01-10 Tue , 2006
しみじみ
はぁ~、今、荷物を出してきました。東京行きの。
そう、わたしは明日、いよいよ東京に帰るのです。

思えばここにはずいぶん長くいました。
忘れもしない、去年の8月。「夜、眠れないんですけど」と先生に言ったら「午前中、寝ないようにしたら?」と言われ、それからは寝ないように無理をして、部屋中をピカピカに掃除したり、身体を動かした方が寝ないで済むだろうと思って散歩してみたり。。それでも夜はあまり眠れなくて。どんどん疲労だけがたまっていき、そのうち気分が最悪に。毎日「生きてたってしょうがない」「死にたい」と台所の包丁を持ち出そうとして彼女と格闘したり。それが1週間ばかり続いただろうか。

彼女も困り果て、ついには引きずるようにして、わたしを先生のところに連れていったっけ。わたしは途中で逃げ出そうと必死で、病院に着いても席を立ったり外に出ようとしたり。そんな行動を彼女はちゃーんと見抜いて、先回りしてドアのところに立ってたんだっけ。。

先生に「死にたいんです」って言ったら悲しそうな顔をして怒られた(らしい;本人は記憶にない)。「年内は実家で静養しなさい」、そう言われ、迷った挙げ句、9月の初旬に実家に戻ってきたのだった。

実家に戻った最初の頃は、寝てばかり。寝て起きて食べて、の繰り返し。実はそのときの記憶はあまりない。どんなことを思っていたのか、どんなことを言ったのか、よく覚えていない。彼女との電話もしていたかどうかも記憶にない。ただ、家族と一緒に過ごし、家族と一緒にご飯を食べ、家族と一緒に見たくもない民放のテレビを見、いつも誰かと行動をともにし、自分一人では何もできなかったことは覚えている。

10月に先生のところに行ったとき、本当は「早く自宅に戻りたいんです」と言うつもりが、朝食さえ自分でまともに取れない自分に気が付き、自分で「まだまだ戻れない」と思ったこと。そして10月中旬にかねてからやってみたいと思っていたブログを始めようと思ったこと。最初のカスタマイズがうまくいかずに一生懸命よく分からないスタイルシートをいじって、そしてようやくブログが完成したこと。彼女から「あまり熱中してやらないでね」と言われつつ、できたときには一番にメッセージをもらったんだよね。

11月にはもうだいぶよくなったので「自宅に帰りたい」と先生に告げた。そのときに彼女との関係をカミングアウトしたんだっけ。でも先生は「年内は実家で」という方針は曲げず、結局また実家に戻って来たんだった。その頃になると、本が読めるようになり、その感想をたくさんブログにアップしたこと。あの頃はヒマさえあれば、本を読んでいたなあ。mixiに入ったのもその頃だったっけか。

で、12月。だいぶよくなったわたしに先生は「年が明けたら帰ってもいい」と言われた(言わせた?)んだった。家族の中でも、最初は食べたあとのお皿を洗っていたら「疲れるから止めなさい」から洗うのが当たり前のようになって、段々なにも言われなくなって、洗うのが当たり前のようになったし、夕飯を食べたあとは、さっさと自分の部屋に戻って早く寝る用意をし、彼女との電話までの時間を読書の時間に充てたりできるようになった。また、今後の自分の将来についても考えるようになった。

思えば寝るだけだったわたしが、ここまで来れたのも先生と時間と家族と彼女のおかげ。本当に感謝している。

問題は帰ってから。この調子が維持できるか、維持ではなく、よくなって、本当に普通の人と同じ生活ができるようになるか。自分のやりたいことができるようになるか。

まだまだ療養の途中だが、ひとまず明日で一区切り。

今日の睡眠。昨日は11時半に寝て、3時半頃に目が覚めた。それからすぐまた寝て、今度は4時半に起きた。そこでトイレに行ったりして、1時間近く眠れなかったが、結局は寝て、7時30分頃起床。
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