11-27 Thu , 2014
彼岸花を見に(新美南吉記念館) その5
その4の続き。多分、最終回。

「しんたのむね」辺りで既に足が痛くなってたんだけど、当然のことながらそこには休むところなんてない。ので、とっとと歩いて新美南吉記念館に向かった。途中、こんなん見つけた。

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「ごんぎつねの ふる里 岩滑」って書いてあって、上にちょこんとキツネが乗っている。

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ごんだ!ごんがびくの中を覗いて、いたずらしようとしているところだ!!

兵十はそれから、びくをもって川からあがり、びくを土手においといて、なにをさがしにか、川かみのほうへかけていきました。
兵十がいなくなると、ごんは、ぴょいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんは、びくの中のさかなをつかみ出しては、はりきりあみのかかっているところよりもしもての、川の中をめがけて、ぽんぽんなげこみました。どのさかなも「どぼん」と音をたてながら、にごった水の中へもぐりこみました。



わたしは感動して、どうにかうまく写真を撮ってやろうと、カメラ(iPhoneですが)の向きをあちこち変えてたりしたときに、学校帰りかなにかだったのかな?小学生が何人か、自転車に乗って通りかかった。みんな白いヘルメットを被ってる。そのうちの一人がわたしを見て「こんにちは」って挨拶してくれた。まぁ行動から観光客ってバレバレだもんね、、(笑)でも、嬉しかったです。

そこから少し歩いて、いよいよ新美南吉記念館に来た。

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新美南吉記念館、ちょっと変な建物だったです。変というか、まぁデザインされた建築物というのか。この画像の左側にはうっそうと茂った森みたいなのがあって、散歩したら楽しそうだと思ったんだけど、足が疲れ切って一周してくることすら不可能でした。残念だった、、観光客はちらほらだったかな~。そんなに少ないってわけでもなかったけど、多いってほどでもなかった。

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入口付近。この記念館があるところって、ごんぎつねの中に出てくる「中山さま」のところなんだよね。

これは、わたしが小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。
むかしは、わたしたちの村の近くの、中山というところに、小さなお城があって、中山さまというおとのさまが、おられたそうです。



既にこの話の中でもお城があったことは過去の話なのだけど、なんかこの場所とお城が全く結びつかなかった(笑)でも、でも、「牛をつないだ椿の木」を読んでみても分かるように、ここら辺は昔は山の中だったんだよね??昔って言ってもせいぜい100年くらい前のことで、それを考えるとこれから100年後、この風景はどう変わってるんだろうか、、、なんてこと思った。

記念館は新美南吉の生涯を丹念に追っていた。なんせ南吉自身、たった29年の生涯だったんで、1年1年がものすごく密度濃いんだよね。小学生(とは言わんけどさ、当時は)の頃の通知簿貼り付けられてたり、卒業証書が飾られてたり、恋愛して誰それと付き合ったとか振られたとか、うーん、なんかちょっと複雑な気分だったよ(笑)だって、自分が死んでから100年経つのに当時の通知簿、不特定多数の人にじろじろ見られてさ(笑)恋愛とか失恋とか言っても、この人の場合、あんまり直接的に作品と関係ない気持ちがしたし、プライバシーなんかないじゃんって死人には最早プライバシーはないのか?(笑)わたしだったら死んだあとでも見も知らない人に自分の通知簿覗かれて、その中に何書いてあるか読まれるのはいやだな~、誰それといつ付き合い始めたって書いてあるけど、前に付き合ってた人とは別れたって書いてないのに次の人と?前の人と別れた理由に何か隠したいことがあったのかしらね?なんて思われたくないよな~とか(笑)特に恋愛は一人でするもんじゃないから、相手の人生もあるわけだし、書けなかったのかしらね、とか。死んだあとに知らん人から好き勝手に思われたくないよね~、「死人に口なし」と言えども(笑)

記念館内の写真はほとんど撮らなかった。別に撮ってきても仕方ないしね。ただ、この2枚だけはなんか、気になったので撮ってきた。わたしの琴線に触れるものって、実にしょうもないもんです(笑)

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左は生前だいぶお世話になったらしい巽聖歌(わたしの持ってる文庫本2冊(角川書店、講談社文庫)とも解説は巽聖歌なんで、名前は知ってた)に宛てた手紙で、確か病気(結核)で東京から実家に戻らざるを得なくなって、実家から出した手紙だったかな。あれ、でもなんか印象として「一旦実家に戻っただけ」ってのがあるから、そうじゃなく、大学に入ったときだったかなあ?あー、忘れました(苦笑)ここだけ内容を読むと、まるでラブレターみたいだなあと思って思わず写しちゃった(笑)

右は「へー、そうなんだ」って思ったから撮った。ナフタリンかぁ~。わたしは「ナフタリン臭」で一番先に思い出されるのは「東京湾の臭い」なんだよね。大学生・大学院生の頃、晴海にうちの大学の船が置いてあって、そこからよく出航したんだけど、東京湾を出るたび、入るたびに目にするのは茶色い海の水と、あとなぜかナフタリンの臭いがしてね。でも、あるときからこの臭いを嗅ぐと「ああ、帰ってきたなあ~」って思うようになったの。なんか、こんな臭いで「帰ってきたこと」を認識するのって悲しいなと思ったんだけど、まぁそういうところで生まれ育ったんだから仕方ないよね、って思うようにした。鮭だって生まれた環境がどうあろうと、自分の生まれた川に戻ってくるんだもんね。

