04-06 Sun , 2008
母と娘と彼女の関係
最初に言っておくが、カミングアウトに対するわたしの姿勢って言うのは「やりたい人がやればいい」ってスタンスで、強要する気は全くないし、人それぞれの事情ってものがあるから、やはり慎重にすべきだとは思う。ここから書くことは、わたしの場合であって、すべての人が体験するわけではない。

今回、わたしは「もう耐えられない」と思った時点で実家に行った。それまでは彼女と何とか2人でやっていたのだが、あるとき、夕方に熱が出るようになり、そして夜は全く眠れない日が何日も続いた。医者にそのことを言うと「熱が出ることはいいことです」と言い、眠れないことに関することは何一つやってくれなかった。おかげで熱が出て体力が消耗するのに眠れなくて、さらに体力が消耗しきって、そして夜中に「眠れない」と寝ている彼女を叩き起こし、彼女まで衰弱しきってしまった。「このままだと2人とも倒れてしまう」と思い、最後の最後、実家で世話になることに決めたのだ。

実はわたしが実家に行くと決めたのは、本当に急なことで、その数日前、母親からいろいろな食べ物などが送られてきていた。わたしが実家に行くと母親は「あれも、あれも○○さんが食べちゃうのね」と少し不満そうだった。でもその当時、母親はわたしの彼女に対して、あまり触れたくない事項だったらしいので、まぁそういう反応も仕方がないかなあという感じだった。

実家にいたある時、わたしは突然、体調が悪くなりパニックになって泣き叫んだ。その頃はまだ、わたしは両親に対して自分の本当の気持ちを抑えて抑えて、それでようやくもっていたようなものだった。それが堰を切ったように決壊し、わたしは彼女に電話して泣きながら訴えた。話をしている最中にちょうど、母親が部屋の中に入ってきた。わたしは「どうせ言っても気持ちが分かるわけなんかない。話したくない」と拒絶した。そこを彼女が「自分が母親と話をするから」と言ってくれ、それで母親に電話を替わった。そこで何を話したのかはわたしは詳しくは分からない。もういろいろな人(医者とか)に説明して説明して説明し疲れていたわたしにとっては救いではあった。母親は何とか彼女から話を聞き、そしてわたしと一緒に泣いた。

わたしはその話の中で初めて「彼女に出会えたことが、今までのわたしの人生にとって一番のことだ」と話した。「それまでは別に生まれてきたくもなかったし、人生が楽しいとも思っていなかった」と言った。「彼女に出会えたということは、わたしがこの世に存在すると言うことで、そういう点では産んでくれた両親に感謝しているし、両親だけでなく先祖にも感謝している」とそのときまでに感じていたことをそのまま伝えた。母親はわたしが以前は「こんな人生どうなってもいい」と口癖のように言っていたのに、ある時から全く言わなくなった。それは彼女のおかげだろう、と言った。そのことはわたしは全く気がついていなかったんだけど。。

それから、わたしは彼女のことを気兼ねなく母親と話をすることができるようになった。

わたしが東京の家に戻ってきてから、わたしの荷物と共に、彼女の好きなもの(といっても塩なんだけどね(笑))が偶然送られてきた。わたしは早速「あの塩、○○さん(彼女)が大好きで、わたしがそっちに住んでいたときはいつもお土産で買っていたんだよ」とメールで知らせた。すると母親は「○○さんが好きでよかった!」というメールを返してきた。わたしはそれを読んで本当に嬉しかった。母親に彼女が本当にわたしのパートナーとして思ってくれているんだなってことが分かった。

同性愛者にとって、カミングアウトしたらそれで終わり、というわけではない。その後が大変なのだ。なぜかというと、よく言われているように「ロールモデル」と言うものが存在しない。親にとって子供が幸福に暮らすことが第一だとは思うが、その「幸福」というものは、ある程度先が見えていないと幸福ではないのだ。例えば大多数の人が将来は結婚して子供を生んで育てて、ということが一応「人生の幸福」である、と思っている。またある人は勉強していい学校に入っていい会社に入ることが「人生の幸福」と思っているかも知れない(これは今は通用しにくいかな(苦笑))。でもこれって結局は「世間一般の人がみんなそうだから」とか「そういう人が周りにいるから」ということでしかないのだ。

そして同性愛者(この場合は性的少数者も入ると思うけど。。)には「ロールモデル」というものがない。カミングアウトされた両親はいいとして、その親族との付き合い方は?自分の子供はいいとして、相手の配偶者に対してどんな説明をすればいいのだろうか?そこまでの範囲でカミングアウトすればいいのか?等、確立されていないことだらけだ。同性愛者自身も、相手の実家に行ったときに自分はどう振る舞えばいいのか?パートナーとはいえ、お嫁さんやお婿さんではない。そこのところは自分たちで考えていかなければならない。それはかなり大変な作業だ。

カミングアウト・レターズという本がある。実は手記募集の時から知っていて、そのときに既にカミングアウトしていたわたしはどうしようかなと思っていたのだが、結局はバタバタしてなにもしなかった。だけど、あのときわたしはカミングアウトした直後で、多分、書いたとしても表面的なことしか書けなかっただろうなと思うし、例えば母親は今でも絶対に手紙なんか書かないと思うし、わたしの場合は無理だっただろうなという気がしている。

手紙の往復書簡自体は、自分自身が経験したことが多く、やはり途中で読んでいて涙が出てきたりもしたが、一つ、気になったことがあった。それは最後に「LGBT家族と友人をつなぐ会」で「頭では分かっているのに、どうしても受け入れられない」という親が出てくる。わたしはこの「受け入れられない」一つの理由にこの「ロールモデルが存在しない」ということがあるんじゃないだろうかと考えている。

では「ロールモデル」はどうすれば出てくるのか。

それは同性カップルが顕在化し、同性同士でも立派に一生一緒に暮らしていけるという例がいくつも存在すればすむことだ。が、それはなかなか難しいことなんだよなあ。。例えば、一組だけ突出して有名な同性カップルがいたとする。でもそのカップルが一生一緒にいるとは限らないよね。それは結婚している人もいるし、その中で離婚する人もいるのと同じだ。「お手本」は欲しいが、お手本を求めるのは難しいことなのだ。だからわたしは敢えて、自分たちカップルを「お手本」にしたいとは思わない。わたしたちだってこの先、どうなるか分からないもの。。だから、一番いいのは、複数のカップルが出てきて、あー、結婚している人たちと同じように一生一緒にいる人たちもいるけど、別れる人たちもいるんだね、ということが分かるといいのだが。。

それとともに今度は「身内」との付き合い方。これは今のわたし自身の問題でもある。

カミングアウトは果てしなく続くのだ。。
とはいえ、わたしの場合はしていなかったら到底やっていけなかっただろうけど(苦笑)

今はただ、母親にわたしと同じように少しでも彼女のことも考えてもらえることがただただ嬉しい。本当にありがとう。
18:59 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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