06-07 Thu , 2007
行けなかったライブ
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昨日の晩、探しものをしていたら、思いがけず、超懐かしいものが出てきた。
というか、改めて自分の物持ちのよさに感動してしまった。。

その中で出てきたうちの一つがこれ。
そう、パール兄弟のライブのチケット。当時はパール兄弟のファンクラブ「あこや会」に入っていた。それでチケット優先予約をしてたんだけど、実は、画像を見てもらうと分かるように、半券が残っている。ということは、このライブには行くことはできなかった、ってこと。

どうしていくことができなかったかというと、、二日酔いでゲロゲロになっていたからだ。二日酔いの原因ってのは、これまたよく覚えている。自分自身はあんまり思い出したくない思い出なんだけどな~(苦笑)

この当時、'89年ってのは、わたしが大学2年生の時。そして、うちの大学はだいたい、学祭を11月3日~5日の間の3日間にやることになっている。わたしは大学時代は合気道部だったから、学祭の時は「演武会」をすることになっていた。そのために、学祭が始まる少し前から学校内に寝泊まりして、一生懸命練習していたのだ。

もう、合宿がどうだったかとか、演武会がどうだったかとかは、ほとんど忘れた。ただ、夜は吉野家の牛丼かカレーを作って食べ、近くの銭湯に行っていたのを思い出す。練習自体は全く覚えていないのがミソ(爆)。

で、このライブがある前日は、学祭も終わり、打ち上げってことで恒例の「打ち上げ」を道場でやってたのよね。

うちの大学は「酒を飲む大学」だった。だから「一気飲み」などやったことがない。「酒の一滴は血の一滴」と言われていたからだ。「一気飲み」は邪道だと誰もが思っていた。その代わり、、酒をこぼそうものなら、ものすごく大変だった。こういう環境で酒を飲んでいると、だいたい、その人がお酒がどのくらい飲めるかということが外見で判断されるようになる。「これ以上飲ませてはいけない」という限界も分かってくる。これはやはり「酒飲み大学」ならではのことだろう。酒を飲ませて、急性アルコール中毒で救急車を呼ばれる、なんてことは恥の恥だった。

ただわたし自身と言えば、どうもアルコール分解酵素が体内に存在しているせいか、どんなに飲んでも酔わない。しかも外見は全く変わらない。これは、非常に損なことだ。なぜかというと、いくら飲んでいても周囲には「全然飲んでいない」ように思われるからだ。実際、酒を飲んでいても記憶が飛んだということは今まで全くないし、基本的に酔っぱらわない。酒を飲むと、酒に酔えるというメリット(?)があるのだが、わたしの場合、相当大量に酒を飲まないと酔えない。そして、それは二日酔いになる限界とかなり近かったりするので、危険だ。

で、人生で初めて「二日酔い」というものを経験したのが、このライブの前日。'89年11月5日。ここら辺の記憶はとても曖昧なのだが、当時、確か好きな男性がいたと思う。彼とは同学年だったのだが、確か歳が4つくらい上じゃなかったっけ。。?あれ、2つだったっけな。とにかく年上だったのは確かだ。その彼に好きな人がいると風の噂で聞き、それで「やけ酒」と称して、めちゃくちゃに飲んだような記憶がある。

もう、どのくらい飲んだかは忘れてしまったが、最初はなぜかウイスキーのボトルに入っていた梅酒をほとんど飲み(もちろん、ロックで。わたしは割った酒は好きじゃない)、数種類の酒を飲んだ後(ビールは入ってません。わたしはビールが好きじゃない)、焼酎へ突入したのだった。あ、焼酎ももちろん、そのままでね。ただ「いいちこ」だったので、アルコール度数はそんなに高くはなかった。

友だちと2人で、何をしゃべっていたのかはほとんど覚えていないが、陽気に飲んでいたことは思い出す。で、2人で1升あけてしまって、それでも足りないから、同じ合気道部の寮生に「寮生酒場から酒持ってこーい!!」と言って持ってこさせたのだった。。あ、その当時は学校内に寮があり(というか、今もあるけど)、そこでは寮生が毎年、学祭の時に「寮生酒場」というものをやっていたからだ(これは今もあるかどうかは知らない)。

で、手に入れたのが「いいちこ」900mlのヤツ。それは全部は空けなくて、途中で終わったんだけど、そのときは全く酔ってなかったし、周りからも「飲んだ?」って聞かれたほどだった。なのに、、翌朝起きてみたら、めちゃくちゃ気分が悪くて起きられない。これが二日酔いだった。その日が解散だったので、みな、片付けをしているというのに、わたしは一人で吐きまくってて。。後輩に面倒をみてもらったりした。ああ、恥くさ~、、で、家にもまともに帰れないので、車で来ていた同級生に家まで送ってもらったりして。。で、結局、このライブには行けなかった、というわけだ。ものすごく苦い思い出。

それ以降、わたしは自分の限界というものを自分で把握している。だって、周囲からはどんなに飲んでも外見が分からないから、判断が付かないんだもん。もっとも今は、薬飲んでるから基本的に禁酒状態だしね。でもあの酔っぱらった感覚って、しばらく味わっていないので、早く味わいたい。。

うちはわたしも彼女もとても酒飲みで、基本的にあまり酔っぱらわない。だから薬とおさらばした暁には、2人で4本(もちろん、フルボトル)の赤ワインを飲んで、酔っぱらおうね、とは言っているのだが。。

結局、それ以来「焼酎」というものは飲めなくなってしまった。というか、もともとわたしは「蒸留酒」は苦手みたいで、、ウィスキーやそこら辺もあまり好きじゃないのよね。好きなのは、日本酒と赤ワイン。日本酒は辛口で赤ワインはボディーがしっかりしたものでないと好きではない。その割にはめちゃくちゃ甘い「杏露酒」は好きなんだけどねー。あ、でもやはり割って飲むのは嫌いです。だって、薄くなるんだもん←当たり前

そういえば、昔、昔に「メモリーグラス」という歌が流行った(堀江淳って人が歌ってました)。その中の歌詞に「水割りを下さい」という割に、最後の方で「ねぇ、その歌をかけるのはやめてよ グラスの中薄くなるから」という歌詞があるけど「そんだったら、水割りじゃなくて、ロックで飲めばいいだろう」と思ったのは、わたしだけではあるまい。。(爆)

あと、好きだったと思っていた人は、あるとき「こんなつらい思いをするなら、あきらめちゃえ」と思ったら、いとも簡単に諦められた、というか、実はそう思ったら急に気分がすーっと晴れて、ものすごく爽快な気分になったのだ。そしてそれは、その後3年くらい続くことになる。多分、本当の恋だったら「諦めよう」と思っても、そうはいかないと思うのだが、そうなったってことは、自分の中に「誰かを好きにならなきゃいけない」という強迫観念じみたものがあったんじゃないかと思う。

結局、空白の3年くらい過ごして、あるとき「わたしは、人を好きにならないんじゃないか?」と思い始めて、過去を探っていったときに「ああ、実はわたしは男じゃなくて女の人が好きなんだ」って気がついたんだけどね。だいたい、初恋は小学校の時だったらしいのだが、相手の名前を「姓名」ともにすっと出てきて、あれにはびっくりしたなあ~。。

ってわけで、このチケットには、多少なりとも苦い思い出がある。でももう捨てられないだろうな~。はは。もう一回封印しておこう。
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