03-18 Tue , 2014
60万回のトライ
今日は渋谷に「60万回のトライ」って映画を観に行ってきた。

この「60万回のトライ」というのは、大阪朝鮮高級学校ラグビー部を題材としたドキュメンタリー映画だ。わたしは基本、スポーツは野球にしか興味がないので、大阪朝高のラグビー部が全国的に強いことなどは全く知らなかった。というか、ラグビーはルールすら知らない。。どうやったら点が入るのかとか、何をすればいいのだとか。ノーサイドとかワンフォーオール、オールフォーワンという言葉は知ってたが(これは以前テレビでやってた山下真司が出てくる「スクールウォーズ」を見ていたためと思われる)、知ってるのは本当にそのくらいだ。日本のラグビー界については、多分、ものすごい基礎知識的なことも全然知らないだろう、、って決して自慢しているわけではないのだけれど。

この映画を見終わった後、一番に感じたのが「マッチョな世界だなあ」ってことだった。それがラグビーの世界だからなのか、在日の世界だからなのか、大阪だからなのかは、わたしには分からない。飲み会の席で、OBと思われるおじさんたちがいきなり洋服を脱いで筋肉美を自慢する、みたいなのはそのどれにも当てはまるのだろうか。その後のボケとツッコミみたいな仕草は大阪ならではなのかなってちょっと思ったけれど。。

正直、わたしはこういう世界は苦手だ(笑)それは「女には入れない男の世界」というのを感じて疎外感を持つからだ。女はあくまでもマネージャーとか、支えるしかできなくて、主役にはなれないからだ。そこがとても複雑な思いがするのと、あとはわたしはもともと身体を動かすことが大嫌いなので、スポーツはほとんどやってないから、女性を含めたスポーツ選手に対して一種の「羨望感」があり、そのことから起こる「嫉妬心」なのかも知れない。

スポーツは男女を問わず、多かれ少なかれマッチョな世界なのかも知れないけど、もちろんマッチョなのがいけないと言うつもりはない。わたしが「あーこういう世界には入って行けないなあ」って思うだけ。ただ、野球とかサッカーとか、今までいろんなドラマやドキュメンタリー、あと生の試合を見ているが、やっぱりそれらに比べてラグビーは身体と身体がぶつかり合うスポーツだからか、体型的にもマッチョだよね。わー暑苦しいって感じ←失礼

映画の大半はラグビー関係のシーンだったので、一見すると「高校生の青春もの」って感じもして、それはとてもさわやかだった。試合中に怪我をしてしまう子が何人もいて、それによってレギュラーになれる子なども出てきたり、試合がベストメンバーで戦えなかったりする。そういうのを見るとなんか、現実ってドラマみたいなんだなってつくづく思う。試合中、脳しんとうを起こして試合に出られなくなった子が、準決勝前に自分のユニフォームを2年生の子に渡すところなんか、本当にドラマみたいだった。でもたった106分しかない中で、各個人の個性が分かるんだよね~。主将は本当に頼りがいのある主将って感じだったし、おちゃめな子はおちゃめ、真面目な子は真面目って感じ。。もちろん、この映画の中では「キャラが立った子」を中心にしてるんだろうけど、それでもその撮影する目がすごく優しいというかね、優しいからこそ、生徒たち誰もがすごくかわいく撮れてる。ああ、いい関係で撮影できたんだな~って思えるんだよね。

だけど話はこれだけじゃなくて、やっぱり朝鮮学校の補助金削除などの問題も当然絡みがある。映画の中に2回ほど、橋下元大阪府知事が出てくるんだけど、もうね~、腹立つわ(笑)「大阪代表で花園に行ったら当然応援に行きますよ」と笑顔で言ったその日に補助金削除を決定するわ、「朝鮮高校ラグビー部には頑張って欲しいです」と言いながら「朝鮮学校に補助金を出さないのは当たり前でしょ?よその国だって同じことが起これば僕と同じ対応をしますよ」と言い放つ。アンタ、弁護士なら人権守れよ!!人権守らん弁護士がどこにおるんや(っていっぱいいそうだが、、、)。そして当然のことみたいに路上に出て署名を訴える生徒ら、、まぁその前にもこの学校はグラウンド裁判なども起こってるわけなんだが。この人たちがなんでこんな嫌がらせに遭わなければならないのか。なんでこんなに「理解される努力」をしなければならないのか。そして「善良なこと」を求められるのか(そこですぐに「北朝鮮が!」って言い出す人もいると思うのだが、前にも書いたとおりこれは「教育を受ける権利」の問題、しかも「少数民族が少数民族として教育を受ける権利」の問題で、本国がどういう国であろうが少数民族の権利は護られるべきである)。

