08-05 Sun , 2012
8月6日午前8時15分
今年もこの季節がやってきた。

って毎年は当日に日記を書くんだけど、わたし、明日から大学の夏スクが始まるのね。8時15分はちょうど電車の中にいる時間で、毎年のようにテレビでやる「平和記念式典」を見ることができない。一日中講義を受けているので毎年のように日記が書けない。なので、1日早いんだけど、今日のうちに日記を書いておきたい。

でもね、前から思ってることなんだけど、戦争の話は被害の話ばかりで加害の話は滅多にない。滅多にないどころか、加害者がこの世からいなくなっていることをいいことにして、その加害の実態自体を「ないこと」にしようとしている人たちがいる。それか「日本は戦争で悪いこともしたが、いいこともした」と「いいこと」の方を重点的に取りあげて「悪いこと」を相対的に軽くしようとしている人もいる。

なぜ「やったことはやったこと」と言えないのか。なぜ「やったこと」は語り継げないのか。

よく「自虐史観は日本人が日本人として誇りを持てなくなる元凶だ」みたいなことが語られるけど、わたしにしてみれば、過去のやったことをきちんと反省、謝罪せずになかったことにして、そのままで生きていく方がよっぽど恥ずかしいし誇りなど絶対に持てない。なぜ「謝ること」が屈辱なのか。謝ってからこそ日本人として恥ずかしくない生き方ができるんじゃないのか。わたしはそう思う。

読もうとして体調の関係で読めなかった「虜囚の記憶」をついこの間、最後まで読むことができた。

前半は強制連行によって連れて来られ、日本で無理矢理働かされた中国人の話。後半は日本兵に無理矢理強姦された中国や台湾の女の人たちの話(皆が従軍慰安婦だったわけではない)。特に後半の話は悲惨だった。もちろん前半の話も悲惨だったが、後半の話に特にそう感じたのは、わたしが女であるからだと思う。受けた身体の痛みなど、想像に過ぎないと思うけれど「実感」できるのだ。力ずくで抑えられ、服を引き裂かれて裸にされ、強姦される。なんと痛々しいことだろう。それも一人や二人の話ではない。1回や2回の話ではない。毎日数人、十数人、それが2年3年続くのだ。女の人たちから「誇り」や「自尊心」を奪い、ただの「肉体の塊」にされ、まさに性奴隷として生きさせられたのだ。そして敗戦後もすべてが終わったわけではなく、それが忘れられない記憶となって何十回も何百回も恐怖の記憶が蘇り、うなされて、その後の人生もその記憶に翻弄される。

新宿のニコンサロンでこの間見た元「日本軍慰安婦」の人たちの顔が浮かんだ。彼女たちもそのような人生を歩んできたのか。

しかし年月が過ぎ去るに連れて、加害者も亡くなってしまうが被害者も亡くなってしまう。丸で今の日本は被害者がこの世から去ることだけを待ち続けているように見える。どうにかしてこのことを風化させてしまわないようにできないものなのか。

一方、少し強引だけれど、それに比べると、被爆、というのはその個人が亡くなれば終わり、ということはない。被爆の影響はその当事者だけでなく、その子どもや孫まで受け継がれるものだからだ。しかもどの程度の影響を子孫に及ぼしているか全く分からないため、逆に言うと影響が全くなくなるのはどこまで、ということも分からない。だから何世までいけば、それからは安全です、と言うことができない。

これね、今書くと福島で被曝した人を「危険です」って言ってるのと同じなんだよね。だから正直書きたくないことではある。それはあるんだけれど、やっぱりそこが「放射能の怖さ」だと思うんだよね。「放射能の怖さ」としてこういうものがあるんだ、ということはどこをどう隠しても隠しきれるものではない、ということは指摘しておかねばならないと思う。政府はすぐ「風評被害」と言うけれど、実際に放射能をまき散らした、という事実はあるのだから、すべては風評被害ではないし、放射能の影響は影響として考えなければならない(どうしても政府は「風評被害」と言って、放射能の影響を隠そうしているか過小評価しているとしか思えないんだよな)。

放射能は人を介しては移らないけれど、子孫に影響を及ぼす可能性は否めない。だから結婚差別などがどうしても起きてしまう。

実はうちも同じだった。うちは父親が被爆者なのだけれど、父親は結婚するまで自分が被爆者で被爆者手帳を持っていることを母親に話さなかった。結婚して初めて「自分は被爆者だ」と言ったらしい。そのとき母親は「しまった、騙された」と思ったそうだ。うちの場合、まだこれで済んだのは、被爆者が父親の方だったからかも知れない。これがもし、女性の方だったら。。「広島市出身です」というだけで差別されて結婚できなかったかも知れない。いや、現に被爆者の結婚差別はあり、結婚を断わられた人や結婚できなかった人もいるだろう。そしてわたしら二世でも結婚差別があるらしい。

ついこないだね、twitter見てたら「広島長崎はもう終わったこと」って誰かがツイートしてたので、全然知らない人だったけれど(リツイートで回ってきたので、フォロワーさんではなかった)烈火の如く反撃してしまった。悲しいと言うより怒りしかなかった。その人は「広島長崎の(被爆者)差別はもうなくなった」って言いたかったらしいんだけど、なぜその人は「もうない」と言えたのだろうか?ただ自分の身の回りにそういう話を聞かないから、というだけでそう言ったのではないか?まさか被爆二世当事者がそれに反応してくるなんて、夢にも思っていなかったのではないか?というか、被爆の問題は被爆者だけだとおそらく思い込んでいたのではなかろうか。

わたしはその人に「自分は二世だけれど、自分の身体に見えない爆弾が仕掛けられていると想像してみてくれ」と言ったのだが、これって全然身の危険を感じたことのない人に対して通じるもんなんだろうかとそのときにそう書きながら空しい思いがした。「この恐怖感は味わったことのない人にしか分からないだろう」って今も正直そう思う。

だからこそね、話は元に戻るんだけど、戦争被害者の気持ちはその人たちではないと分からないだろうなと思うの。わたしがいくら想像に想像を重ねても、本当のところはどういう状況だったのか、どんな気持ちだったのかは絶対に分からないと思うの。だから安易に「分かります、つらかったでしょう」などとは言えない。その代わり、自分にできることは一体何なんだろうってずっと思っている。

一方、わたしの「被爆二世としての思い」はやはり語り継がねばと思う。わたしがこうやって毎年同じ日に同じような日記を書くのは「これからもう二度と被爆者(被曝者)を出して欲しくない」という気持ちからだ。しかし残念なことに東日本大震災で原発事故が起こり、被曝者を出してしまった。だけど本当にこれを最後にして欲しい、そう願うからこそ、わたしはこれからも同じことを言い続けなければならないんだってそう思う。そして一人でも多くの人に「放射能による被害を出してはならない」ってことを知って欲しいと思う。もちろん、人と人とが殺し合う、人を人扱いしない戦争も二度と起こしてはならないと思う。こう書くと丸で今の地球上では戦争がないみたいに思えてしまうけれども、実際は戦争や紛争が起きている国はたくさんあるんだよね。非常に難しい問題ではあるけれど、どうにか世界の人が努力してこの世から戦争をなくしていかなければならないと思う。
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