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07-08 Sun , 2012
戦争と罪責
10日ほど前に新宿・ニコンサロンで「重重-中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」という写真展を観に行き、その感想を日記に書いた。そこでわたしは

> 残念ながら、わたしは無知なので中国に残されたままの元慰安婦の人が、どうして中国に残されたままなのか、戦後67年間(尤もこの写真が撮られたのはもっと前らしいが)いかにして生きてきたのか、その背景や実態を全く知らない。

と書いたんだけど、早速「このような本がありますよ」と言って教えてくれた人がいたので、お勧めに従って図書館で借りてきて読んだ3冊のうちの1冊だ(あとの2冊はこれから読む)。

この本は精神科医である著者が太平洋戦争中に中国で残虐な行為をした元軍医、将校、特務、憲兵だった人たちが戦時中どのような行為をしたのか、それに対してどのように反省したか、戦後どのように生きているかについて取材して書いた本だ。全部で17章あるが、1人についてだいたい1~3章かけて書いている。いつもならこの分量くらいの本(全359ページ)なら早くて1日か、遅くても2日掛ければだいたい読める。しかしこの本は1人分のエピソードが終わるとどっと疲れてしまい、次の人のエピソードを読む気力がなくなってしまうため、間に休憩を入れたり、日をおいたりせざるを得ず、結局4日掛けて読んだ。

著者が精神科医であるためか「どのように反省したか」についての問いかけは厳しい。真に反省するためには(相手の身になって)悲しむこと、それができなければ本当に反省したことにはならないと語っている。そして戦後一貫としてほとんどの日本人は「真の反省をしてこなかった」と述べている。それはこの本を読めば明らかだ。戦犯として収容され、そこで反省し日本に戻ってきた人たちに対して、「中国帰り」「アカ」「中国で洗脳された」とのレッテルが貼られ、就職ができない。頻繁に自分の元に公安が訪ねてくる。身内には「正直に悪いことをやったと言って長い間捕まえられていたのだろう。なんて馬鹿正直なことをしたんだ」と言われる。この本には書いていないが確かにあの時期はレッドパージなどがあって「共産化」に対しては非常に厳しい目があったと思われる。が「馬鹿正直に自分が悪いことをしたと言って」と責めるのは、責めた人は全くあの戦争に対して反省していない、と言うことの表われでもあるし、日本には反省する風潮も何もなかったと言うことだろう(その割には「一億総ザンゲ」とも言われているが、あれは結局「みんな反省したフリをしているので何を反省していいのか分からないけど取り敢えず自分も反省したフリをしておかねば」ということだったのだろう)。

そしてそれはまた戦後、あの戦争で何が起こったかを語り継ごうとしている人や中国の人たちに対して謝罪し続けている人に対して、同じ戦争に行った当事者から「作り話だ」とか「今、こういうこと(中国に謝罪をしているということ)をやると国際関係に影響を与えるから止めろ」とか「それだけ反省したのなら日本人としてなぜ腹を切って死なないのだ」とか「狂っているから脳病院に行け」という意見が匿名か偽名で届く。戦争に行った人たち皆が自分たちがやったことに対して反省をしていない。反省をしていないどころか反省をしている人たちのことを貶めるようなことを言う。しかもそれは本名ではなく、匿名という形でだ。本当に「作り話」だと思うのなら、なぜ本当の自分を明かした上で反論をしないのだろうか。

ちなみにこの本は'98年に発行されたものだけれど、おそらく、この本で取りあげられた元軍医や将校、特務や憲兵の人たちはみな亡くなってしまっただろう。この時代はまだ当事者が生きているからよかったとも言える。曲がりなりにも「反省し続けた人」が存在したから。しかし、今の時代、既に経験した人はいなくなり、誰も反省を口にする人はいなくなってしまった。そしてだんだん「虐殺はなかった」だの「慰安婦はウソだ」だのという話しか残らなくなってきている。そういう世の中を今、わたしは生きているのだ。そう思うと非常に怖い。わたしはこの戦争に対して日本はきちんと謝罪するべきだと思うし(「何回も日本は謝罪しているではないか。これ以上謝り続ける必要はない」と思う人もいると思うが、日本は本当に謝罪すべき人に謝罪していないと思うし、だからこそ今の今まで「日本は謝罪しろ」と言われ続けているのだとも思う)、このことは後世に語り継がなければならないと思っている。それが平和への道だと思っているが、いかんせん、わたしがこの戦争を経験したわけではないので「弱い」のだ。わたしができることはこのような場で自分の意見を細々と述べるしかない。述べないより述べる方がまだマシかなとは思っているが。

