10-11 Mon , 2010
雨だけどハレの日
10月9日は「関西レインボーパレード2010」に行ってきた。

前日から大阪入りしたんだけど、大阪に着いたらもう雨が降ってた。雨が降りやすいことは当然知ってて、雨の中のパレードになるかも知れないと思ったので、ずっと前、野球観戦用に買ったGORE-TEXの上着(と言っても寒い時期はこれを防寒具として日常に使ってるんだけど)を持って行ったのだが、肝心の傘を忘れてしまった。。目の前で雨が降ってるところを見て初めて「あ、傘忘れた」と気が付いた始末。仕方ないのでホテルの傘を借りた。

翌日の天気予報では午前6時~9時までは曇りの予報だったので、それにちょっと期待したのだが、残念ながら朝起きてみると強い雨が降っている。集合時間はいつも通り9時ではあったが、雨天の場合はどうなるか指示が出ると言うことで、ホテルで待機。そのうち雨が弱くなり「おお、行けそう?」と思った9時半に「予定通りやるから楽器を持って集合場所へ」との連絡が。ホテルを出て集合場所に向かう。今年の集合場所はいつもの中之島公園の女神像のところではなく、もっと東側の高速の高架下だった。高架の下で雨がしのげるので今年、ここが集合場所で本当によかったと思う。

地下鉄に乗って集合場所の最寄り駅「北浜」に着いたときは、またもや雨が降っていた。しかも結構強い雨。結局この雨はこのあとパレード終了後までずーっと止むことなく降り続くんだけどね。このときは「また止めばいいなあ」って思ってた。で、わたしが集合場所に着いた頃はもう多くの人が楽器持って個人連をしているところだった。わたしが着いたあと、責任者から「今日は(パレード終了後に毎回やる)お帰りなさい演奏はなし、その代わり、パレードが始まる前に5分演奏をする」という話を聞いた。またパレード自体は「個人の判断で」行なって下さい、というものだった。雨は強く、ほとんど止むと言うことは期待できそうになかったが「雨が強いから楽器は吹かない」と言う人は一人もいなかった。みんな、濡れないよう大きな袋に楽器を入れて、吹くところだけは出しておく、みたいにしてた。トロンボーンは残念ながら、楽器全体を包むということが出来ない楽器なので、そういう処理を施す人は誰もいなかったけど。

わたし自身はそのとき、雨で楽器が濡れることはとてもイヤだったけれど、誰かが楽器を吹いてパレードをするならやりたいって思ってた。だって、せっかくそういう「場」があって、そして吹いて参加したら絶対に楽しい、って分かってるところなのに、それを敢えて自分から「やらない」とはとてもじゃないけど判断できなかった。

ところが、もうすぐオープニング開始ってところで、主催者から「Brass MIX!とエイサーは主催者側の判断でパレードは中止。その代わり、演奏(演舞?)をパレード出発前にやってもらう」とのアナウンスがあった。その直後、Brass MIX!責任者からも同じことが告げられ、それプラス、パレード前に25分時間をもらったので、パレードでやる曲全曲と、最後に「PROUD MARY」を演奏することにする、と言われた。正直、そのことでわたしは随分ホッとしたし、メンバーの中でも「絶対に吹いてパレードしたい」という声は(わたしには)聞こえてこなかったので、他の人ももしかすると同じことを思っていたのかも知れないと思う。それに今までパレードで吹く曲全曲を観客の前で披露する、ということがなかったし、雨の中だけれど落ちついて聞いてもらえる環境で合奏できることがとても嬉しかった。

ってことで、そのことが決まってから割とすぐに演奏開始。「We are the world」以外はまぁまぁ、最後の「PROUD MARY」は自分の中ではよく吹けたと思う。「We are the world」は東京のパレードの時からテンポが速すぎで、これをもうちょっと遅くしてもらいたいと思っていたので、今回一通りの練習が終わったあとに責任者に「もうちょっと遅くして欲しい」って頼んで、そうなることが決まってたんだよね。それで確かにこの曲が始まる前のバッテリーのテンポは今までよりちょっと遅めになってたんだけど、結局は走っちゃって、気が付いたらすごい速いテンポになってた。。そこのところちょっと残念だったけどね。

