09-15 Tue , 2015
昨日のこと
20150914 193152


昨日書いたように、昨日は国会前に行ってきた。今回は一人ではなく初めて彼女と二人で行った。

実はわたしは12万人が集まったと言われている8月30日にも行ってて、その日は初めて国会前の道路が開放された日だった。それまではずっと道路と歩道の間には鉄柵がびっしりと置かれて、そこに警官が道路に出ないように監視してたのだ。で、歩道の中が2つに区切られてて、人が集まる場所と人が移動する場所になってた。

ところが30日は人が多すぎてどこかで鉄柵が決壊して道路に出られるようになったらしい。気が付いたらそうなってた。30日はわたしは時間ちょっと前に国会前に着いてたけど、まぁいつもよりは人が多いなあとは思ったが、そこまで多いとは感じなかった。で、今回は入ったことがない憲政記念館の公園に行ってみようかなあと思って中に入ったのだ。そしてそこからいつもいる国会前の北側のエリアの方に向かって歩いてたら、どうもなんかいつもと様子が違う。「どうしたんだろ?」と思って横を見たら道路に人が出てる。「あれれ?今日は道路に行けるんだ」と思って、公園から外に出て道路に出たのね。

だから、30日の時はいつの間にかどこかで何かが起こってそうなったんだろう、としか分からなかった。すごい混み合っていたというイメージも何もない。本当に「あれれ?」という感じ。そして道路に出ると、もう主催者が何をやってるとかどこで誰が挨拶してるなんて全く聞こえてこないの。その日は坂本龍一が来てたらしいんだけど、それは家に帰った後で知ったくらい。周囲ではみんな思い思いのコールしてるし、本当にバラバラ。これから何がどうなるか、いつまでやってんだかとかさっぱり分からない。なので、適当にいたいだけそこにいて帰ってきたのね、30日は。

昨日は国会前に着く前から警官がすごかった。しかし人もすごかった。正直、30日より人口密度は高く感じられた。だからわたしは道路も時機に開放されるだろうと楽観的に思ってた。

いつもどおり国会の北側エリア(集会が行われているところ)を目指して歩いてたんだけど、途中から人がいっぱいで動けなくなった。と言っても後ろから人が来るのか、あと自分がいたところがあまり窮屈だったので前の方に行きたいと思ってたこともあったと思うんだけど、それでも前の方に進んでて、結果的にはステージからは少し遠いけど(だから誰が喋ってるか何も見えない位置だった)、救護車のところよりは前方にいる、という位置に多分いた。途中まで写真を撮る余裕はあったんだけどそれも時機になくなった。

当初から「道を空けろ」という声は出てた。だけどもステージでコールが始まるとそっちに引きずられて「道を空けろ」の声はなくなる。でも自分のいるところは本当に人でぎゅうぎゅうでちょっと空いてる満員電車のようだった(本当の満員電車って足が地面に着かなくなるからね。密室だからそうなるんだけど)。だからステージで誰が何を言ってるなんて全く耳に入らなくなった。そのうちどんどん押されるようになった。「道を空けろ」の声もどんどん大きくなった。わたしも「道を空けろ」ってコールした。実はわたしはこれまで何回も集会やデモに参加してるが、一度だってコールしたことはなかった。まさか初めてのコールが「道を空けろ」だとは思わなかった。この日は大江健三郎が来てて、そこで挨拶したらしいんだけど、そんなの全く聞こえなかった。道路側の鉄柵で挟まれている人たちから「押さないで」という声が聞こえた。っていうか、わたしも鉄柵の方にどんどん押されて鉄柵のすぐ近くまで行ってしまった。そこは歩道と道路の際で歩道との段差があるところみたいで(もちろん見えないから感覚なんだけど)、片足が着かない。すごく不安定な場所。「ここに段差があるから居づらい」と言ったら、代わりに誰かが場所を替わってくれて、わたしは少し中に入れた。その人は屈強な感じの人だったけど両手で大きな旗を持ってて、だからその後ものすごく押されてたときにめちゃめちゃ体勢を崩しててとてもかわいそうだった。。というか、場所を替わってもらわなければ、わたしがあそこにいたんだと思ってとても胸が痛かった。鉄柵の近くから「押さないでください」と言われても、自分は押してるつもりはない。けどどこかから力が掛かって自分の身体が動いてしまう。だからきっと誰かを押してたし、押すなと言われても「無理」としか言いようがなかった。

