02-25 Tue , 2014
人間には誰にでも何かとの出会いがあるはず
あんまりこういう感じの題名は好きじゃないのだが(笑)

ただ、今回の日記は、書くことが決まっている割にはどういう題名を付けていいのか分からない。最初は「うつが治った言葉」にしようかと思ったんだけど、確かにこれはわたしはその言葉で1回目のうつ病が治ったと思っているだけで、別に誰でもその言葉で治るわけじゃないからね。次に「人生を変えた言葉」を考えたんだけど、まぁ確かにうつ病が治って次の一歩を踏み出したわけだから、わたしの人生はある意味変わったのかも知れないけど、普通「人生を変えた言葉」ってあんまりそういう意味じゃないような気がしたので却下した。というわけで、あんまり妥当な題名が思い浮かばないまま、今に至る、、

前の日記で「神さまってなに?」という本の感想を書いたのだけれど、その本の中に、一箇所、こういうところがある。

 それは今から10年ほど前の話になるけれど、長く海外を放浪していた友人が、やっと日本に帰ってきた。久しぶりに会って驚いた。出発する前は多くの日本人と同じように特定の信仰を持たなかったはずの彼が、とても敬虔なクリスチャン(キリスト教徒)になって帰国したからだ。
「旅の途中、スイスとフランスの国境近くの村を通ったんだ」
 友人は言った。
「雪をかぶったアルプスの山なみがすぐそばにあって、小さいけれどとてもきれいな村だった。集落のはずれに古い教会があった。ふと中を見たくなった。それでもいろんな国で何度も教会のそばを通ったけれど、そんな気分になったことは初めてだ」
 教会に近づいた友人は、頑丈そうな木の扉を押した。たぶん鍵がかかっているだろうと思っていたのだけど、軋んだ重い音を立てながら、扉はゆっくりと開いたという。
「広い礼拝堂だった。でも誰もいない。しーんと静まり返っている。祭壇のほうに近づきかけたとき、突然パイプオルガンの音が、礼拝堂の中に響いたんだ」
 語りながら友人は、視線を宙に漂わせた。口もとはかすかな笑み。たぶんその瞬間を、思い出しているのだろう。
「パイプオルガンが鳴り始めるとほぼ同時に、ステンドグラスから夕日が差し込んできて、僕は陽の光に包まれた。パイプオルガンは荘厳に鳴り続ける。バッハのミサ曲だ。そのときにはっきりと感じたんだ。神の存在を」
 パイプオルガンが突然鳴り響いた理由は、友人より少しだけ早く来ていた教会のオルガン奏者が、明日のミサのために練習を始めたからだ。友人はオルガン奏者がいることに気づかなかった。誰もいないとばかり思っていた礼拝堂で、突然パイプオルガンの音が大音量で響き、驚く友人の視界に、西の空に沈みかけた夕陽の光が、ステンドグラスの窓から差し込んできた。
 言葉にすればそういうことだ。別に奇跡でもなんでもない。でも友人はその瞬間、生まれて初めて味わうほどの激しい感動に身を包まれたという。たったそれだけの偶然が重なっただけなのに、まるで湧き水のように涙が止まらなくなったという。
「・・・・・・愛されていると感じたんだ」
 首をかしげる僕に友人は言った。
「言葉の説明だけじゃ納得できないだろうな。でもその瞬間に確かに感じたんだ。愛されている自分を。そして赦されている自分を。いろいろ悩んだり考え過ぎたり考えが足りなかったり失敗ばかりしている自分を、いつまでもどこまでも肯定してくれる存在を。おまえはそれでよいと抱きしめてくれる存在を」

わたしさぁ、ここのところを読んだら涙が出て来たんだよね。わたしにもこんなことがあったなあと。こういう気持ち、すごくよく分かるなあと。ただ、わたしの場合は宗教との出会いじゃなかった。だから宗教の出会いだけじゃなく、別の出会いでも人はよくこんな思いをすることがあるような気がする。

わたしの場合は、言葉だった。わたしはそのとき、うつ病で実家にいた。あるとき何気なく一人でテレビを見ていた。それは「知ってるつもり」っていう番組で山本周五郎が取り上げられていた。あの番組は最後の最後、その人が言ってた言葉が紹介されるんだったと思う。そこに出てきたのが、

「絶望」とは人間だけが持つことのできる黄金である。

という言葉だった。

わたしはそのとき雷に打たれたようになった。「人間だけが」というのは、わたしにはあんまり問題じゃなく、絶望は黄金なのだ、ということが頭の中をぐるぐる回った。

わたしはそのとき絶望していた。目指していた研究者は嫌になり、でもこの先何をどうすればいいのか全く分からなかった自分。同性愛者であることは特に悩みはしなかったが、これから同性愛者という「少数者」して生きていかなければならない自分。うつ病である自分。まだ20代だったけれど、わたしの人生はこれからずっと絶望しかないと思っていた。

