09-22 Wed , 2010
危険なこと
他人を理解するために自分の体験と照らし合わせて考えがちだ。「あ、この構図はこれと似てる」と言って分かった気になる。

しかし、果たしてそういう行為がいいのかどうか。それってとても危険なことではないのか。自分の体験と照らし合わせて分かったような、理解したような気がしても、もし照らし合わせたものが照らし合わされたものと根本的に違っていたらどうなるのか。相手の方の悩みが深かったら、その行為は相手を矮小化することにならないか。

だったら、わたしは相手を理解するためにはどうすればいいのか。想像なしに「あるがまま」を本当に受け入れられるのか。理解するためには相手を受け入れなければならないのか。「分からない」まま相手を受け止めることは出来ないのか。「理解する」こと自体、傲慢じゃないのか。なら傲慢にならないようにはどうすればいいのか。

翻って、わたしは他人にどう理解されたいのか。本当につらかった経験ってのは、どういう想像をされようと他人には本当に理解できないって思ってるんじゃないのか。却って理解されたふりをされると腹が立つと思っていないか。受け入れるより受け止めて欲しいと思っているんじゃないのか。でも受け入れると受け止めるの違いはなんなのか。

もっともっと考えなきゃいけないな。
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