09-06 Thu , 2012
心が女の子 -性の多様性について考える-
「心が女の子」っていう文章(?)をこないだどこかで見た。

女の子であるかどうかはともかくとして、これ見た途端、わたしは「あー、わたし違うなあ」って思ったのね。わたし、自分では「心が女」とは思えないなって。「じゃあ何よ」と言われると「分からない」としか言いようがない。それか「男でも女でもない」と言うか。

よく性同一性障害の説明なんかで「身体は○○だけど心は△△」っていうのがあるけど、あれってどうよって思うんだよね。そのような類の言葉で説明するなら、わたしの場合は「身体は女で、頭でも自分は女だと思ってるけど、心はよく分かんないか男でも女でもない」が一番感覚として近いんじゃないかなあと言う感じがする。

とすると今度は「頭と心の違いって何よ?」ということになる。ここがね、自分でもよく分からないというか難しいんだよね。突き詰めて考えれば心だって頭で考えた「何か」なんだから、自分の頭の中がどこかで分裂しているってことになる。でも自分の中では自分自身が矛盾してるとか混沌としてるという感じはなくて、ちゃんと分けられてるの。でもどこで分けられてるのかという実感がない。

そのようなことを少し前にtwitterでぶつぶつつぶやいてたんだけど、何人かの人に「分かるような気がします」って言われて「そういう感覚ってわたし一人じゃないんだなあ」と思った。

社会学的に言えば「頭と心」って「身体違和とジェンダー」なんだと思う。わたしには身体違和はないけどジェンダー違和はある、そういうことなんだと思う。

で、トランスジェンダーって身体違和がない、ジェンダー違和のみの人もいるそうだ。ってことは、わたしもトランスジェンダーに入ると思うんだけど、でもやっぱり自分では自分がトランスジェンダーとはあまり思えない。それはあまりにも「身体違和」が強調され過ぎちゃってるところがあるからだと思う。前にも同じようなことを書いたけれど、トランスジェンダーって言うのはアメリカのヴァージニア・プリンスって人が作った言葉で、その人は身体違和はなくジェンダー違和のみがある人だった。だから元々トランスジェンダーってのは身体違和ではなくジェンダー違和を感じる人のことだったんだけど、それが知らない間に身体違和がくっついて、今ではジェンダー違和より身体違和の方をまずありき、みたいになってしまっている(これは日本ではトランスジェンダーより性同一性障害の方が有名でよく取りあげられるからだろう)。わたしがこれまで読んだトランスジェンダーや性同一性障害についての本もトランスジェンダーについての歴史的経緯の話はされてても「(現在でも)身体違和のない、ジェンダー違和のみある人でもトランスジェンダーという」ということは一切書かれていなかった。もちろん、わたしはすべてのトランスジェンダーや性同一性障害に関する本を読んだわけではないので、その可能性は否定しないが、でも一般的に今読める本の中にはそう書いてある本に出会うことは非常に難しいんじゃないだろうか。

まぁそんなわけで、自分のことはあまりトランスジェンダーだとは思えないのだが、もし仮に自分がトランスジェンダーだったとしたら、では「レズビアン」ってカテゴリーはどうなるんだろう?って考えた。トランスジェンダーと同性愛は普通、トランスジェンダーの方は性自認で、同性愛は性的指向が関係するから、この両方は別の概念になる。だから、トランスジェンダーの人は異性愛者もいるし同性愛者もいるって説明をするわけだけれど(逆に言えば同性愛者の中にもトランスジェンダーの人はいる)、わたしの場合はジェンダー違和があっても、それは「男でも女でもない」「自分はどちらに入りたいのかよく分からない」っていう、いわゆる「Xジェンダー」に属するんだよね。無理矢理言えば「FtX」(Female to X)になるのだが、やっぱりこれってピンと来ない。だってわたしは身体違和がないからそういう面では「女」で揺るぎがないのに、Xって言われると「うーむ」となる。だから
むしろ「FtX(ジェンダー違和)」と書いた方が正確なんじゃないかと思う。

そしてXジェンダーだと性的指向がうまく表わせない。だって性的指向っていうのは「自分の性別」に対して(恋愛対象となる)「相手の性別」だからさ。自分の性別が「X」だと言い表わしようがないのよ。しかもわたしの場合は身体違和はないので、自分と同性である人が好きとも言える。だから「レズビアン」ではあるわけだ。だから無理して言えば「FtX(ジェンダー違和)レズビアン」ってことになるのかなあ?だけどこれってやっぱり変だよねって思えてしまう。

