09-06 Mon , 2010
ジャンジさんのパフォーマンス
昨日、Living Together Loungeに行ってきた。

で、これ、書こうか書くまいか、いやそうじゃない。わたしは書きたい。書きたいのだが、果たして誰でも検索して読めるブログに書くべきか、それともmixiの全公開のみの日記にすべきか、それともいっそのこと「友人のみ公開」にするべきか、すごく迷った。わたしにとってそれくらい目の前で「全裸になられる」ということはインパクトがあったことだったからだ。

しかし、こうも考えた。彼女のパフォーマンスを全裸になったというだけで評価すべきじゃない、って。 あの一連のパフォーマンスは、彼女が何が言いたいか、が含まれているはずだ、絶対。それを読み取らなきゃ、って真剣に思った。

けどねー、そういうことを思っても、やっぱり一番強烈な記憶ってそこなんだよね。

わたし、ジャンジさんのパフォーマンスを見るのは初めてだったから、彼女がいつも最後には全裸になってるかどうかってのは全く知らない。でも、今のわたしにとっては彼女がいつも全裸になってるかどうか、ってのはそんなに大きな問題じゃない。もし、彼女のパフォーマンスを今後も見る機会があって、そこでまた全裸になったのなら「ああ、そうなんだ」って思うだろうし、それはそれでまた、別の感想も起こってくるに違いない。

けど、わたしは昨日の晩が初めてだった。

で、紙の衣装を破り捨てたら彼女は全裸だった。それに驚いて何が悪い。

わたしはびっくりしたよ、うん、びっくりした。とてもびっくりした。だってまさか下半身まで丸見えにしてるとはつゆほど思ってもなかったことなんだもの。

一緒に行ったわたしの彼女は、ジャンジさんが乳輪のところに付けてた内輪で仰ぐとくるくる回るものに対して「あれ、面白かった」と言った。

だけどわたしはジャンジさんの陰毛に目が釘付けだった。すごくきれいだった。入念な手入れをしてるんだろうな、そんなことを思った。そしてその陰毛に触れたらどんな感じなんだろうとか、その裏に隠されている彼女の性器は一体、どんな感じのものなんだろう、って、正直わたしはそこまで思ったよ。パフォーマンスやってるときに一瞬でもいいからチラッと見えないかしら、ってそんな不遜なことも思ったりもしたよ。もちろん、見えなかったけどね(笑)

パフォーマンスは一連の流れを評価しないといけないと思うけれども、しかし、あの中島みゆきの「世情」を流しながらのパフォーマンスは一体、何を訴えたかったのだろう?彼女は何かを追いかけていた。途中でズラを飛ばし、紙の衣装が(もちろん、最初から亀裂を入れていたのだろうけれども)破けていくほど、何かを追いかけていた。彼女は一体、何を追いかけてたんだろう?紙の衣装を破いてしまったあとは、内輪で顔(と胸)を仰ぎながら、せいせいした顔で、それでも歩き続けていた。ただ、既に何かを追いかけている顔ではなかった。

わたしが分かるのはこのくらい。情けないけど。追いかけていたものが「何か」は分からない。情けないけど。その「何か」とは、その前にパフォーマンスした、手を差し伸べるたびに転がされたり、すかされたり、というあの「何か」ともしかしたら同じものだったのだろうか?

ジャンジさんのパフォーマンスって、リップシンクしたり、ドラァグクイーンばりの化粧をしたり、と「ゲイ文化」が色濃くて、でも、それをやってるのは女性で、ってところがわたしには面白かった。

はー、なんかこれ書いたらなんだかすっきりした(笑)

多分、わたし自身、どこかで心を全裸にしたかったんだろうな。
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Posted by: at 2010/09/06 22:25 [ 編集] | page top↑
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