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12-18 Mon , 2006
わたしと音楽
そういえば、一昨日だったか、たんごくんの日記に「ARB」のことが書いてあった。わたしはARBの音楽は一切聴いたことがなかったんだけど、それまでわたしの好きだった、白浜久、という人がARBに加入した、ってことだけは知ってたのね。

で、もうずっと前だけど、彼のHPを見つけて、それでそのときにそのHPを通じて彼の新しいCDが買えることを知ったんだけど、どうも本人と連絡するのが恥ずかしく、、結局そのままになってたんでした。

わたしの音楽の趣味は、他の人とちょっと変わっている。(mixiでのわたしのプロフィールを見れば分かると思うけど。で、あそこに書いてないのもいっぱいある)

小学生の時は「ザ・ベストテン」を見るのが好きだった。毎週のランキングをノートに書いていた。(今、あのノートがあったら、すごい懐かしいと思う。が、いつの間にかどこかに行ってしまった)でも、所詮、そこは小学生。ヒットした曲を聴くだけだった。

本格的に音楽を聴き始めたのは、高校生の頃から。高2の12月に某FM局が開局し、実はそれまで全然、FMラジオなんか聴かなかったのに、偶然、聴いてみたら偶然、試験放送中で。。そのFM局にまつわる話は、この日記に書いてある。実は、そのラジオ番組の中に「今週のピックアップディスク」というコーナーがあって、それで1週間、ずっと同じ曲が流れて、水曜日にはその曲を歌っている人が呼ばれて、、って感じのコーナーだったのだ。

で、そのコーナーで流れていた曲が元でファンになった、って人がわたしの音楽の趣味の原点。白浜久もそこで知った。で、一番大きかったのが、パール兄弟かなぁ。東京少年(もう今はないけど、ボーカルの笹野みちるは自分がレズビアンだってことをその後、カミングアウトして本を出しました)もKAN(あの「愛は勝つ~」で有名になっちゃった人ね。でも、わたしはその前の曲が好きでした)も135(いちさんご)も全部、そのコーナーで知った人達。

で、その中でも残ったのがパール兄弟とこの白浜久。135も好きだったんだけど、2枚目のアルバムがとてもヒサンでね。それからは追いかけるのを止めました。パール兄弟は「サンタが東京にやってきた」って曲が取り上げられてね、すごく面白かったの。で、早速CDを買いに行って。「パール&スノウ」ってCDです。(お気づきかと思いますが、これは松任谷由実の「サーフ&スノウ」のパロディです。あ、中身は全然違う(と思う。松任谷由実の「サーフ&スノウ」は聴いたことないから(笑))

そうしたら、その中に入っていた「バカヤロウは愛の言葉」って曲が名曲で。で、こっちのCDに入ってる「バカヤロウは愛の言葉」はディスコバージョンだったのね。本当の曲は「PEARL is Future(未来はパール)」って中に入っててね。で、このCDを買ったわけ。

で、パール兄弟は当時、サエキけんぞう、窪田晴男、バカボン鈴木、松永俊弥の4人で構成されてて、サエキけんぞうから、彼が昔やってたバンド、ハルメンズに手を伸ばし、窪田晴男がパール兄弟以前にやってた、近田春夫&ビブラトーンズに手を伸ばし。。

それから、近田春夫がめちゃくちゃ気に入ってね、近田春夫&ハルヲフォンから、ソロ、そして近田春夫&ビブラトーンズまで、出てるCDはすべて買いました。わたしの最も好きなのは近田春夫がソロ活動していた「天然の美」ってヤツね。あと、近田春夫関係から、ジューシィ・フルーツや平山みき(平山美紀にあらず、同一人物だけど)にも手を伸ばし、、と言っても、もうその頃はジューシィ・フルーツも平山みきも「過去の人」だったからさぁ。取り敢えず、近田春夫がプロデュースしたヤツだけに興味を持った。平山みきの「鬼ヶ島」というCDは名曲揃いです。でも世間から言ったら、有名のは「平山美紀」で、しかも「真夏の出来事」が有名ですね。カラオケにもそれを含めて2、3曲しか入ってない。それから近田春夫はなぜかジャパニーズ・ラップの方に突き進んでしまうのです。。President BPM、そして近田春夫&ビブラトーンズに行っちゃうのね。わたし、President BPMの「Hoo! Ei! Ho!」や「Nasu-Kyuri」くらいまではまだ付いて行けたんだけど、その後はダメ。。近田春夫はそこでお終い。