でね、これを考える際に「わたしは相手の性別を好きになるのか、それともジェンダーを好きになるのか」って思ったんだよね。だってトランスジェンダーが「身体違和」と「ジェンダー違和」の両方を含むのであれば、性的指向だって「性別かジェンダーか」と分けてもいいわけでしょ。

そうすると、わたしは考えてみると「女の身体を持った人が好きなんだ」ってことになるのね。残念ながら「心は女の人」でも身体が男の人だとわたしはおそらくその人は好きになれないと思う。ホント、悪いんだけどね。そればっかりは仕方がない。でもそれってわたしは「パンセクシャルじゃない」ってことなんだよね。パンセクシャルってのは日本語で「全性愛」と訳されて「男女の性別二元論に囚われずに人を好きになる人」のこと。バイセクシャル(両性愛)とはまた違うのね。バイセクシャルの人は男か女を好きになる人のことだからさ。その間っていうのはないのよ。だからバイセクシャルの人もわたしと同じく「男の体を持った人」か「女の身体を持った人」が好きになるわけ。「男の体だけどジェンダーは女」とかそういう人は対象にはならない。パンセクシャルって人の身体にはあまりこだわりがなくて、もしかしたらジェンダーで好きになるって人のことと言えるかも知れない。

ってことは、わたしは「FtX(ジェンダー違和)レズビアン(身体)」ってことになる。とするとこれまでに出てきたものを組み合わせると、

Maleヘテロ(身体(に惹かれる)):ヘテロセクシャル(異性愛者)
Maleヘテロ(ジェンダー(に惹かれる))
FtM(身体(違和))ヘテロ(身体):ヘテロセクシャル
FtM(身体)ヘテロ(ジェンダー)
FtM(ジェンダー(違和))ヘテロ(身体)
FtM(ジェンダー)ヘテロ(ジェンダー)
FtX(ジェンダー)ヘテロ(身体):ヘテロセクシャル
FtX(ジェンダー)ヘテロ(ジェンダー)

Femaleヘテロ(身体):ヘテロセクシャル
Femaleへテロ(ジェンダー)
MtF(身体(違和))ヘテロ(身体):ヘテロセクシャル
MtF(身体)ヘテロ(ジェンダー)
MtF(ジェンダー(違和))ヘテロ(身体)
MtF(ジェンダー)ヘテロ(ジェンダー)
MtX(ジェンダー)ヘテロ(身体):ヘテロセクシャル
MtX(ジェンダー)ヘテロ(ジェンダー)

Maleゲイ(身体):ゲイ
Maleゲイ(ジェンダー)
FtM(身体)ゲイ(身体):FtMゲイ
FtM(身体)ゲイ(ジェンダー)
FtM(ジェンダー)ゲイ(身体)
FtM(ジェンダー)ゲイ(ジェンダー)
MtX(ジェンダー)ゲイ(身体):ゲイ
MtX(ジェンダー)ゲイ(ジェンダー)

Femaleレズビアン(身体):レズビアン
Femailレズビアン(ジェンダー)
MtF(身体)レズビアン(身体):MtFレズビアン
MtF(身体)レズビアン(ジェンダー)
MtF(ジェンダー)レズビアン(身体)
MtF(ジェンダー)レズビアン(ジェンダー)
FtX(ジェンダー)レズビアン(身体):レズビアン
FtX(ジェンダー)レズビアン(ジェンダー)

Male(身体)バイ(身体):バイセクシャル
Male(身体)バイ(ジェンダー):パンセクシャル
MtF(身体)バイ(身体):バイセクシャル
MtF(身体)バイ(ジェンダー):パンセクシャル
MtF(ジェンダー)バイ(身体):バイセクシャル
MtF(ジェンダー)バイ(ジェンダー):パンセクシャル
MtX(ジェンダー)バイ(身体)
MtX(ジェンダー)バイ(ジェンダー)

Female(身体)バイ(身体):バイセクシャル
Female(身体)バイ(ジェンダー):パンセクシャル
FtM(身体)バイ(身体):バイセクシャル
FtM(身体)バイ(ジェンダー):パンセクシャル
FtM(ジェンダー)バイ(身体):バイセクシャル
FtM(ジェンダー)バイ(ジェンダー):パンセクシャル
FtX(ジェンダー)バイ(身体)
FtX(ジェンダー)バイ(ジェンダー)