ああ、悲しい。わたしはやっぱり悲しい。なぜ日本はこんなに寛容じゃない国なんだろう。さらに寛容じゃなくなることを今なぜ、多くの人は求めているのだろう。

とはいえ、映画を観てるとやっぱり、わたしも違和感を感じることがある。それは言葉。朝鮮語に違和感があるのではない。彼らがその言葉を「使い分けている」ことが妙に気になる。いい悪いじゃなく、単純に気になる。学校内では朝鮮語で話すと聞いたことがある。けど、なんだかとっても「日本の言葉」が聞こえるような気がするのだ。わたしは朝鮮語は全く分からない。だから、どの単語が日本語と朝鮮語、共通の発音の言葉なのかは分からない。だけど、彼らの話している言葉を聞くと「なんか日本語と朝鮮語って共通の発音の言葉がたくさんない?」って思えちゃうのだ。「全く分からない朝鮮語」の場合は、字幕だけ見ればいいので、あんまり気にならない。けど時折混じる「意味の分かる単語」を聞くと、字幕を読めばいいのか、耳で聞けばいいのか、無意識のうちに頭がこんがらがってる。これはとても疲れる(笑)

あと「使い分け」というのがね。福岡かどこかだったと思うが、ラグビー部が試合に来たので、地元の初級学校の生徒を訪問するシーンがある。体育館で歓迎会が開かれたが、そこでの質疑応答はもちろん朝鮮語だ。ところが帰りのバスの中で大阪朝高の子がしゃべってるのは日本語だ。バスの中では日本語をしゃべりつつ、見送りに来たバスの外にいる児童に対しては「あんにょんー」(だったかな?)って朝鮮語を使う。彼らにしてはほとんど無意識のうちにできることなんだろう。けどわたしはそれがとても不思議でならなかった。もちろん公式には朝鮮語で話さなければならないのだろう。わたしの目からすると、彼らは日本語も朝鮮語も両方不自由なくしゃべれるように見える。だったらなんで朝鮮語だけで話さないのか?それともやっぱり日本語で話す方が楽なのかな、、?

それからやはり福岡のシーンでだったか、朝鮮学校ラグビー部の父、という人が出てくる。全源治さん(残念ながら今からつい20日ほど前に亡くなられたらしい)という人らしいが、この人がラグビー部の部員に対して一言言う場面がある。そこでももちろん朝鮮語だ。しかし「慢心するな」ということを言いながら、ある一部分だけ「日本語の台詞」なのだ。ある一部分というのは「『俺は強いんだ』と思わないように」という「俺は強いんだ」という言葉だけが日本語だったのだ。わたしはそれを聞いて頭が「???」だった。どこでどう使い分けてるんだ?あの部分はなぜ日本語で言わなければならなかったのか?って思った。

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。

あとは3年の子どもたちが修学旅行で「祖国」に行く話。もちろん韓国籍である監督はそこに付いていけるわけじゃないので、誰かに託したカメラの映像なんだけれど、なんていうかね、不思議なんだけど「ああ、彼らはここに行けるけど、わたしは行けないんだ」って思ったの。その感覚がとても不思議だった。だって、わたしは普段、どこでも自分の行きたいところは行けると思っている。日本国内はもちろん、今行きたいなって思ってる外国は、スペインだったりキューバだったり韓国だったりするけれど、金と時間さえあれば、わたしはそこに行ける。それは当然のことだと思ってる。けど、行けないところだってあるわけなんだよね。でもそこに行ける人もいる。なんでわたしはそこに行けないの?って思う。それがとても不思議、、まぁ日本国内でも自衛隊の施設や米軍基地なんかは入れないと知ってますよ。だけどわたしはこんなに自由なのに行けないところがあるの?って思っちゃうのだ。

在日は、在日全部と言っていいのか悪いのかは分からないけど、この人たちは日本と韓国、北朝鮮を繋ぐ人たちなんだなって思う。わたしは以前、朝鮮学校サッカー部の人の話が書かれてる「祖国と母国とフットボール」って本を読んだことがあるのだが、もう、国籍と国とがぐちゃぐちゃしてて、わけ分からんようになってた。この3つの国を行き来できる人たちであり、一方で国籍を選ばなければならない人たちでもあり、そういうことは彼らの持っている権利ではなく、歴史が彼らをそうさせたわけであり、その歴史は悲しい歴史だ。3つの国を行き来できる彼らが羨ましいと思う一方、別に彼らの意志でそうなったわけではないことも理解しなければならない。結局、どういう風になるのが今後、彼らの一番の幸福に繋がるんだろうって考えることがある。朝鮮半島は統一され、そして日本で少数民族として暮らしていけるのが一番なのかな。でもそうすれば、わたしだってどこにでも行けるってことだよね(もちろん日本と北朝鮮が国交回復すれば、その時点でわたしは北朝鮮にも行けるということになるけど)。

