11-26 Wed , 2014
彼岸花を見に(新美南吉記念館) その4
その3の続き。

さて、「しんたのむね」に来た。「しんたのむね」は新美南吉の作品のあちこちで出てくる地名だが、「しんたのむね」で一番に思い出されるのは「牛をつないだ椿の木」だろう。

「しんたのむねを下りたところにほったら、水が出るだろうかなァ」
と、ききました。それは、利助さんが牛をつないだ椿の木のあたりのことでありました。
「うん、あそこなら、出ようで、前の山で清水がわくくらいだから、あの下なら水は出ようが、あんなところへ井戸をほって何にするや」
と、井戸新さんがききました。
「うん、ちっとわけがあるだて」
と、答えたきり、海蔵さんはそのわけをいいませんでした。



海蔵さんは、水をのみにいっている間に利助さんの牛が椿の葉をくってしまったことを話して、
「あそこの道ばたに井戸があったら、いいだろうにのォ」と、いいました。
「そりゃ、道ばたにあったら、みんながたすかる」
と、いって、お母さんは、あの道の暑い日ざかりに通る人びとをかぞえあげました。大野の町から車をひいてくる油売り、半田の町から大野の町へ通る飛脚屋、村から半田の町へでかけてゆく羅宇屋の富さん、そのほかたくさんの荷馬車ひき、牛車ひき、人力ひき、遍路さん、乞食、学校生徒などをかぞえあげました。これらの人ののどがちょうどしんたのむねあたりでかわかぬわけにはいきません。
「だて、道のわきに井戸があったら、どんなにかみんながたすかる」
と、お母さんは話をむすびました。



わたしは、長い間これらの作品を繰り返し読みながらずっと「しんたのむね」の想像をしてきた。道はもちろん舗装してない砂利道かな、それとも土の道かな、わたしのイメージとしては黄土色の道だったので、多分土の道だと思ってるのだが、道のへりには椿の木が植えてあるくらいだから、きっと他の木もうっそうと茂ってるんだろう。崖になってるらしいから、すぐ近くに山があるんだろうか。あ、そういえば一番始めに「山の中の道のかたわらに」って書いてあったよな。だからここは山の中なんだ。きっと急な坂道なんだろう。だからみんな喉が渇くんだ。そしてそこの道をいろいろな人たちが行き交っている姿、せわしく行き来している姿、、を想像していた。

「牛をつないだ椿の木」は、以前にも書いたと思うがわたしの大好きな作品の一つだ。物語的にはちょっとお説教臭さというか、道徳の教科書的というか、そういうものがちらついて見えるのだけど、基本、わたしはこういう「人としての正しい行い」みたいなのに少し弱かったりする(笑)

金を持ってそうな利助さんが「その三十円をどうしておれが出すのかェ。おれだけがその水をのむなら話がわかるが、ほかのもんもみんなのむ井戸に、どうしておれが金を出すのか、そこがおれにはよくのみこめんがのォ」といって断るところ、それならと思って賽銭箱のようなものを椿の木に吊り下げて「ここに井戸をほって旅の人にのんでもらおうと思います。志のある方は一銭でも五厘でも喜捨してください」と書いた札を付けて、誰かが寄付してくれないか見ていたところ、札を読んでも誰も寄付しなかった場面。現実的にも大いにあることだ。昔、わたしが大学生の頃、大学には男子寮があったんだけど、女子寮がなかった。だから、遠方から通ってくる人が「女子寮を作りたい」って運動を始めたんだけど、結局「今運動して実現したとしても、自分たちが卒業するまでに寮が建てられるとは限らない」ことを知り、一瞬でその話は消えた。そういうことだよね。「今、こういう人たちがこういう目に遭って苦しんでいます。誰か助けて下さい」という話を聞いても「ああ、そうだね、かわいそうな人たちだね。悲しいね。涙が出るね。やりきれないね」と言って何もしない。そういうことだよね。

