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07-20 Mon , 2015
国会前のデモに参加した
カテゴリ、何にしようかすごく迷ったんだけど、結局「被爆二世・戦争などのこと」にした。けど、思えばこの問題って「性的少数者のこと」でもあれば「自分の将来について」でもある。自分の生活の根幹に関わる問題だから、一つのカテゴリでは網羅できない。けどこのブログではカテゴリは1つしか選べないので、仕方なくこれに。ただ、一番相応しいカテゴリとは思えないのだけど。まぁその理由は後述。

7月15日、衆議院特別委員会でいわゆる「安保法案」が強行採決され、翌16日に衆議院本会議でも可決された。これは非常に由々しき問題というか、国の根幹に関わる問題であって、本来なら「法案」というような形ではなく「憲法改正」からやらなければならないわけなんだよね。もちろん、わたしは憲法9条改正には真っ向から反対で、これは変えるべきではないと思ってるんだけれども。世間では「強行採決をやるべきではない」という論調もあるようだけど、強行採決自体はさほど問題じゃない。だって今までも強行採決は何回も何十回もいろんな政権下で行われてきたわけだからね。今回、問題なのはこれが「日本の進路」を変えてしまうような法案であって、そういう意味では民主党政権下の消費税率アップとかは大した問題ではないです(もちろんアップするのはわたしも嫌ですが)。それに消費税アップ自体は別に違憲でもなんでもないでしょ。今回のこれは違憲の法案です。今まで集団的自衛権は日本では歴代政権が「認められない」と言ってきたのを改憲なしに変えようとしているから。それは憲法9条2項に違反します。だから根本的にはここが一番問題だというふうにわたしは認識してる。

そして、わたしはこの法案が通ったからと言って今すぐ日本が戦争に巻き込まれるとは思ってない。これが一番最初に書いた、カテゴリを「被爆二世・戦争などのこと」にしたくなかった理由。ただし、戦争に巻き込まれる可能性がとても高くなる、とは思っているけれど。そういう意味では秘密保護法と合わせて日本は2歩ほど戦争への道に歩みを進めてしまったのだと思う。もちろん何歩後に戦争になるかは分からない。が、この法案が通るということは、日本は大きな転機を迎えたとは言えると思う。これが「違憲の法案である」というのと合わせて2つ目の反対理由。だけど、法案反対派が今すぐ戦争へ引きずり込まれるようなことを言ってるのはあまり好きじゃない。「戦争法案」も「戦争反対」も、確かに行き着く先はそうなんだけど、わたしにしてみればちょっと飛躍し過ぎな感がある。なのでわたしは「戦争法案」という名称は使わない。あとは安倍内閣退陣ともアベは辞めろとも実はあんまり思ってない。個人的には安倍総理は大嫌いなタイプだけども。要するに、ちゃんと、法律に沿って、正統なやり方でやれってことです。アベであってもなくても。もちろん正統なやり方でやったとしても、わたしは集団的自衛権の行使には反対だけどもね。憲法9条改正にももちろん反対です。

実はわたし、デモの類に参加するのは初めてだった。今までもいろいろ行きたいのはあったけど(原発反対とか)、なんかいろいろ考えてしまって行けなかったんだよね。それは「やってる人たち」がどうこう、という問題が非常に大きかった。今回も同じくそうだった。学生たちがデモを始めて、それについていろいろな意見を言っている人がいて、それを言葉の暴力で押しつぶしてしまうような人たちがいて、わたしは一体どうすればいいのだろうって思い続けた。だって、わたしは学生たちの文言に「それには問題がある」と言っている人の方の意見の方に近いからね。それは今でも。だけど、時が経つにつれ、というか、問題が大きくなって学生たちはすっかり蚊帳の外になってしまったのに、まだ言い争っている人たちの姿を見て「いや、今はそうやって言い合ってるときじゃないでしょう」って思いの方が強くなってきたんだよね。というか、多分、言い争ってる人たちだって具体的な行動してるでしょうよ。まさかネットの中で議論だけしてるわけではないでしょう。だから、わたしはいろいろな思いに整理を付けて、デモに参加することに決めたのだ。ただ、わたしにもできることとできないことがあるので、できないことは一切しない、と決めて。意に沿わないコールは一切しない、ただ頭数になるのみ、とね。それと、あまりにも意に沿わないんだったら、別の団体が主催してやっているデモもたくさんあるし。今は東京付近では探せばデモや反対集会をやってる団体は結構あるし。

