12-07 Mon , 2015
「ふたつのイヤギ」(日本大学芸術学部演劇学科 平成27年度総合演習IIIA)を観た
これも少し前の話になる。

最初、この公演のチラシを見たときに「あっ」って思った。「イヤギ」というのは朝鮮語で「話」という意味だ(チラシでは「物語」になってるけど、多分、大した違いはない)。「ふたつのイヤギ」というのは、その通り、この公演は「ちゃんぽん」という作品と「我が家のイヤギ」という作品の2つの劇が連続して演じられて、それで1つの公演となっている。「あっ」と思ったのは「我が家のイヤギ」を作った人の名前を見たからだった。「金民樹(キムミンス)」となっている。

わたし、今年の5月に「航路(항로)」というドキュメンタリー映画を観に行って、その映画に出てた人のうちの1人がこの金民樹さんだったのだ。金民樹さんは韓国籍を持つ在日で、映画の中ではもう一人、朝鮮籍を持つ在日、金哲義(キムチョリ)さんって人が出てくる。彼らはそれぞれ自分の劇団を持っているのだが、2人で「航路」という演劇ユニットを結成しているらしく、彼らの作った演劇が何回か、韓国の済州島の劇団から招聘されるんだけど、朝鮮籍を持つ金哲義さんは今の政権では韓国に行くことができないのね。それは以前この日記にも書いたとおり。朝鮮籍の在日が韓国に行けたのは金大中と盧武鉉が大統領だったときだけで、李明博から今に掛けてまた渡航できなくなった。韓国大使館に行って申請しても旅行証明書が出ないのだ。しかも済州島は金哲義さんのおじいさんの出身地で、自分にとっては全く縁がない場所ではない。縁がある場所なのに自分が行くことができないのだ。だから、韓国籍を持っている金民樹さんだけ毎年行って、行けなかった金哲義さんの書いた文章をそこで代読している。

このドキュメンタリー映画「航路」の中で彼らの作った「マダン劇」というものが出てくる。マダン劇というのは、韓国(だけなのか朝鮮文化なのかはわたしは今のところよく知らないが)の演劇スタイルらしい。マダンとは「広場」という意味らしいのだけど、文字通り舞台と観客が一体化する、というなかなか面白い(観客にとってはちょっとドキドキする)演劇スタイルだ。またまた話は飛ぶけど、わたしが去年、在日がやるお芝居で最初に観に行った、きむきがんさんのひとり芝居「在日バイタルチェック」というのも、今考えるとマダン劇の要素を取り入れてるものだったんだな、と思う。観客が突然、舞台の中の役者の1人として取り込まれるのだ。「在日バイタルチェック」はこれはこれで、とても素敵な舞台だった。この「在日バイタルチェック」もそうだったが、この航路の2人が作っている劇も「故郷・朝鮮半島を離れ、日本でどういう思いをしながらここまで生きてきたか」という在日の歴史を伝える、というのが主な内容だ。このドキュメンタリーを観てるとね、「ああ、一回この舞台を観てみたいなあ」って思ったの。でも彼らのマダン劇は大阪でやってて、東京には滅多に来ない。しかも東京でやると赤字になるのだと。しかもわたしはいつ、どこそこで彼らのやるマダン劇があるという情報は入ってこない。だから、「ふたつのイヤギ」のチラシの中に「金民樹」という文字を発見したときに「これは絶対に観に行かねば!」って思ったの。

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日本大学芸術学部はとても有名だってことは知ってたけど(昔、ラジオオタクでもあったし)、実際のところ、行ったのは初めての経験だった。まぁわたしは芸術とかほとんど無縁だからね~(笑)

ホールに入るとき、係員がいやに「前の方に座れ」だのなんだの言ってるなあと思ったんだけど、これはマダン劇だからなのだということをすっかり忘れてた。普通のマダン劇っておそらくこういうホール形式のところではやらないはず。本来なら「広場」のようなところでやる劇で、舞台と観客席の間はホール形式のような「断絶」はないんだろう。だから特に今回は「前の方に座れ」って言ってたんだろうなあ。本来、演劇のときはどの席が一番いい席っていうんだろうね?映画だったら見やすさを考えて真ん中からちょっと後ろにかけて、とか、音楽だったら音が混ざり合う2階席の一番前、とかだったりするけど(1階だったらやはり後方か)。よく分かんなかったので、かなり前方の方に座ったんだけど、今考えてみるとすごく危うかった!(笑)

事前に配られたパンフを読んでみると、この2つの劇、途中でカットしている部分があるらしい、時間の関係で。まぁ確かに普段だったら1つの劇はそれだけで観るものだから、カットしてある部分があるのは当然のことだろう。だが、わたしはそのカットしてある部分がとても気になって気になって。。はい、この劇を観た後でいろいろ調べて「ちゃんぽん」の方は元の脚本を探して読みました。もう一つも台本を売っているらしいので後日入手する予定。