あ、あと近田春夫がらみでいうと、どうしてもかの有名なYMOが出てきちゃいますね。。YMOは、実は小学校の終わり頃「Rydeen」なんかが流行りましてね、それでその曲が入ってる「Solid State Survivor」のレコード(CDじゃないっすよ、レコードです)を買ったんだけど、やっぱまだ彼らの曲を理解するには幼すぎた。。

で、近田春夫&ビブラトーンズはその当時「民族的」な要素を取り上げていて(というか、ビブラトーンズの編曲を全部してた窪田晴男がそうしたんだけど)、それにちょっと惹かれたわけです。

それとともに、大学時代、わたしは非常に「東京」というものにこだわってまして。。毎月のように東京タワーに行って遊んでました。大学から比較的近かったもので、歩いて行ってね。上までは昇りませんよ、金かかるから。いつも4階で遊んでました。4階には政府公報館とか東京電力のコーナーがあってね、楽しかったんですよ。政府公報館では「時の動き」を読んだり、政府公報のテレビ番組などを見てました。「よみがえるリサイクル瓶」とかね。その頃はリサイクルの走りでしたね、、

で、そこで知ったのが、遠藤賢司。彼は「東京ワッショイ」や「宇宙防衛軍」等を出していて、、と言っても、その頃はもうCDしかなかったですから、取り敢えず、そこら辺を聴いていて。でね「東京ワッショイ」のCDの中にサービスとしてか、「Mr.タンブリンメン」と「終わりが来る前に」のライブ、つーか、本当はニッポン放送で収録したものらしいんだけど、それが入っててね。その収録された日付を見ると、なんと、わたしの生まれた日。びっくりしました。ま、遠賢は今でも頑張ってるけど。。

「東京」にこだわったわたしは、今度はいきなり「東京音頭」などの民謡、音頭系も聴くようになりました。っていうか、実はYMOとか近田春夫&ビブラトーンズも「民族的」なものを扱ってたんですよね。そこで知ったのが、沖縄音楽。実はYMOの「Solid State Survivor」の中にある「Absolute Ego Dance」なんて、モロ沖縄音楽の「合いの手」が使われてたんですよね。小学生の時は、それがすごく気持ち悪くてね。あんまり好きな曲ではありませんでした(笑)沖縄音楽と言えば、喜納昌吉&チャンプルーズ、辺りですね。喜納昌吉のCDはそれこそ、ソロやってるときから、チャンプルーズになったときまで、すべて集めてましたね。彼の曲は「花」(すべての人の心に花を)で有名ですが、本当はそれ以外の名曲もたくさんあるんです。で、今度は沖縄民謡に興味を持ち始め、ちょうどその頃、沖縄民謡のCDが続々で始めたので、買ってました。「御前風」(かぎやでふう)とかねー。

喜納昌吉のライブには、何回か行きました。ライブ中、彼と握手したこともあります。ところが、、そのライブに彼の父、喜納昌永が出てきてね。もう、すっごい存在感。三線だけしか弾きませんでしたけど。。すごいな、この人。と思いました。ちなみに「すべての武器を楽器に」と言い始めたのは、この喜納昌吉です。まさか、あの頃は、彼が国会議員になるとは思いもしなかったけどね。。

それから、沖縄音楽では「りんけんバンド」も好きでした。初期の「ありがとう」から「カラハーイ」くらいまでは持ってます。

民謡関係で、河内音頭にも興味を持ちました。と言っても、河内屋菊水丸だけだけど。あと、上々台風とかもねー。上々台風は、ライブも見に行ったっけ。。新木場まで。河内音頭は、実は錦糸町で毎年9月にやってましてね。大学の友だちが錦糸町に住んでいたので、何回か、踊りに行ったことがあります。めちゃ楽しかった。。

窪田晴男は、おそらくまだパール兄弟在籍時に「東京的Vol.1」(しかし、このあとvol.2は出ることはなかった。。というか、今現在でも出ていない)を出したんだけど、その中でS-KENやTOMATOSを知ってね。(というか、S-KENはその前から知ってた気もする)S-KENのソロやS-KEN&ホットボンボンズ、TOMATOSにも手を伸ばし。S-KEN&ホットボンボンズの「1000NOME(千の目)」は名曲揃いです。その後の「セブン・エネミーズ」も好きだけど。

