08-06 Sun , 2006
8月6日
今日、8月6日は言わずと知れた61回目の原爆記念日。

わたしは「モスラ対ゴジラ」のところで少しカミングアウトしたけど、被爆2世。この日は人ごとではいられない。

61年前のあの日の朝、わたしの祖父はちょうど体調が悪かった。「あとから遅れていく」と言って、遅れていって危うく原爆を免れた。そうでなければ、爆心地にあった会社にもう着いていて、どうなっていたか分からないだろう。

一方、本家の長男夫妻はその日に限って広島市内に出ることになっていた。未だに彼らの消息は行方不明だ。どこでどうなったのかも全く分かっていない。その彼らは今、広島にある「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」の中に写真だけ治められている。

わたしの父は、原爆投下時は5歳だった。この本家の長男夫妻を捜すために、原爆投下1週間後、祖父と共に入市した。いわゆる直接被爆者でなく、入市被爆者だ。そこの頃はまだ、放射能の怖さが知られていなかった。もし知っていれば、父は付いていかなかったことだろう。直接被爆していないにせよ、現在は甲状腺の機能に問題があり、一生薬を飲み続けていなければ行けない身体になってしまっている。これが原爆に関連している、とは言わない。が、もしかしたら関連しているかも知れない。

そして、その子どもであるわたしは被爆2世。2世としては、比較的若い分類に入るだろう。現在、国では2世にも被爆の調査をしている、と聞く。(わたしは協力していないが)それほどまでに被爆の実態は明らかにされていない。あれから61年も経つのに。だから、わたしも自分にもしかしたら、何かあるかも知れないと常々思って生きている。

毎年、この時期になるとマスコミ(新聞、テレビ)は戦争の特集を組む。しかし、それもだんだんと少なくなっていっている。今、平和祈念式典を中継しているところがどのくらいあるだろうか。

世界はますます混沌とし、怖い時代に入っていっている。日本にいてもこの先、言論の自由が保証されているとは限らない。「日の丸・君が代」もいつの間にか「国旗・国歌」になってしまった。「愛国心」も求められる時代である。もしかしたら、最早戦後ではなく「戦前」かもしれないのだ。それを考えるとやりきれない。

今年も8時15分に黙祷したいと思う。
07:59 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<トロンボーン | ホーム | モスラ>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://rontako.blog39.fc2.com/tb.php/486-d1f4c93c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
AX