もう一つ。わたしが今までデモに参加しなかった理由として「デモに行っても効果がないんじゃないか」というのがあった。原発デモは一時は「紫陽花革命」とか言って何万人も集めたけど、それは一瞬で、結局何が変わったの?どこが「革命」なの?って思ったし、これまでのデモも正直、ほとんど効果があった、という認識がわたしにはないんだよね。なので今回もそう思った。けれど、やっぱ嫌だったんだよね、今回は。「黙って見ている」というのが。今、行動を起こさなければ、もし、後に自分の人生を振り返ったときに「やっぱりあそこで反対しておけばよかった」って後悔するのが嫌だったから。もし結局何十年か後に戦争が起きてしまって、その後で「あのとき、先人たちが反対しなかったからこうなったんだ」って責められたとしても「いや、わたしはあのとき反対したんだ」って胸を張って言いたいから(そのときまでにわたしが生きてるとはあまり思えないのだけど。だってその戦争で爆弾落ちてきて死ぬかも知れないし)。

というわけで、そろそろ本題に入るけど、わたしはまず7月14日に日比谷野外大音楽堂で行われた「戦争法案廃案!強行採決反対!7.14大集会(集会後、国会請願デモ)」というのに行ってきた。この時点ではまだ強行採決は行われていない(翌日に特別委員会で行われた)。集会は確か18時30分から、ということだったので、少し早めに行こうと思いつつ、家でダラダラしていたら着くのが18時頃になってしまって、もう日比谷野外大音楽堂の中には入れなくなってた。

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ここは野外音楽堂に入る前の道なのだけど、すんごい人で。左の方に「西幸門」という矢印付いたプラカードが見えるけど、既にもうここで「入れない人はデモの隊列に並んで下さい」というアナウンスがあったんだよね。だけど、わたしはそこには行かなくて。「日比谷野外大音楽堂」と書いてある門をくぐった。

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なんとかして中に入れないかと思ったけど、こんな感じで門が閉められてて、中には入れず。あのね、あとでデモに「2万人参加」って発表があって、それに対して「日比谷野外大音楽堂の定員は約3000人なんだから、その数字は水増しだ。2万人になるわけないだろ」みたいに書いてる人のツイートを読んだし、それが随分拡散されてたみたいだけど、確かに音楽堂の定員自体は約3000人だけど、中には入れずにこうやって門の外にいた人がものすごかったし、先の門の前の人数を見てくれると分かるけど(この時点でもう門は閉められてた)3000人以上は確実に集まった、ってことが分かるよね。ホント、そういうでたらめ言うのは

見に来てから言えよ!!


と言いたい。それに、このときはまだ分かるわけはないのだが、この集会が終わってからデモに出発できるまでの時間。何時間待たされたかって感じなのよ。もちろんその間、デモ隊は前方で次々と出発してるわけです。ただ、信号の都合なんかもあるので、一個体300人~400人の塊として出発させられて、次に出発するまで何分も待たされるんだけど、すげー時間待ちました。まぁそれはこの後。

なにしろ、門の外からは舞台が全く見えず、声だけしか聞こえない。なので必死に耳を澄ますんだけど、18時45分から音楽堂に入れなくてデモの隊列に並んでた人が出発するらしくてね。そのシュプレヒコールが凄くて、舞台上の声が小さい人は何言ってるのかさっぱり分からなくてね。最初は前座で制服向上委員会って人たちが「おースザンナ」のメロディで替え歌を歌ってたようだった。それはよく聞こえた。が、わたしはなんかああいう揶揄するような歌詞が好きじゃなくてね~。しかも「制服向上委員」って、わたしにとってはあまり好感が持てない名前で。性的少数者、特にGIDの人たちは制服でどんなに苦しんでるか、知ってるからさ~。わたし自身は制服はそんなに嫌いな洋服ではなかったけど。むしろ毎日同じ格好をしていっても変に思われないので、好都合な洋服だったけどね。

それが終わってからは主催者とかゲストの人がいろいろしゃべったらしいんだけど、誰が話してるのかよく分からなくて。議員の挨拶になってちょっと聞こえたかな。最初は民主党の枝野で、次は共産党だったかな。誰か分からんけど。その次が確か社民党の福島みずほで、最後が生活の党と山本太郎がなんちゃら(よく知らん)の知らない人が挨拶した。けどね、話が最初から最後まではっきり分かったのは、福島みずほだけ!他の人は切れ切れしか聞こえてこなかったので、わたしの周囲の、わたしと同じく「音楽堂の門の外」にいる人たちの間では福島みずほの演説に一番頷き、一番拍手してました。当たり前か。でも福島みずほは演説うまいね。なぜかすーっと頭の中に声が入ってくる。枝野は妙に声が上ずってましたね〜。「こんな喋り方する人だっけ?」ってちょっと思ったほど。

