03-29 Thu , 2012
言ってみた
昨日も書いたけど、最近は心臓がばくばくするのと緊張感でいっぱいなのに、身体の方はそれに耐えきれず絶えず眠い。今日も一応朝8時からカーネーションは見たものの、見た後にまたすぐ寝て、10時過ぎまで寝てた。10時過ぎてから起きたのも、彼女に「朝の薬飲むためには、もう食べなきゃ」ってことで起こされたので、本当はまだまだ寝ていたかった。

そんな状況の中、全然期待しないでカウンセリングに行ってきた。

一応今の状況と、今のカウンセリングに不満を持っていることは言ってきた。先週カウンセリングが終わった後は「あれだけ悩んで行き詰まっていると言ったのに、なんのアドバイスというか、考え方の方向性も示されず、結局、またこの一週間苦しめと言われているような気がして絶望的な気分になった」と言った。

そしたらわたしの姿が「誰かにアドバイスを求めているにもかかわらず、誰の意見をも拒絶するように見えた」と言われた。だから「そんなことはないです。現に帰ってから彼女の提案を受け入れていますけど」って言ったんだけど、拒絶されそうだったからと言って何も言わないってことは「あり」なんだろうか、、、

それにさ、精神科の主治医からはわたしが思い切ってやったことに対して「エネルギーがすごくいったと思うけど、大きな前進でしたね」と言ってもらえた。けど、カウンセラーさんにはそういうことは一言も言われず。まぁ言って欲しいとは思わなかったけどさぁ。でもこれだけ人が苦しんでやったことに対してさぁ、何か一言くらい言ってくれてもいいんじゃないのかなあ?なんかカウンセリングって「共感」すらしてもらえないの?

それとあと「わたしはこの先、自分がどうなるのかさっぱり分からない。どうなりたいのかも分からない。カウンセリングというのは、一つの目標に向かって、それに対してどういう風に進んでいくのかを話し合っていくと思うので、こういう風に自分自身の目標が設定されなければ、やってるカウンセラーさんの方もどういう風に進んでいっていいのか分からないんじゃないですかねえ」とちょっとイヤミみたいなことも言ってきた。

それについては「カウンセリングというのは、こういう方法とこういう方法があって」みたいな話をしてたけど、結局は「じゃあ、来週はカウンセリングの意義について話しましょう」ところで終わってしまった。

だいたい毎週のように「じゃあ次はこれこれについて、、」と言われながら、次週、そのことについて話し合ったことはない。そのことも指摘しようかと思ったけれど、まぁそれは来週、そういう話にならなかったら文句言えばいいかなと思って、今回は言わなかった。

なので「カウンセリングの意義についてカウンセリングをする」という変な方向に話は進みつつある。それが果たして自分のためになるのか、さっぱり分からない。しかもわたしは依然として苦しいままだ。その苦しさについてももちろん話したが、そういうのは一体どうなるんだろうね。わたしにはさっぱり分からん。早くこの苦しさからも解放されたいのに。ただこの苦しさ、話したところでどうにもなるわけじゃないって自分でも分かるからさー。「この苦しいのを早くなんとかして下さい」って言っても仕方ないって思っちゃうからさー。でもそういうことも話さなきゃならないのかな。

なんだか、精神科の主治医には「思ったことはなんでも話せ」と言われたけど、つい「そうは言っても相談された側はそんなこと言われても困るだろうな」って思っちゃうんだよね。それはカウンセリングを信じ切ってない証拠とも言えるが、そういう認識を改めなきゃならないんだろうか。

だけど、何も信頼できる要因もないまま、むやみやたらと信頼なんかできないしねぇ。

そういうのは「信頼できないんだよ」と言ってぶつかっていくしいかないのかねぇ。

そういうのが「カウンセリング」ってものなのかねぇ?
20:12 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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