「ちゃんぽん」は韓国で1980年に「光州事件」というのが起こったのだが、それが舞台になっているらしい。光州事件というと韓国の民主化運動の際、国が国民を弾圧した、ということしか知らなかったのだけど、それがコメディで描かれているという。一見、「この事件をコメディってどう描くんだろう?」って不思議な気持ちだったんだけど、これ、観てると本当に笑えるんだよね。ていうか、始まり方がすんごく面白くて。

普通、劇が始まる前って「ただいまより開演致します」とかアナウンスが流れるじゃん?違うのよ、これ。時間になったら突然人が出て来ていきなり始まるの。すっごいびっくりした。しかも前の方に座ってる観客2人が突然舞台の上に上げられて、そこでちゃんぽんを食べさせられるのだ!!あ、舞台の上の設定は、中華料理屋さんで。観客は、そのお店に来た「お客さん」という役を与えられる。いきなり舞台の上に連れて来られた観客はそりゃびっくりするし、うろたえるよね。「え、なんで自分が!?」「どうすりゃいいのよ?」みたいに。それだけでねー、笑えるの。舞台と客席との一体感はこんな感じで生まれる。そこで機転の聞く人ならうまく「役」になりきったりして、そこでまた観客席から笑いが起きる。これってすごいうまい劇のシステムだよね。ちなみにきむきがんさんの「在日バイタルチェック」も前の方に座ってるといきなり脈を取られたりするから、ご用心!(笑)

「ちゃんぽん」も「我が家のイヤギ」もネタバレしちゃっても構わないよね。劇って今までほとんど観に行ったことがなくて、観に行ったことがあるのは大昔、大学生の頃に高校時代の友だちがとある小劇団に所属していて、その関係で観に行ったのが何回か。下北沢でやってる系の演劇で、これ一体、どういう解釈をすればいいんだかっていう難しい感じの劇ばかりだった。そのときはそんなこと思わなかったけど、劇って映画と違って「古い演劇をリバイバルする」ことってなかなかないことなんだよなと。しかも演じる人は生身の人間だから、そのとき、そのときのことで、映画みたいに「へー、この人、こんなに若かったのか」なんてことは絶対にないわけで。劇ってその瞬間のものなんだと。「観たい」と思ったときしか観ることは出来ないものなのだ、そのほとんどは。そんな当たり前のことを今回、初めて認識し。なので、ネタバレしたところで、「これからこの劇を観るつもりだったのにバラされた-!」って人はほとんどいないだろうということでざっとあらすじを書いておく。

先ほど「ちゃんぽん」は光州事件を描いた作品だと書いた。舞台は光州にある、とある中華料理屋。36歳の男性が若い頃から修行して、お金を貯めてやっとのことで持てたお店だ。彼には異性の恋人がいる(ちなみにこの劇には同性愛者は出てこない、多分)。彼の恋人は喫茶店のレジの仕事か何かをやってる。彼は観客に対して貯金通帳を見せながら「今、やっと150万ウォン貯まった。けれど結婚するためには結婚式にいくらかかって、あれが必要でこれが必要で。。」と言い「もっとお金を貯めなければ」と言う。お店の従業員は2人。一人は実の妹。もう一人は実の弟のように面倒を見ている男。この妹と男も恋人同士、らしい。

実はこの設定、あとで脚本を読んだときに「あー、そうだったんだ」って初めて知ったのね。あまりにも「実の弟のように」面倒を見てたり、実の弟に対するような態度だったので、本当の弟だと思ってて、3人兄弟なのかと思ってたのよ。ここら辺、韓国人同士の「近しい関係」って本当に兄弟のようで、わたしには見分けが付かないのかも知れない、と思った。

お店に4人(主人公;社長、その恋人、従業員の男、社長の妹)が集まり「明日はピクニックだ」と言っている。そのためにカメラを借りてきたという授業員の男。光州の街は民主化を求める人たちでデモが起こり、政府は軍隊をそこに送り込んで鎮圧しようとしている。そのようなときに一本の出前の電話が入り、従業員の男が岡持ちを持って出前に行く。出前に行く途中の道で、腹を空かせた軍人2人が出てきて従業員に「その岡持ちを置いていけ」と命令する。従業員の男は「出前を届けてお金をもらってこないと社長に怒られるから置いていけない!」と言って拒否するんだけど、そこでもみ合いが起こって、岡持ちの隅に頭をぶつけて1人の兵士が怪我をしちゃうんだよね。

従業員がお店に帰ってきた後にテレビを付けると、テレビでは「一般の国民に混ざって北のスパイが入り込んで兵士に怪我をさせました!」と言っている。「北のスパイが民衆を煽って暴徒化させています!」と言っている。「軍隊はみなさまがた国民を守ると政府は発表していますから安心してください!」みたいなことを言う。ここの場面はテレビからアナウンサーが出てきて面白いと言ったら面白いのだが、クソですよ、クソ。韓国の放送局も日本の放送局も同じなんだなと。日本の放送局はどんなに国会前で人が集まってデモをしようが全く報道しなかったよね。安保法制の採決が行われる直前しか。しかも報道するとしたら「○人の逮捕者が出ました」とまるでデモに参加した人たちは暴徒たちであったかように大げさに報道する。韓国の放送局もそう。わたし、ついこの間の歴史教科書問題の時に偶然、朝鮮語の聴き取りに慣れるためにずっとKBS Worldを聞いてたんだけど、デモが起きる前には盛んに「歴史教科書」「歴史教科書」という単語が聞き取れた。が、デモが起こった後で「どうなったんだろう?」と思って聞いてみても、全く触れられないようだった。確かにニュースサイトでニュースになってはいたけど、その後どうなったんだ、あれだけ騒いでた「歴史教科書」の単語が全く出てこない。結局、報道機関なんてそんなもんなんだ、日本も韓国も。特に光州事件の時は韓国は軍事政権だったしね。でも、昔も今もそんなに変わりがないって!?とちょっと唖然としたのだった。