っていうか、こうなっている原因はただ一つで、それは鉄柵で歩道が囲まれてるからだった。歩道にいる人数がもう飽和状態をとっくに越しているのに行き場がないから人の押し合いへし合いになるのだ。そこにいる警官は人が道路に出ないようにしてて、警官も「押すな」と言っていた。「気持ちが悪くなった人がいます」「倒れた人がいます」と言われたが、その原因を作ってるのは他でもなく道路を解放しない側であって、押したり押されたりしているわたしたちじゃない。国会前の道路は別にそこを通らなければ行くことができないところがある道じゃない。だって国会前の道から国会に入っていく車なんて一台もないのだから。国会前の道はまっすぐ行けば国会だが、国会前で左右に分かれてて、どこかへの抜け道だ。とすれば、そこまで道路を守ることはないではないか。車は迂回させればいいだけの話だ。警官は一体、誰を、何を守っているんだろう?市民の安全ではないのは確かなことだった。

そのうち、どこかの鉄柵が決壊したのだろう。道路に人がどんどん出て来た。だけどわたしたちの前の警官はそれでも封鎖し続けていた。人が押し、押されてうねりがすごかった。そのうねりに乗りきれない人は倒れた。わたしのすぐ横の人も倒れてしまった。超党派議員で結成している「過剰警備監視」って旗を持ってる人たちが近くに来たんだけど、こちらを見て悲惨そうな顔をしているだけで誰も何もしてくれなかった(ようにわたしには見えた)。道路の向こう側の自分はゆったりしたところでこちらの状況を見ている。警官は「押すな」というばかりで開放するつもりはない。けどどこかではもう決壊してて人が道路にどんどん出てきてる。なのにわたしは行き場がない。道に出てる人がどんなに羨ましかったことか。「誰も助けてくれない状況」ってこういうことなんだなあって思った。

目の前にいる警官に思わず叫んだ。「あなたは誰を、何を守っているのですか?」と。周囲は騒然としてたから警官にその声が届いたかどうかは分からない。もちろんわたしだって子どもじゃないんだから警察官は正義の味方でいつも市民の味方だなんて思っちゃいない。いざとなれば市民を抑圧する直接の手を下すのはこういった人たちだと言うことは十分知っている。それでも「何で、誰のために?」とわたしは叫びたかった。わたしは自分が本当にちっぽけな誰からも守られない存在なんだって思い知った。そしてわたしが今立ち向かってるのは巨大な権力なんだってことも本当に実感した。もちろん当の警官だって「自分は何のためにこんなことをやってるんだろう」って思わないことはないと思う。だって彼らの「働き」は誰の何のためにもなってないんだから(決壊したからには権力のためにもなってないだろう。昨日は完全に権力側の敗北だった)。ただ、上からそういう命令が下されてそれが任務になってるだけだ。それは分かるが、既に道路が開放されても「死骸化」した命令がまだ生き残ってる、それを感じてわたしはものすごくゾッとした。

周囲はみんな悲鳴とか思い思いの叫びやコールで騒然として、今はどういう動きをしているのかさっぱり分からなかった。鉄柵の近くにはいたのだけど、鉄柵を開けようとしているのかどうかも見えなくて、誰が何をやっているのかもさっぱり分からなかった。でもそのうち鉄柵がどけられたらしい。どけられたといっても全然見えなくて、どけられたといっても人がそこからすぐに道路に出られるようになったわけではないらしくて、なんだかよく分からなかった。けど、そこにいた背の高いメガネを掛けた外国人らしき人が(この人もその直前押されてぐちゃぐちゃになってたんだけど)「もう大丈夫です。出られます」って言った声だけで鉄柵が破られたってことだけ分かった。

だからわたしはこのとき実感したの。「混乱してたら自分の周囲1mで起こっていることも分からないんだ」って。

そしてなんだかわけが分からないまま、わたしは道路に出た。道路ではあちこちで「安倍は辞めろ」というコールが自然発生的に起こっていた。警官は集団になってどこかに消え去った。分かっていたことだけど、警官は別に市民を守るためにいたんじゃなかった。

しかしわたしはこうも思う。「あれだけ人がいて、あれだけぐちゃぐちゃだったのによく暴徒化しなかったな」って。あとから一人、公務執行妨害で逮捕者が出たって知ったけど、あれも権力側からの「見せしめ」だろう。あとは「暴力的な人がいました」と対外的にイメージを付けるだけの。道路が開放されてからも特に暴力的なことが行われたわけではなく、みんなは思い思いのコールをしてただけだった。まぁ確かに主催者側としては全く統制が取れなかった集会だっただろう。が、本当に平和的な光景だった。まぁそういうのが「日本」ってヤツなんだろうな。それが権力者に有効であるかどうかは別として。

道路が開放されて1時間、わたしはプラカードを掲げてから家に帰った。
12:27 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | page top↑
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