03-19 Wed , 2014
それでも花は咲いていく/前田健
この本は以前、友人に「この本いいですよ」って言われて、図書館で借りて一回読んだのだけれど、非常に心に残る本だったので、購入してもう一回読み直し、そして感想をきちんと書いておこうと思ったので書いている。けど、、多分思うことが多すぎて、ぐっちゃぐちゃになる、かも(^^;

わたしはこの本を書いた前田健という人は、芸人であるってことと、ゲイとカミングアウトしてるってことしか知らない。どういう芸をしてるとかは全く知らない。まぁでも知らなくても全然この本を読むのに困らなかった(と思う)。知ってたら「えー、この人こういうもの書いてるんだ」と思うかも知れないけど、別にそんなんがなくても中身だけで十分楽しめる。全体を読んでの感想だけど、これはすごーく計算し尽くされた一冊なんじゃないかなあって思う。

内容は、本人による(文庫版)あとがきによれば「セクシャル・マイノリティ」に属している人の話だという(直接こういう風には書いてないけど、文意はこんな感じ)。うん、確かに9つの短い話で構成されてて、各話は主人公も舞台も全然違う(オムニバス形式というのかな?)。そしてその中に出てくる人は、少女しか愛せない人であったり、セックス依存症(というのかな?)であったり、全然知らない異性の人の部屋に入って妄想する人であったり、SMの趣味がある人であったり、年上しか愛せない人であったり、セックスがしたくない人であったり、そしてゲイであったりして、いわゆる「成人した異性と恋愛してセックスができる人」(俗に言う「普通の人」)ではない。そういう意味ではここに出てくる主人公はみんな「セクシャル・マイノリティ(性的少数者)」である。

ところが、、いわゆる「性的少数者」の人の中で、小児性愛者とかSM愛好家(って2つ例に挙げたけど、この2つだけのことを言ってるんじゃないよ。以下も同じ)と一緒にされることをひどく気に入らない人がいる。いや、この文章からして既に「性的少数者」の中に小児性愛者とSM愛好家が入ってないってことに気が付くと思うけど。ただ、わたし自身は性的少数者の中に小児性愛者やSM愛好家が入っててもいいと思っている。思っているけど、じゃあ、普段わたしがこのブログでたくさん「性的少数者」って書いてるけど、この中に小児性愛者やSM愛好家が入っていると想定して書いているかというと、実は想定しては書いてない。なんで想定して書いてないかというと、言い訳がましく言えば、慣れとかクセなのかなあ?ただ「排除しよう」と思っているわけではない。

一般的に「性的少数者」や「セクシャルマイノリティ」という言葉は、LGBTと言われるレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(Xジェンダー含む)を中心に、パンセクシャル、アセクシャル(エイセクシャル)、ノンセクシャル(これは最近Wikipediaで削除されたようだが、、)、ポリアモリーなどを含んだ総称だ。そこには小児性愛者やSM愛好家、フケ専や二次コン(二次元コンプレックス)などは入っていない。レズビアンやゲイ、バイセクシャルは、性的指向の問題であって、トランスジェンダーは性自認の問題であると言われるが、小児性愛やSMは性的「嗜好」だと言われる。そして性的少数者はしばしば「指向」と「嗜好」は違う、と言ったりする。

確かに「指向」と「嗜好」は違う。ヘテロセクシャル(異性愛)を含む、同性愛や両性愛、無性愛、全性愛は愛情の方向性、それが異性に向くか、同性に向くか、両性に向くか、どこにも向かないか、全方向に向いているか、という「方向性」を示す言葉だ。一方、小児性愛やSM、フケ専や二次コン、セックス依存などは方向ではなく、好みだ。なので、性的指向と性的嗜好は両立する。異性愛者で小児性愛者、と言う人もいるし、同性愛者で小児性愛者という人もいる。異性愛者でSM愛好家という人もいるし、同性愛者でSM愛好家という人もいる。指向と嗜好は両立する。

指向と嗜好は明らかに性質が違う。だから、新聞や雑誌で「同性愛などの性的嗜好」と書かれると「性的嗜好じゃなく、性的指向だ!」と激怒する人がいる。そしてこう付け加える。「嗜好は単なる好みだけど、指向は生まれ持って変えられない性質だ」と。そしてそれは「嗜好よりも指向の方が上だ」というニュアンスを感じさせる。わたしもずっと長い間、そんな感じに思っていた。

だけど。「嗜好」も持って生まれたものじゃん?そして容易に変えられるものじゃないじゃん?って思う。よく考えてみるとね。なのに「嗜好」と蔑んで、下に見る。これって別に本人はそう思ってないかも知れないが、差別じゃん?自分たちが差別されて嫌な思いをしているのに、さらに差別される人が存在していいの?って思う。

