02-16 Tue , 2016
朝鮮大×武蔵美×芸大「となりあえば」展に行ってきた
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時間はぐっと今に戻って、今年2月の話。

わたしがこの展示会を知ったのは、instagramだった。最近わたしはtwitterのアカウントも持ってないし、FBも全く見ない。なのでこの手の情報はほとんど得られないんだけど、なぜかinstagramのほうで情報を流してくれた人がいて、それで知ることが出来た。というか、流してくれた人は全く知らない人なんだけど、こないだ日記に書いた去年の11月の武蔵美×朝鮮大の「突然、目の前がひらけて」展に、偶然、同じ日に行ったみたいなんだよね。「同じ日に行ったみたい」というのは、観に行ったあと、家に帰ってから覗いたinstagramにその人も「来てます」って画像をアップしてたからだった。これにはびっくり!「わたしも今日、行きましたよ~」ってコメントしたんだけど、同日同時刻に行ったとしても、元々知り合いじゃないんだから、どんな人だか分からない。なので今もどんな人か知らない人。で、多分、そういうこともあって、その人はこの展示会について知らせてくれたんじゃないだろうか。非常に有難いことなんですけどね。

ただ、今回は前回と違い、事前に「この日のこの時間に行きます」という連絡をしなければならなくなったらしい。が、どうもその連絡先はtwitterのアカウントで、それを持ってないわたしは連絡できない。とても図々しい話だけど、仕方がないのでわたしはその情報をinstagramに流してくれた人に「twitterのアカウントがない場合は、どうやって連絡を取ればいいんでしょう?」ってコメントした。そしたら親切にもその人がいろいろ向こうとやりとりしてくれて「こちらのメールアドレスにメールしてください」っていうことにしてくれた。なのでわたしは無事、そのメアドに連絡して、そして行けることになったのだ。

なんでそんなめんどくさいやりとりがあったかというと、会場が朝鮮大学校の中の展示室だったからだ。要するに、校門の前で朝鮮大学校の人が迎えに来てくれて、それで展示室まで一緒に行かなければいけない、そういうシステムになってしまった。帰りもそう。朝鮮大学校の人が校門まで送ってくれる。「なんでそんなことしなきゃいけないの?」って思う人もいるだろうけど、わたしはその部分はあまりなんにも思わない。まぁ向こうにも都合ってものはあるだろう。それに実際、このシステムはわたしにとっては結構よかったなと思っているのだ。なんせ、行き帰りの間に彼らと話せるんだから。前の「突然、目の前がひらけて」は、前の日記にも書いたけど、展示している側(武蔵野美術大学と朝鮮大学校美術科双方)が誰もいなかったので、一言も何も話せずに帰ってきた。それはとてもつまらなかった。だけど今回は違う。展示会をやってる人と話せるのだ。これはわたしにとってはとてもよかった。おかげでいろいろ思ってることを話したり聞いたり出来た。前の日記でわたしが気になった作品について、

> (そしてこの作品、まだ完成していないらしい。そのことはその後に聞いた)。

って聞けたのも、実はそのときだった。

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行きに玉川上水を歩いているとき、ふと、空を見上げたら美しかったので一枚。冬の空。

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玉川上水ってよく聞くけど、実際のところはほとんど知らず。こんなに長いものなんですね。ここは本当にいい散歩コースだと思う。

14時半に学校の正門のところで待ち合わせ、と約束した割に、向こうが来てなくて(笑)なかなか来ないもんで「正門のところで待ってます」ってメール入れて。10分くらい待ったかな。実はちょうどそのとき武蔵野美術大学から予約なしで来た学生がいて、受付の前で「予約してないと入れないんですよ、今回は」って言われてたんだけど、ちょうどわたしがいて迎えが来てくれることになってるし、じゃあ、まあいいでしょうってことになった。案外、臨機応変だった。