集会が終わったのは、19時半頃。それからデモに出発するわけなんだけど、正直、どこから出発するのかさっぱり分からない。だいたい、主催者の声が全く聞こえないわけだから。音楽堂の外に出ると隊列とかじゃなく、人が至るところにいて、誰が何やってんだか、何のためにそこにいるのかさっぱり分からないのです。まぁでも、日比谷図書館の方面に人が多そうだったので、そちらの方に行ってみると、いろんな旗を持った人たちがいました。労組の旗も多かったけど、なんだかよく分からない旗を持ってる人も結構いて。中でも一番気になったのが

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この人。なんとかの会、でもなくて「イエス・キリスト」ですからね(笑)こういう旗、自作するんでしょうか。色とかデザインとか自分で考えて。すごいなあ~。自作と言えば、こういうハイテクなプラカード(?)もありました。

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これはよく見るとボックスファイルみたいなのの中に光るものが入ってて、そこからコードで外部電源に繋がってるようだったけど、こういう労力ってホント、すごいよね。デモに来る人はみんな動員された人だって言ってる人もいるけどもさ(嘲笑する理由で)、まずわたし「動員されて何が悪い」と思います。それから「来ている人たちは決して労組で動員された人たちばかりではなかった」と。

まず、労組の印象はどこからも悪いみたいで、デモ内部からも「組合来るな」とか言われてるけど、なんで組合を拒否するんだろうって思う。個人参加がそんなに偉いの?って。あのね、人は一人では力がないから、集まって集団作るんじゃないですか。一人では弱いから組合作って集団交渉するんじゃないですか。なぜその力を使わない?わたしはいつもそう思う。この考えは結局権力側に利用されていると。権力側は集団で来られることが一番怖いわけです。個人なんかちっとも怖くない。だから「組合来るな」というのは、権力側にとっては非常に好都合なわけです。といっても、わたしも組合自体は好きじゃない。わたし、昔は労組に入ってました。いや、正しく言うならば「入らされた」が正しいと思う。うちの職場の組合加入率はほぼ100%で、入ってない人はものすごい「変な人」だったから。理屈っぽくってね。あーいえばこういう文句ばっか言ってる変な人。組合に入るといろんなことをさせられる。それこそ動員とかね(それによって金は払われないけどね。せいぜい交通費程度で。つか、交通費使ってそこに行くんだもん。それくらいは払われて当然でしょ。会社(仕事)で出張するときだって交通費出るじゃん、それと同じ。っていうか、交通費って組合費から払われてるんだから!組合費は自分の給料の数パーセント、毎月引かれてるのよ。自分で払った組合費から交通費をもらって何が悪いって感じだけど)。だけど、それにより交渉できるわけです、会社側と。その結果、賃金が(少しだけ)上がったりする。けれど、組合に入ってない人も当然のことながら同じように賃金が上がるわけです。自分は何もしないのに。あーだこーだ文句ばっかり言ってるくせに。それを考えたときにやっぱり「なんだよ」って思うよ、それは。こっちは仕事溜まってるし、動員されてる時間は当然仕事できないわけです。自分の仕事、やりたいですよ、自分の机で。だってやらないといけないことなんだから。動員されてる時間、仕事はできないんだもん。時間内に終わらなければ、今度は残業してまでもやらなきゃいけないわけでしょ。疲れるよ、ホント。でも、組合交渉をやることによって少しは「成果」があるときはある、のです(ないときもあったけど。時代が時代だから)。それを考えると、組合自体は嫌いだったけど、でも組合は必要なものだという認識になるよ。組合や団体を毛嫌いする気持ちは分かるけど、それを排除したり攻撃したりすることは、権力側にとってどんなに好都合なことか、って思うよ、ホント。だから、わたしは「動員が何か?」と言いたい。

