08-30 Wed , 2006
泣きました&6日目&身体が動かない
昨日の結果。

第1試合:大阪市(大阪ガス)2-3 仙台市(JR東日本東北)
第2試合:さいたま市(日本通運)5-3 鈴鹿市(ホンダ鈴鹿) (延長11回)
第3試合:門真市(松下電器)3-4 名古屋市(JR東海) (延長13回)

そうそう、一昨日の東京都(明治安田生命)の試合が終わったあとのことです。今回、東京都は「チアスティック」(今流行っているのかどうか分からないが、空気入れた長細い2本の棒)での応援だったのですが、ちょうどわたしの降りる駅と同じ駅で降りた東京都のチアスティックを持っているおじさんがいて「ああ、この近辺に住んでいるんだなぁ」と思ってました。で、昨日の朝、ドームに向かう途中「そういえば、あのおじさんは今日は会社でどんな話をしているんだろう。もしかしたら、職場に選手なんかいて『惜しかったなあ』とか喋っているのかも。それとも同僚とあの試合についてなんか話しているかなぁ」と思いつつ、電車に乗りました。

つい、3年ほど前までは社会人の応援といえば「うちわ」だったのに、最近はこの「チアスティック」が流行っているようです。わたしが最初に覚えているのは、トヨタ自動車での応援でした。でも叩かれると結構うるさいんだよね、これ。ちなみにドーム内では内野席でのチアスティックの応援は禁止されています。

今回、改めてJR西日本の選手の全国の散らばりように驚いています。第1試合も大阪ガスに1人、仙台市に1人、第2試合は鈴鹿市に1人、第3試合はJR東海に1人いました。そして、それらの選手がそれぞれの地で頑張っているのです。

第2試合の鈴鹿市の1番、中東選手はそんな選手です。大学時代(東亜大)からよく聞く名前で、JR西日本に入社と分かって「へー、そうなんだ」と思った記憶があります。実際に試合に出ているところはほとんど覚えがないんですが、鈴鹿に行って定着したようです。今日も1番センターで出場していました。しかも、5打数4安打の大活躍。正直言って、すごく嬉しかったです。しかし、残念ながら、チームは延長11回の末、5-3で負けました。

応援も相変わらず熱くて「これぞ鈴鹿」と言わせる内容でした。もらってきた野球部のメンバー表の一番最初にこう書いてあります。「23時45分 3時間34分の熱戦は終了した 一年前、スタンドの誰もがそう願った 2005年8月28日 日曜日 第76回都市対抗野球大会 第2回戦 敗退 私たちはあの悔しさを忘れない。」
去年の鈴鹿市は、7-5で去年優勝した川崎市(三菱ふそう川崎)に負けているのです。しかも、先に7点入れられて、5点まで追いついたと「都市対抗ガイドブック」に書いてありました。そんな思いを持って監督も選手もそして応援する人達も臨んだんだなぁと思いながら観ていました。

結果的には11回の表に2点入れられて、5-3とまた2点差で負けるのですが、わたしは負ける気がしなかった。裏の攻撃だったし、ピッチャーも攻めて、何人か交代させているし、鈴鹿の方が有利だ、そう思ってました。ところが11回の表、2死後の四球から、ピンチが広がり、さいたま市の2番、澤村にライトオーバーの2塁打をうたれ、2点取られてしまいました。あのとき、センターとライトが交錯しましたが、わたしはライトが取ったとばかり思っていました。ところが、さいたま市の方のスタンドがやけに騒いでいるので「あれ」と思ったら、なんと、球は捕れていなかったようなのでした。

実は鈴鹿の方が雰囲気的には押せ押せムードで、チャンスになるのですが、補強されていた4番打者がことごとくチャンスをつぶし、点になりませんでした。5打数ノーヒットです。ただ、わたしは彼を責める気はないし、チャンスで彼を変えなかった監督も責める気はしません。なぜなら、わたしは予選を観ていないからです。
もし、予選を観ていたなら、もっとこのチームのことについて詳しければ「この選手は」とか「監督が」とか采配関係のことを言えたでしょう。でも、わたしには何も分かりません。監督が彼を代えなかった以上、彼ならやってくれる、と思って信頼していたのでしょう。投手もよく頑張ったと思います。再三のピンチを(しかも最初は自ら出した四球からw)最低点でしのいだと思います。