になる。「:」以降は今一般に、どんな呼び名で呼ばれてるかということで、これを見ると名が付けられてるのは全体的に半分くらい?ただ、バイセクシャルの場合、パンセクシャルもこれに当たるので、バイセクシャル、パンセクシャルの場合は割と名付けられてるって感じかな。

ただ実際に

FtM(ジェンダー(違和))ヘテロ(身体)
FtM(ジェンダー)ヘテロ(ジェンダー)

このような場合(頭では自分は女だと思っていて、でもジェンダーは男性だと思っている人)が有り得ても、性自認はでは身体の方を取るのか、ジェンダーの方を取るのか分からないので、その人の性自認はどうなるのか本人にしか分からないという場合もある。

MtF(ジェンダー(違和))ヘテロ(身体)
MtF(ジェンダー)ヘテロ(ジェンダー)
FtM(ジェンダー)ゲイ(身体)
FtM(ジェンダー)ゲイ(ジェンダー)
MtF(ジェンダー)レズビアン(身体)
MtF(ジェンダー)レズビアン(ジェンダー)

以上の場合も同じだ。

そして例えば

MtX(身体)ヘテロ(身体)
MtX(身体)ヘテロ(ジェンダー)

のような場合は有り得ないということで除外した。「自分はどういう人が好きになるか」は分かっても、性自認は他人と自分の対象的な関係ということになるので、自分が(身体的に)Xジェンダーだと相手のことをどうみていいのか分からないんだよね。

ってことで一口に「性の多様性」とか言ってるけど、実際に考えてみるとちょっとしたことを付け加えるだけでこんなにたくさんの種類になるのだ。もちろん、概念は「身体違和」「ジェンダー違和」「身体を好きになるか」「ジェンダーを好きになるか」だけじゃないだろうから、そういうことを考えると本当に性は多様性だなって思うのだ。

なんて、自分のことを考えていたつもりが、最終的には「性の多様性」に行き着いてしまった。
21:02 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
過去記事ですが、コメントさせていただきます。私も自分が男だと認識していますが、趣味や性格などの感性が女っぽいところがあり、今は髪を長く伸ばして化粧もして女物の服も着るようになりました。心が女なんですかね?
昔は髪も短くて化粧もしてなかったんですが、男の扱われ方や生き方、役割などのジェンダーに、疑問や違和感を感じるようになったからなんです。体の違和感は強くないです。
好きになるのは女性なんですが、同性の友達のような関係がいいと思っています。
Posted by: アキ at 2016/01/27 14:03 URL [ 編集] | page top↑
>アキさん
コメント有難うございます。
最近はほとんどセクマイについてのことを書かなくなってきたので、自分でどんなこと書いたんだっけ?って読み直しちゃいました(^^;

前と今は少々意見が違っているところもあるのですが、まぁ概ね今もこんな考えはしてますね。ただ「心の性」と言われると「えーっと、、」って感じがするし、この日記では頭と心と別個に分けて考えてるみたいですが、今はあまりそういう風には考えてないかも知れません。どちらかというと性別というのは、わたしにとっては「記号」に近いです。ただこの考えは「性別違和を持っていない人」でないと通用しない、というところはあります。性別は単なる記号である、とすると「だから無理矢理性自認と身体の性別を合わせなくていい」という結論になってきてしまうからです。そしてこのときは知らなかった「性表象」という概念がおそらくこの日記で「ジェンダー違和」と言っているものだと思います。

ただ、今は「性別」「性自認」「性的指向」「性表象」って分けて考えてそれぞれどうこう、というような分類はわたしとしては、あんまりやっても無意味かなとは思ってます(基礎的な理論として概念を学ぶ上ではある程度必要だとは思いますが)。なぜなら、この4つがかっちりと分けて考えられるようなものではないんですよね、人の性って。矛盾しつつもそれで自分は納得している、という場面が多々あります。それぞれが影響し合っているものであるものかも知れませんしね。それを「一つ一つ分けて考えなければならない」と人が言うべき話ではない(ただ、同性が好きになるというのはおかしいから自分の性別を変えたいとかそういうのは「ちょっと違わない?もうちょっとよく考えてみようよ」とは思いますが)。

だからアキさんが書かれたようなことは「なるほど、そういう人なんだなあ」って受け止めるだけです。心が女かどうかは、もはやわたしにはよく分からないですね(^^;

「男の扱われ方や生き方、役割などのジェンダーに、疑問や違和感」っていうのは具体的にはどういうときに疑問や違和感を感じたんでしょうか。それはちょっと知りたいかな。
Posted by: ron at 2016/01/27 22:59 URL [ 編集] | page top↑
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