もう一つ。このデモは個人参加も多かったように思う。特に目に付いたのは、実は身障者の人たち。盲人、車いすに乗ってる人、あと外見からでは判断できないけどろう者もいたかも知れない。そういう人が、本当にたくさんいた。それは最寄りの駅(わたしは霞ヶ関から行ったんだけど)からそうだった。盲導犬を連れた一群がいて、最初見たときちょっとびっくりした。だけど会場に行ったら盲導犬じゃなく白杖ついてる人たちや、先ほど言った車いすの人たちなどが結構いて。まぁ勝手に想像して悪いんだけど、やっぱり危機感感じてるのかなあって思った。戦争になったら真っ先に「邪魔者」扱いされるのは身障者の人だもんね。それは今までの戦争の経験が物語っているよね。

それに、わたし自身が全くの「個人参加者」だからね。誰も知り合いおらず、一人で行ったからね。まぁ知人は何人か、このデモに参加しているようだったけど、別に会わなかったからね(笑)

で、自作のハイテクなプラカード(?)を持ってた人の話だけど、実はこのあとで同じ隊列で歩くことになるのね。そこで聞いた会話が面白くて。このプラカード、「ネトウヨ」って書いてあるでしょ。それを見た近くで歩いてたおじさんがね「あなたがネトウヨなの?」って聞いたのね。そしたら、それを持ってた人がびっくりして「違います!」ってね。実はこのプラカードの反対側には「主権在民」って書いてあったの。それを見せて「ネトウヨなわけないじゃないですか。ネトウヨなのは安倍総理です」って言ってた。そしたらそのおじさん「でも、ネトウヨって言葉は一部の人にしか分からない言葉なのでは。。」って言い出した。ネトウヨって言葉の意味もあまりよく分かってないみたいだった。それを聞いた周囲の若い女の人たちがね「ネトウヨって言うのは、ネット右翼の略で~、アベはネトウヨから支持されてて〜」みたいにそのおじさんに説明してた。なーんか、一連のやりとり聞きながら、いろんな年代の人が参加してるんだなって思った。

まぁその話はおいといて。デモに出発する前の待機時間の長さと言ったら!さっき、だいたい19時半頃に集会が終わったって言ったけど、わたしはそこから1時間半、日比谷図書館の横で待ち続けたよ。最初はどうなってるのかさっぱり分からないの。ずーっと同じところにひたすら待ち続けてて、一体、どうなってんだろうと思ってるうちに5歩くらい前に進めて。でもそこでまた何分も待ってる状態。それが少しずつ少しずつ動き始めて。ようやく「ああ、前の方で少しずつ出発してるんだ」って分かってきて。で、出発。

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この画像の時刻、21時02分です。公園から出て道路渡ったところ。ホンマ、どこが参加者3000人だよ、って感じ。見てから言ってくれ。道路渡ったところから、道路のところで応援してくれる人たちがいてね。なんかすっごく嬉しかったし、心強かった。あの人たちは多分、もう先に歩き終わった人なんだろうね。随分あとで気が付いたけど。

実はここら辺の界隈、歩いたことがなく。どこをどう歩くんだか、さっぱり分からなかったんだけど、あるとき突然コールが「原発反対」に(もちろん、わたしはコールしてませんが)。「なんでじゃ?」と思ったら、どうやら経産省のテントのところだったのね。

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経産省のところのテント村って聞いたことはあったけど、目にするのは初めてで。ここの人たちは「福島のことも忘れないで~」って言ってた。でもわざわざ声を掛けてくれるために出てきてくれてて、本当に嬉しかった。でも、このデモに参加してる人はみんな「原発反対」なんだろうかってちょっと思ったけどね。そういうこと、決めつけて「原発反対」のコールしていいの?って。まぁわたし自身は紛れもなく「原発反対派」なんですが。

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というわけで、見えてきた国会議事堂。つか、どこをどう歩いてるのか、本当に全く分からなかった。。

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次に見えてきたのは「総理官邸前」の文字。歩きながら撮ったんでブレブレ。国会のこんな近くに総理官邸があるとは知らなかった。

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そして何やら警官が「請願デモですから幟を降ろしてください」とか言い出したと思ったら、こういうのが突如として現れた。「なんじゃ、こりゃあ?」って全然分からなかったんだけど、要するにここは「請願所」ってことだよね。だって「請願デモ」だもん。請願所ではこんな風におそらく議員だろうと思われる人がたくさん立ってなんか言ってて、デモ隊を激励してくれた。ここは多分、衆議院の方。

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そして少し歩いてこっちが参議院かな?そういや誰かが「議員がデモに参加してなかった!けしからん」って書いてたツイートを見たんだけど、これは請願デモなので、議員は請願所にいるんじゃないのかしらん?よく分からないけど。

