01-25 Wed , 2006
安らかに
昨日、本の感想を書いているときに、突然、携帯が鳴った。

出てみると、父だった。父からは最近、よく携帯に電話がかかってくる。わたしの病状が心配なのだろう。今回も「大丈夫か?」と聞かれると思っていたが、違っていた。「○○おじさんが今朝、亡くなったんだ。それでおばあちゃんと話した結果、お前は来なくていいから、弔電を打っといてくれないか。住所は・・・」

わたしはそれを聞いたときに「そっか、ついに亡くなってしまったか」と思った。体調がすぐれなくて年明け早々に入院していたことを知っていたし、もともとそのおじさんは肝臓が悪く、30代で死ぬんじゃないかとか、今まで何回も入院し、生死をさまよった、と聞いたことがあったからだ。

「弔電を打て」と言われても、初めてだったわたし。ただ、以前、職場で上司のお父さんが亡くなったとき、弔電を打つところを見ていたし、電話帳に定型の文が載っていて、その中で自分にあったものを選べばよい、ということは知っていた。ただ、それがどこに載っていたかよく覚えていなくて、最初はタウンページを見て、探したのだが、どこにも載っていなかったので、次はハローページを見て、それで最初のページの方に載っているのをやっと見つけた。

次はどの台紙を送るか、だ。5000円、というとてつもない金額の台紙もあったが、そういうのは最初から考えず、1000円のを送るか500円のを送るかで迷った挙げ句、今は無職だから、という理由で一番安い500円の台紙に決めた。その次は文例。これはすぐ決まった。「○○○様のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします」というもの。

それを決めてから、電話局に電話をした。向こうの言うとおりに相手先の電話番号、住所、相手の名前を言い、こちらの電話番号を言い、そして決めた台紙、決めた文例を言う。○○○様というのは、最初、叔母宛に送るので「ご主人様」にしていたが、どうもなんだかなあ、という気がして、「○叔父様」としてもらった。これで手続きは終わり。簡単なものだった。

そのおじさんとわたしは、今思えば、会えば挨拶程度で、ほとんど話したことがなかった。体格はすごくがっちりしているのに、肝臓が悪かったため、肌は青黒く、でも一見してみると、どこか南から来たような姿のおじさんだった。祖母の家に遊びに来てもいつも横になって寝ていた、という記憶しかない。今年は体調が悪く、正月も挨拶に来なかったので、最後に会ったのは去年の祖父の法事のときだったということになる。

地元ではちょっと大きな会社を経営していて、最近、子供(わたしにとっては従兄弟)に社長職を譲ったことを知っていた。それでおじさん、安心したのかなぁと思った。普段はなにも考えないくせに、やはり人が一人この世から去る、ということは、わたしにとってある種のショックだった。だから昨日は一日中、そのことを考えていた。お通夜は無理でも、お葬式には出たかった。花を一輪、手向けたかった。

「ご冥福をお祈りします」っていうのはわたしの気持ちとちょっと違う。「おじさん、やっと楽になれたね。今まで本当にお疲れさまでした。これからはあの世で自分の子供の活躍する姿や孫たちが育つのを見守っていてね」という感じかなあ。

しかし、実はこのおじさんとわたしの父は同い年だったりする。それを考えるとぞーっとする。わたしはまだまだこれから。父にはうんと長生きしてもらわないと困る。この世で、わたしの行く末を見守っていて欲しいから。目に見える形で親孝行したいから。時にはとてもうるさい父で「うるせーなー」と思うこともしばしばだが、いろんなことを考えてくれて、今のわたしを応援してくれている。そんな父に報いたいから。だから、まだまだ長生きして下さい、お父さん。
10:26 | (自分)肉親とのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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