04-20 Fri , 2012
レズビアンになったきっかけ?(その1)
このブログは頻繁に「レズ きっかけ」「レズになった理由」「なぜレズビアンになるのか」「ビアン 気づく」「ビアン きっかけ」などの検索用語で引っかかっている。「ビアン」という用語で検索を掛けてくる人はおそらく当事者だろう。日本では「レズ」という言葉の印象があまりに悪いため(ポルノチックなイメージがあるなど)、当事者は自らのことを「ビアン」と呼ぶ人が多いからだ。ただ、この言葉に出会う前は当事者でも「レズ」以外の言葉を知らないため、「レズ」という言葉を使うこともあるし、この言葉が汚辱にまみれていると知っていてわざと「レズ」を使う当事者もいる。「レズ」と検索を掛けてくる人は「ビアン」という言葉に出会う前の当事者か、当事者以外の人だろうと思っている。

ちなみにわたしは「レズ」にはやはり嫌なイメージがあるので、自らのことは「レズ」とは呼ばず、さりとて「ビアン」では一般の人には通じないので、「レズビアン」と略さない形で言ったり書いたりしている(と言ってもこのブログの初期の方では「ビアン」を使っている。あるときに「ビアンじゃ一般人に通じんじゃん」と思って「レズビアン」表記に変えた)。

随分前の話だが、性的少数者(セクマイ)関係ではないオフ会に行ったことがある。もちろんわたしはレズビアンをカミングアウトしてるし、そこでも平気で彼女との話をしたりしていたのだが、オフ会が始まっていろいろ話をした後、急に「Ronさんはなんでレズになったんですか?」と聞かれた。その人はダンナさんと来てた女の人で、ダンナさんから「そんな失礼なこと聞いちゃダメじゃないか」と言われてたのだが、もしネットで全く知らない人から「なんでレズになったんですか」とメールで聞かれたのなら、わたしは「まずそれが全く知らない人に対して使う言葉か。当事者以外に『レズ』とは呼ばれたくないわ」と思い、返事もしないところだが、会って話している人は別だ。そこでは「じゃあ、あなたはいつ異性愛者になったんですか?」って聞き返したのだが、先方はその意味がよく分からなかったようだ。

しかし、この質問をずばっと目の前でされてから「やっぱり異性愛者の人はそう思ってるんだなあ」と思って逆に感心してしまったほどだったんだけどね。

ちなみにわたしが「じゃあ、あなたはいつ異性愛者になったんですか?」ってその人に聞いたのは、わたしが「自分はレズビアンに『なった』」とは考えてないからだ。あるときまで異性愛者で、それから何かがあって、それでわたしはレズビアンに「なった」わけじゃない。生まれつきレズビアンだった。そのことにあるとき「気が付いた」だけなのだ。

よく「レズに目覚める」とか言われるけど、それって女が無理矢理女にセックスされて、その気持ちよさに同性に目覚めて、という三流のポルノに出てくる話のようで、わたしはあんまり好きじゃないんだけどね、そういう話。まぁ中にはそういう人もいるかも知れない。それはわたしは否定しない。というか、否定するしないじゃなく、存在するしないだからね。そういう人は「わたしはレズに目覚めた」と言うかも知れない。

けど、今、世に出ているゲイやレズビアンの「カミングアウト本」を読むと、全然そうじゃないよね。ちなみにゲイやレズビアンのカミングアウト本はいろいろ出ているが、わたしはつい最近「ボクの彼氏はどこにいる?」(石川大我著)、「先生のレズビアン宣言―つながるためのカムアウト」(池田久美子著)、「カミングアウト―自分らしさを見つける旅」(尾辻かな子著)、「Coming OUT!」(笹野みちる著)を読んだのだが(尾辻さんの本と笹野さんの本は再読)、同じ同性愛者でも全然違うんだな、って思うんだよね。

っていうか、これらの本は4冊とも違うのだが、それでもわたしからすると「かなり似通っている」。彼らはかなり幼いというか、小さい頃からなんとなく「同性に惹かれる自分」に気が付いている。そして学校生活はそのことを隠したりするために、かなり苦労したりしている(笹野みちるは違うけどね)。多分、こういうのが「同性愛者」の一般的な姿なのかなーと思う一方、それとは全然違った形で「気が付いたわたし」は、一体なんなのだろう、とか、どうしてなのだろうとつい、考えてしまうのだ。

池田さんや笹野さん、特に笹野さんは女子校出身ということで「周囲に男友達が全くいなかった」と書かれている。尾辻さんは共学だったみたいだけど、やることが男っぽいということで、同級生から「尾辻は中性」と冷やかされて、それを懸命に否定してる。

わたしは全く逆なのだ。多分、わたしのようなケースは稀なんだろうけど。。で、稀だからこそ「一般論」で語れないんだよねえ。どこが「稀」かというと「他人から何を言われようと気にしない性格」だったことと、あとわたしは「ジェンダー(社会的、文化的な性)」が女でも男でもなかったこと、それと「ジェンダー受容体」みたいなものが欠けてるからだと思う。って書くとわけが分からないだろうけどね。しかも「性的指向」と「ジェンダー」は本来、全然関係ないものなんだよね。でも特にレズビアンの人のカミングアウト本を読むと、性的指向とジェンダーがごっちゃになって出てくるんだよね。それはやっぱり「女は女らしく」って周囲からの圧力が大きいからだと思う。

って書くと「やっぱりレズビアンは男っぽいのか。。」と思われるかも知れないけど、これも全然違う。しかし、一般には「レズビアンは男っぽい」と思われてる割に、AVなんかで出てくる「レズもの」の女優さんは全然男っぽくなく、むしろ「艶めかしいイメージ」があるわけで、こう考えるといかにマジョリティーに「都合良く」考えられてるかって分かるよねー。

というわけで、長くなったけど、わたしがレズビアンだって気が付いたまでを次から書いていきたいと思う。→その2
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