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そしてさらにそこから歩いて。21時39分、終点の永田町駅に着いた。ここって自民党のすぐ近くでもあるのね~(見にくいけど右側の画像)。そこでもう解散だったんだけど、なんかそこで「総理官邸前で座りこみやってるから来て」っていうアナウンスがあった。でもわたしはもう疲れ果てててもうそういうことはできなかったし、何より警官が「ここからは引き返せません」って言って進路邪魔して戻してくれなかったんだよね。戻りたいのであればぐるっと回って反対側の道路に出てから引き返せとか言われて。わたし、永田町の駅からどうやって帰っていいのか分からなかったので、引き返して国会議事堂前から帰ろうかしらと思ってたのに、引き返せないんだもん。すげーひでーと思いました。

これが7月14日のこと。

で、次の日に衆議院の特別委員会で強行採決が行われたときは、わたし、もう疲れてたのでその日の国会前の抗議集会には行かなかった。これ、主催者側発表で10万人来た、って日ね。わたしはその翌日、用があったついでに国会前に行くことにした。7月16日。この日は衆議院本会議で法案が強行採決された日。で、14日のデモ行進の時にね、わたしはその日、コールもしなかったし、プラカードも持ってかなかったの。持っていかなかったというか、持ってなくて。ネットプリントもやろうとは思わなかったし。だから本当にただ、頭数になって歩いて、たまに写真撮ってただけなんだけど、そのときにiPadで画像を映し出してプラカードとして持って歩いてる人がいて。夜はそれが光っていいのよ。「あ、こういう方法もあるんだ」って思ってね。で、16日はiPadをプラカード代わりに持ってくことにした。文面はネットで探して一番わたしが言いたかったこれ。

