08-30 Sat , 2008
彼女たちは幸せだったのだろうか
7月29日の日記の最後の方に、わたしはこう書いた。

そういえば、またこういう話を思い出した。アメリカのカリフォルニア州で2004年に一度、同性カップルに婚姻許可証を発行したでしょ。あのときの第1号のカップルはレズビアンのカップルでなんと、両方とも80歳代の人たちだったんだ。そして今回、2008年に同性婚が認められるようになった。そのときの第1号も彼女たちだったんだ。そう、彼女たちは'50年代にレズビアンの組織である「ビリティスの娘たち」を作ったカップル。彼女たちは「結婚」したときに「自分たちが生きている間に結婚できるとは思わなかった」と言ったという。

そんな日がこの日本にも来るといいな。
そうしたら、どんな気持ちがするだろうか。
どんな気分がするか、味わってみたい。


このカリフォルニア州で「結婚第1号」になったレズビアンカップルのうちの一人が28日に亡くなったそうだ。

同性愛者の人権活動家が死去 加州の「結婚」第1号

カリフォルニア州が今回、結婚を認めたのは6月17日。彼女たちが出会ったのは'50年。そして'53年に一緒に暮らし始め、そして'55年にレズビアンの組織である「ビリティスの娘たち」を作った。出会ってから58年、一緒に暮らし始めてから55年。そして、結婚してからわずか71日目で亡くなった。

確かに「生きているうちに結婚できるとは思わなかった」と言っていたけれど、、それにしても同棲生活に比べて、あまりにも短い「結婚生活」じゃないか?彼女たちは本当に幸せだったのか?と思う。同性愛者に対する権利活動を半世紀も続けてきて、そしてやっと念願叶って結婚することができた。もちろん、権利活動をしてきたのは彼女たちだけではないが、2004年に1度、結婚できることになったときも第1号だった。今回も第1号。ということは、彼女たちはそれだけ他の活動家達からも尊敬され、敬われてきたのだと思う。

結婚してからたった71日間の結婚生活。彼女たちは何を思って暮らしていたのだろうか。それは多分、今年の11月にある「住民投票」のことではないかとわたしは思っている。もう既にカリフォルニア州では同性婚が認められた、と思っている人もいるかも知れないが、そうではないのだ。11月に「婚姻は男女のものである」という住民投票が行なわれ、それでまた、覆される可能性があるのだ。だから、彼女たちは結婚したと言っても、まだまだ次のことを考えていたのではないだろうか。

一つのことが決定されるまで、なぜこんなに時間がかかるのだろうか。
そして日本では、まだまだ何の議論もされていない、社会問題になっていない日本では、一体いつ、同性愛者がパートナーとして認められるようになるのだろうか。

彼女たちは結婚して幸せだったんだろうか。
いや、多分、幸せだったと思いたい。
長い間、活動してきてそれがようやく実を結びつつあったのだから。

亡くなったデル・マーティンさんの冥福を祈ろう。
そして11月に行なわれる「住民投票」で「婚姻は男女だけのものではない」という結果が出るように祈ろう。

テーマ:同性愛 - ジャンル:日記

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