02-10 Thu , 2011
軽い
今日は朝から突然心が軽くなった。原因はもちろん不明。薬はちゃんと飲んでいるが。

昨日までの状態からすると、心が軽いのはなんて楽なんだろう、ってこと。

昨日までの数週間は、心が重くて、がんじがらめで、生きているのがやっと。いや、生きているのすらイヤでたまらず、ずっと消えてしまいたい、って思ってた。こんな状況で明日も明後日も生きなければならないのなら、人生って、生きているだけでなんてつらいんだろうって思ってた。

確かにそのときの状態は自分にだって「異常」だと分かる。でも異常なのは分かるんだけど、心が軽くなった状態は全く想像ができない。生きているのがこんなに楽だってこと、思えもしない。分かるのは、心が軽くなったときに「あの状態は確かに異常だったんだ」ってことだけ。渦中にいるときは、ただ苦しくて、苦しくて仕方なく、どうすることもできない。

これが「病気」なんだ、って思う。

うつ病は、身体はどこも異常がなく、頭だけ変になるから、なかなか病気だってこと、気づけないけど、でもやっぱり昨日と今日、これだけ状態が違うってことは、やっぱり病気なんだって思う。でも、心が重いときは、この状態が病気とすら考えられなく、すべてが自分のせいのように感じられてしまう。こういう状態になっているのはすべて自分のせいなんだ、って、そういうことしか思えない。とても巧妙にできている病気だよね、ホント。。あの状態が「病気だ」って気づくことができれば、もっと自分をいたわろうとすることができるのに。いたわってもそれは罪悪じゃないって思えるのに。

ここ数週間は、本当に朝起きるのがつらく、それがどんどんひどくなっていくようなので、彼女が今日、飲んでる薬のせいじゃないだろうか、って病院に電話したんだけど、精神科の主治医は「あの薬ではこういう副作用は考えられません」と言ったそうだ。そして今度の診察までは薬を飲みつづけることと、あと「想像以上に疲れているようなので、寝るのが仕事だと思って下さい。これはちゃんと本人に伝えて下さい」と言ったらしい。

確かに「勉強するより寝た方がいいんじゃない」とは言われる。しかし、実はそれだと本人には「本当は勉強した方がいいとは思うけど、心が弱くてできそうにないみたいだから寝たら?」という風に「翻訳」して聞こえる。そうすると、寝るのは罪悪感でいっぱいで、やりたくない気持ちを振り絞っても勉強をしなければ、という気にさせてしまう。本当に本気で「寝なさい」と言われるか、強い口調で断定した感じで言われなければ、本人の罪悪感は消えない。強い口調で言われて初めて「ホントかな?」と言う気になれる。心が少しだけ軽くなる。

多分「寝れば?」と言われても、あれをしなければいけない、これもしなければいけない、と反論することがある、というか、反論する。確かに本人はそう思っている。これもあれもやらないと心の中が罪悪感でいっぱいになるから。だけど、心のどこかでは「しんどいからやりたくない」とも思っている。そこのところを逆手にとって「そんなことはやらなくていい。できないほど頭は付かれているんだ。それより休みなさい」と言ってくれれば、どんなに楽になるか。いや、本人は分かっているのだ、そう思っててもできない、と。だけど、それよりも罪悪感でいっぱいなのだ。やらなければ自分は何のために生きているのか分からない、何かをやらなくては、生きている甲斐がない、と。

そこまで分かっているんだったら、自分で勝手に休め、といわれるかも知れない。しかし、それができないからやっかいなのだ。ここのところは本当に他人に頼るしかない、と思う。「自分は休んでもいいのだ」と思わせること、それがうつ病で苦しんでいる人の周囲の人がやらなければならないこと。正直、それに尽きると思う。

心が軽くなったからトンネルを抜けたとは思わない。明日はまた、心が重くなっているかも知れない。今はその不安で嫌な気持ちになりかけるが、明日は明日の風が吹く。心が重くなったら、またひたすら耐えるしかない。
19:01 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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