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08-06 Wed , 2008
8月6日午前8時15分
毎年、この日には同じことを書いている。
しかし、何度でも書き続ける。

63年前の今日、8月6日午前8時15分、広島に原爆が投下された。
祖父は爆心地付近にある会社に勤めていたが、その日に限って体調が悪く「遅刻する」と言って、昼頃市内に出ようとしたが、そのときはもう既に市内には入れない状態だった。

一方、本家の叔父と叔母は、その日に限って爆心地付近に用があり、市内電車に乗って爆心地付近に行ったらしい。原爆投下後63年経っても、未だ、行方不明で、おそらく原子爆弾によって亡くなったと思われる。

人の運命なんて、一寸先は闇だ。

そして、祖父は父と一緒に、その叔父と叔母を捜すために原爆投下後1週間以内に爆心地に入り、被爆した。そのときは原子爆弾の怖さは知られておらず、祖父は幼い父を連れて入ったことをずっと悔やんでいたという。

今は、親の家とは「絶縁状態」なので、今の父がどういう状態なのかは知らない。
が、やはり甲状腺の薬は毎日飲み続け、そしてやっぱり骨粗鬆症なんだろう。

この間、被爆者:低放射線量、がん死高率…非被爆者の2.7倍もという記事が毎日新聞に載った。

父は今のところはそういう兆候はないけれど、将来万が一、と思わされたし、被爆二世のわたしも人ごとではない。

3度目の原爆投下は絶対に止めなくてはならない。
被爆者は被爆者自身だけでなく、子孫に累々とその血が受け継がれる。被爆者がこの世からいなくなるのは、数十年先かも知れない。けれど、その子孫は永久に生き延び続ける。怖い、本当に怖い爆弾だ。

原爆で生き残った人は随分と高齢化した。しかしその中でもまだ「語り部」を続けている人たちは、アメリカが恨めしいわけではなく、ただただ原爆の悲惨さを訴え、そしてもう二度と戦争はしてはいけない、そんなことを話しているらしい。若いときは思い出したくもなく、一切口にしなかった人が「これでは後世に伝わらない」と思って、随分歳を取ってから、語り部を始めた、という人もいる。しかし、被爆者は毎年、高齢化している。今度は、わたしたち二世が語り継いでいかなければならない。

わたしは子供を残すことがないので(レズビアンでも子供を産めるが、わたしの場合は産みたくなかったんで(苦笑)、産まない選択をした(爆))、もうわたしの代で絶えるが。

しかしそれでも語り継いでいかなければならないと思う。
「すべての戦争に反対する」と。「被爆者はもうこの世に出してはならないのだ」と。
ずっとずっと毎年、今日は同じ内容の日記を書き続ける。
それが、わたしにできる精一杯のことだから。

広島、長崎を訪れたときは一度、原爆資料館に行くことをお勧めする。
今の世の中に生きる人は、すべて、一度はここを訪れるべきだと思う。二度は勧めない。

8月6日午前8時15分。
わたしは黙祷する。

【追記】「広島平和記念式典」で秋葉市長が読んだ「平和宣言
同、子供たちが読んだ「平和への誓い
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