ってことで、日本の音楽はそういう変遷を得て、わたしの趣味になっていったわけです。ちなみに一番好きだったパール兄弟は、'90年に窪田晴男が「勘当」されてから急激に興味を失い、「六本木島」以来、ベストCDしか持ってません。ただ、最近、勘当されたはずの窪田晴男やバカボン鈴木が戻ってきているらしいので、もしかしたら、またわたしも復活するかも知れません。(松永俊弥=まっちゃん、は今、どこで何してるんだ~!!)

洋楽は、某FM局ではバシバシかかっていたんですけどね。わたしもそれに感化されて、一時「ベストヒットUSA」や「MTV Top countdown 20」なんかも見てました。が、その頃、熱狂的に好きになるって歌手はいませんでしたね。あ、ただ、Stevie Wonderが好きでした。彼の「Part time lover」って曲が大好きでしたね。

その後、わたしが自分が同性愛者だということに気がついたとき、Elton Johnを知ったのでした。(遅すぎ)実は、知っていたのですよ。MTV見ていたときにもTop20の中に入ってる曲、あったし。それにDionne Warwickが、エイズの基金集めかなんかで、Gladys KnightとStevie WonderとElton Johnとともに「That's What friends are for(愛のハーモニー)」を歌ったときも、レコード、買ったし。実は、わたし、Elton Johnの声が大好きでね。

で、彼も同性愛者だということを知り、しかも昔何回も聴いていて、声も好きだってんで、それ以来、彼のファンです。別に同性愛者だからって、同性愛者の歌手が誰でも好きなわけじゃないですよ。いろいろな場面でちょくちょく聴いていて、しかも、彼の人生、見ていると自分自身、同性愛者だと受け入れることに対してとても苦しんでいた、そのことにとても共感したのです。現に一番めちゃくちゃだった時期のCDと、その後、SEX中毒、アルコール中毒、その他の中毒を克服するために入院したんだけど、それを見事に克服したあとに出したアルバム「ONE」は名曲揃いだと思います。だけど、彼の過去のCDを全部集めるのは、とてもじゃないけど大変で、金のない今は保留。ベスト盤を買って、それを主に聴いています。それに、昔の彼の声はとても繊細で。。あまり好きじゃないんですよね。

あと、最後に残ったのがQueen。残念ながら、Freddie Mercury死後に知ったんですけどね。彼の追悼コンサートで、Elton Johnが「Show must go on」を歌ったので。。いいなと思って、CD買い始めました。けど、これまた大変な数のCDを出しているので、初期のCDとベスト盤を聴いて気に入ったCDくらいまでしか買ってません。

それから、クラシックも好きです。と言っても、ベートーベンの交響曲第1番と第3番(皇帝)、第9番辺りが好きですかねえ。(何故か全部奇数)同じ曲なんだけど、違う指揮者で何曲も出てるんで、集めてます。第1番は、そんなに人気がないからか、あまり出てないんだけど、第3番と第9番は超有名なので。それぞれ10枚くらいは持ってますかねえ。指揮者によって全然曲が変わってくるので面白いです。

あとはモーツアルトのピアノ変奏曲が好きかな。変奏曲って、低く見られているんですよね。なんてったって、オリジナルではないし、金のために書いた、って曲も多いそうなんで。だけど、好きです。本当は「”ああ、お母さん聞いて”による12の変奏曲」(きらきら星変奏曲として有名です)が好きだったんだけど、CD買って聴いてみたら、「”わたしはランドール”による12の変奏曲」が大好きになってしまいました。ただ、前も書いたように、変奏曲は低く見られがちなので、あまり売ってないんですよね。それが残念。

ってわけで、大変長くなりましたが、だいたい、わたしの音楽の趣味はこんなもんです。ちなみに今まで誰一人、同じアーティストが好き、という人には出会っておりません。パール兄弟しかり、近田春夫しかり。。だから、自分一人でひっそり聴いておりました。

今はねー、あんまりこれらのCDも聞かなくなっちゃったけど、、でも、好きな曲はいつまで経っても好きです。
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