07-13 Sun , 2008
第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行ってきた
今日は午後から「第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」に行ってきた。あ、今日観た作品は「シェイエンヌを探して」っつーフランス映画と「彷徨う花たち」っつー台湾映画。だけど、この作品はまだ、今後青山の「スパイラルホール」でもまたやるから、これ読んじゃうとネタバレの可能性有り。なので、この作品を観たかったら、この日記は読まない方がいいかも、といいつつ、実は「彷徨う花たち」の方はね、途中で字幕が出なくなってしまうミスがあり、どのくらいだろうか、30分近くわけ分からない北京語だのを聞いて、内容を想像してただけなので、実はこっちも映画全体がよく見えないのよね(苦笑)これが「広東語だったら分かったのにー」なんてことは言わないけどさ。英語の字幕も出ない作品だったので、ホント、「いいところで。。」って言いたいところだけど、まぁ、結局は途中からまた字幕が復帰して、なおかつ払い戻しを受けたい人は払い戻しを、この映画の半券を持っている人は、17日からスパイラルホールでやる20本の映画、どれか観ていいことになったので、よしとしよう。んで、わたしらは多分、また同じのを観に行くと思う。

しかしアレだね、両方とも「レズビアンもの」だったからか、空席が目立ってたのと、男性がほとんどいなかった。わたしの「レズダー」によると、9割以上はレズビアンかバイセクシャル女性だったと思うって、それはウソ!(爆)わたしにはそのような見分けはつきませぬ。

特に「シェイエンヌを探して」は、観客少なかったな~。うちら、昨日、ネット予約したんだけど、観たいところの席が「空いてない」って言われて、どのくらい人が来るんだろう?と思ったら、空席が半分くらいはあったと思う。要するに1人分だけの席は空いてるけど、2人分が難しかったのかな。でもたくさん空いてたけど、、どういうシステムしてるんだろう??で、結局前の方の真ん前で観たんだけど。右側に日本語の字幕が、下に英語の字幕が出てて、時折両方いっぺんに読めたりするんだけど、英語に訳されているところが日本語には訳されてなかったり。。多分、フランス語ではもっともっと情報量があったんだろうな、と思った。しかもフランス語での映画の題は「シェイエンヌを忘れる」って意味なんだそうだ(うちの彼女、フランス語分かるので)。けど、英語の題名が「Looking for Cheyenne」になってるんだよね。日本語の題も「シェイエンヌを探して」だから、どっちかというと英語の方に引っ張られてる感じがあるんじゃないかなあ、というのがうちらの予想。ただ、内容的にはやっぱ「忘れる」より「探す」の方が合ってたような感じはした。

っていうより、この映画、なんてーか、フランスっぽいって、何がフランスなのかわたしにはよく分からないんだけど、なんとなくフランス的な映画だよなって感じ。

一般の映画だと、まず文化的な面に対してはあまり違和感は感じないんだけど(そこではそうなんだ、ってもうなんとなく自分で分かってるというか)、ことにLGBTものに対しては、その国で性的少数者に対してどのくらい法律が整っているんだろう、とか、他の人に受け入れられているんだろうとか、そういうのが分からないと、その映画を本当に理解したことにはならないんじゃないだろうか。。とか、そんなことを思いつつ観ていた。だって、フランスって言ったらPACS法がある国で、同性同士でもパートナーシップを「契約」できる。友だち同士でもできる。そういう国だ。で、周囲の人はその人がレズビアンだってみんな当たり前のごとく知っている。それがもう「前提」なのだ。

一方、「彷徨う花たち」の方は、んー、全部理解できなかったので、勇み足かも知れないけど、状況は日本と割と似てると感じた。ただこの映画、出てくる女の人、全部レズビアンなんだもの~。何も言わなくてなんで分かるの??みたいな感じがした(笑)

でね、「シェイエンヌを探して」なんだけど、わたし、みっちり「計算してある映画」が好きなのね。んで「現実的な映画」が好きなのね。それと照らし合わせてみると、この映画、「わけわかんない~」映画だった(苦笑)だってさ、なんで主人公を「お持ち帰りした」女性んちに、主人公と関係した男がいるわけ??それが単なる主人公の「想像の世界」だったらいいかもしれないけど、そこで話のキーワードとなる言葉を言われちゃ「あれはなんなんだよ??」ってことになるでしょ。。それってどうやって理解すればいいんだか。