おそらく、この本の著者もそういうことが言いたいんだと思う。だから「セクシャル・マイノリティ」の話の中に、一番最後の話にゲイの話を持ってきた。「指向」も「嗜好」も結局同じなんだよ、ってこの著者は言いたいんだと思う。まぁそのことに気づけるのは「指向と嗜好が違う」って知ってる人だけなんだけど。。だからね、わたしはそこに優しさを感じたんだよね。ああ、この人は優しい人なんだなって。

世の中に同性愛者と小児性愛者がごっちゃにされているなと感じるときがある。特にゲイは小児性愛者だと世間から思われている(そういやレズビアンは小児性愛者とは思われてないな)。そして性的少数者の話をすると「じゃあ小児性愛はどうなんだ」って言われることもあるのよね。。基本的に小児性愛をどう考えるかなんて、同性愛者だけの問題じゃないのに、なんで同性愛者が考えねばならんのだ?って思うときがある。そのような質問がなぜ出るかというと、同性愛が犯罪だと思ってるからじゃないかなって思うのよね。だから「同性同士で愛し合うことは犯罪じゃない」って言うと「だったら子どもと愛し合うのも犯罪じゃないのか。そうやって一つ認めると次々と認めなくてはならなくなって、社会の秩序が乱れる」って思考回路なんだと思う。だけど、判断力がある大人同士の恋愛と、判断力がない子どもとの恋愛って、全然違うと思うのよね。片方に判断力がなく、未成熟だからこそ、子どもとセックスしたら犯罪になるのだろうし。

ただね、、そう言えば言うほど小児性愛が蔑まれていくんだよね。確かに子どもに手を出した時点で犯罪だ。しかし、個人の「好き」という感情まで犯罪なんだろうかって思う。犯罪だからと言われて「じゃあ好きになるのを止めます」って言えるんだろうかと思う。その点「嗜好」であっても、好きであることはそう簡単に止められないのではないかって思うのだ。だから「指向は生まれつきのものであって変えられません。そこが嗜好と違います」という主張は間違っているんじゃないかと思うのだ。

うーん、本の感想なのになんでこんなことをつらつら書いてるかというと、最近、twitterで「小児性愛者であることを公にカミングアウトするべきでない」って感じのツイートを見たからだ。そういうことを言ってる人が性的少数者なのかそうでないのかは分からないのだけれど、ツイートした人は「カミングアウトする」ってことが、どんなにドキドキすることなのか、誰にも彼にもカミングアウトしてるわけじゃなく、自分を受け入れてもらえそうな人しかカミングアウトをしないのだってことが分かってないんじゃないかなあと思えたんだよね。同性愛者だとカミングアウトするだけでもかなりドキドキする。ましてや自分が「犯罪者」と間違えられる可能性がある小児性愛者だとカミングアウトすることって、かなりハードルが高いことだと思う。そしてカミングアウトすることは、別に「だから幼児、児童を襲いますよ」ってことじゃなく、小児愛者である自分を誰かに分かってもらいたいんだと思う。言えないことを持っていることは本当に苦しい。隠しておくことは苦しい。たった一人でも、自分の本当のところが分かってくれる人がいて欲しい、そういう感じではないのかなと思う。

この本の一番最初の話は小児性愛者の話だ。かなり、胸が痛くなる話。とても切ない。でも、それだけじゃない。この話の終わり方はこうだ。

神様――。僕は病気ですか?
僕はゴミのように燃えてなくなればいいですか?
白い手紙の破片に突っ伏して、朝まで僕は泣き続けた。
死ねばこんな僕も天使になれるのか、と思いながら眠った。
夢の中でまた奈美ちゃんが優しく僕を起こしてくれることを願いながら。

これさあ。最後の一文が気になるんだよね(笑)これがなくて「と思いながら眠った。」で終わると、とっても切ない感じに終わるの。でもこの話はこれで終わってない。死ぬことを考えている割には、愛する相手が夢の中に出てこないかなあってちゃっかり思ってる(笑)著者はこれを美しいだけの話にはしたくなかったんだなって感じるのだ。そういうところにわたしは「ああ、ちょっとしたところでもよく練られている話だな」って思うの。

そしてこの本の一番終わりの話はゲイの話だ。これもとっても切ない。相手に自分の思いが伝えられないところは、一番最初の話ととてもよく似ている。ただ、同じ切なさでも、ゲイの方は未来はほんのりでも明るい感じがする一方、小児性愛者の方はこの後、この人はどうやって生きていくんだろう?って印象を持つ。

