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11-23 Wed , 2005
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
一昨日買った本でたくさん平積みになってた、っていうのがこの本。
なんとなく、ホントになんとなく買ってしまった。
内容はボク、こと中川雅也が記憶を持ちだした3歳頃から、彼のお母さん(オカン)が死ぬまでの話。

著者のリリー・フランキーって人、全然知らないんだけど、一番後ろのページを見ると、どうやら本の中のボクと生まれた歳と出た大学が同じで、やってることも似てる。ということから、もしかしたらこの人の自伝、かもしれない。(あのー、事前知識ゼロで書いてますんで。。)

読み終わった感想。泣きはしなかったけど、ほのぼのとしていい話だったなぁ~という感じ。全体的に読みやすい文章だった。また、時々人生の教訓めいた語りが渋い。「『5月にある人は言った。・・・・・』と言った。」と言う文章が繰り返し出てくる。5月はオカンの誕生日がある月だ。(全然関係ないけど生まれた月日がわたしとまったく同じだった。。)もしかしたら、著者は5月を特別な月と思っているのかも知れない。

内容は先ほども書いたが、ボク、こと中川雅也が、しょっちゅう出てくるオカンと時々出てくるオトンとどうやって暮らしてきたか、という話。ボクとわたしとは歳が5つほど離れており、地方育ちのボクと、最初から東京に住んでいたわたしとは、育った背景が全然違ったので、読んでいて少々違和感があった。なんといってもわたしには都会への憧れ、といったものがないのだ。新宿も渋谷もすぐ近くにあって、電車に乗ればすぐ行けるところにある、普通の街でしかない。しかし、地方で育つと東京はすばらしいところに見えるらしい。

著者と思われるボクは福岡、小倉生まれ。オトンの実家がある町である。そこで3歳まで一緒に暮らすが、4歳になったとき、突然オカンが出て行くといい、著者はそのオカンと一緒に小倉の家を出て行く。引っ越した先がオトンのお姉さんの嫁ぎ先、というビミョーな親戚関係の家で1年過ごすことになる。その後、やっぱり居づらかったのか、オカンは自分の実家である筑豊に出戻りという形で帰って行く。そこは自分の母親が住んでいるところだった。父親はもう死んでいない。ボクとオカンとおばあさんと。3人でそこに住むことになる。オカンは町の料理屋で働いたり、友人が経営するドライブインに勤めたりしていた。

オトンは何の仕事をしているのかボクにはさっぱりわからない。玄関の扉を足で蹴破って、寝ていたボクの口の中に焼き鳥を無理矢理つっこませて食べさせようとしたり、子供をクラブに連れて行ったり、動物園と称して競馬場に連れて行ったり、はちゃめちゃな人だ。時々出てきてはボクをとんでもない目に遭わせる。

ボクはボクでおそらく地方の子供たちが1回はする遊び、すなわち橋の欄干の上を立って歩いたり、どれだけ高い木に登れるかといった度胸試しや、蜂の巣を棒でつついたり、うんこに爆竹を仕掛けてどのくらい逃げないでいられるかを試したり、カエルの皮をはがして肛門に爆竹を仕掛けたり、、、そういう遊びをしながら育っていく。

高校は大分にある美術の学校に行き、一人暮らしを始める。何も美術をしたかったのではなく、今いる自分の街を離れたい、ということからだった。高校時代にはモルモン教徒の同級生に恋をして、その子から聖書を読んで欲しいと言われたり、その後、洗礼を受けて欲しいと言われ、泣く泣く別れたり、学校に行くのをついつい怠り、毎朝先生に迎えに来てもらったりと、そんな高校生活を送っていた。大学への進学はどうしようか迷っていたが、そんなときにオトンから「大学は受けとけ。後から行こうと思ってもいけるもんやない」と言われ、憧れの東京にある、武蔵野の美術大学を受験することになる。

そして大学には見事に受かったものの、毎日がぐーたら暮らし。4年で卒業できなくて、5年目に大学を卒業する。卒業したって定職には就かない。もちろんお金はなく、家賃を滞納しては出て行かされる、の繰り返し。ひどいときは電気も水道も電話も止められて、トイレは近くの公衆便所に通い、電話は公衆電話を使う生活。食べるものがなく、仕方なく腐ったものを食べて上から下からゲロゲロ。。トイレの水は止められていて流れないのに。。とそんな生活を5年続ける。

その間、著者は食べていくために様々な仕事に就き、なんとか人並みの生活ができるようになったとき、オカンの甲状腺と声帯にガンが見つかる。声帯は取ると声が出なくなるので、甲状腺のガンだけ取り除き、声帯のガンはヨード治療で進行を抑えることにする。

退院後、「冥土のみやげ」と称してオカンの姉妹とボクとボクの従兄弟でハワイに行ってぎゃーぎゃー騒いだりして、とてもガンにかかっているとは思わないオカン。母親が死んだ後も実家で独りで住んでいるオカンにある日、鎌倉からオカンの弟の夫婦が戻ってくる。ボクもボクで今住んでいる家の持ち主が戻ってくることになり、出て行かなければいけなくなる。

「東京に出てくるか?」ボクはオカンに言う。弟夫婦と言ってもやはり一人暮らしとは違い、気を遣う存在である。オカンは1週間考えさせてくれ、といい、そして「東京に行っておまえと一緒に暮らす」という決断をする。

その後、さらに仕事が入ってきてそれなりに過ごせるようになったボクの家は、オカンが作る手料理によって絶えず人が出入りし、にぎやかになる。そんなとき、オカンにまた、ガンが見つかるだった。。

とまあ、あらすじを追えばだいたいこんなような話だ。自伝(に近いもの?)なので、最後に「だいぎゃくてーん」ということもなかったが、最後のところのオカンのボクに対する遺書、オトンに持っていた複雑な気持ちが、淡々と、感傷的になることなく、さらっと書かれているので、とても読みやすく、ストレートでまっすぐに自分の中に入ってくる話だった。

が、一つだけ気になるところがあった。それはボクがまだ小さいときに小倉のおばあちゃんが誰かに「生みの親より育ての親っていうけんねぇ。。」というところだ。ボクも読んでいる人もずっとそれが気にかかるようになっている。しかし、全部読むとボクは絶対にオカンの子供である、ということが分かる。それならなぜ、小倉のおばあちゃんがそのようなことを言ったのか。そこがよく分からなかった。まあストーリーを面白くしているといえば、そうなのだが。。それだけが少し気に入らなかったかな。全体的には比較的楽に、楽しく読める、という感じの本だった。
09:20 | (一般)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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