「北のスパイ」にされた従業員の男はそれは事実ではないことを外に伝えに行こうとするが、社長に止められる。そこからなぜか時は進み、次の日、ピクニックに行って帰った夕方の場面になる。そのあといろいろあって、岡持ちがふつけられた兵士は実はちゃんとした軍の兵士ではなく、単なる防衛(事前にもらったパンフレットによると、防衛軍というのは政府軍の戒厳軍や市民軍とは異なり、国内の徴兵制度において身体に不自由がある人、多めのお金を支払い、短い期間軍事訓練を受ける人のことで、韓国内では笑われるほどに低い身分の存在、なんだと)で、しかも仕事をさぼっている間に部隊から置いてきぼりをくらっていたことが分かる。そこで社長は兵士から銃だけは取り上げて、「もう勘弁してください」と言っている兵士たちを解放する。すると社長の彼女が務めていた喫茶店の店主から電話がかかってくる。デモで集まっている民衆にせめてコーヒーを届けようと道庁に行ったところで、銃で撃たれて死んだという。

それを聞いて従業員の男が「このままじっとしていられるか!」といって兵士から奪った銃を持って店から出て行く。妹もその後を追って出てしまう。止める社長。そこで場面が一転して、ピクニックの日に戻る。

楽しそうな4人の姿。サイダーを飲んだり、踊ったり。そこで前日、従業員の男が借りてきたカメラで記念写真を撮る。「タイマーが付いてるんだよ」って言いながら、またそのカメラを一番前の席の観客に預ける(笑)「あ、写真撮ってもらえますか?」って言いながら。それが遺影になる。ただ一人、生き残った社長が言う。

またあの日がやってきました。今日はこの町内あちこちでなくなった方たちをお祀りする日です。あのいまわしい春がくると、頭が辺になりそうです。春が、春じゃなく冬です。こころが寒いです。あの日以降、しばらくは何も手に付かなかった。死ぬこともできず、三人の墓を作って、また店を始めたところです。これ、見覚えありますか?通帳です。(中略)150万ウォンさえあれば、わたしたちの夢が実現するのに、1000万ウォン超えたのに胸の片隅にぽっかり穴が空いたようです。(後略)



この台詞を聞いたとき、わたしはそれまで泣いてなかったのに、思わず涙が目からにじみ出てきた。それは、これがただ「悲劇」であることに泣けたのではなく、何より、この事件が起こった日、1980年5月18日という日は、わたしの12歳の誕生日だったからだ(厳密に言うと光州事件は5月18日に始まったけど、その日に終わらずその先もっと激化して死者がたくさん出た)。あのときから35年しかまだ経っていない。ということは、まだまだ遺族がたくさん生き残っていて、今でもこの社長のような思いをわたしが生まれてきた日にしているだろうと、想像が付いたから。わたしがおそらくその当時一緒に住んでいた家族から「おめでとう」と言われた日に、まさに市民と軍隊が激突して亡くなった人がいるのだ。

東京新聞に今年「平和の俳句」というのが毎日載っている。いつだったか、ふと目にした俳句が「8月6日に広島で生まれたという複雑さ」みたいな俳句が載っていた。そのときは「まぁそうだろうね」としか思わなかった。実際、広島旧市内にあるお寺の中のお墓の墓碑銘を見ると「昭和20年8月6日」に亡くなった人がものすごくたくさんいることが分かる。その日は今でも「鎮魂の日」だ。その日に生まれてきた人の思いはどんなに複雑なんだろう。その俳句を目にしたときは「そうだろうなあ」としか思わなかったけど、このシーンを見てわたしはその俳句を詠んだ人の気持ちが初めて実感できたのだ。

もちろん12歳の誕生日のことなんて全く覚えてない。けど、そのときは韓国でそんなことが起こっているなんて全く知らなかったし、何より光州事件というのを知ったのは、2007年に「光州5.18」という映画が作られたときだった。この時に初めて「え。わたしの誕生日!?」って知ったのだ。この映画、観たいと思ってまだ観てないのだが。。