主人公は学校の化学の先生なんだけど、相手がジャーナリストなんだけど、1年くらい職がないのね。で、電気も水道もぜーんぶ止められちゃって。で、主人公が「面倒をみる」っていうんだけど、相手は「政府の世話にならない。自給自足でやっていくんだ」って自分の家から自分の荷物持って、自転車でパリからすげー遠くに行って、そんでそこで住むんだけど。なんかさ、自動車は「環境に悪いから乗らない主義」の人で、文明とか文化を否定してる感じで、なんというか、すんげーある意味「進歩的な人」なのかも知れない。進歩の行き着く先が、原始時代みたいな生活、ってのがねー。この作品の監督はもしかしたら、そういう人たちを皮肉っているのかも知れない。で、もう一人、別にこのジャーナリストとはジャーナリスト繋がりみたいな異性愛者(か両性愛者かどっちか)女性は、ロシアから来た男性と一緒にキャンピングカーみたいな中で暮らしてるんだけど、この人達も主人公の相手と同じ考え、というか、どっちかというとなんかこのジャーナリストに引き込まれた印象なんだよなー。でもキャンピングカーって車じゃん?この点、矛盾している。。とわたしは思ったんだけど。で、ウサギなんかを捕って食べるんだよー。逆さ吊りにして、皮剥いでるの~(怖)で、川で魚獲ったりして生きてるのね。

で、主人公の女性はシェイエンヌを忘れようとレズビアンバー(みたいなとこ?)に行くんだけど、なんかある女性に目を付けられて、お持ち帰り。。なんであんなに簡単にお持ち帰りできるのよ!!とかまぁわたしが言っても仕方ないか(苦笑)

その他、わけわかんない男(実は主人公とも性的関係あり)とか出てきて、なんてーの?わたしがわけ分からんから、何も言えない。。この人、何して食ってるの?って人だし、学校の生徒には手を付けるし、自称「博愛主義者」なんだそうだが。。

わたし、これだけ意見が合わないカップルだったら、ぜーったい元サヤにはおさまらないと思ったのに、さにあらず。結局さ、主人公がシェイエンヌのところに車飛ばして行って、で、結局シェイエンヌも彼女のことが忘れられないみたいでさ、なんで会ったら嬉しそうな顔してSEXすんだ、とか、ちょっと観ててイライラした(苦笑)で、主人公はシェイエンヌに対して「今の学校から異動希望を出してこの近くに来る」っていうんだけど、シェイエンヌは今の生活のままでいたいような感じ。そしたら主人公が切れちゃって。「わたししか変わらなきゃいけないの?あなたは変わらないの??」って激怒して、車に乗って帰っちゃうんだよね。でも、わたし、この言葉というか、その前にシェイエンヌがパリから出て行く前にもっと話し合っておくべきじゃないかって思ったんだけどさ。それを言うと、話がそこで終わるから、映画にならないんだけどさ(苦笑)

で、キャンピングカーに住んでる女性もロシア人男性とケンカして、ロシア人男性が出てっちゃって。。でもどーもこの人、シェイエンヌのことが気になってたんじゃないかなあって気が。。別に何もなかったんだけどね。あのあと彼女は一人であそこで暮らし続けるんだろうか。シェイエンヌは最初、自転車で主人公のことを追いかけるんだけど、道で転んじゃって、で、結局「ヒッチハイク」してパリに戻って主人公に会いに行くのね。車に乗らない主義のシェイエンヌがそこで車に乗って自分を変えたってことは分かったんだけどさ。

主人公がシェイエンヌのところに行っている間に、事情があって家に帰れない生徒を家に泊めるんだけど、そこに例の「博愛主義の男性」がやってきて、で、SEX。。。挙げ句、主人公が自分の家に帰ってきたら、学校の生徒が何人もいて学校で「ストライキ」(字幕だと「デモ行進」になってたけど、彼女によると「ストライキ」って言ってたそうだ)を起こす計画なんか立ててて。。

