03-09 Sun , 2014
マジョリティとマイノリティと
今日は、国立オリンピック記念青少年総合センターってとこで「朝鮮学校差別に反対する大学生全国集会」というイベントがあったんで、行ってきた。

シンポジウムと活動報告と演劇があったんだが、その間、いろんなことを考えてた。自分の思考のパターンについて。わたしはこの手の話を理解するためには、必ず「性的少数者」というフィルターで物事を見て理解している。「ああ、これは性的少数者の話で言うとこんな感じだ」とか「これはちょっと性的少数者の問題とは違うな」とか。そうするととても理解しやすいことは理解しやすい。時折感じる疎外感は、おそらく性的少数者の中にいるアライ(Ally:性的マジョリティで性的少数者に理解がある人)みたいなもんなんだろう、とか。逆に「あー、性的少数者の中にいるアライってもしかしたらこんな気持ちなのかも」ってちょっと新鮮に思ったりした。

なぜか来ている人の中で「誰が日本人か」ってことがすごく気になったりした。別に誰が日本人で誰が朝鮮人でも全然構わないのだけれど、もしかしたらこの中では自分は少数者なのかも知れないと思うと、ちょっとドキドキしたりした。なんでなんだろう?別にだからどうだってことは、全くないのに。そんなので区別をする方がおかしいんだって思おうとした。けど、集会ではやっぱり「日本人の支援者の人たちが」とか言われる。そのたびに違和感を感じた。「向こうだって区別してるじゃん」って。

(これって例えば性的少数者のイベントで、異性愛者が周囲の人を見渡して「誰が異性愛者なのか」って思ったり、「もしかしたらこの中で自分はマイノリティなのかな」ってドキドキしたりして、「いや、でも別に襲われるわけじゃないし、異性愛者も性的少数者も区別ないじゃん」と思いつつ、周囲から「ノンケ(=異性愛者のこと)」とか言われて「やっぱ性的少数者の方は区別してるのかな~」って思うこととすごい似てると思う。それを考えると性的少数者側は「区別してます」としか言いようがない。。)

などと、自分の中でぐちゃぐちゃ考えてたりした。そんな風に考えていながらも「いや!やっぱり性的少数者のフィルターを通して見てはダメなんだ。」と思ったり。だってすべて性的少数者の問題と置き換えて考えることなんかできないし、そのフィルターを通して考えることによって、曲解したり誤解することもあるんじゃないかと思ったから。まぁでもつい、やってしまうのだけどね、、

「日本人の支援者」と言われるたびに複雑な気持ちがした。「朝鮮人が当事者として差別に立ち向かいましょう」と聞くと胸がざわざわした。

だって、これは日本人の問題じゃん!

って言いたい気持ちがした。何人かの人が、日本人がこの問題に対して支援する理由として「再びあの時代を来させないため」というのを挙げた。ニーメラー牧師の有名な「わたしは共産主義者ではなかったので、声を挙げなかった、、」という言葉を挙げた人もいた。

でも!

って思う。それじゃ、朝鮮学校の問題って「炭鉱のカナリア」みたいじゃんって。違うじゃん。日本人が、将来の日本人の生活に危害を及ぼされるから、今、朝鮮学校を支援するの?違うじゃん。

日本は戦前から一貫して、朝鮮人を差別してきた。当事者なのは、差別をしている日本人の方だ。わたしたち日本人が(わたしたち日本人はって言い方大嫌いなんだけど)、自分たちの問題として取り組まなければならないんじゃないの?わたしたちは学校で「人を差別してはいけません」って習う。けど、差別してんじゃん。国からして差別してるじゃん。「国は差別するな」となぜ日本人が主体的に問わないのか。

ただね、、これもやはり性的少数者の側から考えると「性的少数者を差別しているのは、シスヘテ(性別違和のない異性愛者のこと。意味としては先ほど出て来たノンケとほぼ同じ)だろう。だからシスヘテが差別当事者なのだ。だから差別をする方が主体になってこの世の中の法律や環境を変えろ」って言ってるのと同じなんだよね。でも、シスヘテ自ら「同性婚できないのは、同性愛差別です」なんて言ってくれない。放っておけば同性婚なんて永遠に話題にならない。だから「やはり痛い目にあっている方が声を挙げなければ、その声はマジョリティに届かないのだ」って結論になる、、、

でもさぁ。わたしも時々そうなるんだけど、声を挙げ続けることって疲れるんだ。「なんでいつも説明しなくちゃいけないのは少数者で、多数者は説明を受けて当たり前、みたいな顔してるわけ?」って思うんだ。だから学生たちが必死に声を挙げているのを聞くと、痛々しくて見ていられないんだ。。時に「疲れた」とか「もう止めたい」とか思うだろうなって。「主体的に動いていきます!」って言ってる裏で「なんでこんなことしなくちゃならないの?」って思ってないかなって心配になる。

集会は、一番最初にサなんとか?よく聴き取れなかったんだけど、全部で5文字くらいの、太鼓と鐘を集団で叩く、民族音楽というのだろうか?なんかよく分からないけど、そんなのから始まった。わたしはそういうのを初めて見た(聴いた)のだけど、なんかすごく興味深かった。