面白かった部分はほとんど説明を省いてしまったが、こういう悲しい事件でも途中で笑える場面にできるのって、これも「演劇ならでは」なのかなあと思った。映画だとまずこういう作り方はできないと思う。役者さんたちは何年生かすらよく分からないのだけど、どの人も結構印象に残った。ただ、一人二役とかあったみたいで、脚本を見ると「この人とこの人は別人なんだよね?」って初めて分かるんだが、劇を観ているだけでは「あの、最初に出てきたちゃんぽん食べに来た客は実は兵士だったの?」と思えてしまって、そこで「うーんと、えーっと?」と思ったりしてたので(一応、事前にもらったパンフでは二役の役名は書いてあるのだが。。)そこのところがすごく紛らわしかったように思う。あとはこの劇に関して言えば、台詞を噛んじゃった人が割といて、それがちょっと気になったかなあ。。あと「これは脚本の通りに行っていないのでは?」と思われる場面があって(食堂で兵士を捕まえてグルグル巻きにして、その上うるさかったので口にガムテープをしようとした場面)、あとで脚本を読んでみると確かに「ジャンノ(社長)、カウンターからテープを持ってきて、軍人たちの口をふさぐ。マンシク(従業員の男)も手伝う」と書いてあるんだよね。あの場面、確かジャンノではなくマンシクがガムテープで口をふさごうとしてたけど、ガムテープが手にくっついちゃってうまくふさげなかったのです。でもあそこはとっさの機転で「ええい、もういい」みたいな形であとはちゃんと繋げられてたんだよね。そこはすごく自然だった。まぁなんで気が付いたかと言えば、あそこでガムテープが付かない設定って変だと思ったから。ただそれだけの理由でした。

まぁそんなわけで、1つ目の「イヤギ」が終わった。少し休憩後、いよいよマダン劇「我が家のイヤギ」。

在日一世のおじいさんがリヤカーを引きながら出てくる。どうやら片足が不自由らしい。でも何やら「この話は自分が知らなかったお話」とか言ってる。このしゃべり方が在日一世らしいというのか、実際のところ、わたしは在日一世の人がどんなしゃべり方をするのかは聞いたことがないので分からないのだけど、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」でもこんな感じで話している場面があったので、きっとそんな感じなのだろう。そこから物語は始まる。

身籠もった母親が出てくる。まだうまく日本語が喋れない。夫が北海道にいるらしく、それを追ってきたらしい。しかし青森でいきなり産気づき、そこで女の子が生まれる。だったっけな、よく覚えてないけど。。女の子にはお兄さんがいる。おじいさん、お母さん、お父さん、お兄さんと自分。女の子は廃品回収をしていたおじいさんのリヤカーに乗りながら、故郷、済州島の言葉を教わる。そして朝鮮人のための学校である朝鮮学校に通い始める(そのときは既に大阪にいる)。故郷にいる親戚から手紙が来ても、みな字が読めない。ので、一番歳は若いが朝鮮学校に行って文字を教わっている女の子が読む。みんな集まってそれを聞く。返事も女の子が書く。

近所の人たちが集まって宴会をする場面。貧しい中でも肩を寄せ合って生きていく人たち。ここでも観客が数人、舞台上に連れられていく。「いやー、しばらくやったなあ」とかいろいろ声を掛けられてすっかり「近所の人」になる。こういうところが「マダン劇」。

おじいさんが足の悪い理由が分かる。済州島4.3事件。これ、わたしもあまりよくは知らないのだが、解放後、韓国で選挙か何かあったときに、済州島の人たちが「アカだ」って言われて殺されたりしたんだよね。そこでせっかく解放後に日本から帰ってきた人たちがまた日本に戻って来た、そんな事件だったと思う。おじいさんはそれで足を悪くして、そして再び日本に戻ってきたのだった。が、やはり故郷が忘れられない。先祖もそこにいる。墓もある。というわけで、おじいさんとお兄さんはあるとき、済州島に帰るのだ。

ちなみにわたしはここで「あれ、帰国事業じゃなくて、自分の故郷に戻った人もいたんだ」と思ったが、まぁ日本と韓国が国交を回復した1965年以後であり、朝鮮籍から韓国籍に変えたら当然のことながら、韓国に戻れるということだよね。わたしはそれまであまりにも「帰国事業で朝鮮民主主義共和国に行きました」という話ばかりを知っていたので、ちょっと混乱した(^^;

それから数年後、おじいさんが病気になる。お母さんが心配して済州島に行くという。一人だけ韓国籍に変えて。しかし、お母さんが済州島に行っている間に韓国政府が日本に残っている家族全員に「朝鮮籍から韓国籍に変えなければ、母親は日本に戻さない」と言う。父親は悩む。なぜって子どもを朝鮮学校に行かせているわけで、当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国側に付いている人だから。が、母親が日本に戻ってきたということは、不本意ながら家族全員、韓国籍に変えたということだろう。そこから父親は酒に溺れていく。
(しかしこの話って、蒼のシンフォニーを観たときとほぼ似てる感じなんだよね。パスポートが欲しければ、朝鮮学校を辞めさせろという、韓国側の主張。それは国と国とのイデオロギーの違いだから不本意ながらも仕方がないことなのかも知れないけれど、でも国の都合で引き裂かれている人たちを見ると「国」とは一体なんだろう、「国」と「人」の関係ってなんだろうって本当に考えさせられし、複雑な気持ちになるし、一体それをどうすればいいのだろうという気持ちになる)