もちろんこれは、人のことを言ってるんじゃない。わたし自身のことだ。寮の話はわたし自身当事者でもあったしね。そしてもちろん、自分が聞いたすべての話に対してすべてかかわることは不可能だ。けど、それは何かをやらない理由にはならない。自分にできることは限られているけれど、できる範囲で何かをやる、やっていかねばならないとは思っている。なかなか難しいけどね。一番楽でやった気になれるのは金を出すことだけど、わたし、今、金、全然持ってないから、何か別の方法で、とは考えているけれど。

まぁ話を元に戻そう。

そして海蔵さんが「けっきょく、ひとはたよりにならんとわかった。いよいよこうなったら、おれひとりの力でやりとげるのだ」と決意し、いつもはお客を待っている間(海蔵さんは人力車ひき)、駄菓子屋でお菓子をつまむのが常だったんだけど、決意したあとは一切食べるのを止めてしまう。わたしは、ここの駄菓子屋のシーンがなんか好きでね。ついつい今までの習慣で駄菓子を食べたくなってしまう姿、それを必死で抑える姿。目の前にまざまざと光景が思い浮かぶ。新美南吉のすごいところは、文章のところどころで目の前にありありと思い浮かぶ、とても美しい表現があるところなんだよね。

例えば

秋の陽ざしは暖かく和んで、あちらの汲みたての水盤に水を飲みにくる蜂が、金色の糸をひいたように光った。(「良寛物語・手毬と鉢の子」より)



こんな表現。こういう美しい表現、目の前に浮かぶような表現があちこちにあるの、この人の作品。「おじいさんのランプ」の、わたしが一番好きなところ。

「わしの、しょうばいのやめかたはこれだ」
と、巳之助はひとりでいった。しかしたち去りかねて、ながいあいだ両手をたれたまま、ランプの鈴なりになった木を見つめていた。
ランプ、ランプ、なつかしいランプ。ながの年月なじんできたランプ。
「わしの、しょうばいのやめかたはこれだ」
それから巳之助は、池のこちらがわの往還に来た。まだランプは、むこうがわの岸の上にみなともっていた。五十いくつもがみなともっていた。そして水の上にも五十いくつの、さかさまのランプがともっていた。立ちどまって巳之助は、そこでながく見つめていた。
ランプ、ランプ、なつかしいランプ。
やがて巳之助はこごんで、足もとから石ころをひとつひろった。そして、いちばん大きくともっているランプにねらいをさだめて、力いっぱい投げた。ぱりいんと音がして、大きい火がひとつ消えた。
「おまえたちの時世はすぎた、世の中は進んだ」
と、巳之助はいった。そしてまたひとつ石ころをひろった。二番めに大きかったランプが、ぱりいんと鳴って消えた。
「世の中は進んだ。電気の時世になった」
三番めのランプを割ったとき、巳之助はなぜかなみだがうかんできて、もうランプにねらいをさだめることができなかった。



うわ、泣きそうだ、わたし。ここは何度読んでも本当に好きな場面で。このシーンは、わたしの頭の中で何回も何回も繰り返し想像してきたシーンだ。新美南吉の作品のすばらしさはこんなところにもあるとわたしは思っている。

あ、「牛をつないだ椿の木」の話だった(汗)

そして物語はこれで井戸を作ってめでたしめでたし、じゃないのだ。2年かけてお金を貯め、いよいよ井戸を掘らせてもらおうと地主の元に行くのだが、地主は「井戸を掘らせない」と言う。その地主はしゃっくりが止まらず、じきに死ぬだろうということで、地主の息子は「そのうちわたしの代になりましょうから、そしたらわたしが、あなたに井戸をほることを承知してあげましょう」と言うのだ。そこで家に帰って海蔵さんはお母さんに「あのがんこもんのおやじが死ねば、息子が井戸をほらせてくれるそうだがのォ。だが、ありゃ二、三日で死ぬからええて」と言ったところ、お母さんに「おまえは、じぶんの仕事のことばかり考えていて、わるい心になっただな。ひとの死ぬのを待ちのぞんでいるのは、わるいことだぞや」と言われる。海蔵さんはハッとする。ハッとして、まだ生きている地主のところに行く。そして「わしは、あやまりにまいりました。きのうわしは、ここから帰るとき、息子さんから、あなたが死ねば息子さんが井戸をゆるしてくれる、と聞いて、わるい心になりました。もうじきあなたが死ぬからいい、などと、おそろしいことを平気で思っていました。つまり、わしはじぶんの井戸のことばかり考えて、あなたの死ぬことを待ち願うというような、鬼にもひとしい心になりました。そこで、わしは、あやまりにまいりました。井戸のことはもうお願いしません。またどこか他の場所をさがすとします。ですから、あんたはどうぞ、死なないでください。どうぞなおってください」とまだ生きている地主に言う。