この映画は元々、韓国人である監督さんが、韓国でほとんど知られていない「在日」について知ってもらおうと思って撮り始めた映画なんだそうだ。この映画の中でも朝高の選手が(日本に交流試合に来た韓国の選手から)「風呂場でお前は日本人だって言われた」ってシーンが出てくる。監督さんは「ごめんね」というナレーションを入れていたけれど。。そして今日、韓国でもなんちゃらっていう映画祭にこの映画がノミネートされたって、上映が終わった後、監督さんが言ってた。韓国でもたくさんの人に観てもらえるといいですね。

映画の最後に朝高を卒業したラグビー部の選手だった人たちが、今は何をやっているかが出てくるんだけど、日本のラグビー代表(under 20以下だったかな?)になってる人たちが多いのね。わたしは日本国籍を持ってないと代表にはなれないのかと思ってたけど(野球もサッカーもそうだし)、どうやらそうじゃないみたいなのね。一定の条件があるみたいだけど。わたしは素直に頑張って欲しいって思ったよ。ルールは全く分からないけど、これからちょっと注目しちゃいそう。そして大阪朝高もいつかは花園で日本一になれるといいね。こう書くとまるで朝高びいきみたいだけど、仕方ない、他のところは全然知らないのだもの。きっと他の高校でも同じようにドラマがあるんだろうな。まぁそれはスポーツ全般に言えることなんだけどね。

観終わったあと、自然に大阪朝高ラグビー部を応援したくなる気持ちになってしまう、ということは、監督さんがそういう想いでカメラを回したと言うことなんだよね。それが十分伝わってくる映画だったと思う。

それから映画の中の音楽なんだが、わたし最初「このヘタウマな感じは、高校生の吹奏楽部が一生懸命吹いてるのかしら?」って思ってたけど、よくよく聞いてみれば、これ、去年NHKの連続ドラマでやった「あまちゃん」の音楽を担当された大友良英さんが作曲したものだったのね。そういやなんかとても「あまちゃん」に出てきた音楽と作風が似てます(笑)わたしがこの映画を初めて知ったのは、去年の9月だったかに、同じ監督さんたちが撮影した「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-20」+続編「After School」を観に行ってからで、そのときに「今、あまちゃんで音楽を担当されている大友さんが、この映画の音楽担当ですよー」って言われたんだよね。あまりにもさりげなく出てきたんで、すっかり忘れてた。でも音楽の記憶は強烈に残ります。映像と音楽がとてもマッチしてた。

この映画、まだ28日まで渋谷でやってるみたいなので、是非どうぞ。ラグビー全然知らんわたしでも楽しめましたよ。25日までは毎日ゲストが来ているそうです。映画終了後にトークショーがありました。

最後に「北朝鮮」という名称についてなのだが、本来この国の名前は「朝鮮民主主義人民共和国」であり北朝鮮って名称じゃない。だから本当は朝鮮民主主義人民共和国って書けばいいんだろうが、なんかとても長たらしい感じがして変なので使うのは戸惑っている。中にはDPRKって書く人もいるんだけど、なんかそれも特別な記号みたいな気がしてちょっとって思ってる。普段からアメリカのことをUSAって書いてる人だったら、まぁ違和感ないのかなって思うけど。あとは「共和国」って言う人がいる。でも共和国はここ一つではないから、わたしは共和国とは呼べない。ってわけで、一般的に日本で呼ばれている「北朝鮮」を使ってるわけだけど、なんかそれも違和感感じながら使ってる。。わたしは一体、あの国をなんて呼べばいいのだろうか。。
19:59 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
いい記事を読ませて、頂きました。

特に

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。

鋭い!観察ですね。

日本語が楽なのが正直なところですね。朝鮮語を話す時は、日本語を朝鮮語に訳して話してるのでしょう。ゆえに、訳せない場合(表現が日本語が楽)は日本語になる。

日本語は「敵国言葉」(笑)でな無く、生活言葉なのでしょう。
Posted by: 名無し at 2014/03/28 08:12 URL [ 編集] | page top↑
>名無しさん
コメント有難うございます。

名無しさんは朝鮮学校に通ったことがある在日の人でしょうか(勝手に決めつけて済みません)。

そうか、学校で話してても日本語の方が楽なんですね。まぁ確かに学校以外は周囲に日本語が溢れてますもんね。でもわたしからすると、学校だけの教育で、あんなに話せるようになるなんて信じられない。。

日本語が生活言葉、言われてみるとそうなんだろうと思います。生活言葉以上のものでも以下のものでもないと思いますが、でも、言語に付随するいろんなことを考えるととても複雑な気持ちになります。

ただ、いろいろ考えるうちに、わたしが日記に書いた「違和感」って、在日のことを何も知らない人が在日の人に対して「日本語上手ですね」と言ってるのと同じなんじゃないかと思えました。わたしどこかで「朝鮮学校に通った人は日本語と朝鮮語を同じようにしゃべれる」って思い込んでたのかも知れないです、、
Posted by: ron at 2014/03/28 12:04 URL [ 編集] | page top↑
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