06-21 Sat , 2014
北海道、青森旅行5日目(青森で同性の婚姻届提出を見守る)
今回「旅行しよう!」って決めたのは、青森に住む友人から「6月に役所に婚姻届を出そうと思ってるんだけど、元気だったら見守りに来て」と言われたのがきっかけだった。

わたしはいつか、青森に行きたいと思っていた。今回のことがなくても多分行ってたと思う。もっと後になっただろうけど。それは以前、この友人とは違う別の地方に住む人がtwitterで「東京の人は自分の地元に行きたい、行きたいって言うけどほとんど来ない。地方に住む人ばかりが東京に何度も行っている」と呟いているのを見たことがあったからだった。

地方に住んでて東京に友だちがいるけど、結局いつも会うのは東京でばかり、という経験はわたしもしてる(わたしの場合は東京に住んでたことも地方に住んでたこともあるから両方経験してるけど)。確かに東京の方が人がたくさんいるし、ものもイベントもたくさんあるから、イベントに行くついでに友だちに会って、なんてこともできる。できるんだけど、自分だけがいつもいつも東京に行くっていうのは、なんだかなーって思ってしまう気持ちもあるんだよね。だからその友人には「いつか青森に行くね」って言ってたんだけど、ちょうどいい機会だし行ってみようって思ったのだ。

ちなみにその友人と初めて会ったのは、いつ、どこでだったのかちっとも覚えてない(笑)ただ、わたしがこっちに戻ってきたのは2005年だし、その翌年から性的少数者などの集まりに行きだしたので、おそらく2006年か2007年から知り合いだったんじゃないかなと思う。今回友人と「初めて会ったのはいつだっけね」と話をしたんだけど、双方とも覚えてなかった。ただ、それからもつかず離れずでその友人とは「すっごく仲が良い」ってわけじゃないと思う。いつも偶然どこかで出会って、少し話してからまた離れる、って感じ?だけど、わたしはその友人をとても尊敬してるし、信頼もしている。

その友人はとても目線が低い人。生まれ育ってきた環境が全く違うのでそれは仕方がないことだと思うのだけれど、わたしはいつもその友人の目線の低さに脱帽する。わたしは同じものを見てもその目線にはなれない。まぁそれはそれで仕方がないことだと思うけど、でも、いつも言ってることを聞くと「ああ、すごいな」って思う。そこら辺はうまく言葉では言い表せないんだけど、自分には持っていないものを持っている人。だから尊敬している。

実はわたしがレインボー・アクションって団体で、2年前かな?ゆるカフェとかもカフェってのをやってみようかなって思い始めたときに相談したのが、その友人だった。こういうものをやってみようと思ってるんだけどどう思う?って。もちろんレインボー・アクション内で事前に話し合ってもいたけど、そことは関係ないところで誰かに相談したいと思って思い浮かんだのが、その友人だった。

まぁその友人とは、そういう関係。

さて、旅行5日目。まず、函館から青森に向かった。

実は青森に行くのはこれで2度目だったんだけど、そのときは船で行ったので(昨日書いた大学3年生の時の漁業実習で、小樽に上陸した後、太平洋側を通って晴海に帰ろうとしたところ、台風が来ているということで陸奥湾に停泊ということになり、そのついでだから青森に上陸しようということになった。で、余談だがちょうどその日は「ねぶた」の日で街中すごい人、すごい鈴の音だったのを記憶している)陸路を通って青森に行くのは初めてだった。

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確か「スーパー白鳥」って電車だと思うんだけど、これで青森まで2時間くらい?間、30分くらいは青函トンネルの中だったかな?青函トンネルに入る前にもいろんなトンネルをくぐるんだけど、丁寧に「次は第一○○トンネル」だとかの表示が出た。青函トンネルに入ってるときは「この上は海なんだ」って思うと結構怖かった(笑)「トンネルが水圧で潰れたら、一瞬のうちに死んでしまうんだろうな」とか思ってた(笑)でも、こうやってどこでも地下では地続きなんだよなって思ったら、とても不思議な気持ちがした。そして人間は普段は地球の表面で細々と暮らしてるんだよな~って思った。

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青森駅に着いたんだけど、青森駅って業務用エレベータしかないんだって。だから車いすとともにわたしも普段は一般人が通れないところを歩いたんだけど、これは貴重な経験でした。チラシとか駅舎を季節ごとに飾る物(造花とか)がたくさん置いてあった。すごい古びた感じのところだった。まぁ一般客用のエレベータが整備されないくらいのところなんだから、職員用の通路なんかにはお金はかけられないんだろうね。

