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06-09 Wed , 2010
ハートをつなごう HIV
「ハートをつなごう」のHIV(第1弾とかそういうのはついてないみたいなので、この先があるのかどうかよく分からないのだが。。)の感想を書こう、書こうと思いつつ、今になってしまった。本放送は5月31日から3日間、再放送は今日終わってしまったばかりなんだけれどもね。

しかし、本当は「書こう」とは思ったんだけど、同時に「書いてもいいのか?」という気持ちもあるんだよね。

わたし自身の話をすると、わたしがHIV/AIDSの問題に興味を持ったのは、2007年のちょうど今ごろ。そう、今年も行ってきたNLGRに同性結婚式を見に行ったのがきっかけだった。わたし、それまでNLGRの本来の趣旨とかそういうの、ちっとも知らなかった。だけど、そこで偶然聞いた「HIV陽性者の手記」。あれを聞かなければ、わたしはその後も毎年NLGRに行くことはなかった、とはっきり言える。逆にあれを聞いたからこそ、HIV/AIDSは男性同性愛者(というかMSM(Men who have Sex with Men:男性とSEXする男性)ね)だけの問題じゃない、自分自身の問題でもあるんだ、と思えた、いや、思い続けてこれたんだと思う。

それからのわたしは、極力情報を手に入れようとした。情報は求めようと思えば求められた。もともとakta(新宿にあるHIV/AIDS予防啓発のためのコミュニティーセンター)は知ってたし、HIV/AIDS啓発のゲイイベントはたくさんある。そういうものに行く中で人との繋がりもあったし、繋がりができればまたさらに情報が得られる、ということで、少なくとも何も知らなかった2007年当時に比べると、今は「それなり」なところにいると自分では思ってるし、HIV/AIDSの問題に対して、自分はどういう位置にいるべきなのか、ということもいろいろ考えて、今はなんとなく分かってきている感じもする。なんて書くと、ちょっと自慢してるのか、コイツなんて思われそうですごくイヤなんだけど、これは自慢じゃない。進歩なのだ。何かに触れて、何かを思う。すると前と同じ場所にはいられなくなる。それは事実だ。

しかし果たしてそういう人間がおそらくHIVというものについてほとんど知らない人向けに作ってある番組を見て、あれこれ言っていいものなんだろうか?って、ずっと思ってた。いや、今も思ってる。わたしが見て感想があるとすると、それは番組の内容じゃなくて、番組の構成、についての感想になってしまうような気がするのだ、どうしても。それがいいのかどうかは自分でもよく分からない。自分ではよく分からないが、しかし、番組を見ていろいろ思うところはある。

HIVのシリーズはなぜか2日じゃなくて3日だったけれど、3日全体を通して考えると、すごく考えられた構成だったと思う。HIVって、確かにMSMはハイリスクグループではあるけれど、でもこれはMSMだけの問題じゃない。わたしが一番危惧してるのは、異性愛者の人たちがHIV/AIDSに対して、あまり関心を持っていないような感じがすることだ。

「HIV/AIDS=ゲイの病気」と思ってる異性愛者の人はまだまだたくさんいると思う。だから、この3日間やった番組ではゲイと女性の陽性者がおそらく半々くらいの割合で出て来たんだと思う。ただ、、ここで思ったのは、異性愛者って自分のこと「自分は異性愛者です」とは言わないのね。番組に出てた陽性者の人でゲイの人は「自分はゲイです」って自分のセクシャリティーを明らかにする人が多かった。ところが番組に出て来た女性はそういうことは言わない。ただ、話の中で「(パートナーの代名詞として)彼が」という言葉が出て来て、そこから推測するに「この人は、、異性愛者なのかなあ~?」という感じなのだ。もしかしたらバイセクシャルかも知れない。本人がはっきり言わないんだから本当のところは分からない。ただ、一般的な習慣として異性愛者は自分のことを「異性愛者です」とカミングアウトする必要はない。それを考えるとやっぱり番組の中に出て来た女性は異性愛者なのかなと思うけど、それはやっぱり推測に過ぎない。

なんか話が前に進まないな(笑)