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実はこれ、閣議決定で集団的自衛権の容認をされたときに作られたものだったんだよね~。でも、わたしはやはりこのことに一番「反対」しているから。集団的自衛権を容認すると、確実に戦争に引きずり込まれると思う。だって、アメリカってそういう国じゃん。力でモノを言わす国でしょ。で、大量破壊兵器はあるだのなんだのデタラメ言って戦争を引き起こしてきた。そんなのに協力するってことは、戦争に引きずり込まれるということです。で、こういうこというと「一国平和主義」とか言われるんだよねえ~。違うよ。わたしは「日本だけ平和であればいい」とは全く思ってない。世界中が平和になることを願っている。そのためには日本には集団的自衛権なんていらないというか、持ってたら危険なのだ。だって、戦後70年、これを持っていなかったからこそ、日本は政府、国際NGOを初め、いろんな地域、いろんな分野で活躍できてるんだから。「日本は自分たちに向けて攻撃してこない」という信頼=集団的自衛権を行使しない(できない)ということだ。だから、中立を保てて、戦争をしている両者に対して対話を呼びかけて結びつけるような行動を取れた。戦争を解決する方法は、相手を徹底的に殲滅させるか、話し合いによって解決するしか方法はない。しかし、徹底的に殲滅させると言うことは、それだけたくさんの人が殺されると言うことだ。話し合い、というと「話が通用しない相手だったらどうするんだ」とすぐに言われる。でもですね、人間が正常な状態で「人を殺したい」って思う?人が人を殺さなければならない状態って、異常な状態だよ?異常な状態だからこそ、人を何人も殺せるんだと思う。そこの状態から脱すれば、必ず双方話し合いできると思っている。誰だって人は殺したくないもん(異常人格者は一定数いるけれど、それが集団とか国民全体というのは有り得ない)。まずはその異常な状態を正すべく、努力すべき。そしてその後、「中立な国」が双方の間を取り持つ。日本にはそういう役割をする国になって欲しい。そして、それが成果を見せ始めたら、他の国だって追随するに決まってる。だって、争わなくていいんだもん。まぁ、ここで争いごとが減って困るのは軍需産業だけだろうよ。そしていろんな国でそういう思想が根付いていったら、必ず戦争はこの世からなくなる。血を流さずに、汗を流して、頭を使う。外交努力も同じです。それこそが「積極的平和主義」なんじゃないですか?だからこそ、日本には「集団的自衛権」はいらない。個別的自衛権だけで対応できる。なんか最近「中国からミサイルが10分で届くが、そういうときはどうなんだー!」みたいな発言を見かけるけど、アメリカがすぐに日本に対して集団的自衛権を発動して守ってくれると思ってるのかしら。アメリカが集団的自衛権を行使するためには、日本と同じく議会の承認(もちろんアメリカの)が必要ですよ。自動的に守ってくれるわけじゃない。10分以内にアメリカ議会の承認って取れると思う方が非現実的じゃない?それに、アメリカは中国とは戦争したくないはずです。中国は大国なんだから。人口が多かったらそれだけ自国のモノ買ってくれるし、経済のことを考えるとアメリカは日本市場より中国市場の方が魅力的だろうよ。今はイデオロギーがどう、とかいう時代でもない、冷戦時代ならともかく。だから争いになれば日本は簡単に見捨てられると思うけどね。日本の領土の狭さ、人口の少なさはもう、仕方ないのよ。それはもうなんともならないんだから。だとしたら、小国なりに頭を使って生き残らなければならないじゃないですか。軍事力を高めれば抑止力になるなんて、どこまで軍事力を高めればいいのか。なんないよ、そんなの。だって、軍事力世界一のアメリカはテロにやられたじゃん。軍事力を高めても、正式な戦争には強いかも知れないが、テロには対応できないよ。今の戦争、テロとの戦いばっかりじゃん。帝国主義の戦争なんてされてないよ、もう。話し合いで解決するしか方法はないというと、頭の中がお花畑だと言われるが、わたしにとっては軍事力に頼る方がよっぽど頭の中がお花畑だと思う。だって、資源がない日本、70年前の太平洋戦争もそうだったが、石油が来なくなったら一気に「竹槍」だよ?「風船爆弾」だよ?だからそのための「原発技術」っていいたいよね(笑)これで発電すればいいと思うだろうが、核燃料も100%輸入品でなくなれば終わりです。そのための「濃縮技術」だよね?(笑)これ、実現したとしても(今のところ、事故ばかり起こして実用化どころではないけどね)すんごいエネルギーが必要です。戦前、日本が原子爆弾について研究してたけど、結局核物質を濃縮できなくて実用化できなかったのは、石油がなくて電力が足りなかったから。しかし何より、原発施設は戦争が起きたらすぐに狙われるだろうね、敵国に。爆弾1つ命中すれば、まぁ原爆落とすのと同じ効果だもの。そしてそこには何十年って人が住める状態にはならないだろうね。チェルノブイリみたいに。しかも、日本は地震大国、火山大国と自然災害に見舞われやすい国だからね。世界で起こる地震の1割は日本近辺で発生しているそうです。ま、そりゃあ、こんなにプレートが入り組んでるところなんて、地球上どこを探してもあんまり見当たらないよね。で、これはもうどうしようもないわけ、さっきの小国と同じく。これは日本が持って生まれた運命。現に1つ、自然災害で原発がメルトダウン起こして今でも人、住めないじゃない。これらのことを総合すると、日本には原発は存在してはならないという結論にしか達しないのよ。戦争するにしてもしないにしても。でも、そうすると電力は石油に頼らざるを得なくなる。とすると、原油国の一部とは絶対に仲違いできない。だから日本はね、アメリカだけに頼ってていいの?ってことになる。だから日本は「外交」で生きていくしかないのだ。結局、国土状況を考えるとそういう結論になってしまうのよ。こんな状況のところ「原発は科学技術で事故を起こさないように保てる」とか「軍事力が抑止力になる」とか言ってる人の方がよっぽど頭の中がお花畑だわ。東日本大震災で起きた津波が、人間の英知によって押しとどめられると思ってんのかな。津波が突破できないような防波堤を作れるとでも思ってるのかな。現実をもっと直視した方がいいと思うよ。
(参考:集団的自衛権 いる?いらない?;ついでにここにリンクされてる内閣官房が発表してる集団的自衛権についての説明も読んだが、バカの一つ覚えみたいに同じ文言繰り返してばかり。あと原油国と対立するのは避けられないという認識なのね、政府って。バッカじゃない?そこまでしてアメリカの味方をして、それでアメリカに裏切られたら一体どうなるんだろうって考えないのかしらね。アメリカは大国でもバカじゃないですよ。すごいしたたかだよ、怖いくらいに。そこまでアメリカに味方する日本政府がとてもお人好しに思えます)

また長くなりましたね(^^;

というわけで、7月16日、国会前の抗議集会に参加してきた。あの日は雨が降るって予報で、家を出たときは雨降ってたし、だから濡れたら困るってんで少し寒いときに着てるゴアテックスの防寒着を着ていったんだけど、これが間違いだった。。