本の話に戻ろう。

これらの人たちは最初から自ら「自分は悪いことをした」と思っているわけではない。大抵の人が「あれは戦争状態だったし、自分は上からなされた命令に従っただけで、あのときは仕方がなかったのだ」と思っている。戦争が終わってソ連に捕らえられ、そして強制収容所で働かされ、そして中国に引き渡されている。中国に収監された時点ではほとんどの人が「悪いことをした」とは思っていない。中には「あれだけひどいことをしたのだから、自分も同じ目に遭うかも知れない」と思っている人はいるが。しかし中国側は戦犯たちを日本兵にされたときと同じことを全くしなかった。逆に丁重にもてなし、温かいご飯が与えられ、病気にかかれば手厚い看護も受けられた。中国政府がなぜこのような扱いをしたのか、それはわたしにはよく分からない。この本に書かれている誰もが「なぜこんなに丁寧な扱いをするのだろう」と思い、そして「それに比べて自分は中国人に対してなんてひどいことをしてしまったのだ」という気持ちにさせている。心理作戦としては上出来だ。しかし果たして心理作戦のためだけにこんなに丁寧な扱いを中国政府はしたのだろうか?わたしはそこに中国政府としてなんらかの「意図」があったのでは、と思っている。国がただ「戦犯に自分がやったことを吐かせよう」と思ってこのようなことをしたとは到底思えない。意地悪い見方かもしれないが、国というのは絶対に何か「自分の利益」になるようなことを考えていると思う。それはただ、中国政府は国際社会に「戦犯に対してこのように丁重に扱った」ということを国際社会に見せたかったのかも知れない。「共産主義」が日本に根付くようにさせたかったのかも知れない。しかしそれ以上にわたしの考えの及ばない「意図」があったのかも知れない。

最初に書いたように著者は「真に反省する、ということは(相手の身になって)悲しむこと」と述べているし、相手の身になって悲しむことができる人が、裏を返せば本当に喜べる人だ、とも述べている。頭だけの反省は上滑りするし、反省するときも自分をよく見せようとする。そしてここに出てくる人たち皆が皆、真の反省をしている、とは書いていない。戦後50年経ってようやくそこにたどり着けた人もいるし、まだの人もいると考えている。これを読むと真に反省することがどんなに難しいことなのかがよく分かる。

ただ、一つ思ったのは、戦時中、「戦争栄養失調」という今で言う「拒食症」のような症状になって死んでしまう兵士も存在したそうだ。それ以外にもうつ状態になり、しばらく休養するとよくなるのだが「よくなったから戦場に戻れ」と言われると自殺をしてしまう。これは戦争の環境に耐えられない人たちがいたということだ。戦場では人(この場合は中国人)を人扱いしない。「度胸付け」のためにいとも簡単に首をはねる。女がいたら強姦してその後証拠が残らないように殺す。食糧を調達したあと村に放火する。死ぬか死なないかのギリギリのところまで拷問し、用が済むと殺す。七三一部隊で「○人必要」と言われれば、調達して引き渡す。そして生きながら切り刻まれて殺され、細菌に感染させられ殺される。そのようなことが日常に起こる。これでは精神がおかしくなるだろう。おかしくなる方が普通だと思うのだ。わたしもうつ病を患ったことがあるので、その環境に耐えられない、という気持ちがすごくよく分かる。しかし逃げたくても戦場から逃げるわけにはいかない。どんなにつらかっただろうと思う。

しかし一方、最初は「ひどい」と思うものの、それに慣れてしまう人たちもたくさん存在する。いや、そういう人が多くなければ戦争は継続できなかっただろうが、それに対しては「人間ってそういうものなんだろうか」と思ってしまう。思ってしまうが、有名な心理検査で、被験者は、間違った回答をした人に対して罰として電流を流す、というのがある。回答を間違えるたびにだんだん高電流を流すことになっているのだが、被験者は命令されると平気で高電流を流すようになる(だいぶ端折って書いたけど(^^;)。この実験、100人に対して行なわれたそうだが、途中で「止める」と言った人はたったの2人、しかも「自分の意志で止める」と答えた人はたったの1人だったらしい。人間は上から命令されると平気で残虐なことができる性質を持っているのかも知れない。わたしも今は「そんなことはできるわけがないだろう」と思っているが、誰かに命令されたら自分の意志に背いてひどいことをしてしまうかも知れない。そういう可能性があるんだということを脳裏にとどめておかなければならない。しかし、周りの人が「殺人鬼」になっていくのに、自分だけが「人を殺すのは嫌だ」と言えるだろうか?この本には戦争中も一人だけ「嫌だ」と言い続けた人が出てくる。そして日本に戻ってきてからも軍人恩給を受けなかった。しかしそこでも「なぜ受けないのか」という周囲の圧力がある。役所から何度も何度も「手続きをしてくれ」という連絡がある。しかしそれも断わり続ける。なんてすごい人なのだろうと思う。そういう人にわたしもなりたいと思う。思うが実際のところ、それができるかは自信がない、、

