02-24 Sat , 2007
いろいろ考えた
昨日、ある人に会った。その人はある宗教を信じている人なんだけど、正直言って最初それを聞いたときは「ありゃ」って思った。ただ、何回もここで書いているが、わたしは無神論者だけど、宗教には非常に興味がある。(ただし、その宗教を信じている人にわたしの考えを押しつける気はない。だって、神さまはいるって考えている人にいくら「神はいないんだよ」と言っても、神がいない証拠にはならんでしょ。そりゃ「じゃ、アンタは神さまを見たことがあるのか」とは言えるとは思うけど。。でも、見たことがある=存在する、というのはおかしい、と思う。だって、所詮人間の目で見たことなんか、当てにならない。人間の目は錯覚を起こすから。見たこと=すべて正しい、ではない、と思う)

で、その人といろいろ話して思ったのが、ちょっと関係ないかも知れないんだけど「わたしって、、結構いろんな宗教の葬式に出てるのね」ってこと。カトリックの葬式に行ったことがある。神道の葬式に行ったことがある。そして、うちは浄土真宗だから、浄土真宗の葬式も体験した。あと、母方が日蓮宗なので、葬式ではないんだけど、日蓮宗の49日の法要には出たことがある。そしてそれがそれぞれ、やり方が違うんだよねー。当たり前だけど。神道の葬式は結構面白かった(って言ってもいいのか?)普通、神社にお参りするのには、まぁ、そのところどころによって違いはあるけど、だいたい「二拝二拍手一拝」なのね。で、「パンパン」って手を叩くでしょ。でも、葬式では、手を叩いて音を出してはならないの。それを「忍び手」というらしんだけど、あくまでも手を叩くマネをするわけ。そして、榊を置くのね。

カトリックの葬式は、ものすごい「厳粛」って感じだった。あと、匂いがとてもきつかったのを覚えている。神父か司祭か知らないけど、いろんなものを振りまくんだもの。あと、既に洗礼名が付けられているのよね。実は小学校時代の友達が、高校卒業してすぐに亡くなって、それで行ったんだけど、「ルカ○○」って呼ばれてて、、それの印象がものすごく強くって、実はスザンヌ・ヴェガの「ルカ」って曲は好きじゃない。必ず彼を思い出すから。そういう意味では、「マドンナの宝石」も嫌い。こないだ、病院の待合室で、この音楽が流れてきてもうどうしようって思った。確か、一時小学校の下校の音楽になったけど、この音楽の間は、下校を待たずに帰宅してた。

ま、それはいいんだけど。

あとは葬式とは関係ないんだけど、以前、善光寺に行ったとき(わたし、善光寺が大好きなの(^^;「階段巡り」が大好き)、善光寺の宿坊のYHに泊まったのね。で、偶然、同じ部屋の人が、お坊さん(女の人でもお坊さんなのかしら?)だった。で、もちろん、宗教には興味があるので、いろいろ聞いた。密教系だったかな、もう覚えてないけど。実家が寺で、それで自分も跡を継ぐために、山にこもって修行をしたらしい。その修行ってのが、ホント、すさまじく。。一日中滝に打たれたり、狭いところに何日も閉じこもっていたり。そうすると、自分が自分でなくなるような感覚にとらわれるらしい。もっといろんなことも話したんだけど、、なんせ、もうだいぶ前のことなので忘れてしまった。

わたしは、最初、鬱になったときに、ホント、何かにすがりたかった。けど、結局なににもすがることはできなかった。自分を信じていくしかない、とそのとき観念した。だからなんの宗教も信じないんだけど。

あー、でも何も信じないとかいいつつ、宗教ではないんだけど、わたしは「性悪説」を取っている。これはわたしの経験からなんだけど。わたしは生まれつき、本当にめちゃくちゃな子供だった。親の言うことを全く聞かない子供だった。親には「お前は生まれたときから反抗期だった」と言われていたほど。親が「こっちに来なさい」というのを後ずさりして、タクシーとぶつかって頭を打って、一晩入院したこともある。(これは、前に何度か書いたことがあるけど)それが教育を受けることによって秩序を学び、取り敢えずは社会に適応できるようになった、と思っている。