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国会前に着いたときは18時少し前。警官がめっちゃたくさんいてね。道路を渡るときはなんか横断歩道からはみ出さないようにとかいう黄色い帯みたいなのを持って警官が行ったり来たりしてて、大変だわ~と思った。まだ人は少ないんじゃないかと思ったんだけど、国会前はもう結構な人で。なんかお坊さんやらがたくさんいたんだけど、そのうちわたしの前の人がなんか白い服をスルスルと着始めて、そこに赤いマフラーみたいなのを首からかけて、あっという間に教会の神父さんなのかしら?そんな人になっちゃったので、とってもびっくりした。

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これは後ろ姿の一部ですが。どういう教会の人だったのだろう?確か18時半頃から集会が始まったのかな。議員が3人ほど来てた。枝野と福島みずほは覚えてる。というかこの日はこの後のSEALDsという学生たちが主催する集会にも途中まで参加したんだけど、福島みずほはここでも演説してた。18時半のときの演説は集団的自衛権についてしゃべってたので、よく覚えてる。けど、14日に話した内容と一部被ってるのがあって「ああ、印象に残るフレーズって結構使い回してるんだな~」って思った(笑)まぁそりゃそうだよね。連日、同じ場所で同じテーマでしゃべってるんだもん。全部全く違うことをしゃべるのは無理だろう。この日は結局21時半頃までいた。本当はもうずっと立ちっぱなしで、足が痛くて痛くてたまらなかったので、20時頃からずっと離脱したかったんだけど、なんせ人がものすごくて身動き取れなかった。そしてiPadもずっと頭の上に掲げてたら腕が疲れてね。まぁコールは一切しなかったんだけど。特に学生主催の集会のコールは、事前からいろいろ言われて知ってたけど、やっぱりわたしにとってはちょっと引っかかるものが多くて。まぁ元々「同じ言葉を言わされる」という雰囲気が好きじゃないからね、わたし。だけど、別にコールしなければしないでいいわけだし、絶対コールしなければいけないという雰囲気でもないし。この日はのべ何万人だったかな。最初の集会の時に「2万人超えた」と発表があったけど、次の学生の集会に向けて来る人がたくさんいたからね~。でもわたしは学生の集会、最後までいなかったから最後の人数発表は聞けなかった。しかし、結局雨は全く降らなかったんだよね。けど、雨上がりでものすごく湿度が高くて蒸し蒸ししてて、持ってった防寒着なんて着られるもんじゃなく、全部カバンに詰め込んだらカバンが重くて重くて。おまけにでっかい傘も不必要だし。ずっと身動きできないほどの人だったから、その熱気も凄くて。汗でぐちゃぐちゃになりながら帰りました(笑)

次の日、7月17日も国会前に行った。連日来たのは、次の週(要するに今週だけど)はちょっと用事が立て込んでて来られないと思ったからだ。なのでちょっと無理して行った。けど、集会の参加は少しだけにしておこうと思った。学生の集会になると身動きが取れなくなるから。

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この日もね、18時ちょっと前に国会前に着いたんだけど、前日と比べると少し人が少なくて「あれ?」って感じだった。だもんで、ほとんど最前列まで行けた。集会の時はずっとiPadを頭の上に掲げてたんだけど、前日の影響で腕が筋肉痛になっててね。つらかった~(笑)この日は19時ちょっと過ぎに離脱した。この時点でも「2万超えてる」って話だった。確かに出足はあまりよくなかったけどその後が凄くて。集会と集会の間に離脱したんだけど、これから来る人たちがめちゃくちゃたくさんいて逆の方向へ歩くのが怖いほどだった。「こりゃ、前日より凄いだろうな」と思ったら、確かに終わったあとの発表でも前日より人数多かったみたい。6万人だったっけ?まぁ金曜の夜だったからね。サラリーマンの人も結構いた。サラリーマンは持ってるかばんですぐ分かるのだけど(笑)会社帰りの人も結構来てるんだな~って思った。なんか国会前にいる人が少ないから「6万人なんて集まってるはずがない」っていうツイートをすごーくたくさん見たけど、いちどきに6万人集まったわけじゃない。延べに決まってるじゃん、人数は。アホか。見に来てから言え。まぁ絶対値がどの程度正しいのかはわたしは分かんない(ただ確実に何千人単位ではないと思うけど。警察がどう発表しようがね。だって彼らにしてもあんなに流動の激しい人数をどうやって数えるのよって思うよ)。けども「昨日より多いな」って思ったときは、発表された参加人数も多かったので、傾向としては正しいと思う。ただ気になったのは、14日のデモ行進で多く見かけた身障者はここではほとんど見かけなかったんだよね。それは人と人とのスペースがほとんど取れないから怖くて来られないんじゃないかと思った。それにものすごい人混みだったし。あと、抗議集会参加は結構体力がいる。ずーっと立ちっぱなしだし。何よりこの時期暑いし。だから、ここに来てる人は体力、気力にある程度自信がある人じゃないと来られないと思ったし、来たくても来られない人もたくさんいるんだろうなと思った。パニック障害を持ってる人なんかもこういうところは絶対に無理だよね。わたしだって精神力が弱ってるときはこんなところには来られないだろう。今は調子が悪くはないのでなんとか来れてるけど。