それが、その絶望は実は黄金なのだ、自分の心の中は真っ黒だと思っていたその中に、実は黄金がかすかに光っているのでは、と想像したときに例えようもない気持ちが湧き起こってきた。絶望は持っててもいいんだと思った。わたしはこれから先もずっと絶望感を抱えて生きていくことに絶望を感じていた。でもそれはもしかしたら絶望ではなく自分にとって大切なものになり得るものなのかも知れない。あとで考えるとそんな感じだったんだと思う。が、そのときはとても感覚的なもので、言葉に言い表しようがないものだった。この上で引用した森達也の友人の言葉で言うと「赦されている自分」に近い感覚だったのかも知れない。とにかく真っ暗だと思ってた中に何かがあるんだ、それだけでとてつもなく心が動いたんだよね。

そしてわたしはその言葉を繰り返しながら外に出た。細かな季節はもう忘れてしまったが、多分夏の初めか夏だったんじゃないかと思う。川沿いに背丈ほど草が伸びている場所に行って(なんでそこに行こうと思ったのかは分からない)草をかき分けながら、何回も何回もその言葉を噛み締めた。今でもそのことはよく覚えていて、目の前にその風景が浮かんでくる。

ただ、だからといって瞬間にうつ病が治ったとは思えない(当たり前だ)。けど、その言葉を知って以降、わたしは変わったと思う。

あのときはまだ世間に今ほど「うつ病」というものが知れ渡っていなかった。わたしは病院に行ってうつ病と診断されて(というか「軽いうつ」って言われた。'94年頃だったかな。。)薬が出された。最初に出された薬は全く効かなくて、次に出された薬は頭がクラクラしたんだよね。それを親に言ったら、親は「そんな薬飲んだら怖い」って言って、わたしから薬を取り上げちゃった。だからその当時、わたしはうつ病だったのに薬は全く飲んでなかった。あ、だからといって、わたしは「薬を飲まずにすべてのうつが治る」とは思ってない。たまたま、運が良く、薬を飲まないでもよかったってことだと思っている。2度目のうつは身体症状から先に出て、それは薬じゃないと治らなかったと思うし、適量飲めば、薬は悪いことはないと思っている。今だってずっと飲んでるしね。

ただ、だから「人生を変える言葉」ってあると思うのだ。そして、それはもしかしたら、人と宗教が出会うときと似てるのかも知れない。少なくとも、わたしは上の文章を読んだとき、自分のこのことがパーッと思い出された。「ああ、多分あんな感じだ」って共感できたのだ。もちろん、そういう出会い方をしなかった信者もいると思うけどね。

でも面白いのは、あのとき、わたしは本当に本当に苦しくて「何かにすがれるものならすがりたい」って何度も思ったのよ。けど、結局は何も信じられなかった。あ、別に具体的に神社や寺に行ったり、教会に行ったりしたわけじゃないけど。。あのとき行ってたら何か変わったかも知れないね。でも、わたしは行く気がしなかった。森達也の友人が「ふと(教会の)中を見たくなった」という「そのとき」じゃなかったんだと思う。けどその代わり、わたしは「言葉」と出会えた。その言葉に対しては「そのとき」だったんだろうとわたしは思う。

けど、その言葉の効果も今はないねー(苦笑)あの言葉は今のわたしには全く心を動かされないものになってしまった。まぁ仕方がない。あれから2度3度とうつ病を繰り返したから言葉も効力を失ってしまった。前の日記に書いたとおり、今のわたしは「生きたい」って思ってないけどさ、積極的に死ぬことも考えてない。生きててあんまり楽しいとかよかったとか思うこともないけど(前向きな言葉は大嫌いだ)、「自分を責めるのは止めよう」って思ってからは、結構楽に生きられるようになった。今はそれで十分だって思ってる。

ちなみに。山本周五郎はいつ、どこであの言葉を言ったのか。それがすごく気になってね。いろいろ調べた結果、「泣き言はいわない」(新潮文庫)って本に載ってることが判明した。ところがそこには

「絶望」は人間だけがもつことのできる黄金である。同じ意味で「酒」とよく似ている。
(断片-昭和25年のメモより)(34p)

って書いてあった!えっ、ちょっと待って。続きがあったの?しかも「絶望」と「酒」が一緒になってる。おーい、わたしは酒が黄金とは思わないよー(笑)わたし、そんなにお酒好きじゃないし。知らなければよかったと、調べたあとに思ったのだった。
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