で、ここからはわたしの考えに過ぎないんだけど、もともと人間は悪人なんだから、その人がやることはすべて「偽善」だと思っている。だから、わたしは「あなたは偽善者ね」と言われることは、最高の誉め言葉。(普通の人は「お前は偽善者だ」というと、すげー怒るけど(^^;)わたしが人のために、何か役に立ちたい、助けたいと思う心はすべて偽善。自己満足でしかない、とわたしは思っている。そう、わたしは自己満足がしたいのだ。別にその人を思っていいことをしよう、などとはさらさら思っていない。それはすべて自己満足。わたしは「偽善者」なのだ。(ただし、この考えも適応するのは自分のみで、例えば、お年寄りに席を譲ったりしている人を見て「あいつは偽善者だ」とは思わない。でも、自分がやるとそれは「偽善」)

あとは「生きてきた痕跡を残したい」とは全く考えていない。だから、墓にも入りたくない。もちろん、戒名も付けてもらいたくない。あれは自分がこの世にいた証だから。死んだらわたしの所有物はすべて捨ててもらいたい。自分が死んだあとにこの世に存在していた、ってことが残るなんて耐えられない。できるなら、わたしが死んだら葬式もして欲しくない。が、葬式っていうのは、残された人のためである、とも聞いたので、そこら辺、困ってるのよね。(あとは、どうしても人と付き合うと、その人の中でわたしの存在が残るので、それが考えもの。一刻も早く忘れ去って欲しいと思ってるんだけど。。でもそれはわたしがお願いしたとしても無理な話よね。そこんとこはよく分かってるつもりよ)妥協して「お別れの会」でもやってもらおうかと思っている。で、骨も残したくないから、当然、散骨。しかも海に撒いてもらいたい。最近、そういう関係のNPOができた、って彼女が新聞で読んだみたいだから、そこに登録なり相談なりしてみようって思っている。わたしの希望としては、黒潮流域。東京湾を出れば、すぐに黒潮が流れているので、それは可能ではないかな、とは思っているんだけど。死んだあと、わたしの大好きな海で、黒潮に乗りながら海を巡回していくことを考えるとワクワクする、なぜか。ま、途中で黒潮に乗った魚の餌になる可能性が大だけどね。燐は魚の餌だから。ま、それはそれでいい。

将来、わたしは仕事に就くつもりだけど、そういうわけで、あんまり自分のやったことを残したくない。ただ、将来、思ったような仕事に就けるかが問題なんだけど、その前に。(爆)で、仕事はあくまでも金をもらう手段と、あとは自己満足の手段に過ぎない、と思っている。前に働いていたときも「野球観戦費用を稼ぐため」と思ってたし。(しかもそれを公言して、はばからなかったわたし。。(笑))

ただね、「お別れの会」を誰にやってもらうかが考えものなのよね。。一度うちの親にそのことを話したら「自分の子供が死んだときのことなんか考えたくない」って言われた。ま、そりゃそうだよな。でもわたしは美人なので「美人薄命」なわけ。もうそろそろそういうことを考えなきゃいけない時期なのよね。。(爆)妹に頼んでもいいけど、妹がわたしの考えを理解して、実行してくれるとは思えないわ。。ということは、必然的に彼女のお仕事?(苦笑)どうぞ、彼女がわたしより先に死ぬことはありませんように。(あ、これ別に神や仏に祈ってるわけじゃないですから。単なるわたしの希望の現れ)

だから逆に言うとわたしは「いつ死んでもいいから、悔いのない生活を送りたい」と常々思っている。あ。だけど自殺はしません。それはもう、自分の中で決めました。今考えているのは、あくまでも「自然死」ね。(「交通事故」って自然死なんだろうか?ふとそう思った。。)ただねー、今はうつなんで、自分のやりたいことがそのままできない。それが悔しくって。早く、病気なおんないかなー。

あ。ここに書いてあることは、本当にわたし独自の考えなんで、人に納得してもらう気もないし、こういう考えの持ち主じゃないと付き合えない、とかは全然思ってません(笑)だいたい、こういう考えの持ち主が、他にあまりいると思えない。。

昨日はだから、いろいろ話が聞けて、なおかつ自分のこともいろいろ考えられたんで、楽しいひとときでした。

で、今日も実はこれから出かけてくるんだなー。。ホント、なぜか忙しい毎日。
13:10 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<先生のトークイベント | ホーム | なんとかしてぇ。。>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://rontako.blog39.fc2.com/tb.php/294-35a7ab28
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
AX