しかし、新美南吉の童話は、南吉が書いたそのままではなく、かなり巽聖歌の手が入ってるらしいね。(ちなみに「ごんぎつね」は鈴木三重吉の手が入ってるそうです)南吉の死後、巽聖歌が生前の南吉の作品を発表していくんだけど、南吉の書いたものは戦時色が強かったため(なんせ戦争終わらないうちに亡くなったからね)戦後の雰囲気に合わせて削除した部分も結構あるらしい。わたしが持ってる中で「あれ?」って気が付いたのは、「和太郎さんと牛」って作品なんだけど、この一番最後の部分。わたしが持ってる角川文庫の「牛をつないだ椿の木」(昭和43年2月20日初版発行、持ってるのは昭和53年6月20日18版)には

さて、この天からさずかった子どもの和助君は、それからだんだん大きくなり、小学校では、わたしと同級で、和助君はいつも級長、わたしはいつもびりのほうでしたが、小学校がすむと、和助君は、和太郎さんのあとをついで、りっぱな牛飼いになりました。そして、いまでは和太郎さんは、だいぶんおじいさんになりましたが、まだ元気です。おかあさんとよぼよぼ牛は、一昨年なくなりました。



って書いてあるのね。これが別の一冊、これもわたしが持ってる講談社Super文庫「新美南吉童話大全」(1989年8月21日第一刷)では

さて、この天から授かった子どもの和助君は、それからだんだん大きくなり、小学校では私と同級で、和助君はいつも級長、私はいつもびりの方でしたが、小学校がすむと和助君は和太郎さんのあとをついでりっぱな牛飼いになりました。そして、大東亜戦争がはじまるとまもなく応召して、いまではジャワ島、あるいはセレベス島に働いていることと思います。和太郎さんは、だいぶんおじいさんになりましたが、まだ元気です。お母さんとよぼよぼ牛は一昨年なくなりました。



になってて、なんと、和助君の結末が違っている。ちなみにこの本(講談社の方)は大日本図書「新美南吉童話集」を定本にしてあるそうだ。そして角川文庫の方の解説で、巽聖歌自身が

本書の編集にあたっては、従来定本とされてきたものに、さらに原稿のあるものは原稿に、それのないものは初発の単行本につきあわせ、完全を期した。しかしながら、制作年代を見れば分かるように、太平洋戦中に夭折した彼のことであるから、ミリタリズムでなかったにしろ、「軍帽」「聯隊」「将軍」といった種類のことばが、期せずして出てくる。時代に合わないそういう名詞は、なるべく避けるようにした。
それのみならず、戦時下の発表であるので、故意に誇張されている部面がある。戦時下では、不要不急のもの、戦意高揚する以外のものは、作品の発表すらできなかったからだ。「紙も弾丸」といわれた。
戦後、連合軍の占領下においては、これが逆転した。「飛行機」「軍艦」「戦闘」などということばが出てきても、厳しいGHQの追及があり、出版不許可になった。南吉の作品も、そういう波はくぐって、今日の生命を保っている、とはいっても、彼の書いたものは児童文学であったがために、ごく小部分の訂正削除ですんだ。今後も、でき得れば、このままのすがたで、残してやりたいと思っている。できない希望であるかも知れない。



と書いている。ってことは、「大東亜戦争~」の下りはGHQの目を気にしてのことだったんだろう。確かに新美南吉の作品は時代がまさに戦時中だったので、そういう類の話は割とある。ただ実際のところ、わたしが知ってる作品は「戦意高揚」とかそういう戦争を肯定するような話でもなく(もちろん否定するような話でもなく)、少佐が井戸に落ちて中国人に助けられた話(張紅倫)とか、朝鮮人と足袋屋のおばさんとのたわいない話(アブジのくに)とかで、逆にこの時代、差別が激しかったときにこういう作品を残してるんだよね。これって多分、特に意識して書いたんじゃないと思うんだよね。なんか自然にこういう人だったんだろうな~と思う。

あと、9月29日にはちょうど「南吉と良寛」って特別展をやっててね(もう終了しちゃったみたいです)、南吉の生涯の資料を見るだけで疲れ果ててたんだけど、なんかちらっと最後の方を見たら面白かったので、それで最初に戻って読んでみた。南吉の生前、出版された本は「おじいさんのランプ」と「良寛物語・手毬と鉢の子」だけだったそうで、それでこういう特別展をやったそうだ。面白そうだったので、「良寛物語・手毬と鉢の子」は記念館で買って帰っちゃった(入口のところでいろんな南吉の本が売られてます)。

で、あまりにも疲れたんで、記念館の2階のテ-ブルと椅子が置いてあるところで少し休んで。それから記念館を出た。

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入口のところにある「ごん」。あまりにもかわいい感じなので、わたしの中のイメージとは違うと思って、行きに見たときは「撮らなくていっか」と思ったのだが、なんか帰りに「まぁいいか」と思って撮ってきた(笑)

あ、最終回にしようと思ってたんだけど、なんか終わらなかった(笑)

その6に続く。。
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