この本の最後の方は親が憲兵だった、という人の話が出てくる。そこでは生前は戦争で何をやったのか全く語らなかったが、死に際に「この文字を墓に彫ってくれ」と娘に言って亡くなる父親が出てくる。その文字は「中国人民に対してなしたる行為は申し訳なく、ひたすらお詫び申し上げます」というものだった。娘は父親が一体戦争で何をしたのか、調べ始めるが、結局は分からない。手がかりに結びつくかと思って人を訪ねれば「あの頃の情景」や「引き揚げに苦労した」という思い出話しか出てこない。戦争で何をやったか、については全く話してくれないので、父親が何をやったのかさっぱりわからないのだ。結局彼女は父親が本当は何をやったのか、想像すると怖いと思いつつ、2つの短編小説を書く。書いて自分の心を昇華させ「父のやったことを自分が引き受ける」と決意する。そして今まで父親が「墓に彫ってくれ」と言い残した文字は弟と伯父が「そんなのを彫りつけるのは嫌だ」と言って彫られなかったのが、弟の死後、甥と「お墓に彫ろう」というところで終わる。そこには「時代は少しずつ変わっている。わたしたち戦後世代は、尋ね聞くことができる状況やっと到達した。聞く力をようやく持ちつつある。」と書かれてるんだけど、これについては「甘い」としか言いようがない。だって聞く力を持ちつつあるけど、話してくれる人はもういないじゃん。

わたし自身の話になるけど、日記でも何回か書いたが、わたしには血の繋がってない祖父がいて、その祖父は戦争中、中国でひどいことをした、らしい。しかし知っているのは「ひどいことをした」というだけで、その具体的な内容については知らないのだ。今、生きていれば絶対に聞いていたと思う。けれどその祖父はわたしが大学生だったか大学院の頃だったかに亡くなってしまって、全く聞いてない。まぁもともと遠くに住んでいて会えるのはお盆と正月しかなかった、ってこともあるだろうが、それにしても大学生くらいのときになんで聞いておかなかったんだろう、と後悔している。が、あのときはこういうことは全然考えてなかったんだよね。ちなみに血は繋がってないが、血が繋がっていないと言うことはわたしが結構大きくなって聞いたので、感覚的には血が繋がっている祖父と全く変わらない。そして祖父の身近にいた祖母だが、こちらの方ももう既に鬼籍に入ってしまったので、聞くことはできない。もし祖父が語っていたとすれば、わたしの叔父や叔母だが、これも滅多なときでないと会えないので聞く機会がない。こういうことは「いつまでも聞けるわけじゃない。年月には限りがある」ってことを否が応でも実感する。だから上の文章は「甘い」のだ。

戦争は被害からは語りやすい。わたしは一方「被爆二世」の当事者であるので、やはり被害の面から語りがちだ。しかしそれはやはり「一面」でしかないのだ。加害と被害、両方併せて初めて「戦争を語る」ことになるのではないだろうか。しかし「加害」は伝わりにくいのは確かだ。人は「自分が自分の意志でやったこと」については非常に言いづらいらしい。やはり「ひどい人間だ」と思われたくないからだろうか。わたしも「語り継ぐことは必要」と思っているが、実際に自分が加害側になったとき、人に話せる勇気が持てるだろうか。「人がやったこと」だから語り継げると思っているのだろうか。そこのところは正直よく分からない。

わたしはこの本を読みながら、祖父のことを思った。祖父はシベリア送りになったが、この本に書いてある人たちのようにソ連から中国には引き渡されていないはずだ。それはなぜなのか。祖父はどんなことをしたのか。そして祖父も「シベリア帰り」ということで就職できなかったんだろうか。たしかずっと自営業をしていたはずだ。「アカ」と言われたのだろうか。そして祖父は戦後、どのように生きてきたんだろう。どのような思いで生きてきたんだろう。わたしが見た祖父の姿はホンの一瞬でしかなかった、と思う。祖父の日常を知りたかった。

この本はそういう思いも一緒に持たせてくれた本だった。
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