お兄さんの方は済州島に帰ってしまったが、妹は朝鮮学校に通い、「朝鮮人」という民族を誇りに思って過ごしていく。そして朝鮮学校卒業後は歌舞団に入る。

お父さんがお酒を飲み過ぎて身体を悪くする。お兄さんがお見舞いにやってくるが、父親は面会を拒否する。すっかりきれいになった(それでもおんぼろな)朝鮮学校にお兄さんを案内する妹。かつてはお兄さんもそこの学校に通っていたのだ。

そこの場面がわたしは忘れられない。

妹は当然のことながら、自分たちの民族の言葉を「朝鮮語」という。しかし、韓国に帰って行ったお兄さんは「韓国語」という。妹は「なんで?うちら朝鮮半島から渡ってきて、朝鮮民族なんだから朝鮮語じゃないん?」という。お兄さんは「元は大韓帝国だったから、韓国語なのだ」という。

わたし、ここで初めて分かったんだよね。わたしは自分が朝鮮語のことを「韓国語」と呼ばずに「朝鮮語」と呼んでいるのは、この2人とは別の理由なんだと。わたしの理屈は、日本では朝鮮半島のことは「朝鮮半島」と呼び、また朝鮮戦争も「朝鮮戦争」と呼ぶ。学校でもそう習う。だから朝鮮語は「朝鮮語」なのだ。ここだけ「韓国語」にするとまるで「韓国の言葉」のようなイメージになってしまって、朝鮮民主主義共和国を無視しているように思えるのだ。だが、韓国では朝鮮半島のことは「韓半島」と呼び、朝鮮戦争のことは「韓戦争」と呼ぶ。だから「韓国語」なのだよね。韓国では今は本当に限られた言葉(例えば昔からある「朝鮮日報」とか)そういうときでないと「朝鮮」という言葉は使われない。

わたしの理屈は一見すると朝鮮民主主義共和国の理屈とよく似ていると思う。が、違うのだ。わたしはそこに「朝鮮民族だから」とか「朝鮮人だから」という理由はない。単なる、日本では「朝鮮半島」と呼び「朝鮮戦争」と呼んでいるから「朝鮮語」なだけだ。そしてわたしは何も不都合なことがない限りは「朝鮮語」を使うけれど、例えば韓国人の前で「朝鮮語」は使わない。それは彼らにとってとてもデリケートな問題だが、わたしは何かイデオロギーがあって「朝鮮語」と呼んでいるわけではないからだ。わたしは何のためらいもなく「朝鮮語」と「韓国語」を使い分けることが出来る。

その元になっているのは、何のことはない、わたしが「日本人」(ここでは日本に住むマジョリティとしての日本人ということ)だからなんだよなと。「在日当事者」ではないからだからなんだよなと。

んとね、「マジョリティであること」というのは本当に自覚しにくいことだ。なんてったって「普通」で言い表せてしまうのだから。「普通」ということはほとんどの人と共通点があると言うことで、だからこそ何も感じない。何も感じないところを何か感じろということはとても難しい。わたしはそれまでずっと「日本において日本人であるとはどういうことだろうか」ってずっと考えてきた。でも考えても考えても全然分からなかった。

蒼のシンフォニーを観に行ったとき、わたしはとてつもない違和感を感じた。しかしそれは「周囲が在日で自分が日本人」という違和感ではなかった。あの日記にも書いたけど、あのときは「知らない学校の同窓会に紛れ込んだ」ような違和感だった。あの場でわたしは、自分がマジョリティではなくマイノリティだと感じていた(当然のことながら、だからといってわたしはあの場所で「マイノリティ」だったわけではない。マジョリティとはただ数だけの問題ではない)。

だが、この場面を見たとき「なるほど、マジョリティとしての日本人とはこういうことか」と初めて分かったのだ。やっと自分の「立ち位置」がはっきりしたような気がした。今までわたしはもちろん韓国に対しても、いわゆる「北朝鮮」に対しても「今は、できるだけ公平に見よう」と思って来た。「今は」というのは、わたしがこの2つの国について、全くよく知らないからだ。全くよく知らないのに一つの些細な事実を取り上げて「これが真実だ」と思うのは偏見だ。わたしは自分が偏見を持つことが嫌だ。だからこそ、いろんな知識を知って、その上で判断したい。だが、肝心の「自分がどの場所から見ているか」がずっと自覚できなかったんだよね。だからそのことが分かってわたしは本当に嬉しかった。あの場面を見ながら「ああ、そうなんだ」って。自分のいる場所があの場面を観た瞬間「すとん」と来たというか。そして今後、いろいろなことを考えて行く上での大きな「鍵」をもらったような気がしている。あの「すとん」と腑に落ちた瞬間の感覚を大切にしていこうと思っている。もちろん一言注意しておくけど、これはナショナリズム的な意味の「日本人」ではないです。あくまでもマジョリティとしての「日本人」な感覚。「在日ではない」という感覚。そんな感じ。ただもしかしたらこの言い方は在日当事者にとって失礼に当たるかも知れない。「だから何なの」程度の話だろう、多分。でもこのことはずっとずっと自分でも考えて、でもずっと分からないことだったから本当に嬉しかったのです。