雨のため楽器を吹いてパレードできなかったのは返す返すも残念なことではあったけれど、あれが最善の判断で、そしてその中で演奏できただけでもよかったと思う。

で、このパレードには友だちも来てて、本来ならわたしはBrass MIX!で、友だちとわたしの彼女は一緒にどこかのフロートで歩く、ということになってたのだけれど、わたしがBrass MIX!で歩けなくなってしまったので、みんなで歩くことになった。それはね、本当にちょうどよかった。そして、わたしにとってはパレードを楽器なしで歩くのは初めての経験だったんだよね。まー、そのことについては「いつか経験すること」と思ってたし、だからといってあんまりどうこうとは思うこともなかったんだけどね、実のところ。そういう点では「予想の範囲内」といったところだった。

ただ、自分の中では楽器を吹きながらパレードする、ってことに、こう書くとイヤなんだけど、優越感、みたいなのはかなりあったと思う。沿道の人から注目されるのは嬉しいし。「ただ歩くだけのパレードとは違う」って、表だっては思ってなかったんだけど、よくよく考えると、結構この意識は強かったんじゃないかな。というのも、ただ歩くだけのパレードでびっくりしたのは、沿道を一緒に歩く人がものすごく多かったからなんだよね。

実はわたし、Brass MIX!でパレードしているとき、沿道を一緒に歩く人がいるのはもちろん知ってて、その理由は「音楽をずっと聴いていたいから」だと思ってた。だから、Brass MIX!以外、沿道を一緒に歩く人がこんなに多いなんて全く思ってもみなかった。

ところがところが。沿道を一緒に歩く人の多かったこと。その人たちとずっと同じ速さで歩いているわけではなく、大抵が道路を歩くよりも速いペースで沿道を歩いて行ってしまうのだけれど、後から後からずーっと沿道を歩いている人が来る。それは単なる「通りすがりの人」じゃなく、明らかに「このパレードがどんなパレードが知っている人」が歩いている。それ以外にも沿道から止まってみている人、カメラを向ける人の多いこと多いこと。沿道から止まってみている人も、明らかに「このパレードがどんなパレードかを知ってみている人」が多かった。見た目で判断してはいけないけれど、こちらの目から見ると「イカニモ」の人たちなんだよね(もちろん、ゲイだけじゃなくってね)。逆にこのパレードが一体何であるか知らないで見ている人の数ってすごく少ないような気がする、心斎橋付近の混雑するエリアを除いては。

それって一体、どういうことなんだろう?だって、人がただ、傘差して歩いているだけの、全く面白みもないものなんだよ。そんなのを見て一体何が楽しいんだろう?こんなものの画像を撮ったりビデオに撮ったりすることに一体、なんの意味があるんだろうか?そういう思いがパレードしながら、わたしの頭の中をぐるぐるしていた(ぐるぐる考えているうちに、ああ、自分の中では楽器を吹いてパレードすると言うことはかなり自分の中で優越感があったんだということに気が付いた)。

一つ考えられるのは、隊列に加わるなんてとてもじゃないけどできないよ、と思ってる人の存在だ。それは「地元だから歩くのに抵抗感がある(知り合いの人に発見されたらどうしようかと思う)人」や「性的少数者として自分が見られることに耐えられない人」だ。そういう人は確かにいるだろう。そういう人がいることは理解できる。しかし、こんなに多くの人がみな、そうなんだろうかと思うと、それは絶対に違うと思う。じゃ、それ以外の理由って何か存在するのだろうか?わたしが今、ここを歩いていることはどういう意義があるのだろう?隊列に加われない人を力づけるため?いや、わたしはそのために歩いてるんじゃない。では性的少数者の可視化のため?少し前ならおそらくこのことは自分の中では「大義名分」になっていただろうが、今はそういうことは考えたくない。だったら一体何のために自分は歩くのか?友だちと話しながら歩くのは楽しい。滅多に会うチャンスのない人たちだしね。しかしただ「楽しいから」という理由でいいのだろうか?もっと何か、別の意味があるんじゃないか?

一方で友だちと語りつつも、わたしの頭の中はそういう思いでいっぱいでね。実はパレードが終わってからもこの思いはずっとわたしの中にある。翌日、扇町公園でやってたPLuS+のイベントにも行ったのだけれど、こういう思いが消えなくて、じゃあ一体、パレードの実行委員の人たちはなんのためにパレードとかかわっているんだろう?という疑問が湧き上がってきたので、関パレブースに行って、個人的に知り合いの実行委員の人たちにその疑問をぶつけたりした。各々帰ってきた答えというのは、わたしが予想していたようなものじゃなかったのがとても興味深かったし、それを自分に返して考えてみると、ただ楽しいだけが目的でもいいじゃないか、という感じもした。けど、心のどこかで大義名分を欲しがっている自分もまだ存在する。

