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12-28 Wed , 2016
引退してしまった俳優さんについての思い
以前から書こう書こうと思ってたけど、風邪引いてて書けなかったこと。

わたしはこの人のことはほとんどまったく知らない。名前の呼び方すら知らない(最初の漢字、「なる」って読むの?それとも「なり」って読むの?)。顔もアップされてたのを見たけど、見たことがない人だった。なので、この人のことをどう呼んでいいのか分からない。

基本、わたしは俳優さんに対しては普段フルネーム呼び捨てで呼んでる。例えば好みのタイプの俳優さんは大杉漣、とかさ。そういう普段から言い慣れてる人に対しては、普段言い慣れた呼び方でそのまま書けると思う。が、この人に対しては今まで呼び名を口にしたことは一切無かったので、今ここで「○○さん」とか「○○」と言うのはとても違和感がある。だって今までまったく見たことない人なんだもの。だから何かに配慮して個別具体的な名前を書かないのではなく、単にわたしが今までまったく知らない人を馴れ馴れしく知ったかぶりして名前を書いたりすること自体にとても違和感があるので、書かないだけ。それをまず書いておく。

全然知らない人なのに、引退のニュースを知ってしまったのは、単にわたしが普段からYahoo!経由でスポーツナビに行って、そこからカープのその日のニュースを見る、という習慣があるからだ。好む、好まざるに関わらずYahoo!のトップにまずアクセスするので、なんとなしに気になったトップニュースにアクセスしてしまうことがある。このニュースも単にそうだっただけに過ぎない。

誰が引退したかはよく分からなかったものの、少し前からいわゆる薬物を使っているのではないかと噂されている、ということについては、それもなんとなくどこかで見たことがあったので知っていた。だから多分、そのニュースにアクセスしようって思ったんだと思う。しかしそのニュースの中にあった、引退への挨拶文みたいなのを読んでびっくり仰天した。その中に

この仕事をする上で人には絶対に知られたくないセクシャリティな部分もクローズアップされてしまい



と書かれていたからだ。性的少数者以外の当事者でない人には多分、この恐怖感は理解できないのではないかと思う。わたしこれ、読んで一番に思ったのは

「これだと自分のセクシャリティが"普通"でないって言ってるのと同じじゃないか!」

ってことだった。だいたい、性的多数者ならば、自分のセクシャリティのことは「絶対に知られたくない」とは思ってないだろうし、そもそも、知られたいとか知られたくない以前に、自分のセクシャリティは「みんなと同じ」で「みんなが知っている」ものなのだ。というか、みんな知っているどころか、自分のセクシャリティが何であるかすら、考えたこともない人も多いだろう。「普通」としか思っていない人もいるに違いない。ゆえに「絶対に知られたくないもの」が自分にあると思っているということは、この人は自分が何らかの性的少数者である、ということを「カミングアウトしている」ことになる。

ちなみにここで注意しておきたいのは、この挨拶文だと「この人は性的少数者なのかな?」って思うくらいにしか分からないということだ。まぁわたしもそれ以上のことはあまり興味がない。なんであろうが、わたしには関係がないことだし。この人はそれ以上のことが言いたくなかったからわざわざ「セクシャリティ」って言葉を使ったんだろう。

で、わたしはここ10年くらいは大抵、自分のセクシャリティをカミングアウトしたりしているが、それでもそれ以前は完全なクローゼットだったので、そのクローゼット状態の感覚って10年経った今でもまだ身体に染みついているらしい、ということをここから感じた。

というのは、完全なクローゼット状態のときというのは、絶対にそのことを知られたくないために、なにを隠さなければならないのか、ということについてものすごく頭を回転させなくてはならず、「このことについて何か言ったら、何かあるなって思われないかな?」と言うことについて、すごくすごく慎重に考えていたからだ。「このことについて何か言ったら、話を聞いた人はどう思うだろう?」ってことをひたすらひたすら考えて、事前に自分の中で「想定会話文」みたいのを作り、そこで問題がないようだったら人に話せる。会話してても常に頭の中では「その後の想定会話文」が作られ、話している人が怪しく感じないかをリアルタイムでチェックしている。だから頭は常にフル回転だった。

何か秘密を持っている、ということは、その秘密を持っている、ということすら周囲に悟られてはまずいのだ。具体的な秘密の内容ではなく、「何か秘密を持っている」こと自体を隠すことは、それが具体的になんの秘密であるか、ということ以上にとても気を遣うことだった。その気遣いでクタクタに疲れてしまうことだってあった。けど、ばれてしまうよりマシだったので、クタクタになってもばれないように気を遣った。

なので「絶対に知られたくないセクシャリティ」と公にすることによって、「この人は絶対に知られたくないセクシャリティがあるってことが分かってしまうじゃないか!」ってことを、読んだ瞬間、わたしは恐怖に感じたのだった。でもこれ読んで「あ、こんなこと言ったらばれちゃうよ!まずいじゃん!」って瞬間的に思ってしまうってことは、やっぱりクローゼット時代のあの「秘密を持っていることすら隠さなければならない」という感覚をまだわたしは捨て切れてないってことだよね。

でもこの人が「絶対に知られたくないセクシャリティ」って書くってことは、もちろん本人もここの部分で何かあると周囲に思われることは十分承知の上で書いたのだろう。だって多分、この人もクローゼット時代のわたしと同じどころか、みなに見られる芸能人なのだから、それ以上に気を遣っていたはずだ。「絶対に知られたくないセクシャリティ」であるなら、ばれるのが怖くて怖くてたまらなかったはずだ。なのでわたしには逆にここの部分は、この人の悲痛な叫びとしか感じられない。「窮鼠猫を噛む」とはちょっと違うが、クローゼット(「押し入れ」という日本語でもいいが)の中に隠れるように自分を押し込んできて押し込んできて、それでも外に引きずり出される、もう逃げられないと感じたので、逆にこちらから明らかにせざるを得なかった。「本当はこんなこと言いたくなかったんだ!」という叫びとともに。多分この人は、薬物疑惑が晴れても、次に自分のセクシャリティの問題に焦点が当たり曝露されてしまう、と考えたのだろう。そして、世間から取り沙汰されるセクシャリティを持っているのは薬物とは違って事実だから、もう隠しようがないと思ったのだろう。無理矢理外に引っ張り出されて、あれこれ事実に加え、事実でないことすら事実のようにおもしろおかしく興味本位で取り沙汰される。それがこの人にとっては耐えられないほど苦痛だったのだろう。この叫びは本当に痛々しい。わたしも当事者ゆえに、その痛々しさを身を切られるような思いで受け取っている。

この挨拶文の発表から、もう20日くらい経ったのかな。周囲ではいろいろあるようだけど、わたしは本人がそれ以上のことを公にされたくないのはもう分かっているから、マスコミ、報道陣に対して「これ以上曝露することは止めて欲しい」と強く思う。アウティングは人権侵害だ。それより、このことがあって以来、この人は安心できる場所にいるのだろうかと思う。こちらの方がわたしは心配でたまらない(ちなみに「どこにいるか」「誰といるか」などについても嗅ぎまわらないで欲しい)。できれば心穏やかにいられる人たちと、心穏やかに過ごせる場所で、心穏やかに過ごしていることだけを願っている。
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