンダー、性同一性障害(本当は、トランスジェンダーの中に性同一性障害の人が入っている、という感じになる)の人は、本当に人それぞれなんだと。しかし、人それぞれだからこそ、その人その人でまた説明をしなくちゃならなくて、これは本当に大変なことだと思う。わたしなんか自分が「同性愛者です」ってカミングアウトするのもめんどくさ~って思ってるくらいなのに、トランスジェンダーの人は、いちいち「自分はこうです、こうです」って説明しないと分からないんだもの。説明してもらわないと、どうやって付き合っていけば一番付き合いやすいのか、分からないんだもの。。何かいい方法ってないんだろうか、そう思う。

本当は「性別も何も気にしない~」って世の中になればいいのかも知れないけど(これじゃまるで「ジェンダーフリー」でバッシングされそうね(笑))、そういう世の中に今後、なっていくんだろうか。あ。「ジェンダーフリー」については、「男性役割と女性役割をなくす」って意味ではないので、ご注意を。だからさ、「○○らしく」ってのは、別に否定してないわけよ、ジェンダーフリー推進派も。自分が好きで「男らしく」だの「女らしく」だのしてたら、それでいいわけ。でも、それをしたくない人もいるわけ、わたしみたいに(爆)。わたしは「自分がしたいことがしたい」わけ。それを否定して欲しくないわけよね。こういう考え自体「従来の価値観を否定するものだー」って多分、ジェンダーフリーバッシング派の人は言うだろうけど、はっきり言って、自分の好きなように世の中生きていけなくて、じゃあ何のために生きているわけ??男は男らしくするだけのために生きていて、女は女らしくするだけのために生きていて、そうしたい人ならばそれでも構わない。けど、わたしはそれは嫌だ。わたしは死ぬまで自分らしく生きていきたい。それが例え「男っぽい」ことだったりするかも知れないけど、でも「男」「女」の前にわたしは「自分」があると思っているから。

って、こういうことが言えるのって、多分、わたしが「性別違和」を感じてないからだろうな、とも思うんだけどね。

テーマ:性的少数者(LGBTIQ) - ジャンル:日記

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