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01-23 Thu , 2014
日本国に人種差別禁止法の制定を求めます
昨日、1月22日の午後、神戸の朝鮮学校に男が侵入して教員に「朝鮮人か」と言いながら鉄棒で殴りかかって怪我を負わせる事件が起こったとのこと。男が学校内にいたのをたまたま教員に発見されたが、これが見つからなくて教室に侵入し、生徒を襲撃したら、と思うと本当にゾッとする。いや、今回は生徒に対しては直接の危害が加えられなかったものの、生徒や関係者の人たちが現在もどんなに恐怖に脅えているかと思うと、本当にいたたまれない。

ただ、このような在日の人に対しての差別感に起因している事件、というのは悲しいことに今始まったことじゃない。日本が近代化の道を歩み始めて以降、近隣の国々に対する差別というのは連綿と行われてきたことであり、戦後(第二次世界大戦後)も国は国民に対してそれを正してこなかった。国を動かしているのも人だが、このことを考えると、国が近隣諸国の人々を差別しているというのは、結局日本人がそういう体質を持ってるからじゃないかと考えたくなる。もちろんこれは日本人だけの体質ではないだろう。が、先進諸国では人種差別をする人もいる一方、それはいけないと抑止する「人種差別禁止法」も存在するのだ。日本はそれが存在しない。いうなれば国が「人種や民族によって差別しても別に構いません」と表明しているのと同じだ。

昨日のこの事件が起こったと知ったとき、わたしは「自分に何が出来るだろうか」と考えた。もちろん、これまでも全く考えてこなかったわけじゃない。国や地方自治体が朝鮮学校に対して補助金を出さないこと(いわゆる無償化問題と言われるが、別に今までも国や地方自治体が朝鮮学校に対してお金を出して、授業料が無償化されたことなどない。国や地方自治体が朝鮮学校の授業料に対して「無償化しましょう」と言ったこともない。あくまでも一部に対して負担する「補助金」にすぎない。「無償化」という言葉はわざと国民の印象を操作しているのではないかとわたしは思っている。もちろん「無償化」の元は日本の公立高校に対する「無償化」ということが始まりというのも知っている)に対してもいろいろ考えてきたし、街頭で在日の人に対するヘイトスピーチが行われるたびに心が痛い。

では自分は何が出来るかというと、やった方がいいと思われるもの(例えばカウンター行動など差別者に対する直接行動)はすべてできるかというとそうではなく、自分の出来ることしか出来ないと思っている。まぁ自分のやっていることに対して、自慢たらしげに何をやっているかはここでは書かないけれども、わたしは嘆くだけ嘆いて全くなにもやってないわけじゃない。でももちろんこれで満足してるわけじゃない。いつも「何か出来たら」って思ってる。今回も自分は何が出来るかと考えたときに、思い付いたのがブログで自分の意見を表明すること、だった。

ただ、こういう事件が起きて、一体わたしは何を言えばいいのか、分からなかった。このような事件が起きてしまったのは、こういう風潮を作り上げたという点で、わたしも全く責任がないわけじゃないと思う。けどわたし一人の責任でもない。わたしには在日の友だちもいるけれど、だからといって「こんな日本にしてしまってごめんなさい」というつもりはない(本当はとても言いたい気持ちはするのだけど、それを言われたって困るのは向こうだろう。わたしが何か具体的に差別行動を行っていたのならともかく、やってない人間に謝られても向こうは何も言いようがないよね)。差別者に対して「差別は悪い」と言っても、多分彼らは考えを変えないだろう。人、それも自分の意見と反対の意見の人からあれこれ言われて意見をコロリと変えるような人は多分いない。そういう点においては、ネットで、例えば掲示板やツイッターで、いろいろ言ってもほとんど無駄だ。

差別者がなぜ差別するのかを考えても、正直わたしにはちっとも分からない。もちろんわたしの中に差別心が全くないとは言い切れない。気が付かないうちに差別をしたりしているだろうと思う。けど、差別したくて差別をするってことは、自分の中には全くないとは思う。それは自分が差別されたら嫌だからだ。同じように自分が傷つけられたら嫌なので、わたしは人を傷つけない(傷つけようと思ってわざと傷つけるようなことはしない)。あ、もちろん人だけじゃなく、犬とか猫などの動物とか、壁紙とかふすまとか、そういうのもそうだけど。。ただ蚊だけはね、、ごめんなさい、見つけたら殺しちゃいます。犬や猫は殺さないで蚊は殺すのか、それは矛盾してないかと言われるとそうなんだけど、それができたらわたしは悟りを開けて成仏できるよ、ホンマ(笑)(注:念のため。わたしは多分、どっかの檀家の信徒になってるだろうけど、わたしは仏教を信じてない、というか、どこからどこまでが仏教の教えなのかよく分からない、仏教の教えって何?状態なので、今のところは信じてないです)

まぁ話は逸れたが、差別者の心を話し合いによって変えるのはまず無理だし、できたとしても膨大な時間がかかるだろう。それにわたしは差別する人の気持ちが全く分からない。だからあれこれ分析することもできない。雨宮処凛さんが右翼時代の自分の気持ちを書いたりしているのを読んだことがあるが、そういうもんなんだとは思ったが、でもそれがすべてじゃないだろう。だからわたしは差別者の心情が分かって「でもね、そうじゃないんだよ」と言うことはできない。

と考えると、やっぱり法律なんじゃないかなと思うのだ。日本は国連に随分前から人種差別禁止法を制定するようにと勧告されている。でも政府はそれをずーーーーーっと無視し続けている。そりゃそうだよね。だって、戦後の憲法からも外国人差別の条項を削除しちゃったんだもの。GHQが日本に提案した憲法案の中には外国人差別禁止の条項が入っていたのにもかかわらず、当時の官僚と政治家が言葉巧みにそれを外させてしまった。結局そこなんだよね。わたしが最初に「日本人には外国人(主に朝鮮や中国の人たちに対するものだと思う)に対して差別してはいけない、なんてこれっぽっちも思ってないよね」っていうのはこれなのだ。押しつけと言われて一部から評判がよくない現憲法だが、なんのことはない、その当時の日本人の考えを反映した憲法にちゃんとなってるのだ。そしてその体質は今になっても全く変わってない。

今の日本の風潮を考えると、このことを提案しても通るのはかなり難しいとは思う。けど、このことを地道に言い続けていくのが、今のわたしに出来ることなんじゃないだろうか、と思う。日本国民の、有権者の一人として呼びかけていきたいと思う。
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