劇の内容について戻ろう。妹は歌舞団に入り「打倒、朴正熙!」を叫んでいる。一方、お兄さんは韓国で朴正熙を応援する側になっている。同じ血を分けた兄弟の中で分断が起こっている。ここは正直、わたしのような「部外者」には最も見えない部分だ。見えにくい部分でもある。だって、とてもデリケートなことだから。わたしは在日の人に向かって無神経に「分断ってどういうこと?それでどういうことが起こっているの?」とは聞くことは絶対にできない。本当はこういうことすら「書いていいのだろうか」と躊躇われる。だってわたしは「当事者」じゃないんだから。当事者たちの経験とか複雑な思いとか、それは「実感」することができないんだから。決して立ち入ってはならない部分。それを無神経に聞いてしまうことは単なる興味本位にしかならない。それは分かってる。だが、いろいろ考えていてこの部分に突き当たってしまうことって結構あるんだよね。わたしには今「見えている部分」と「全く見えない部分」があることは感じている。「全く見えない部分」は想像すら付かない。

うーん、これだと悪意を持つ人から見るととてつもない勘違いをされそうな言い方になってるな。「全く見えない部分」というのは、例えば今現在、在日の中で見えてる部分は「朝鮮学校」を中心としたものが多いということだ。しかし、在日全体の中で朝鮮学校と関わっている人って本当にごく少数だ。その他の部分はわたしには「全く見えない」。例えば性的少数者でいうと(これまた単純には比較して言えないのだが、イメージとしては)表に出てすごく目立ってる人もいるよね。カミングアウトしてテレビに出たりして。わたしだってある程度カミングアウトして生きてるし。ところがその「見えている部分」だけが性的少数者かというと全くそうではない。全く見えない部分で息をひそめて、いや、息をひそめてという言い方は悪いかも知れないが、ひっそりと暮らしてる人だっているわけだ、いろんな事情があって。もちろんその事情というのは「ゲイと分かると差別されるからカミングアウトできない」というのから「いや、性的少数者は一生日陰者として生きなければならないんだ」って考える人まで人の数だけ理由はあると思う。そして数からすると絶対にひっそり暮らしている人の方が多いと思う。でも見えないから世間からは「いない」ことにされる。「ゲイは芸術感覚に優れて」とかよく言われるけど、それは今現在「見えてる部分」がそうなわけであって、そうじゃない人の方がむしろ多いと思う。わたしが在日の人たちについての「見えない部分」というのはそれに似た部分がおそらくあるだろうということだ。もちろん全く同じではないのは当然だが。

ただ、わたしはその人たちを表に引っ張り出したいわけではない。「性的少数者は全員カミングアウトしろ」とは全く思ってないように。わたしが願っているのは、誰もがみな「暮らしやすい」世の中になって欲しいなあと思うだけ。それはそうなんだけど、見えない部分の人たちがどういう思いをしながら今の世の中をひっそり暮らしているのかと考えても、それはわたしから見えないんだから分からないです。性的少数者なら、わたしも当事者だからそりゃひっそり暮らしている人とも会う機会はある。どういう思いをしながら暮らしているかもある程度聞ける。でも在日は当事者じゃないので出会えない、わたしの方からわざわざひっぱり出して会いたいとは言えない。だから「分からない」のだ。だが分からないのは「いない」ってことではない。最低限でもそのことは肝に銘じておきたい。

というわけで、やっぱりこの辺の話がくどくどなるのは、もちろん誤解されたくないのもあるけど、複雑で分からないところが多いからだと思う。でも、分からないということを忘れなければ、いつかは何かあってまた「すとん」と来るかも知れない。一生分からないかも知れない(多分当事者じゃないのでこちらの方だろうけど)。出会うか出会わないかは今後の偶然に任せるしかない。

劇の続き。お兄さんは言う。「小国は、大国の都合でいつも振り回される。だから統一は絶対に実現しない!」と。そして故郷の済州島に戻っていく。亡くなったお父さんの遺骨と共に。しかしお兄さんはその後大変な目に遭っていることが分かる。日本に行ったとき朝鮮学校を訪れたことがばれて、あやうく逮捕されそうになったところを、以前、弁論大会で朴正熙からもらった賞状が出てきて逮捕されずに済んだ、と。