わたしは試合が終わったとき、とても疲れました。と、同時に5打数4安打だった中東選手のことを考えると涙が出てたまりませんでした。帰りの電車の中で泣きました。家についても泣きました。彼はちゃんと新しいチームで自分の居場所を作っているんだ、と思う一方、もしこれがJR西日本で活躍していたなら。。と思って泣きました。

わたしは都市対抗を観て泣いたのはこれで2度目です。1度目は防府市(協和発酵)が東京都(NTT東日本)に負けたときのこと。'02年のときです。この年、協和発酵はもう廃部することに決まっていました。このチームも中国地区では初めはそんなに強くなかったのですが、何故かだんだん強くなり、5月に地元(といっても防府じゃなくて徳山なんだけど)で行われる「第30回徳山大会」に30回出場して初めて優勝したのです。確か、その年は都市対抗は無理でしたが、日本選手権に出ました。で、次の年。5月の中旬に自らのチームは出てませんでしたが、監督やコーチの方を見かけました。会社の体勢が整ってきたのかな、と思いきや、その矢先の廃部の発表。。監督、コーチ、選手はみな驚いたと思います。

そこからの協和発酵の踏ん張りはすごかった。結局、強豪の三菱自動車水島や川崎製鉄水島を下し、都市対抗の中国地区代表の座を獲得しました。協和発酵の応援も独特で、しかも工夫されていて、観ていてものすごく楽しかったです。(予選の応援は男子リーダーだけなんだけど)1回戦は仙台市(JR東日本東北)とやって快勝。2回戦、東京都(NTT東日本)と当たりました。先発はNTT中国野球クラブからの補強、三瀬。ところがこの三瀬が焦ったのか、最初の四球を出しまくり、相手もミスをし、大量点を入れられてしまうのです。試合が終わって、防府市の夏が終わったとき、わたしはドームで人目をはばからずに泣きました。これまでの苦労を知っていたからです。そしてドームで自滅した三瀬は、次の年に自チーム、NTT中国野球クラブで出ます。しかし、このチームもその年で廃部が決まっていました。しかし、三瀬は同じことを繰り返しませんでした。それが評価されたのか、彼はもう社会人としてかなり高齢の部類に入っていたのですが、ドラフトにかかりました。ま、余談の方が長かったですが、とにかく、それまでドームで泣いたのはこれ1度だけでした。

JR西日本はご存じの通り、福知山線の事故で多数の死者が出たために、休部になったチームです。大きい大会と言えば、社会人野球日本選手権に2回、出場しただけです。しかも両方1回戦負け。しかし、企業チームの衰退が目立つ中国地区でJR西日本だけは安泰だ、とわたしは思っていました。毎年きっちり何人か補強していますし、これまでの強豪だった企業チームの衰退で、相対的に強くなり、都市対抗出場もそんなに長い夢ではないと思っていました。

たとえ、休部が解けてまた野球をやることになっても、これからまた、新しくチームを作り直さねばなりません。「ここまでいい選手がいたのだ」ということを、今回、改めて認識しました。そして何ともやるせない気持ちが湧いてきました。

そして、第3試合まで観てくる予定だったんですが、この応援で非常に疲れたので、仕方なく帰ってきました。それだけ、1球1球、真剣に見守っていました。これだけ野球に熱中するのは久々だったかも知れません。で、実は次の試合の名古屋市にも中須賀投手という元JR西日本の選手がいて、今は彼がチームの柱になっているらしいので、観たかったのですが、第2試合でめちゃくちゃ疲れたので帰ってきました。

ただ、中須賀投手の場合、もともとはJT(仙台市)の選手でした。JTでもそこそこ有名な投手で、その投手が廃部になったJTからやってきた、という感じなので、わたしはあまり彼のことをJR西日本の選手とは思えないんですね。(ただ、いい投手がJRに来た、というので喜んでいました)まぁそれなので、第3試合はいいか、と。で、第3試合も延長戦だったようです。JR東海が勝ちました。先発はやはりこの中須賀投手でした。次の試合は観られるでしょうか。門真市の得点曲「河内音頭とは思えない河内音頭」も聴きたかったですけど。。まぁ、どうせ日本選手権には出てくるんだし、そちらの方が地元なので、またすぐに観られることでしょう。

戻って第1試合。大阪市の応援を期待していましたが、実は思ったほどではありませんでした。というか、ベースとキーボードが今年はいなかったようです。楽器の数もなんか少なくて、トロンボーンも2本程度しかありませんでした。また、応援団も大阪市の人間はどうやら少なかった模様で、助っ人の大学生が何人か入っていたようです。やっている曲はいつもと変わりませんでしたが。。