駅を出て、取り敢えずホテルに荷物を置いて、それから昼ご飯を食べて、友人のところに行った。前回いつ会ったのか思い出せないほどで(笑)、でもまぁ変わってなかった。他の人もたくさん来てたんだけど、みんな知らない人ばかり。わたしはこういうとき、知らない人に話しかけるのが苦手なんだよね~。そして多分「話しかけづらそうなオーラ」を出してるんだろう、絶対に向こうからも話しかけてこないんだよね(爆)以前はそれでも無理矢理こちらから話しかけて知り合いになりたいって思ったりもしたんだけど、最近はまぁいいや別にって感じなので、ほとんど黙ってた。そのうち幾人かと知らないうちに話したりもしたんだけど、どこの誰かを全然聞かなかったので、今になっても誰なんだか分からない人が結構いたりする。まぁ縁があったらまたどこかで会えるやね。

なんとなく役所に行くのは15時って決めてたみたいなんだけど、でも結局それより早く役所にみんなで行ったみたい。友人のパートナーさんは「緊張する~」って言ってたけど、わたしにはあんまりピンと来てなくて。

そもそも友人が「同性同士で婚姻届を役所に出そうと思う」って聞いたとき、わたしは「うわー、すごいな」って思ったの。前々から「日本で同性同士で婚姻届を役所に提出した話を聞いたことがない。誰かやればいいのに」って話は聞いてたし、わたしらもしてた。誰も提出していないところで「日本では憲法24条に『両性の合意』って書いてあって、だから結婚は男女しか認められてない」って言われてたけど、でも誰も提出してないんだから、本当に受理されないのかは分かんなかった。今まで分からないところで議論してたわけだよね。もしかしたら受理されるかも知れなかったんだから。きっと今まで同性同士で婚姻届を役所に提出した人たちはいたのかも知れないが、でも、その話は一般に性的少数者の活動をしている人の間では聞こえてこなかったんだよね。

わたしらも「婚姻届出そうか」って話はしたことがある。けど、わたしはともかく、彼女の方はカミングアウトしてない親や身内がたくさんいる。もし婚姻届を役所に提出したとして、カミングアウトしてない親や身内の人が知ったらどうなるだろう、って考えるととてもじゃないが怖くてそんなことはできなかった。だから「もし、わたしらがうんと歳を取って80歳とか90歳になってもまだ日本で婚姻届が出されてない状況だったらそのときは出そう。80とか90になればもう怖いものなんかないもんね」って話をしていた。

だから今回、友人らが婚姻届を出すって聞いたときに「すごいな」って思ったのだ。きっとそこからすぐに「裁判だ!」って考える人もいるだろうし、それ以前に「婚姻届を出すとは、婚姻制度を強化する恐れがあって許せん」って考える人もいるだろう。婚姻届を出すってことは、そんなぐちゃぐちゃところに自分の身を置くということだ。それを考えると、とてもじゃないがわたしには怖くてそんなことはできない。それを敢えてやるということがどんなにすごいことなのか、いやおそらく友人たちは「すごいこと」とは考えてなくて、ただ「やってみなきゃ分からない。今後なんてどうなるか知らない」って思ったのかも知れない。婚姻制度の強化については確かにそれはそうなのだが、でも、だからといってわたしらに「権利がない」状況は事実なのだ。いや、「権利がない」状況はもしかしたら「そう言われている」だけで、婚姻届を提出したら受理されて得られる権利なのかも知れない。今まで誰もそれをやってこなかったので、そういうことすら分かっていないのだ。だから受理されなかったとしても、それは今後のための第一歩。何も、誰も分からなかったことからの一歩なのだ。

役所に着いて、まず整理券を取った。そこから番号を呼ばれるまで結構待った。わたしは遠くにいたので聞こえなかったのだけど、友人のパートナーさんが「婚姻届を出しに来た」って整理券配ってる人に言ったら「おめでとうございますって言われた」って言ってた。

青森市役所は寒くってね。なんかすっごく風の通りがよくて寒かった。だけど、地元の人はほとんど半袖を着てた。。わたしは上着をホテルに置いてきたことをとっても悔やんでいた。一応、長袖Tシャツだったんだけど、それ1枚だったから本当に寒くて寒くて。。

