12-17 Mon , 2007
一体何の病気なのか
今日は病院へ行った。
先週受けた腹部エコーとバリウムの結果を聞きに。

結果は、、異常なし。
結局、未だに身体の不調の原因は分からない。
一体、わたしの病気は何なのだ。

今は、腕の痛みがすごくて既に我慢の限界を超えている。
そのことを訴えたら、一応、整形外科への紹介状を書いてもらい、明日以降受診することになった。しかし、それで異常がなければ、精神科の受診を勧められた。何とかという、今までわたしが聞いたこともない病気の可能性があると言われたが。。

ショックだった。精神科に行けと言われるとばなんだか「お前の痛みは気のせいだ」と言われているような気がする。「気持ちが弱いから痛くなるんだ」と言われているような気がする。「今後も外国の生活に適応できないのではないか」という、わたしが最も恐れていることを宣告されるような気がする。そんなことはないと頭では分かっているのに。

わたしはうつ病を2回やったし、病院にも長くかかっていたし、入院したこともあるので精神科に対しても精神病に対しても偏見はないつもりだ。うつ病で長期間、会社を休まねばならなかったとき、医師から「病名はどうしますか」と言われたときも、既に会社の人にはうつ病で病院に通っていると言っているので、そのままで大丈夫ですと言ったくらいだし。人からどう見られても別に構わないと思っている。

が、ではなぜ「精神科」と聞くだけで自分自身が人生の敗北者のような気がするのか。例えば今まで受けた検査の結果で異常が出たのなら「そうか、やっぱり」と納得はするものの「なぜこの病気にかかってしまったのだろうか」と悩むことはないだろう。しかし、これがもし、精神科にかかってある病気だと分かったら、わたしは「なぜこの病気にかかってしまったのか」と思い、自分が嫌になるだろう。内科的な病気も外科的な病気でも精神的な病気でも病気であることには変わりがないのに、なぜわたしはこうも精神的な病気に対しては思い、悩まなければならないのだろう。

これは多分、自分自身が精神的に弱いと思いたくないんだろうなー。もうわたしは十分に自分が精神的に弱いことを知っている。だからそれに輪を掛けてこれ以上弱いということを見せつけられたくないんだろうな。

もちろん、頭では精神の弱さは関係ないと分かっているくせに、ついこんなことを思って、こんな自分は嫌だとか、こんな自分はもういらないと責めてしまうのは、本当に心の底からは理解していない証拠だろう。

わたしはもっといろんな本が読みたくて、読んだらいろんなことが考えたくて、考えたことは書きたくて、いろんなところにも行ってみたくて、いろんな人とメールやメッセージのやりとりがしたくて、いろんな人に会ってみたくて、そして何よりシドニーで留学生活を続けたい。だけど今はそれのどれも腕の痛みのために断念している。そんな自分がとても歯がゆい。

つらいです、今は。
整形外科にはもちろん早く行きたいのだけれど、今はその体力も気力も残っていない状態。早く痛みから解放されたいのに。

今日は家に帰ってきたら、ちょっと熱っぽくなっていた。風邪引いたかな。。
風邪の引き初めは精神的に不安になるんだよな、わたしって。
夕食前に葛根湯も飲んだし、今日は早めに寝よう。

テーマ:闘病日記 - ジャンル:日記

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