そーなの。小児性愛者は人を好きになってもそれが叶えられることはない。手を出してしまった時点で犯罪者だから。それに子ども自身が非常に傷つくはずだ、身も心も。自分の願いが叶うことは大切に思っている相手を傷つけることに繋がる。だからといって人を好きになってしまうのを止められるはずもない。それゆえ相手には告白できず、常に自分の中だけに持っているしかない。でもそれだと苦しいから、自分の持っている悩みを誰かに言いたいと思う。けど、カミングアウトする相手を間違えたら受け入れられるどころか変態扱いされ、冷たい目で見られるだろう。そう思ったら易々とカミングアウトなんかできない。結局自分の中で気持ちを押し殺しているしかない。想像してみるに、これはとてもつらいことだと思う。小児性愛者は自分自身の願いを叶えられないけど、では一体どうすれば「ちょっとはマシ」になるんだろうって考えたことがある。でもこれは分からなかった。「同じ仲間がいる」と分かればちょっとは気持ちは楽になるんだろうかとか、「誰か自分のことについて話せる友人」がいればちょっとは気持ちは楽になるだろうか、っていろいろ考えたのだけれど。。

なのでね、上にちょっと書いたけど「小児性愛者だとカミングアウトするな」っていうのは、どう考えても酷だと思うのよ、わたし。そうじゃなく、逆にもっと社会が受け入れるようにならないと、受け入れるというと「なんでそんな変態を受け入れなければならないの。犯罪者予備軍じゃない!そんな人が社会に堂々と生きられるようになったら、子どもが危ない」って考えちゃう人もいるだろうけど、そうやって蓋をして孤立させる方がわたしは怖い。もちろん世の中では少年少女に手を出して、捕まる人もいるけれど、でも多分、必死に自分の気持ちを押し殺して普段は普通な顔してつらい思いをしながら生きている人の方が多数だと思う。彼らにつらさだけを押しつけて、こっちは平気な顔をしてるなんてできないよと思う。ただ、結局は彼らの思いは遂げられないわけだから、受け入れられる社会を作っても、一体、どの程度つらくなくなるのかなとは思う。小児性愛者の問題って、本当に難しいんだよね。

なんて、小児性愛のことばかり語ってしまったが(汗)

この本の話を読んでると、面白いことに自分が「受け入れやすい話とそうじゃない話」があるのに気が付くのね。わたしが自分が「受け入れにくいな」って思う話って、セックス依存だったりSMの趣味のある人の話だったりする。あとマザコンとか。共感しにくい、というのかな。やっぱり個人的に好き嫌いはあるようだ。この本の話、というわけじゃなく、その行為に対してね。人が好きでやってる分には嫌悪感はないのだけど(だから「SM趣味でやってます」って人がわたしにカミングアウトしてもなんとも思わない)、それを自分に当てはめて考えると、もうこれはなんとも言いようがなく嫌な気分というか、嫌悪感が湧き起こってくる。わたし「ああ、これだな」って思うの。例えば「同性愛者です」ってカミングアウトしたときに「気持ち悪い」とか「襲うな」って言われることが。別にカミングアウトするってのは「あなたが好きです」とか「あなたを襲いたいです」って言ってるわけじゃない。ただ自分が同性愛者だってことを知ってほしい、ただそれだけのことなんだけど、言われた方は自分に当てはめて想像しちゃうんだろうね。同性とセックスしてる自分なんかを思い浮かべたりしちゃうんだろう。だからすごく嫌悪感が湧き起こるんだろうね。わたしは大抵のことならカミングアウトされても大丈夫って自分では思ってるけど、でも、こういう話を読むことによって自分の中に特定のものに対して嫌悪感があるのを改めて気が付かされるので面白いと思う。まぁSM系の話を読むと毎回、こういう嫌悪感を持つのだが、、多分ねわたし、SMについては「人権侵害だ」って思っちゃうの、、好きでいじめられるというのがどうしてもわたしには分からない。だからMの人がいじめられている描写などを読むと、いじめているSの人をぶち殺してやりたくなる。「お前も同じ目に遭え」って。わたし根本的にSMが理解できないんだと思う。よく「SとMは高度な信頼関係の中でプレイしています」って言われるけど、わたしはどうしてもそれが理解できない。いじめたり、いじめられるのは本当に嫌だ。いや、分かってるよ、一般に「いじめ」と言われているいじめとSMは全然違うって。でも、わたしの中では同じなの。同じって言うか、違うと分かってるけど、感覚的に同じものと捉えてしまうの。