2日抗議集会に参加して、それぞれ印象に残った言葉。

16日は誰かは知らんが、維新の会の人。
「地元に帰ると『でも日本だって誰かが血を流さないといけないだろう』と言われる。そこで『では、一体具体的には誰の血を流すのでしょうか』と聞くと、みんな黙ってしまう。誰かの血を流せと言いながらも、そこにはリアリティがないんです。もっとそこに現実感を持って考えなければいけない。維新の党は今のところ、人によって随分意見が違う。それを(酒を飲みながら)自分と同じ意見に変えていきたい」

17日はどっかの団体の人だったと思うんだけど。。
「衆議院の議決の際、自民党から2人の造反者が出た(表向きは健康上の理由らしいですが:後に確認)。衆議院は圧倒的多数が与党だが、参議院は違う。11人、造反者が出れば法案は可決しない。皆さん、地元の与党の議員に是非、働きかけて下さい」

わたしね、上の方で「デモをやっても効果がない」って書いたんだけど、そこのところはちょっと間違ってたって思う。デモに行くとなぜか希望をもらえたり、勇気をもらえたりするの、不思議なことに。それは決して「デモで気持ちが高揚している」からでも「思考停止」の結果でもない。これだけ多くの人が自分と同じく法案に反対しているんだ、ということが実感できるのと、あとは演説を聴いていると「ああ、過去だってデモは実績を挙げていたんだ」って思うから。やはり、60年安保を経験してきた人が多くて、その人たちは必ず「デモによって岸内閣を退陣させた」って言うんだよね。で、今回もそうじゃない。既に今現在、新国立競技場の案が白紙になったじゃない。あれはデモの一定の成果なんじゃないかと思う。もちろん直接的な理由は「支持率の低下」だが、人々が全国で集まって反対の声を挙げたからこそ、目に見える姿になったからこそ「反対してもいいよね」って思った人もいるんじゃないだろうか。もちろん、デモだけじゃなくできることで声を挙げること。そうすれば少しは変わってくるんじゃないかって、なんか、今のわたしはそう思ってる。でも、そういう考えに変わったのは、デモに参加したことが大きい。これは事実だ。

そういえばね、17日の演説でグリンピースの人だったかな、よく覚えてないけど、そういう感じの人が「日本はねー、本当の意味での市民革命を経験してないから弱いんですよ」って言った。そうなんだよね。フランス革命では市民が血を流して監獄を打ち破った。でも日本では「トラブルを起こさないように警察に協力しましょう」っていう感じじゃん。それはそれで一つの作戦だからいいんだけど、これじゃあ世界を変えるような大きいことはできないだろう。わたしが最初に「デモをやっても世の中全然変わらない」と思ったのは、こういう「世界を変えるような大きいこと」を期待してたからであって、それは最初から無理なのよね。警察に従うようなおとなしいデモでは世の中大きくは変わらない。だけど、小さいことだったら変わる可能性がある。それでいいじゃないって。デモに参加してそう思えるようになった。

すっかり長くなって、こんなの誰が読むんじゃい、って感じだけど(笑)、わたしはまだまだこれからもできる限りのことをしていこうと思ってる。法案に反対なんだけど、デモに本当は行きたいんだけどって思ってる人の参考になればいいなあと思って書きました。

でも、無理だと思ったらやらなくても大丈夫なんだよ!


どうしても気力が出ないときは仕方がないんだから、自分のことは絶対に責めないでねって最後に言っておくね。できるようになったときにすればいいんだから。今はできるようになるために敢えて休むときなんだよ。特にうつ病の人に、それを言いたい。
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