もちろん、パレードで(公道を)歩くという目的は人それぞれだろう。今回も友だちと話していて、その友だちが「やっぱりただ歩くだけではなく、自分たちの主張も掲げないとね」って言っていた。性的少数者の可視化、とか自分を肯定できない性的少数者への自分からのメッセージを伝えるためには、やはりプラカードは必需品だろう。その目的はとても立派だと思うし、わたしもそれには賛成だ。もっとメッセージを持って歩く人が増えればいいのに、という友だちの主張にも賛成する。だけど、それを自分がしたいかというと、今はそういうことはあまりしたくないんだよね。でもなぜそれをあまりしたくないのかというと、その理由はよく分からないんだよね。。

そうそう、パレードの実行委員の人から聞いた話なんだけど、沿道を歩く人の中には「ま、ちょっと一区間でも参加するか」と思っている人もいるらしい。「全部歩くのはだるいし、けど、パレードには興味がある」という感じだろうか。わたしにはその思いはよく理解できないので(一部だけパレードと一緒に歩くことにどんな意味が?と思ってしまう)、そういうことをする人の気持ちを聞いてみたい気がするが、そういう感じで「ゆる~く」参加できるのもまたパレードの一つの側面なんだろう。

「沿道を歩く人がものすごい多いよね」と言ったわたしに対して「そうやねん」と答えた実行委員の笑顔はとても印象的だった。

今回、雨の中にもかかわらずパレードに参加したのは約550人だそうだ。でも、それ以外に沿道を歩いている人、沿道で見ている人を加えると、もっともっとパレードの参加者って多いと思う。昔のわたしなら「そういう人たちがいつかは公道を歩けるように」って思っただろうと思う。けど、今のわたしはそんなことは思わない。もちろん、パレードの参加人数が増えるのに越したことはないと思うけれど、でもどういう形でも参加したいと思ったら参加すればいい、と思う。

ただ、、関パレに関わっている人(実行委員)ってすごーく少ないんだよね。少ない人数であれだけのパレードをやってる。それが1回限りなら別に何も思わないところだけれど、パレードは毎年ある。あって当然ってなんとなくみんな思っている。けど、そうじゃない。毎回毎回すごい労力を掛けてパレードは開催されている。このままでいくと燃え尽きてしまう人たちが出てくる(いや、もう出ているかも知れない)んじゃないかと思ってとても心配なのだ。だから、まず、パレードを作り上げる人がもっと増えて欲しいって思う。まーわたしは遠く離れたところに住んでて、自分が参加できないクセによく言うよって思うんだけどね。それとともに、これだけの場を与えてくれるパレード実行委員の人に感謝するべきだって思う。それはべったり公道を歩いた人も、一瞬だけ沿道から参加した人も同じ。パレードはあって当たり前じゃない。当たり前じゃないことに感謝すべきだ。

わたしの中ではまだまだ「一体何のためにパレードするのか」という疑問が頭の中を駆け巡っている。この答えはおそらく当分見つからないだろう。けれど、関パレのパンフに書いてあった「パレードの目的」の言葉「このパレードを、多様な性を祝い合えるハレの日(お祭り)としたいと思います」には共感できる。天気は雨だったけど、あの日はわたしにとって「ハレの日」だったのだ。

「ハレの舞台」を造り出してくれた実行委員の人たちに感謝。そしてできることならまた来年、同じ舞台で会いたい。
17:10 | (性的少数者)イベントなど | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
綾です
最後のコメントの はれの日 が嬉しです。
来年どこまでできるか、今のところ分かりませんが、

私はしたいのだろうなって思ってます。
また会えるのを楽しみしてます。
Posted by: 匿名V at 2010/10/12 22:22 URL [ 編集] | page top↑
>綾さん
あ、綾さん。コメントありがとうございます。
そして今回のパレード、お疲れさまでした!

PLuS+の会場でたくさんお話しできたこと、嬉しかったです。
あんまり落ちついて話したことってなかったですからね~。

来年のパレード、ちょっと厳しいものになりそうですが、是非よろしくお願いします。
わたしは本当に遠くから見守るしかないのだけれど。。
でもやっぱり来年も関パレに出たいです。

今年は終わったばかりなので少し休んで英気を養ってから、また再び走り出して下さいね。いや、別に歩き始めるのでもスキップするのでもいいですけど。。

またいつかどこかでお会いしましょう!
Posted by: ron at 2010/10/13 16:15 URL [ 編集] | page top↑
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