「小国は、大国の都合でいつも振り回される」、これは本当にその通りだ。といっても日本だって「大国」のうちに入っているし、何より第二次世界大戦後、同じ敗戦国だったドイツは東西に分裂したが、日本はしなかった。だけど日本の植民地だった朝鮮半島が分裂してしまった。んー、正直、ここら辺の歴史的な経緯については本当に概略しか知らないので、わたしは今、どうということもできない。そして世界の中では一応大国の部類に入っている日本だってアメリカという大国の前では小国だし、自ら進んでアメリカの言いなりになって、全然国民を大切にしていないことについてはとてもとても憤りを感じる。が、きっと朝鮮半島に住む人たちにとってはそれ以上の思いがあるだろう。だって間に日本が絡んでて、その日本はのうのうとアメリカ庇護の下で経済大国になったんだもの。では一体、自分はその中でどうすればいいんだろう。もちろんわたし個人の力でどうすることができるというわけではないが、でもだからといって誰も何もしなければ、強いものの言いなりになるだけだ。「念ずれば花開く」とか「小さなことからコツコツと」などの言葉が頭に浮かんでくるが(笑)、こればかりは知識を蓄えて時を待つしかない。何かアンテナを張っていれば、いつかは必ずどこかに通じる。それを信じて地道に歩むしかない。それが自分の出来ることと信じるしかない。この言葉は劇中で何回か繰り返されるのだけど、それを聞くたびに胸が痛かった。

その後、お母さんもぼけて亡くなる。すっかり歳を取った女の子(と言っても、もう白髪だ)。子どももいるし、孫もいる。「一世、二世と言うけれど、それは一歩、二歩と在日が歩んでいくことなのかも知れない」と最後に言う。「ああ、そうなのか」と思った。が、それはどの方向に向かって歩んでいるんだろう。人は時代と共に歩んでいるから、いつも同じ場所にはいない。そして一世と二世の思いは違うだろうし、二世と三世の思いも違うだろう。きっとそれが一歩であり二歩であるのだろう。実は、この言葉はまた、その後日、とあるところで思い出されることになる。このときはもちろんそんなこと知らなかったけどね。

この話は、途中からもうボロボロ泣けてきて。自分でも何でこんなに泣けるのかよく分かんないほど涙が出て来て止まらなかった。そして上に書いた3つのこと、「(自分の中での)マジョリティの位置」を発見してとても嬉しかったこと、そして「小国は大国に振り回される。だから、統一は絶対にしない」というお兄さんの言葉、最後に「在日一世、二世といいうのは、一歩二歩と歩むことなのかも知れない」という言葉が深くわたしの心の中に沈み込んだ。この劇を観に来て本当によかったと思った。

ただこのマダン劇、途中で朝鮮語が使われてたり、あとは在日の歴史を少し知らないと難しいかもなとは思った。その点、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」の方が何も知らない人も理解しやすいかも知れない。あの話も本当によくできていて、在日の歴史が解放後から今の「高校無償化」の問題まで全部入ってるんだよね。これはホント、何も知らない人たちでもお勧めです。「在日の歴史」と言うけれど、実は在日の歴史だって日本の歴史の一部なんだよね。だって日本で起こったことなんだもの(「同化」という意味で言ってるわけではないです)。だから在日の歴史も、日本の歴史の一部としてやっぱり知っておかなければならないんじゃないかって、わたしはそう思うんだよね。このようなルーツを持つ人たちもこの日本で一緒に暮らしている。在日の中にこういう文化があること、もっと広い人に知って欲しいし、逆に在日の人だけのものにしておくのは本当にもったいない(ってそんなに偉そうなことわたしが言っていいのかどうかはよく分からないけど。なにしろ、わたしだって偉そうに語ってるけど、数年前までは全く知らなかったことなのだから。出会ったのは本当に偶然に過ぎなかったんだから)。「在日バイタルチェック」、今後も東京でやるかどうかは分かんないけど、去年、今年と東京でもやってたみたいなので、今後もまたこちらでやる機会もあるかも知れないですね。その他、大阪でやってるマダン劇も是非、また東京でやって欲しいなと思う。赤字になってしまう問題があるかも知れないが、赤字にならないためにもっとたくさんの人が観に来ないかな。

話が逸れた。「我が家のイヤギ」の方なんだけど、これが劇団タルオルムという金民樹さんの劇団でやったときはおそらくほとんどの役は在日の人が演じたんだろうなと思う。ちなみにこれは金民樹さん自身の話ではないです。金民樹さんが別の在日の人の話を聞いて、それを元にこの話を作ったそうです。今回は大学生で、んで多分、在日でない人が多く演じてたのではないかと思う。しかも観に来てた人はおそらく「日本大学芸術学部演劇学科」の中の人たちを知っているという人たちとか、やっぱり演劇関係者が多かったのかな。ということは、こちらもおそらく在日でない人、の方が多かったと推測される。

