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06-19 Thu , 2008
記憶の棚卸し
少し前に「父親との関係は断絶したいが、母親は切れない。母親に対しては、中学の頃からなぜか『守らなきゃ』って意識がずっと続いている」と書いた。だから、母親と連絡を取らない自分がなんか悪者になったように感じていた。「後ろ髪を引かれる思い」ってのは多分、こんな気持ちなんだろうな、と思っていた。

しかし、現実は違った。

ついこの前、実家から通っていた医者の薬をこちらに送ってもらおうと彼女を通じて母親に連絡を取ってもらった。母親はわたしが母の日にメールを送って以来、ずっと音信不通だ。その間、わたしの誕生日などがあったのだが、その日も何も来なかった。受信拒否している父親からはどうやら電話があったらしいが、、ったく、相変わらず全く人の心が理解できない父親だ。わたしはとても悲しかった。でも「母はわたしと連絡を取るのが怖いのかな」とちょっと想像していた。

ところが彼女と話した際、母親はどうやら「父に気兼ねして」わたしと連絡を取らないらしい、と聞いた。それを聞いてわたしはものすごくショックだった。確かにあのとき「今、父とは連絡を取りたくないのですべて受信拒否にしている」と書いた。が、母とは連絡を取りたいんだからね、というつもりで送った母の日のメールだったのに。。母はわたしではなく、父を取った。それで中学以来「母親を守っている自分」は一体何だったのか、何に対して守っていたのだろうか、とずっと心の中で悔い続けている。裏切られた、とさえ思っている。

そして同時に、今まで母親から受けた行為でどんなに自分が傷ついていたかを認識してしまった。

最初のうつ病の時に、母親から「薬を飲むと依存症になるから飲むのは止めなさい」と言われて薬を取り上げられて、自分で治すしかなかった自分。

2回目のうつにかかったときに、うつ病に関して一般向けに簡単に書かれている本があったので、是非理解してもらいたいと思って渡した本を、いつまでも読んでもらえなかった。あのとき何回か「もう読んでくれた?」と聞いたのだが「数行読むと眠くなってね。。」といい訳をされて、結局読んでもらえなかった。そのとき感じた悲しさ。

そして、カミングアウトをした際。わたしは電話で唐突にしてしまったので、その後、母親に対して必死で「母親の育て方が悪かったんじゃない、もともとこういう性質を持って生まれたのだ。だから、自分を責めないで」等のことを書いて、何通も送った。

しかし、それからだいぶ経ったときのこと、いつものようにメールを母親宛に送った際「お母さんの携帯は500文字までしか受信できないから、何回かに分けて送って」と返事が来た。そのときに、あのカミングアウトの際に母親に対して「すまない、申し訳ない」と思って心を込めて書いた数通のメールが実際には全部途中で切れていて、わたしの書いたことは多分、本当は全く伝わっていなかったことを知り、ものすごくショックだった。もちろん、わたしはそのときにそのことを悟ったが、母親には言わなかった。素知らぬふりをしていた。

そして、わたしが難治性の病気であるという診断を受けたと伝えた際、どうやらその病気のことをネットで調べたらしい。「こんな病気じゃない。これは誤診だ」とわざわざ伝えに来た。わたしはその時点で自分でもそれっぽくはないと思っていたので「わたしもそうは思っていないよ」と言ったのだが、親の家に行った際「あの医者はヤブだ」だのなんだの言うので「悪いけど、今まで行った医者の中であの人だけがわたしの痛みを一番理解してくれて、そして、あの人がシドニーの語学学校に診断書を書いてくれなければ、授業料は戻ってこなかったのだ」と言ったら、黙ってしまった。

そのくせ自分の身内(まぁわたしの身内でもあるけど(笑))のつきあいのある病院を紹介されて、わたしがそこに通っていたときには「治ると思って医者を信じなさい」とか、めちゃくちゃなことを言うし(信じるも何も、医者の診断が適確で、治療方法も合っていたら病気は治るだろう)、実際にはそこはわたしにとってはめちゃくちゃなところで、わたしの調子が悪く、病院に電話して医者にかけ直してもらうように伝えても、なぜか直接うちに電話がかかってくることはなく、その知り合いの身内には詳しいわたしの病状が伝わっていて、医者の意見もそこから伝わるようになっており、彼女と二人で「???」だった。

しかも、そこに通ってからは、唾液が出続けるようになるわ、全くの不眠になるわ、夕方から熱が出るようになるわで急激に体力が消耗し(しかも「熱が出ることはいいことです」などと言われ、なにも処置されず)「こんなところに通い続けていたら死ぬ」と思って通うのは止め、そして親の家に行った。

親の家に行ったら行ったで、つらくて泣いていると「アンタには○○家と○○家の先祖の因縁が付いているらしいから」みたいなことを言ってどこかに連れて行くという。「わたしは自分の先祖に対しては感謝しているが、その先祖がわたしを祟るとは到底思えない」と言って断わった。

これ、一つ一つ起こったときは、確かにそのときは傷ついたり怒ったりしていたのだが、、だけど、自分が母親によってこれだけ傷つけられていたことに全く気がついてなかった、昨日までは。

昨日、実は彼女の誘導でフォーカシングやったんだ。だけど、わたし自身では身体のどこも反応せず、それで終わりかなと思ってたんだけど、彼女が「ちょっと胸を見てみて」って言ったんだ。そうしたら、、自分の心臓に銀色に光ったナイフがグサグサと5、6本突き刺さって、そこから血がしたたり落ちて、それがまとまって一つの「涙」になって心臓からぽたぽたと落ちているのがはっきりと見えた。わたしはそれを発見し「ああ、そうか。わたしはずっとずっと傷つけられていたんだ」って思った。

彼女は「そのナイフを取れるよ。そこら辺にビンが転がってない?」って言うんだけど、そんなのは見つからないし、何よりわたしはそのナイフに怖くて近寄れない。だから今でも胸にナイフは突き刺さったまま、胸からはずっと涙が出続け、わたしはそれをなんともできなくて呆然と見ているだけだ。それとともに「裏切られた」悲しさが襲ってきて、もうどうしようもない。

要するに、自分の母親って人は、自分の見たいものだけを見、見たくないものは誰が何を言っても見ず、相手の意見も聞かず、自分の意見は言いたいだけ言う人だったんだ。。

一体、今まで守り続けてきたものはなんだったのか。甘えたくて甘えたくて仕方がないときでも一人で必死に耐えてきたのはなんだったのか、そして無防備に心をさらけ出し、自分が傷つけられているのも分からずにずっとずっと何が苦しいのか分からなかった自分にとても腹が立つ。

昨日の夜、あまりに苦しんでいるわたしに対して彼女が「わたしがろんたこにそのことを気づかせてしまったんだから、気が済むまで殴って」と言った。だけど、殴ってどうなるというのか。彼女を殴ったところで問題は何も解決しない。これはわたし自身の問題なのだ。わたしが自分自身で解決しなければならない問題なのだ。暴力からは何も生まれない。自分がむなしくなるだけだ。

病気がつらいときに限って、なぜ、こういうことまで顕在化してくるのだろうか。今は、本当につらい。

ただ救いは、彼女がいる、ということのみ。
彼女がそばにいる、ということのみ。
15:26 | (自分)肉親とのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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