そしていよいよ番号が呼ばれて友人たち2人が役所の人に婚姻届を提出した。

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総勢10人ちょっとで行ったと思うんだけど、みんな二人の様子を見るわけでもなく、知り合い同士で話すわけでもなく、ただ、受付の前にずらっと置いてある長いすに座ったままずっと前を見ていた。わたしは長いすの最後列の後ろでずっと立ったんだけど。おそらくあそこにいた一般市民の人は、誰も今、婚姻届を出した2人を見届けているなんて思わなかっただろうなと思う。

わたしは婚姻届を提出した二人と役所の人の会話を聞いたわけじゃないし聞こえてきたわけじゃないので、ここからはわたしの見たままなんだけど、役所の係の人はまず、二人の話を聞いた後、一旦奥に行った。これはおそらく推測なのだが、係長クラスの人に聞きに行ったんじゃないかと思う。そしてその後長い間戻ってこなかった。これもおそらく推測なのだが、自分でいろいろ考えてたんだろうと思う(受理できないのであれば、法律の根拠が必要なので)。

その間わたしたちは上に書いたとおりずっと前を見ていたのだが、全然関係ない役所の人数人が書類棚の影からちらちらっとこちらの方を見た。それもちらっと見てはすぐに書類棚の影に隠れる。こちらを見て「一体、どういう人たちなんだろう?」って思っているような好奇の目。わたしはすごく嫌な気がした。しかも、後であのとき来てたみんなと話したら、全員がその視線に気が付いていた。あそこでは誰も何もしゃべってなかったのに、みんなチラチラ見られていたことに気付いていたのだ。役所の人は隠れながら見ているので気が付かれないと思ってそういうことをやったのだろうが、全くそんなことはなく、みんな気が付いていた。役所には実に様々な人が来ると思う。「何か訳ありげ」な人が来たら、役所の人(おそらくその中でも数人だと思うけれど)はそのたびにああやって書類棚の影からちらちらと見てるんだろうか、、あれは本当に止めて欲しいと思ったし、誰が来たってちらちらと向こうから見られる筋合いはない。本当に感じが悪かった。

わたしはずっと係長らしき人の姿を見ていた。係の人が相談に行って、何かあるなら係長自身も動くはずだと思ったからだ。しかしその人はずっと動かなかった。途中で電話したり(電話があったのか自分から電話したのかは分からない)してたけど、それが今回の婚姻届と関係あるとはあまり思えなかった。

正直、係の人が奥に引っ込んでからこんなに待たされるとは思ってもみなかった。婚姻届を提出した二人はずっと受付のところに座ったままだし、係の人はいつ帰ってくるかも分からない。「こんなに待たせるんだったら『時間がかかるので何分後に来て下さい』って言って解放してくれよ~」って思った。戸籍の届出の待ち人数も、まぁ1人か2人だったが少し増えてたし、友人たちがいるところ以外の受付は1つしかなく、他に待ってる人にとってはかなり時間を取られたんじゃないかなと思ったからだ。

そうこうしてるうちにやっと係の人が戻ってきた。分厚い黒い六法全書らしきものを持ってきた。そこで友人たちはいろいろと係の人とまたやりとりをしていた。聞くところによるとここで「両性の合意の両性というのは、一般に男女のことです」って言われたらしい。

あー、あれからしばらく経ってしまったんで、ここら辺の記憶は薄いな。長く説明されたのか、短かったのかはよく覚えてない。もしかしたら、ここで友人が泣いてしまって、役所の人が後ろに置いてあるティッシュを取って渡したかも知れない。わたしはそれを見ながら「なんでここにティッシュなんて置いてあるんだろ」って漠然と思ってた。友人がなんで泣いたかは後で聞いたんだけど、覚えてない(^^;確か、役場の人にちょっと無遠慮なことを言われてそれで泣いたって言ってたような、、

しかし、役所の人が手に取りやすい後ろの方にティッシュが置いてあったってことは、ここで戸籍届や戸籍の変更届を出す人は、何かいろいろ事情があって泣かれるのかなあって後で思った。婚姻届が受理されてうれし泣きをする人がいるのだろうか、誰かと縁を切ってうれし泣きをする人がいるんだろうか、子どもの出生届をして嬉しくて泣くのかなあ?誰かが亡くなって、抹消届を出すときに悲しくて泣くんだろうか。そう考えると、日本人の人生の節目には戸籍が付いてくるもんなんだよね。なんか複雑。わたしは基本的にこんなんで人間の関係性を縛られたくないと思う。「家族」ってだけで誰かの面倒を見なきゃいけなくて、「家族じゃない」ってことで誰かの死に目にも会えない。家族かどうかを判断されるのは、すべて戸籍にどう書いてあるかによる。今、もし彼女が倒れて意識不明になって面会謝絶になったとしたら、法律的に家族(というか親族)じゃないわたしは病院側に面会を断られる可能性が大きい。わたしと彼女の関係はそういう危険性を常に孕んでいるってことなのだ。そしてこれが「権利がない」ってことなのだ。

