12-25 Mon , 2006
クリスマスの思い出
今日はクリスマスですね。

クリスマスといったら、幼い頃は、やはりプレゼントをもらってました。サンタさんの存在は信じていたかどうかは、覚えてないけど、でも枕元に置いてあったプレゼントの包み紙が「高島屋」で「なぜ、高島屋?サンタは外国の人じゃないのか?」と思った記憶があるな。いやな子供だな。(苦笑)

もう少し大きくなって、小学生頃からは、家族で一緒に夕食を食べた。あれは、一緒に住んでた頃、大学生ぐらいまでやったんじゃないかな。母が丸ごと鳥を買ってきて(もちろん処理済み)、中にジャガイモや人参等の野菜を入れて、オーブンで焼いて、ローストチキンを作ったな。で、フルーツパンチも飲んだ。フルーツパンチって、赤ワインに、パイナップル缶を開けた汁と、その中身(パイナップルはもちろんある程度細かく切って)を入れて、その上に炭酸で割ったものね。ワインが入っててもパイナップルの汁と炭酸で薄めてあるから、子供でも飲める。子供の時はちょっと大人の気分がしたもんだ。酒が入ってたからね。

で、部屋を暗くして、ロウソク付けて、年に1度かける「クリスマスの曲を集めたレコード」(レコードよ、しつこく言うけど(笑))で、一気にクリスマス気分に。それから「クリスマスおめでとう」って言って、ごちそうを食べた。

一人暮らしになったら、クリスマスは関係なし。だって、わたしは無神論者だからね。別にキリストの誕生日なんか祝う必要はない、って思ってた。ただ、クリスマスイヴの6時頃に乗る電車の中は好きだったな。その頃はもう大学生か、卒業して院生やっていたかくらいだったけど、当時わたしは小田急沿線に住んでいて、その時間に電車に乗ると、電車の網棚の上には、ケーキの箱がずらーっと並んでいてね、、いつもだったら、まだ早い時間なのに、会社帰りのお父さん方がたくさん乗っててね。「ああ、これから家族で楽しくクリスマスイヴを迎えるんだろうな」と思ったら、なんか心が温かくなってきて。。あの光景を見るのは、本当に好きだった。

就職して地方に行ったら、職場と家が近すぎて、そういう光景も見ることがなく。(だって自転車通勤だもの)ま、クリスマスイヴもクリスマスも普通の日と全然変わらない一日でしたね。

わたしの「無神論者」ってのは、文字通り「『神はいない』って思ってる」ってことだけど、だからといって、宗教を毛嫌いしているわけじゃない。むしろ、宗教には大いに関心がある。だけど、それを信じることができないのね。信じられるものは、自分だけ。それは、わたしが1回目のうつ病にかかったときに、よーく分かった。苦しかった。何かにすがりたかった。だけど、自分には自分を信じる以外無理だってことが分かった。

聖書、持ってましたよ。子供の頃、何でか分からないけど(友だちの影響?)、教会に通ってたこともあったから「新約聖書」は持ってたのね。でもね、わたしはどうしても本を最初から読まないと気が済まない、ってのがあって。。知ってる人は知ってるかも知れないけど、新約聖書の最初の方って、イエスの家系がずらーーーっと載ってるのよ。それを読んでると頭ごちゃごちゃになってきてね。ただでさえ、外国人の名前を覚えるのは不得意なのに、前に出てきた人がぽんとあとで出てきて、その家系の話になったりね。だから、いつもそこで挫折するの。

わたしが前にブログで書いた「今でも忘れられない人のこと」の彼女も、特にキリスト教の信者ではなかったんだけど、時折、聖書を読むと「一休さん」の話みたいで面白いよ、と書いてたのね。でもわたしはやっぱり最初からしか読めなくて。。相変わらず、家系のところで、頭がごちゃごちゃになって読むのを止める、ってパターンだった。これが新約聖書だけじゃなくて、旧約聖書付きだったら「創世記」から読んでたんだろうけどね。。結局その新約聖書は、家系図のところと、あと、最後の方に出てくる「ヨハネの黙示録」に「獣の数字を読むがよい。その数字とは666である」ってところ以外は読まなかった。。ちょうど中学の時(だっけな)に「オーメン」が流行ったからね。だけど、本当にそう書いてあるとは思わずにびっくりしたっけ。

