----- -- , --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | page top↑
11-20 Sun , 2005
石に泳ぐ魚
柳美里が書いたこの本、作中人物のモデルとなった人物が裁判所に訴え、それが話題になったことは覚えている。わたしは内容についてはあまり詳しくは覚えてないのだが、確か顔のあざか何かについて、プライバシー侵害として訴えたんではなかったんだっけ。また、今回のこの本は、裁判中に柳美里が「改訂版」として裁判所に提出し、これも原告側は訴えたが、棄却されたという。文庫本となったこの本は、その「改訂版」である、と本の終わりに書いてあった。

読み終えた感想。率直に言って「結局この本、何が言いたかったの?」「なぜ著者はこういう題でこういう小説を書いたの??」
確かに「改訂版」であり、削除された部分も数カ所あるだろう。おそらくそこのところを少し削いでしまったのではないか、わたしにはそういう風に思える。主人公と里花の関係が急に親密になっていくところが説明不十分でよく分からないのだ。主人公は最後に新興宗教にはまってしまった里花に言う。「わたしにとってあなたは魔除けなの」と。そして里花と柿の木の男だけが憎しみを介在させることなく触れ合うことができたのに、と。それを思わせるまでの主人公と里花の関係がよく分からないのだ。

問題となって削除されたと思われるところは読んでいて「ああ、こういうことだな」とすぐにわかった。里花の顔の右側には魚の形をした痣か何かがあったのだろう。そういうことを匂わす文章も改訂版には書いてある。「私は、自分の顔の中には一匹の魚が棲んでいるって思ってたの・・・小さい頃からずっと・・・ずっとね」というところだ。また、里花はその魚が棲んでいることによって今まで自分は「ずっと演じてきた」と思っている。

しかし、何を演じてきたのか。ゲイであるとされる演出家の前島には「今まで演じてきたなんてとんでもない。あなたは自分以外になれないように宿命づけられているの」と言われる。里花はそれには答えず、逆ににこにこして主人公に「いつかあなたの書いた台本で自分が演出して主演するわ」と主人公に言うのだ。里花の顔に魚が棲んでいることについて、里花自身はどう思っているのか、そこのところの説明がもう少し欲しかった。そうすれば、主人公との関係も少しは理解できたかも知れない。

しかしゲイというとなんですぐオネエ言葉になるのだろうねえ。。今まで普通の言葉遣いをしてきた人がですよ、里花に「役者になれない」っていうところで急にオネエ言葉になるんだもん。しかもこの人、「ゲイ」じゃなくて「ゲイということになっている」ってただ書かれているだけなのに。んじゃあなにか、この人は「ゲイである」ことを演じているってことなのか??と思っちゃいましたよ。あ、これは細かいことですが。(^^;

「石に泳ぐ魚」ということで、魚が出てくるシーンは結構たくさんある。「夏の夜の通行人は性別がはっきりしない魚のように見える」だとか「戸口の上の方に吊されている魚の干物」だとか「何処かで魚を解体している匂いがする」とか「釣り針にひっかけられた魚のように身を捩った」だとか。里花が武蔵野美術大学の大学院を受験するときの作品の一つも魚であるし。これで里花が魚に固執しているということが理解できる。しかし一番は、一番最後に出てくる新興宗教にはまってしまった里花の「顔の中に棲む魚が嘲笑うように跳ね上がった」というところだろうか。しかしそれと石とがどうしてつながるのかがよく分からなかった。

あと主人公も「私は何故水と魚の記憶に囚われているのだろう」「私の脳内のフロッピイには太古の記憶まで保存されているのだろうか、そこには透明な水の中に一匹の魚が棲んでいる」と考えているが、これは唐突すぎて、なぜそこでそのようなことを思うのか、それが何を意味するのかがわたしには分からなかった。もしかすると里花の顔の中に棲んでいる魚と主人公の脳内にいる一匹の魚、それが両方に共通するものだった、だから主人公と里花は親密になったのだと著者は言いたかったのかも知れない。

一方、その主人公だが、、なぜあんなにSEXしたがるのかねぇ。。(と前にも違う本の感想に書いたような気がする)お腹に子供ができたけど、それがお腹の中で死んでて手術することになったりするんだけど、ああいうのってなんか意味があるんだろうか。その分、SEXせずに隣に寝るだけの男だった「柿の木の男」がなぜか重要な位置を占めてるんだよねえ、里花と一緒で。一番最後のシーンも新興宗教にはまった里花とともに、なぜか死んだと思っていた「柿の木の男」も一緒に出てくるし。本には、主人公にとっては「憎しみでこの汚濁しきった世界とつながってきたが、この2人だけは憎しみを介在させることなく触れ合うことができた」と書いてある。あ、そうか。主人公にとってはSEXする男や父親、母親、その他今まで付き合ってきた友達=憎しみで汚濁しきった世界、なんだ。だから主人公は世界とつながるために人を憎み、また男とSEXしてたんだ。

うーん、なんかまとめようがなくなってしまった。

まあ全体的な印象としては、伏線も何もなく、比喩が多く使われ、すーっと物語が進んでいく、矛盾したところは見あたらなかったけど、なんかじめじめした文章で、結局著者は何が言いたかったんだろうなーという感じの本でした、というところかな。もしかしたら著者は「憎しみ」と言う感情にこだわったことを書きたかった、とも思えたりするけど。。だけどわたしはこういう文章、こういう小説は苦手だなぁ。
16:01 | (一般)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<お寝坊さん♪ | ホーム | あのー、えっとー(汗)>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://rontako.blog39.fc2.com/tb.php/743-5401b574
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
AX
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。