ってSM嫌いを熱く語ってしまった。でもわたしは別にSM愛好家の人を否定はしてないからね。自分の中でものすごい嫌悪感はあるけど。

この本の話の中の主人公は、男もいれば女もいる(そういえば性が揺らいでる人の話はなかったな)。男が主人公の話は割と結末が救いようがないってのも見られるけど、女が主人公の話は結末がハッピーエンドというか、一段落して終わるものが多いように思えた。これは、どういうことなのかな。わたしはセックス依存の女の人は、ああいう結末じゃなくもっとズタボロになって終わればいいのにって思ったのだけど、そうはなってない。二次コンの話も「あら、この人は二次コン卒業なのかしら?」って思わせるような結末だ。ところが男が主人公の話は厳しいものが多い。これは著者が女性に対して優しいからか、それとも男の「セクシャル・マイノリティ」は社会的に厳しいものが女性より多いからか。異性の部屋に忍び込んでそこで自慰行為をする、なんて、男には有り得ると思っちゃうけど、女の人でそれをやる人いるのかな~って思ったりもするしね(それは男性に対する偏見だと言われるとそうかも知れない、、)。って考えると、著者がなぜその「嗜好」を選び、その「嗜好」それぞれに男と女を当てはめていったのかと考えるのは興味深い。アセクシャル(無性愛)は女性が当てはめられてたけど、わたしは男性が主人公の話が読みたかったな~。

話の結末の好き嫌いも、もちろんある。さっきも「もっとズタボロになって終わればいいのに」って思ったって書いたけど、「なんか安易な終わり方だなあ」ってのもあった。アセクシャルの人の話は、それが直接の原因とは書いてないが、幼い頃電車の中で痴漢に遭った、ってことになってるんだけど、これはこういう設定にはして欲しくなかったよな~。なぜかというと、そこには別に「原因」なんかはないからだ。同性愛もそうだけど、別に「何かあって」、同性愛者に「なった」わけではない。「何かあってなった」と思われていることでも、別にそれはきっかけであって、原因じゃないと思っている。だって「異性愛者になった原因」なんてないでしょ。ないから言わないでしょ。っていうか多分、わたしはアセクシャルの人がすべて「過去の性的被害からそうなった」って思われるのが嫌なんだよね。中にはきっとそういう人はいると思う。いると思うけど、そうじゃない人もいる。どちらかというと「そうじゃない人」として描いて欲しかったって思ってる。

あと細かいところだけど、最後の話の題名は「サンフラワー」なのだが、物語の中では「向日葵」で出てくる。題名をカタカナで統一したかったんだろうと思うが、これは物語の中で出てきたとおり「向日葵」(もしくはひらがなで「ひまわり」)がよかったんじゃないかなーって思う。サンフラワーと向日葵って、わたしの中でなんかあんまり「同じもの」って思えないんだよね。イメージが違うというかね。

それからこれは誤植なんだけど、文庫本134pで「同姓を好きな人はホモセクシャル」ってあるんだけど、これは「同性が好きな人は」だよね。もうね、この間違いってよく見るんだよ。「同姓愛者」とかね。そのたびに誰のこと?って思う。同じ名字の人ばっかり好きになる嗜好はない、っていつも思うんだけどね。これは間違われやすいので、特にこういう話を扱う本では気をつけて欲しかった。

なんか最後は文句ばかり付けてしまったが、でも、この本の中の話は一話一話、本当に丁寧に考えられて作った話だと思う。話の内容に破綻はないし、細かいところの設定がとてもきっちりしている。あとつい「本当にありそうな話」だと思えてしまうところがすごい。そして各々の「嗜好」と自分がどのくらいの距離か、ってのが分かって本当に楽しい。小児性愛者のつらさは自分のつらさのことのように感じられるけど、セックス依存症はなー、なんか分かんないな、とか。

「性的少数者はLGBTだけだ」と思ってる人、「性的少数者の話が読みたい」と思ってる人、これはオススメだ(ただしこれだけ読んで性的少数者を分かった気にはならないでね。性的少数者の世界は本当に奥が深いんだから)。

なお、この本の3つの話をピックアップして映画も作られたらしい。それは今はDVDになってるんだけど、わたしは図書館で借りて読んだ後すぐにDVDも借りて見た。まぁまぁだったかな。ただ小説で「こんな感じの人」って想像を膨らませてるところで、映画は個々の役者さんが演じてるわけだから「想像と違う」ってところもあると思う。あと、なぜか分からないけど原作と設定が変わってる話もあった。わたしは本の方で自分なりのイメージを作ってしまったから、DVDはちょっと「なんか違うな」って感じだったのだけど、でもこれはこれでいいんじゃないかと思う。わたしはDVDの中でも小児性愛者の話が一番よかったと思った(キャスティング含めて)。主人公の男の人を見て「あれ、この人、すごく川谷拓三に似てる!」って思ったのだが、調べてみたら川谷拓三の子どもだったので、これまたびっくりした。昔、大河ドラマ見てて、母に「津川雅彦と長田裕之って似てるね」って言ったら「当たり前よ、兄弟だもん」と言われてびっくりしたのを思い出した。
12:24 | (性的少数者)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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