で、宗教はなんでも興味があったので、取り敢えずポストなんかに入っているそれ関係の冊子なんかは興味深く全部読んでた。生長の家からくる「白鳩」とか、それこそ教祖(?)がもう逮捕されてしまった「足裏診断」で有名な「法の華」の本とかね。あれ、なんか書いてあることがめちゃくちゃでさぁ。だって、'95年に世界は滅びる、とか書いてあるんだもの。で、そういう本を後生大事に持っていたんだけど、彼女と一緒に住むためにこっちに戻ってきたときに捨てちゃった。ホントはネットオークションにかけたら高い値段で売れるかな、と思ったんだけどね。教祖はもう、逮捕されちゃったあとだったし(爆)

あとは仏教の勉強もしたかな。取り敢えず、何宗がどんな風にできて、どんな考えなのか、とか書かれてる本を買ってきて読んだ。うちは父方が浄土真宗で母方が日蓮宗(注:創価学会ではない。というか、創価学会はもう、日蓮宗の中の一派ではないのね)なので、そこらへんは興味深く。ただ、日蓮宗は割と「排他的」なところがあるので(というか「日蓮宗が一番。それ以外は認めない」みたいな考え方)だから、あまり好きじゃない。そして、決まり事が厳しい。逆に浄土真宗は、それこそ自由な宗教。なんてったって「他力本願」だから。

その「他力本願」ってのもね「人にものを頼ること」じゃないんだよね。ここら辺のことは、この日記に感想が書いてある。それを読んで「ほほう」と思ったね。んで「うちが浄土真宗でよかった」とは思ったけど、ただ、だからといって、わたしが浄土真宗を信じるはずもなく。(とはいえ、実家は寺の立派な檀家なのですが)わたしは死んだら、それまで、って思ってるからさ。天国に行ったり、仏さまになったりするとは思えないからさ。

てなわけで、わたしは無神論者。今でもクリスマスイヴとかクリスマスに関しては、何とも思ってなくて。まぁ「キリストの生まれた日なのね」っていう感じかな。でも、信じてもいないキリストの誕生日を祝う気はさらさらなく。だいたい、自分の誕生日だって、なにもしないからね。彼女の誕生日もそう。(っていうか、偶然にもわたしと彼女の誕生日は1日違いでありまして。。連続して誕生日祝いをする気にもならんでしょう、普通)そういえば、こないだの23日は祝日だったけど、なんの祝日かはすっかり忘れてた。(今もまだ新聞読んでないので)思い出して「あっそう」って感じだったけど。(「あっそう」で「ピン」と来た方には、ここで笑って欲しいわ(笑))

ってわけで、わたしたちは「彼女が初めてわたしにメールを送ってくれた日」や「初めて会った日」「つきあい始めた日」の方がよっぽど大切。特に「つきあい始めた日」と「つきあい始めて○年と半年」というのは、今でも一緒にどこかに行ったりしている。そういえば、思い出すと、彼女が初めてわたしにメールをくれてから、あと数日で丸6年か。

ただ、昨日はわたしと彼女が初めて過ごす、クリスマスイヴだった。今日は初めて過ごすクリスマスの日ね。去年はわたしの鬱がひどくて実家に戻ってたからね。んで、わたしも彼女も「クリスマスは恋人のためにある日じゃない」っていう意見は一致している。だから、ケーキもプレゼントも、まったくなし。ただ、昨日、わたしは午後から出かけました。どこに行ったかは内緒。でもね、なんか泣いちゃったの。それも本質とは全然関係ないところで。多分、これからは毎年そこに行くことになるだろうと思うけど、とにかく貴重な体験をさせてもらいました。

で、今日は午後から、あの怪しげな医者に行ってきます。ここに行くのはこれが最後ね。あまりにも、怪しげ過ぎるから。。
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