というわけで細かいところはよく覚えてないんだけど、覚えてるのは「あと1時間くらいしたらまた来て下さい」って言われたことだった。そのときの時間はもう16時頃で「え、役所って17時までなんじゃないの?」って聞いたら「ここは18時までやってるって言われた」って言われたことだった。1時間待たされる理由は「婚姻届を受理できないのだが、今まで婚姻届の不受理の証明をしたことがないので、それについて内部の者と検討する」って言われたり「不受理すること自体がまだ分からないので、その点を含めて内部の者と検討する」って言われたり、どっちがどうなんだかわたしにはよく分からなかった。なのでこの時点では「もしかすると受理される可能性もまだ残ってるのかもよ?」って言ったりしてた。もし受理されたとしたら、わたしも彼女とここで婚姻届を提出しちゃおうか、なんてことを勝手に思ってたりした。

1時間待たされるというので、見守っている人たちと友人ら全員がそこを立って、近くの喫茶店へ行って時間を潰した。話がついたら携帯に電話がかかってくるとのことだったが、1時間と10分経ったときに、役所の人から電話があった。なので、もう一回、役所に向かった。

17時過ぎた役所はもうあまり人がいなかった。特に戸籍の受付は待ってる人は誰もいなかったんじゃないかな?なので係の人にすぐに呼ばれて、そしていろいろ説明を受けているようだった。もう結論は出ているので早かった。結果は不受理。なので提出した婚姻届は返された。不受理証明が出るので、希望するなら出しますよってことで書類を書かされたんじゃないかな?聞くところによると、1通450円だとか。勝手に不受理しながら、不受理証明は金取りますよ、っていうのはなんとも納得がいかないところであるけれど、まぁ市長の公印ついてるから仕方がないんだろうなあ、、

しかし、不受理証明をもらうまでがまた、時間がかかってね~。結局不受理証明を受け取ったのは17時40分頃だったかな。不受理の理由は「憲法第24条第1項」だった。そして役所として、地方法制局(要するに国の機関)に問い合わせたとのことだった。地方法制局から本庁(法務省)に問い合わせたかどうかは知らない。問い合わせ内容も不受理理由はこれでいいのかを聞いたのか、それとも不受理証明の書き方を聞いたのかは知らない。

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日本国憲法第24条第1項を根拠とする不受理というのは、要するに「両性の合意」の「両性」というのは、男女に限るもの、と解釈されたようだった。

日本国憲法第24条
一 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

不受理されたって分かったときに、一番に思ったのは「ああ、わたしと彼女の関係は国では認められないってことなんだな」ってこと。もちろん国に認められるだけがすべてじゃないと思うよ。別に国のお墨付きをもらわなくたって、わたしと彼女は付き合って14年目になるんだから。一緒に暮らして8年経つんだから。けど、上にも書いたように「認められない」ってことは、権利がないってことなのだ。財産をもらう権利がない。配偶者控除がない。公営住宅にも入れない。死に目に会えないかも知れない。彼女が判断能力を失ったとき、自分がどんなに彼女のためになるようなことをしたいと思っても、法的には無関係なのでできない。世間が彼女を「パートナー」として認めてくれない。男女という組み合わせであったら、そこには愛情など何もなくても紙切れ一枚で婚姻が認められ、夫婦としての権利が与えられる。わたしらはどんなに相手を思いやってもそれが認められない。もちろん、愛情があることが何にも増して一番だとは思わないけどさ。でも同性同士の婚姻は、双方がどんなに望んだとしてもこの国では認められない。

それが、この日、正式に分かったことだった。

もちろんわたしはこの判断はおかしいと思っている。この憲法が制定された時点で、なぜ第24条に「両性の合意」という文字が入れられたかという経緯を考えると、それは決して「同性婚の禁止」を意味していたわけではないからだ(ここら辺のことは「新憲法の誕生 (中公文庫)」を読むといい。この本は、現在の日本国憲法がどのように誕生したのかが非常に詳しく書いてある。一部の人が言うように、日本国憲法はGHQの押しつけでたったの1週間でできた、なんてことは全くない。逆に日本人の政治家や官僚がいかにして自分たちにとって都合の悪いものを現憲法から排除しようとしてきたかがよく分かる本だ)。「両性の合意」という文言は一般に「家庭生活における個人の尊厳」そして「男女平等の観点」から入れられたと言われている。

