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05-02 Wed , 2007
けいけん
最近、いろんなことを考えている。

一番強く思うのが「わたしの人生は恵まれすぎていたのではないか」ということ。
わたしは「貧しさ」ということを知らない。生まれた年は昭和43年('68年)。高度成長期のただ中(高度成長期='55年~'75年らしい)。しかし、'75年といえば、わたしがちょうど小学校に上がった年で、生活が進化したという記憶がない。うちのテレビがモノクロからカラーに変わったくらいしか覚えがない。

親からは十分な愛情を受けて育った。そりゃ、時には殴られたりもした。父親なんかは、わたしのことを娘だとは思ってなかったのか、高校の時に思いっきり顔をぶん殴られた。あとで口の中が「ジャリ」ってするなあと思っていたら、それは欠けた歯だった。背中(もちろん、服着てない)を布団たたきで殴られて、みみず腫れになったこともある。あのときは母親が父親に向かって激怒した。「なぜこんな風になるまで叩いたの!」って。わたしは背中だったから、自分の姿がどうなっていたのかは知らない。ただ、すごいことにはなってたらしい。

母親はわたしを叩かずにつねった。叩くと自分の手が痛いから、という理由らしい。母親らしい考えだと思う(笑)。

今だったらもしかしたら、このような行為は「虐待」に当たるのかも知れないが、わたしは殴られると分かっていながら親に反抗していたし(反抗っていうのは変かも知れない。わたしはわたしの意見を曲げなかったに過ぎないから。反抗しようと思ったのではない)、いくら言葉で言っても分からなかったので、殴られたんだと思う(でも自分の意見は曲げなかったけどね。暴力では人の意見を変えることはできない)。だから親には「お前は生まれたときから反抗期だった」と言われているし、実際、わたしもそうだったと思う。一般に「反抗期」と呼ばれている時期が子供にはあるが、わたしはそういう意味で明確な「反抗期」というものがなかった。そして、わたしの意見が通らないと分かると、今度は親を無視した。1ヶ月以上親とは口をきかなかったことも何度もある。だからといって問題が解決したわけではないが。

でも今思うと、反抗できることは逆に幸せだったんだな、と思う。反抗できるということは、それだけ甘えている証拠でもあると思うからだ。ただ、わたしは他人でも「それは違う」と思ったら上司にでも平気で噛み付いていたからなあ(苦笑)。わたし自身の性格なのかも知れない。ま、会社では上司の意見が絶対だったので、最終的には仕方なく上司の意向には従っていたけど。ただ、噛み付けば噛み付くほど、上司に気に入られて、、正直困った(苦笑)

ただ、進路のことについては、親はわたしのやりたいようにさせてくれた。そしていつも応援してくれた。それについては、非常に感謝している。28歳まで学生を続けられたのも、親のおかげ。わたしは学生時代、家庭教師くらいしかバイトしたことなかったし(「遺跡掘り」のバイトもやったことはあるが、あれは拘束時間が長い割にあまり金にはならなかったなー)、それによって生活を成り立たせていたわけでもない。

そして、、前にも書いたけれど、わたしは「同性愛者である」ということについて、悩んだことがない。他の人の話や、ブログを読むと必ず「相当悩んだ」と書いてある。しかし、悩んだことのないわたしには、その「悩み」というのが実はよく分からないのだ。カミングアウトをして傷ついたという経験もない(母親に対しては、理解されるとは思っていないので諦めている)。

小さな頃から「わたしは結婚はしない」と言っていたからか、親から「結婚しろ」とは一度も言われたことがない。周囲からも言われたことがない(よほど結婚しそうにないように見えるのか?)。これって、わたしにとっては幸せなことじゃないのか?

「女のクセに」と言われたこともない。「男みたいな女」とは言われたことはあるが。「だから何?」って感じだった。親からも「女の子らしくしなさい」と言われたことがない。(だいたいわたしが幼稚園の時の誕生日プレゼントに「仮面ライダーV3」のベルトをプレゼントしたくれたような親だ)これもわたしにとっては幸せなことだろう。

恋愛経験も少ない。今付き合っている彼女は、わたしが初めて付き合った人。多分、これからも一生、一緒に居続けるだろう。わたしは「別れ」というものを経験したことがない。だから恋人とケンカをして別れるということがどういうことか、わたしにはよく分からない。(ただ今後「死別」はあり得るとは思っている)

「貧しさ」も「性的少数者であるという悩み」も「女性差別」も「恋人との別れ」も経験したことがないわたし。今のところ気がつかずに、他にも経験したことがないことはたくさんあるだろう。これって、幸せなことなんだろうか、それとも不幸なことなのだろうか?この世の中にはいろんな人がいて、わたしは今、いろんな人からの悲鳴が聞こえる。わたしはそれは理解することはできる。ただ、経験していないから、それは想像するしかない。でも想像は想像に過ぎない。経験したことがないものに対しては、想像はできるが、わたしには語れない。つらい人に対して声をかけることもできない。そういうとき、わたしは自分の無力さを感じる。わたしはもっと「不幸」であるべきではなかったのか?わたしには「経験しなかったこと(できなかったこと)」が多すぎる。わたしには欠けているものが多すぎる。それを今、非常に痛感している。
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