迎えに来てくれた人はどういう顔の人だったか全く覚えてないんだけど(いただいた「となりあえば」展のパンフレットの後ろにこの展示に関わった人の全身写真が載ってるのだが、この人だっけ?それともこの人だっけ?みたいな感じ、、、行きと帰りの人は多分違ってたと思うんだけど、それすら記憶曖昧)、いきなり「朝鮮大学校に来るのは初めてですか?」って聞かれた。もう一人の武蔵野美術大学の学生さんは初めてらしかったんだけど、わたしは去年の11月に来たのが初めてだった、と言ったら「今回はこういう(迎えに来るという)形になってしまってすみません」と言われた。

「でも、こうやって外部から観に来て下さる人がいると、わたしたちはやっぱりとても嬉しいです!」って言ってた。まぁそれはそうだろうね、、やっぱり自分の描いた作品は、一人でも多くの人たちに観てもらいたいって思うのは、そりゃあ描いた人の本能だろうからね。

会場に着いたんだけど、今回は、その作品を描いた人が多分、半分くらいはいたと思う。受付のテーブルの前に座ってた。で、展示会を観に来た人は、わたしの観てる途中何人もいたけど、受付の人と話してる内容を聞くと、割と武蔵野美術大学の人が多かったように思う。

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ご挨拶

この度は、朝鮮大学校美術科、武蔵野美術大学油絵科、東京藝術大学芸術学科有志によるグループ展「となりあえば」にお越しいただき誠にありがとうございます。
2014年秋、武蔵野美術大学油絵科に在籍する、日本学校で日々を過ごしてきた金真希が朝鮮大学校美術科1年生に送った、両校の交流を望む1枚の企画書からこの展示は始まりました。両校の学生は展示会に向けて交流を重ね、今自分が表現しようとしていること、自分のアイデンティティ、互いの日常などについて対話を行いましたが、その過程で直視せざるをえなかったのが異なる日常を送るお互いの「隔たり」でした。隔たりを意識すべきかせざるべきか、互いの関係を構築する中で導き出したのが「隣人」という言葉でした。
隣人とは、何らかの壁によって隔たれ、自分とは異なる日常を送る決定的な他者でありながらも、同時代に生きる者としてふとした瞬間に交わり、私たちの日常を彩ってくれる存在です。意識しようがしまいが、私たちは常に隣人、そしてその異なる日常に挟まれて生きているのです。
昨年秋、先輩方が企画した朝鮮大学校と武蔵野美術大学を会場として開催された『突然、目の前がひらけて』では、両校の間に学生によって展示期間中橋がかけられました。それは互いの隔たりを認めつつ、同時代に生きる「隣人」として行った一つの取り組みの象徴であると言えるのではないでしょうか。
今回展示します各作家の作品は、それぞれの日常の発露であるとともに、作品同士、作品と鑑賞者、鑑賞者同士など、様々な関係における「隣人」という存在の可能性を示唆しています。
「隣人」としての取り組みがさらに私たちとあなたという「隣人」への広がり、「隣人」のいる日常への気付きとなればと思っています。
「となりあえば」展一同



まぁ来てみないと分からないことだったが、この展示は決して去年の11月の「架け橋」の第二弾ではなく、交流自体はこちらの方が先とのことだった。しかもこちらの方は武蔵野美術大学の方も「ずっと日本学校で教育を受けてきた在日、大学に入るまで民族教育を受けてきた在日、そして日本人」とメンバーもバラエティに富んでいるようで、そういう意味で、前の「架け橋」は「武蔵美×朝鮮大」イコール「日本人×朝鮮人」だったわけなんだけど、今回はそうじゃなかった分、彼らの関係もまた「架け橋」とは違ったものになっているように感じた。あとは「交流の長さ」も影響してるよね、多分。それから「若さ」ってのはあまり関係がないかな?ただ、作品の作者らはまだ現在大学2年生で、「架け橋」に比べると確かに作品はまだまだ若かったです。でも、それがわたしにとってはとても「新鮮」に思えた。まだまだこの先変わっていく可能性が感じられる、とでも言えばいいのか。なんかとても上から目線で偉そうですけど(^^;