戦前の明治憲法下では婚姻は家と家同士の結びつきだった。婚姻は両家の家長同士で決めることができ、そこに結婚する本人たちの意志はなくても婚姻させることができた。だから現在の憲法では「両性の合意のみに基づいて成立」、すなわち本人たちの意志、本人たちの合意がなければ婚姻することができない、とされた。わざわざ「両性」という文言になったのは、その当時、同性で婚姻するということは想定外であったからだと思う。想定外であることは、すなわち憲法制定時には同性婚という概念がなかった、ということは、この憲法は同性婚を禁じているわけではない、と解釈されるべきではないか。まぁこれはわたしの考えじゃなく、わたしが自分で考えたわけでもなく、一般に同性婚を認めてもいいと思っている人たちの考えだけどね。

それから一般的に法律のことを考えるときには「立法の主旨」を一番に考えないといけないよね。「立法の主旨」とは「なぜこのような法律が作られたのかを考えろ」という意味だけれど、これを考えることなく、ただ法律に書いてあることの文言だけで判断されることは許されない。でも、今回のこれは、どう考えても「立法の主旨」は考えられていない。ただ文言が「両性」になっているから、「両性」とは一般的に男女を差すから、ってことでしか判断していない。明らかにこれは間違った判断だとわたしは思う。憲法は改正せずとも憲法24条の立法の主旨を考えたとき、これは同性婚は禁止していない、むしろ個人の尊厳を尊重し、法の下の平等を尊重する現憲法の理念に即して考えると同性婚は現憲法の下で認められているものと思っている。

それにしても、、悔しいよね。わたしは本当に悔しかった。それに悲しかった。わたしたちの関係が国から認められない。国は認めてくれない。それが本当に悔しくて悲しかった。

まぁだからといって、わたしが婚姻制度を欲しているかというとこれはまた別の問題なのだけどね。これをいうと読んでる人の頭がぐじゃぐじゃになっちゃうかも知れないのだが、実はわたしは特に彼女と婚姻したいとは思っていない。特に現時点の婚姻制度の下ではね。それは「夫婦同姓」ってことが実は大きい。わたし、彼女の名字になりたいとか思ったことないし、彼女に自分の姓を名乗って欲しいなんてことも全く思ってない。わたしが狙っているのは同性同士の事実婚の関係だ(彼女はどう思ってるのかはわたしは知らない)。しかし、今は同性同士の婚姻が認められない以上、同性同士の事実婚という概念も有り得ない。事実婚は法律婚あってのものだからだ。だから、わたしは同性婚を求める。もちろん事実婚はイコール法律婚ではない。事実婚は遺産相続が認められてない。そういう点があるけれど、でも、わたしは今のところは事実婚がいい。ただ、中にはやっぱり「同性婚したい」って人ももちろん多いだろう。異性愛者は結婚するかしないか、法律婚するかしないかを選ぶことができる。でもわたしらにはその選択肢は全くない。その選択をしないまでも選べるか、選べないかということは全然違うことなのだ。だからわたしは同性婚を求める。

わたしの友人がこの不受理を受けて今後どうするかは知らない。友人たちのことだから、この辺はしっかりと自分たちの考えの元に進んでいくと思ってるし、その判断をどうしようとわたしは友人たちの考えを尊重する。

わたしは今では全くtwitterを見なくなってしまったので、今回、いろいろ反響があったらしいことは知っているが、具体的に誰が何をどう言ってるかは全く知らない。でもやっぱり、いろいろな反響があったらしいと聞くと今後、友人たちの知らないところで何かがあったり、何かを言われたりすることがあるんじゃないかと心配している。

不受理証明を受け取って、役所を後にした。

夜は、お店を貸し切って「残念会」をした。手巻き寿司やらホタテの焼いたのやらがたくさん出て、とっても美味しかった。この頃には誰かは全然分かんないけど、来てた人と話すようになって、いろんな話をした。

わたしはまた、青森に来たいと思った。今度はこんな特別な日じゃなくって、何でもない日に行きたいと思った。多分、絶対にまたここに来る。そう思った。

夜の10時過ぎにみんなと別れてホテルに帰った。
いい日じゃなかったけどいい日だった。

翌日はいよいよ帰京する日。
この旅の終わりの日。
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