なんかわけ分からん説明なのは、きっとわたしがこの映画をちっとも理解してないからだと思う。しかも、わたし、別にこの映画の主人公がレズビアンである必要性を全く感じなかったし、その必要性を感じないってことはある意味すごいんじゃないかなって思った。レズビアンだからどうこう、って話じゃないんだよね、これ。しかもわたしなんかフランスって言うとすぐに「PACS法」って思っちゃうけど、「P」の字も出てこないんだよ、もはや。なんかその感覚に付いていけなかった映画だったー。付き合ってるから一緒に暮らそうとか、契約を結ぼうとかそういう考えが全くないんだよ、この映画。確かに忘れられない恋人を追いかけていって、元のサヤにおさまるって単純な映画なんだけど「政府のお世話にはならない」だの「自給自足で暮らす」だの、全然「LGBTの話」じゃなかった。だからなんかねー、、わけわかんなかったよ(笑)

で、もう一つの「彷徨う花たち」なんだけど、これ、3部構成なのね。でも1部の最後の方から2部の最後の方まで、ミスで字幕が出なくなっちゃって、画面を観て想像するだけになってしまった。これ、全部観たら結構面白いんじゃないかと思う。何組かのレズビアンカップルと偽装結婚をしたレズビアン、ゲイカップル(?)が出てくるんだけど、その過去と未来をうま~くつなぎ合わせて、しかも「列車」というものを時間に見立てて、なんか「メビウスの輪」っぽくなってるみたい。ってあくまでも「みたい」なのは、字幕が出なかったから、その部分、ちっとも分からなかったのよ!(苦笑)

しかし、台湾映画で思い出すのは、去年のAQFFで観た「アジアン・ガールズ短編集」の「トラベル」って映画で。。これも同じように「列車」が使われていた。最後は二人で心中しちゃうんだけどね、この映画。。実際にあった話らしいから、ショックで、わたしは一度しか観てないんだけど、すんげー頭に残ってる。んで、もうあんなの二度と観たくない。。あ、話は逸れた。

でね、一人、背の高い男か女か見た目じゃよく分からない女性が出てくるんだけど、トイレでさ、女性トイレから出てきて手を洗っていると、掃除のおばさんにジロジロ見られるのね。ここのところ、なんか人ごととは思えなかった(苦笑)けど、この人自身は映画の中で「女にもなりたくないし、男にもなりたくない」って言ってた。胸もサラシ巻いてたし。。でも男になりたいわけでもないから、こういう人ってどういうんだろうね。まぁ、そこら辺はその本人は悩んでいるわけでもないみたいだったから、いいけど。でもわたしは彼女は「レズビアン」だと思ったね。でも字幕に出てくる一人称は「僕」だった。中国語だと男でも女でも「我」だけど、訳す人が「わたし」とはしたくなくて「僕」にしたかったんだろうな、と。現実社会で日本では「わたし」とも「僕」とも言いたくない人は「自分」って言ったりするけど、さすが、そこまでは訳せなかったんだろう。そういう点で日本語って難しいかもね。

しかしこの映画、出てくる小学生の女の子からなにから、みんな「女好き」だから、いくらなんでも話できすぎ!って思ったりもする(笑)

でも、一番いいところで字幕が切れちゃったので、この小学生が成長してどうなったかとか、映像は観てるんだけど、何を言ってるか分からなかったので、そのところが残念。。これは次に期待しよう。

ってわけで、2本観てきたあとで、ひとまずちょっと食べて、それから久しぶりに二丁目に行った。今、まだ「ルミエール」で今度はスパイラルホールの方の映画の前売りを買えるのね。明日までだったと思ったけど。で、昨日の夜、観たい映画をピックアップしておいて、で、その前売りを買ってきた。それによると、確実に18、19、20日の3日はスパイラルホールにいますね(笑)3日連続行く体力があるかなあ~?

しかーも。ルミエールで久々「BAdi」も買った。あれってバックナンバーになると安くなるのね。どのくらいの期間を過ぎれば安くなるかまでは見てこなかったけど、少なくとも去年の10月、11月、12月の3ヶ月は1冊は本来なら1,500円するところが500円で売ってた。だから3冊買ったんだけどさって、なんで買うかと言えば、マンガ読みたいんだもん(爆)店のにーちゃん、腐女子二人組と思ったかな~。それとも彼女と一緒にいたから変なレズビアンカップルと思ったかな~?まさかゲイカップルには見えなかっただろう(爆)

テーマ:同性愛 - ジャンル:日記

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