作品を観させてもらったけど、印象に残るものが多々あった。

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もっとも印象に残ったこれだけ撮って来た。題名は「表では読み取れない否定」。この人の一連の作品も飾ってあって、それぞれとても抽象的なものだったけど、わたしは分かりやすいのよりこういう絵が好きなんだよね~(笑)ただ、その中でもこれはとても分かりやすいと思う。でもね。「表では読み取れない」って言ってても、裏の部分で使われている色が表でも見え隠れしているという。表はそれを別の色で覆われたりもしてるけど。それは時折混じる「チラチラとした本音」を表してるんだろうか。

その他、今でも印象に残ってるのは(画像には撮っては来なかったんだけど)、多分、武蔵野美術大学の在日の人の作品だったと思う。自分のアイデンティティについて、小さなキャンバス(というの?)に何枚にも描かれた作品だった。絵の上にトレーシングペーパーが被せられてて、そこに多分、その人の思いを描いたのだろう。その中でもとても印象に残ってるのは友だちと並んでご飯を食べてる絵で、そこに「友だちが味噌汁を飲み終わったときに『ああ、日本人でよかった』という言葉の自分の感じる違和感」みたいな言葉が描いてある作品。「ああ、そうだろうな」って思うの、わたし。一方でこういう「日本人」の声も聞こえてくる。「そこまで自分は少数者に配慮しなければならないのか。だったらおちおち味噌汁飲んだ感想も洩らせないではないか」と。

違うんだよな。まぁこれを描いた人は本当はどう思ってるかは分からない。分からないんだけど、わたしが思うに、問題は「味噌汁が美味しいと感じるから日本人で良かった」という言葉そのものではないと思うのね。きっとそこには普段からの日本人の言動、「日本国内には日本人しか住んでいないと思っている発言」や「本当は日本国内には日本人以外の人もたくさん住んでいるのにそれが全く見えてない発言」が頻繁に彼らの口から発せられてるんだろう。それに象徴されたものとして「味噌汁が~」になってるんだと思う。だから、普段から何気ない一言の中に「日本には日本人以外の人たちもたくさん住んでるよね(そういう存在がいることをわたしは知ってるよ)」ということが入っていれば、多分、その人が味噌汁飲んで「日本人で良かった」といってもさして気にはならないだろう、と思うのだ。なんにせよ「いないもの」として扱われるのが一番つらいこと。もちろん、何故彼らが今ここにいるのか。どういう経緯があってここにいるのか。そういうことはもっともっと知られていかなければならないことなんだけどね(でないと、「在日です」「日本語うまいですね」という会話は永遠に繰り返されるだろう)。

ただ、この作品はちょっとストレートすぎてね~。わたしはもうちょっと「わけの分からない要素」ってのが好みなのでね。

で、もう一つ印象に残ったもの。これは東京藝術大学の人の作品。あの人は何を専攻してる人なんだっけ。作品は写真にキャプション付けたもの、それから自作の冊子。そこにも写真と文章が書かれてた。故郷の、多分もう亡くなったおじいさんの話と、おじいさんがかつて住んでいた家と、その回りの風景の写真。おじいさんは戦争体験者らしい。時に軍刀を取り出して、とかいう表現があったので、多分戦争でどこかに行ったんだろう。なんか、中身には具体的にどんなことが書いてあったかよく覚えてないのだが、寂れた風景と一風変わった家の写真とともに、とにかくとてもひんやりとする作品だった。