実は、どうやってわたしたちが応援曲の名前を知るかというと、応援団のリーダーがまず曲を決めるのですね。試合中にその場で曲を決めることが多く、そして決めると曲名が書いてあるボードを掲げるのです。それを見て「ああ、この曲はこんな名前なのか」と初めて知るのです。ただ、そのボードがいつ上がるか分かりません。選手ごとに応援曲を変えることチームもありますし、なんの前触れもなく変えることもあります。だから、わたしみたいに内野席で応援している人間にとって、いつ、そのボードが掲げられるのか、いつ、曲が変わるのかがとても気になります。野球のスコアを付けながら、応援団の動きも常に双眼鏡で見ているのです。

で、このようにボードの掲げてくれるところはまだ曲名が分かっていいのですが、手で合図するチームもあり(例:東芝や日本生命)、本当の曲名を知らない、というチームもあります。実は大阪市もその部類に入っていたのですが、最近はボードで出すようになってきて、だいぶ曲名が分かるようになってきました。「フニクリフニクラ」が「ファイティングマーチ」とか、最初がモロくるみ割り人形の曲が「チャンス大阪」だとか。それは嬉しいんですが、先ほど書いたとおり、ちょっと応援団が寂しくて心配です。

折しも大阪ガスはお隣が大阪ドーム。今年の日本選手権ではどんな応援を見せてくれるかですが。。大阪市は少し心配ですね。世代交代がまだまだ進んでません。先発も坂本という瀬戸内高校からのベテランで「まだ、こいつ投げてんの?」って感じだったし、2番手の山田幸も数年前に大阪市が決勝まで行ったときのエースです。4番は相変わらず澤多が打ってるし。もしかしたら、これから数年都市対抗に出てくることは難しいかも知れません。

一方の仙台市の先発、攝津はすごく良かったです。こんなにいい投手だったかな、と思いました。スライダー、フォークかな。とにかく危なげがありませんでした。聞いてみると去年から調子が良くなったようです。

また、仙台市の8回の回の終わりとさいたま市の応援に「キューティーハニー」が演奏され、わたしは思わず「みんブラ」のことを思い出してしまったのでした。また、鈴鹿市の4回の回の初めでなんと「pop star」が演奏され、「うきゃー」と思いました。(「pop star」は「Brass MIX!」でやっている曲です。今度、札幌でも吹く曲です)あと、仙台市の応援曲に「レイダースアトム」というのがあって、それはまぁ、レイダースマーチと鉄腕アトムをくっつけた応援曲なんですが、この「レイダースマーチ」、実は今度わたしの入っている楽団でやる曲だったのですね。結局、うちの楽団のコンサートとレインボーマーチ札幌の日と重なって、コンサートには出ないことになったのですが。。そのことも思い出して「うぎゃー」でした。大阪市でも1回、レイダースマーチをやりました。だから、思い出したくないっちゅーの!


今日の試合。
第1試合:東広島市(伯和ビクトリーズ)-にかほ市(TDK)
第2試合:札幌市(JR北海道)-岡崎市(三菱自動車岡崎)
第3試合:狭山市(ホンダ)-京田辺市(ニチダイ)

京田辺市は初出場です。また、東広島市も元は「リースキン(リースキン広島)」だったのですが、都市対抗に1度出たあと廃部になり、伯和という会社にそのまま野球部が委譲されたチームです。伯和としては初出場です。

また、狭山市は鈴鹿市の応援とは少し違います。鈴鹿市の応援が「熱い」応援なら、なんか狭山市の応援は「泥臭い」応援なのです。使っている応援曲も違います。その点「正統派ホンダの応援」というべきなんでしょうが。まぁわたしは圧倒的に鈴鹿の応援の方が好きですけどね。

って、今日は絶対に行きたかった日なのですが。。前日、第2試合終了後、頭が急に痛くなり、薬を飲んだのですが、夜中にまだ治らず、もう一度服薬。結局、また球場に行くことを身体が拒否して、今日も家で観戦です。情けないったらありゃしない。絶対に行くはずだったのに!!もうまた泣きそうです。今日は3試合とも観たい応援があったのにー!
09:59 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<号泣&7日目 | ホーム | 5日目>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://rontako.blog39.fc2.com/tb.php/462-1f9b5345
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
AX