ただ、わたしはここの後半部分は嫌いです(笑)なぜ、自分が悪い心になったことをわざわざ地主に報告に行くのか。もちろん、そうしなきゃ話が進まないからだろうが、少なくとも言うべき相手は「地主の息子」であって、まだ生きている地主ではないと思う。悪い心を持ったことについては、反省すべきだが、その反省したことは別に人に言うことはないじゃない?反省したことを誰かに言うってことは、誰かに評価してもらいたい、という気持ちがどこかにあるんじゃないの?って、意地の悪いわたしはそう思ってしまうのだ。だから、わたしはこの後半部分は気にくわない。

あーでもこの話、うん、やっぱりどこか道徳的な話だよね(笑)けど、なぜわたしがそこまでこの話に惹かれてしまうのか、、それはやっぱりこの人の生き方に感動するからだと思うんだよね。

新美南吉の作品って、「ごんぎつね」は違うんだけど(「ごんぎつね」は分かり合えた瞬間に相手を失ってしまう、しかも自分の手によって、という不条理な話だよね)、「花のき村と盗人たち」とか「おじいさんのランプ」とかって、わたしが好きなのは、出てくる人の「生き方」が好きなんだな、結局。「おじいさんのランプ」は上の引用でだいたい分かると思うけど。

ちなみに「花のき村と盗人たち」でわたしが一番好きなシーンは

たいていの牛の子というものは、そこらをぴょんんぴょんはねまわって、持っているのがやっかいなものですが、この牛の子は、またたいそうおとなしく、ぬれたうるんだ大きな目をしばたたきながら、かしらのそばに無心に立っているのでした。
「くッくッくッ」
と、かしらは、わらいが、おなかの中からこみあげてくるのが、とまりませんでした。
「これで弟子たちに自慢ができるて。きさまたちがばかづらさげて、村の中を歩いているあいだに、わしはもう牛の子一ぴき盗んだ」といって、
そしてまた、くッくッくッとわらいました。あんまりわらったので、こんどはなみだが出てきました。
「ああ、おかしい。あんまりわらったんで、なみだが出てきやがった」
ところが、そのなみだが、流れて流れてとまらないのでありました。
「いや、はや、これはどうしたことだい、わしが、なみだをながすなんて、これじゃ、まるでないているのと同じじゃないか」
そうです。ほんとうに、盗人のかしらは泣いていたのであります。―かしらはうれしかったのです。じぶんはいままで人からつめたい目でばかり見られてきました。じぶんが通ると、人びとはそらへんなやつがきたといわんばかりに、まどをしめたり、すだれをおろしたりしました。じぶんが声をかけると、わらいながら話しあっていた人たちも、急に仕事のことを思いだしたように向こうをむいてしまうのでありました。池の面にうかんでいる鯉でさえも、じぶんが岸に立つと、がばっとからだをひるがえしてしずんでいくのでありました。あるとき猿まわしの背中におわれている猿に、かきの実をくれてやったら、ひと口もたべずに地べたにすててしまいました。みんながじぶんをきらっていたのです。みんなが自分を信用してくれなかったのです。ところが、このわらじをはいた子どもは、盗人であるじぶんに牛の子をあずけてくれました。じぶんをいい人間であると思ってくれたのでした。またこの子牛も、じぶんをちっともいやがらず、おとなしくしております。じぶんが母牛ででもあるかのように、そばにすりよっています。子どもも子牛も、自分を信用しているのです。こんなことは、盗人のじぶんには、はじめてのことであります。人に信用されるというのは、なんといううれしいことでありましょう。
そこで、かしらはいま、美しい心になっているのでありました。子どものころは、そういう心になったことがありましたが、あれから長いあいだ、悪いきたない心でずっといたのです。ひさしぶりでかしらは、美しい心になりました。これはちょうど、あかまみれのきたない着物を、急に晴れ着に着せかえられたように、きみょうなぐあいでありました。―かしらの目からなみだが流れてとまらないのは、そういうわけなのでした。