在日が「自分は一体何なのか」というアイデンティティを模索する作品は実は描きやすいと思っている。少数者とはそんなものだ。だが、マジョリティである日本人が「自分は一体何なのか」を表現しようとすると、それはかなり大変なことだ。だって、この日本で日本人であることは大多数で「普通」のことなんだから、普通はとても表現しにくい。だけどこの人は「自分の身内」を切り取ることによってその冷ややかな視線でそれは何か、を表しているような気がした。まぁ尤も、「自分は一体何なのか」が描きたかったわけではなく、本来愛すべき身内とされているものを、それとは別の感情で遠くから冷ややかに眺めている視線、それがわたしにとってはとても魅力的に感じたのかも知れない。決して感触はザラザラとしてはいない、むしろつるんとした冷ややかさというか、いや、そこは物体ではなく乾燥して冷ややかな空気と言えばいいのか。そのような感触がとても気になった作品だった。

それからこの展示会、真ん中に机が置いてあって、そこに数冊のファイルが置いてあったのね。ええと、4冊くらいあったかな。それが結構また面白くてね。朝鮮大学校の人が2人いたことは覚えてるけど、あとは1人だったか2人だったか。4冊ともその人の「作品集」みたいな感じだった。その中の1冊、ファイルがラップでグルグル巻きにしてあるのがあって、あれも印象深かったな~。ヌードの絵を描いてる人なのか、なんか自分がヌードになった絵を描いたみたいなのね。とにかく自分がヌードになるのが恥ずかしかった、そしてその画を人に見せるのが恥ずかしかった、だったら、ラップを巻いて分かりにくくしちゃえ!という。でも描いてる絵はかなり抽象的な絵なのよ。ちょっとやらしいチックなのもあったけど(やらしいという言葉はかなり語弊で、やらしくはないんだけど、なんというか、これは男女の絡みなのか知らん、と想像できるような作品があった)。

朝鮮大学校の2人のファイル、多分、そのうちの一人はわたしが上に挙げた「表では読み取れない否定」を描いた人のものだったような気がする(なんといっても、わたしは人の名前はすぐに忘れてしまうので、気になった人の名前も忘れてしまうのだ(涙))。でも、壁には非常に抽象的な作品ばかりだったものの、その人が高校(というか高級学校)時代に描いたというファイルの作品を見ると、これまた全然違うんだよね、、なんかイラストみたいな絵ばっかりだった。「へー、こういう絵を描いてた人が、ああいう絵を描くんだ」って、とっても面白かった。

そして面白いと言えば、その朝鮮大学校の2人のファイルは、習作、と言えばいいんだろうか。「授業でこういうのを描いて、それでこういうつもりで描いて、でもこういう風に書けばよかったかなあ」みたいなことが書いてある。これはかなり面白かった。

絵、というものは、描いた絵によって表現されるべきものであり、その絵について「これをこういうつもりで描きました」と文字や言葉で表現されるってのは本来おかしな話ではあるよね。だって、そうじゃないとなんで絵でわざわざ表現するの?って話になってしまう。そして受け取る側も本来はどういう受け取り方をするかは自由なはず。だがしかし、受け取る側はいつも不安なのだ。「これ、本当にこの解釈でいいのだろうか。描いた人は本当にこういう意図で描いているのだろうか」と。描いた本人は案外「どういう形で受け取られようが自由」って思ってる人が多いにも関わらず。わたしなんか何度も表現した人から「あ、そういう風にも思えるんですね~」と言われ、「あ、そういう意図で表現したんじゃなかったんだorz」って思う場面があり。だから本当にそれは気になるところなんだよね。

なので、こういうものを見せてもらえるととても有難いし、こういうものが見られるのは、とても貴重な機会なのだ。

中にね、朝鮮画の習作なんてのがあって、それもとっても興味深かった。朝鮮画っていうのは、そのファイルを見ただけの範囲だけど、水墨画のようで、でも多色なのよ。それがとっても鮮やかでね。習作なので決してうまいとは言い難かったが、それでも「こんな感じ」というのはよく分かって。それを観られたのも、とてもよかった。