シンポジウムは鄭さんっていう明治学院大学の准教授が「無償化から排除されることと、朝鮮学校の教育内容は本来は関係ないこと」と言ってた。わたしもそう思う。民族教育が保障されることは、人権の一つだ。人権とは、人間が生まれながらにして持っている権利のことだ。それは誰もが侵害されてはならない。日本人は人権を持っているという意識が薄いので、他人の人権も尊重できないのかなって思うことがある。わたしだって朝鮮学校と北朝鮮の繋がりについては知っている。でもそれが何?繋がりを断てば保障される人権なんて、それは人権とは言わない。人権とは、生まれながらにして持っている権利だ。教育を受ける権利は誰もが持っている。しかも、少数民族は少数民族として教育を受ける権利をきちんと持っている。

正直わたしは、無償化問題についてはそれ以外の理由なんかいらないと思っている。今日ももちろん国際人権法上の権利とも説明されたが、それ以外のことについてもいろいろ理由が挙げられた。それはそうなのだろうが、わたしとしては「これは人権問題です」としか言いようがないような気がする。まぁ世の中「人権問題です」と言って「はい、そうですか」じゃ済まないのはよく分かっているのだが。。

シンポジウムではもう一人、藤永さんっていう大阪産業大学の教授が話したんだけど、主に全国で起こしている裁判の話だった。この人の話で一番心に残っているのが「最近、反日という言葉をすぐに投げかけられるが、その言葉を聞くと、戦前、戦中に言われた『非国民』という言葉を思い浮かべる」と。ああ、そうだよね~。そうやって人を排除する言葉なのだ、反日も非国民も。

最後にやった劇は、戦後(解放後)すぐに朝鮮学校ができて、それが'48年以後に弾圧されて閉鎖令が出てって話だったんだけど、なんて言うんだろう、時折すごく違和感を感じるの。劇中、何曲か歌を歌うシーンが出てくるんだけど、わたし、その歌全く知らない。背景も知らない。もしかしたら、朝鮮学校で習う歌なんだろうか?とか、誰もが知ってるポピュラーな曲なんだろうか、とか、歌詞がなに言ってるんだか全然わからないので、想像しようもない。あと多分日本語で「先生」とか「お姉さん」とか「お兄さん」とか「おばあさん」とか、そういう意味の言葉なんだろうけど、その部分だけ朝鮮語なの。わたしは朝鮮語は全然知らなくて意味分からないから、そういうところにすっごく違和感を感じた。

そう、わたしは先ほど「多数者は説明されて当たり前だって思っている!」と書いたが、何のことはない、わたしだって説明しろとは思ってないが、知らないのは当たり前、違和感を感じるのは当たり前、自分の持つ感覚は当たり前だと思って書いている。これってマジョリティの傲慢じゃん。。。なんか、書いてて嫌になるね、矛盾してて。

ただ、多数者の論理としては「どうやって知れっていうんだ」ってことだろう。だけど、少数者としては「本とかたくさん出てるんだから、それを読んで勉強しろ」なんだよね。。ええ、読んでますよ。でも、なんか難しいのだ。きっと性的マジョリティも「性的少数者の言葉は全然分かんない」って思ってるだろうな~。まぁ性的少数者の言葉は当事者にさえ難しいもんね。。なんて、結局ね、こうやって自分の中でマジョリティとマイノリティの論理を自問自答してるのだ。そして、それはたいていの場合は明確な答えなんかない。だから、、難しいね。

劇の中で、日本の警察官が出てきたのだが、その役をしてる人たち(2人)の衣装が高校の制服(学ラン)みたいだった。そして、劇が終わってから全員揃って観客に挨拶したときによく見たら、その二人とも、学ランの第2ボタンがないのを発見しちゃって「あ~、2人とも、第2ボタンは誰かにあげちゃったのかしら。。」とか、内容と全然関係ないことを思ってしまった(笑)

最後に。上にも挙げた大阪産業大学の藤永さんがシンポジウムの自分の発表の最後に「能力がある人は能力を、金がある人は金を、力がある人は力を出そう」って言葉を朝鮮語でスライドに出した。「学生は今のところ、能力も金も力もないだろうけど、将来、何かができるようになって下さい」って言ってたけどさ、わたしみたいな、歳を取ってしまって能力も金も力もない人間は、一体何ができるのだろうか。。


【追記】紹介されたニーメラー牧師の言葉。ただ集会では「諸説あるようですが」とのことで、下記の言葉とは少し違う内容が発表された(ナチスは自分を攻撃したが、もう誰も残っていなかった、みたいな感じだった)。下記は以前わたしが読んだ、斎藤貴男、森達也著「日本人と戦争責任―元戦艦武蔵乗組員の『遺書』を読んで考える」に書いてあったもの。

ナチスに逮捕され、収容所から生還した牧師のマルチン・ニーメラーの有名な証言。ボストンのホロコースト慰霊碑に刻まれている言葉。

ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども依然として自分は社会主義者でなかった。そこでやはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行なわなかった。さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった。

22:26 | その他 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
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Posted by: at 2014/03/11 11:11 [ 編集] | page top↑
>鍵コメさん
あっ、こんにちは。
わたし、受付であなたのブログについていろいろ質問したものです(^^;
まさか、発見されるとは思いませんでした。

ご依頼の件、特に構いませんよ。どうぞお使い下さい。
でもいいのかな、こんな文章なのに。。って逆に恐縮します。

また、いつかどこかでお会いできますね。
そのときは、よろしくお願いします。

p.s.
メールのやりとりがある場合は、恐縮ですが、左側のメールアドレス宛てにご連絡お願いします。
Posted by: ron at 2014/03/11 11:42 URL [ 編集] | page top↑
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