というところだ。ただし、これは特に「生き方」の場面じゃない。この場面もちょっとくさいところだけど、でも、わたしがここが好きなのは「何か努力をした結果、いいことが起こったわけじゃない」ってところなんだよね。なにか、自分が努力したわけじゃないのに、ふとしたことが起こり、心が変わる。ふとしたことに、敏感に心が反応する。わたしはこの話、これ以後の結末に至る話も好きなんだけど、でも、中でもこのシーンが一番好きで、「花のき村と盗人たち」というと、このシーンが一番に思い浮かんでくる。

もう一つ、わたしが好きな作品に「うた時計」があるんだけど、これは特に好きな場面ってのはないの。でも、全体的な話が好きなの。わたしはこの作品で「清廉潔白」って言葉を知った。

ああ、わたし、今まで新美南吉の作品に対する好みの共通点なんて考えたことがなかったけど、考えたら多分、それだったんだなー。。

あ、「しんたのむね」の話だけするつもりが、なんか大いに話がずれちゃった(笑)

で、今回、いろいろ回るに辺り参考にしたのがここなんだけど、この一番上の地図の中に「しんたのむね」ってあるでしょ。それをね、見た途端に「ここには絶対に行く!」って決めたの。これだけ思いがこもった作品に出てくるところだもの。これは絶対に行かなくちゃ!って思った。もう一つ、「半田池」も「おじいさんのランプ」の舞台になった、って書いてあるから、ここもすごく行きたかったんだけど、いかんせん、歩くしか手段がなかったもんで、ちょっと遠すぎて。。ああ、でも、ランプが吊り下げられて、ぱりいんって割られた、あの池、、いつか行ってみたい。。

で、「しんたのむね」付近に着いた。

IMG_0558.jpg   IMG_0559.jpg


「へ?ここ?」って思ったね。。あまりにも、あまりにも、想像してたのとは違いすぎてって。第一、全然山の中じゃないじゃん!って当たり前なんだけどさ。。。あの話は日露戦争前後の話だから、今から100年以上前の話だしね!そりゃ、全然違ってるのは当たり前だよね!だからせめてそこから「100年前の光景」を想像しようとしたんだけど、、ちょっと難しかった。やっぱここがかつて「山の中」だったことを想像することなんかできなかった。でも、ここがあの「しんたのむね」かと思ったら、なんか心が熱くなったよ。

IMG_0557.jpg


「しんたのむね」付近には、こういう看板が立ってた。そこに書いてある

「しんたのむね」の下の旧道から少し入ったところには、作品の通り、清水が湧いていて、茶碗が置かれ、道往く人々や学校帰りの子ども達が喉を潤していました。



というのを読んで、よっぽどもうちょっと道を下ってそこがどういうところか見に行きたかったんだけど、その続きに書いてあった「そうした光景も見られなくなりました」っていうのを読んで止めた。既にここに来ただけで、そうとう足が痛かったから。。昭和40年代か~。わたしが生まれた頃だもんなあ~。。

けど、わたしの憧れだった「しんたのむね」に行くことができて、本当に嬉しかった。

その5につづく。。
16:11 | 一人旅 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<彼岸花を見に(新美南吉記念館) その5 | ホーム | ノロウイルス罹患>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://rontako.blog39.fc2.com/tb.php/1779-28c63041
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
AX