わたしは本当は歴史より、朝鮮半島の古くからの文化や風習、あとは民族音楽、みたいなのに興味を持ってる。だけど、それを知ろうと思うと案外大変なのね。もしかしたらわたしはまだ「きっかけ」というものが掴めてないのに過ぎないのかも知れないのだけど。何しろ現在はいわゆる「北朝鮮」と「韓国」に分かれてしまっているので、古くからの文化や民族音楽がそこに「共通」してたのものなのかもよく分かんない。ただ多分、明確に分かれてしまったのがここ60年の話なので、そんなの、今までの歴史からするとほんの一瞬に過ぎないとは思うんだけど、それでもわたしは「別々のもの」と捉えざるを得ない。本当なら、別々なところから情報が来て、そこで「ああ、これは同じだ」とか「これが違う」とか判断できればいいのだけど、今の日本では韓国の方からは圧倒的に情報は得られても、いわゆる「北朝鮮」からはそういう情報はまず得られない。だからいくら韓国からの方のものを見ても、それは自分の中ではイコール「朝鮮半島の文化」でなく一旦「ペンディング状態」になる。それはとても悲しいとは思うんだが、まぁでもそういう状況を作ってしまったのはこの日本、というわけでもあり(もちろん100%とは言わない)、それを考えると「どうすればいいのだろう」ということになるのだが。

まあそんなこんなで、とにかく、わたしは中央の机に置いてあったファイルもとても良かったと思う。

で、帰りにまた校門のところまで朝鮮大学校の人に送ってもらったのだが、この展示会の感想など言ったり、またはちょっと聞きたかったことなど聞いたりして、それはとても楽しかった。今回のこのグループは全員大学2年生らしいので、今後交流を更に深めて、また展示会やってくれないかな~と思った。この人たちの絵がどういう風に変わっていくかを見たいと思った。

帰りの電車の中で、もらったパンフレットに書いてあったこのグループ展に関わった3人(朝鮮大学校、武蔵野美術大学、東京藝術大学)の対談(というか一人は司会なんだけど)を読んだ。対談を読んで、この展示会は前の「架け橋」の第二弾でもなんでもなくて、そういう位置づけをしてはならないんだろうけど、わたしは正直、こちらの方が肩肘張ってなくていいなあって思った。もちろん、この中でも「歴史認識」というのは重要な作業で、それなりにいろいろあったらしい。が、今回は武蔵野美術大学の方に多様な人たちがいたためか、それとも集まったメンバーの性格に因るのか、なんか「架け橋」の時に感じた悲壮感、困惑感ってのは全く感じなくて。なんかこのパンフレットによると「架け橋」の人たちはみんな「ストイックな性格」だったようですが(笑)そして本当のところはどうだったかはパンフレットだけではよく分からないんだけど、そういうところはこのメンバーでは軽々と乗り越えてしまった感はあった。もちろん「どちらの方がいい」という問題ではないのは分かってるけど。あとそれと。「架け橋」の方は、武蔵野美術大学側の一方的な思いで、朝鮮大学校側は果たしてどう思っているのか、それが直接的にはよく分からない感じになっていた。が、今回はパンフレットを読んで分かるように「双方の対話」が分かるのね(あ、パンフ自体は前の「架け橋」もあって、それを読むと双方の対談にはなってる。が、実はわたし、あれまだ全部読んでないのです(汗)時間がないのもあるが、細かい字でたくさん書いてあるので読むの結構大変そうなので後回しになってる)。なので、今のところの感想に過ぎないけど、こちらの方が親しみが持てる展示会だったな、と。そういう意味ではどうしてもこちらの方は「第二弾」ではないんだけど、第二弾として自分の中ではつい、位置付けてしまってます。「架け橋」から進化した、という意味で。いや、本当は違うのはよく分かるのよ。だけどつい、ね。

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帰りの玉川上水。そんなに長時間観てたってわけではないのに、もう夕方の雰囲気でした。
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