もちろん在日の役を在日じゃない人が演じても全くおかしくない。むしろ劇ってそういうものだと思う。が、在日の人がやるマダン劇はあまりにも「当時者性」というものが強いイメージがあるので、わたしは逆に在日の人がやる「マダン劇」はどういった雰囲気のものなのか、それがこの公演を観て、さらに強く感じられたんだよね。ただ、その逆を考えると(逆の逆なので話は元に戻っています)、わたしはあの場の雰囲気は違和感はなかったのね。それは実状はどうであろうと、自分の中に「この場にいるのはわたしと同じマジョリティである日本人が多いだろう」という思い込みがあったから。だからこそ、わたしは「朝鮮語」「韓国語」双方の主張を聞いたときに自分の中で「すとん」と落ちるものがあったのかも知れない。これがきっと当事者である在日が演じたとしたら、それを思うより「分断」のことの方が強く感じられてしまったかも知れないと今、思ったりしている。だが、そのことは劇を演じる人にとっては失礼な言い草だよね。演じる人によって演技力以外のところで説得性が変わるとしてしまうならば。だが、まだ本当のマダン劇を観ていない立場で想像するなら、きっと、マダン劇が行われるところでわたしは、この間の「蒼のシンフォニー」と同じ「違和感」を持つんじゃないだろうか。なぜなら、観に来る人は圧倒的に在日で、しかも朝鮮学校の校庭でやったり講堂でやったりすることも多いからだ。とするなら、わたしはまた「別の学校の同窓会に紛れ込んだ人」になっちゃって、そこでは「マイノリティ」を感じることになる(実際のところは全然マイノリティではないんだけどね。マイノリティというのはただ「少数」という意味ではないのだから)。とすると全く同じものを観たとしてもわたしはそこで「すとん」とならなかったのではないか。それを考えると「日本人の手でマダン劇をやった」ってことは(注;本当に日本人の手でやったかどうかは、事実かどうかは分からない。ただ、わたしの感覚としてだけど)、これはこれで大変な意味を持つということではなかろうか。だとすると、わたしが「偶然」出会ったこのことは、とても貴重な経験だったのではないかと。

演じた学生たちはすごく勉強しただろうと想像する、この劇をやるに当たって。劇の役作りについてはよく分かんないけど、でもその人を演じるのであれば、その人がどういう人なのか、今までどういう風に生きてきたかとか考えたりするよね、多分。だからこの劇を演じる上では学生はきっと在日の歴史のことについてうんと勉強したと思う。そして上でも書いたけど、おじいさんの口調なんて、本当にうまかったと思うし。しかもこの人、お兄さん役と実は二役だったんだけど、正直、気が付かなかったんだよね。それはお兄さんの幼少の時の役の人が、わたしには「女の子」に見えてしまったことも一因だろう(実際、女の人が演じたのがあることと、朝鮮語の名前はわたしには聞いただけでは男性なのか女性なのか区別が付かないので当初「姉妹」とばかり思い込んでしまってたのよね)。大きくなって出てきたとき「なんとなく似てる」とは思ったんだけど、帰ってパンフをよく見てみるまでは二役とは思わなかった。これってどう考えればいいんだろう?

あのね、初めにやった「ちゃんぽん」で主要な役をやってた人も、このマダン劇のちょい役(例えばお葬式の場面で棺を持つ人など)で出てくるの。そうすると「あっ、さっき出てきたあの人だ」とか分かっちゃうの。全然違う格好してても。それがなんかとても違和感があってね。「さっきあんな格好で出てたのに」とか。その役が印象深かったと言えばそうなんだろうけど、しかし、同じ劇の重要な役をふたつやりながら、同じ人に思えなかったというのは、うーん、どう評価すればいいのか。おじいさんとお兄さんは別人なんだから、当然「違う人」に見えるのは当たり前で(外見が似てたとしても)、そこのところの区別が役を演じる上でうまく付いていたと言うことなんだろうか。なんか不思議な感じです。

わたしはこの「総合実習IIIA」という授業の位置づけがちっとも分からないので、どういう人たちが演じてどういう位置づけの実習だったかはちっとも分かってないのだが(しかもアンケートには「照明はどうだったか」とか「大道具、小道具はどうだったか」とかいう質問があったんだけど、そんなのわたしには評価できないよ。照明とか小道具がいいとか悪いとかってどういうことなのかも分かんないんだから。というかその質問を読んで初めて「あ、照明とか大道具、小道具も学生がやってるのか」って初めて認識したほどだし。そういう質問があったこと自体、観に来る人って演劇関係者が多いってことだろうか?)この公演自体はとっても面白かった。「普段は在日の人が主体になって演じられる劇をそうでない人たち(これ、何度も言うけど実状は分かりません。わたしがそう認識しているだけ)が演じること」って本当はなんかものすごく意味があることだったんじゃないだろうか。ただ、だからといって日常的に在日の人たちが作ったマダン劇を日本人が「取り上げる」ことには反対だ。マダン劇は彼らのものなんだから。そことこことはきっちりと「線」で区切っておかねばならない。

本当は韓国で「ちゃんぽん」を観てみたいけど、さっき書いたように演劇はそう簡単にリバイバルするものではないから、観ることはできないだろうな。でも、この劇を観に来ている韓国の人たちがどういう反応をしながら観るのか、そういうことにも興味があったりする。でももし観るチャンスがあるとしたら、それまでに朝鮮語がもっともっと分かるようにしておかねば!

ちなみに「ちゃんぽん」の方は脚本を読んだが(これコピーするためにわざわざ都立中央図書館まで行きました)、カットしてある部分はなるほど、カットされてても話自体には影響はあまりないところだったなという感じかな。夢の中の話のようでした。拷問されるシーンだったけど。
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