よく考えられている、というのは、陽性者として出て来た男女の比率のこと。「これはゲイだけの病気ではありません」というのを暗に示していたと思う。

ただね。同じ陽性者なのにゲイは顔出ししている人が何人かいるのに対し、女性はみんな顔出ししてなかったよね。もちろん、顔出しや音声を変えている理由、ってのは人それぞれだ。中にはお子さんのいる人もいたので、出せないとか、そういう理由の人もいるだろう。そして顔出しできない=責められるべきこと、ではない。だから、顔出しできなくて責めてるわけじゃない。ただ、ここから考えられることは、社会の成熟度なんだと思う。要するに異性愛者の世界では、まだまだ顔出しができないわけだ、と考えてふと気が付いたのは、異性愛者らしき女性の人は何人も出て来たのに、異性愛者らしき男性の人は一人もいなかった(もしかしたらいたけど自分のセクシャリティーを言ってないだけかも知れない可能性はある。男性のみんながみんな、セクシャリティーを明らかにしたわけじゃないから。でも少なくとも男性でパートナーの代名詞が「彼女」の人はいなかったと思う)、のは一体どういうことなんだろう、ということだ。

これ、陽性者の手記も同じなんだけど、陽性者の手記は圧倒的に男性、それもゲイ(MSM)が多い。女性の手記は少ない。けど、異性愛者の男性の手記って記憶にある限りではほとんどなかったと思う。異性愛者の男性は女性に比べて感染者が少ないのか?と思って、最近出たエイズ動向委員会報告の「HIV感染者及びAIDS患者の国籍別、性別、感染経路別報告数の累計」を見てみる。平成22年3月28日までの累計は異性間の性的接触で感染した男性は2,004人、女性は574人。HIV+AIDSの合計を見ても、異性間の性的接触で感染した男性は3,539人、女性は756人だ。確かに異性間の性的接触の中には実は同性間の性的接触があった人が結構含まれている、みたいなことも聞いたことがあるが、これは国でまとめた調査なのだ。国はこの結果で動いている。実態がどうであろうと。とすると、異性愛者の男性は女性よりも数倍も感染者がいることになる。なのになぜ、番組に出てこないどころか手記もほとんど見かけないのか?

その理由を考えるに、結局、異性愛者の男性の世界は、女性の世界に比べてまだまだ遅れている、ということではないのか。ゲイの世界が一番進んでいて、ある程度顔出しできる環境も整ってきた。異性愛者の女性の世界も顔出しはできないが手記を書いたり番組に出演したりすることができる。だけど異性愛者の男性の世界は声を挙げることすらできないのだ。そう考えると愕然としてくる。3日目に出て来た女性は「過去の自分と同じようなことに悩んでいる人に伝えたくて番組に出た」と言った。陽性者の中では「自分にできることを何かしたくて」外に発信する人も多いと聞く。でも今のところ、異性愛者の世界では女性にはできて、男性にはできない。そこの間の差は一体、どういうことなのだろうか。

1日目の内容は子供を持つ女性の陽性者の話だった。

障碍者枠で就職しようとして何十社だったかな、百何十社だったかな、忘れたけど断わり続けられた、という話。断わられた理由に「お互いの知識が足りない」って。。足りないのはアンタのところの知識だろ。なぜそれを陽性者にまで押しつける?「社員に気が付かれたときにパニックになると困る」というんなら、社員に対して教育すればいいじゃないか。そして職を得てからも健常者に負けないくらい頑張り続けた、という話。周囲に受け入れられるためにはなぜ、人一倍頑張らなければならないのだろう。「いい人だから」受け入れられる、というのは絶対におかしい。でもこれって、性的少数者の話でもよくある話なんだよね。。カミングアウトして受け入れられるとき「いい人だし」とか「仕事は真面目にしているし」というのが付いてきたりすることがある。いい人じゃないと受け入れられない?仕事真面目にやらないとダメなの?この話はどうしても性的少数者と被ってしまって、不覚にも涙が出て来た。

そしてこの1日目を見てわたしは「ああ、わたしって差別されるのが嫌いなんだ」って改めて思った、というか、まぁ、差別されるのが好きな人ってそんなにいないと思うけれどね。自分が差別されるのも嫌いだけど、他人が差別されるのも嫌いなんだ、わたしは。そこはちょっと今後の自分の生き方について、ヒントをもらったような気がした。

悪いのは陽性者ではなくこの社会なんだ、という作りの導入部で、うまい入り方をしたな、と思った(笑)

あ、ただし。一つ引っかかったことがあった。それは障碍者手帳の取得の話だ。わたしの記憶するところによると、免疫不全で障碍者手帳を取得するのは服薬をするようになったときであって、HIV陽性者と判明=障碍者手帳が取得できる、ではない。まぁ例外はあるらしいけども。番組の感じだとHIV陽性者だったら障碍者手帳を持ってる、みたいなニュアンスだったので、ちょっと誤解を招くような感じではあるなあと思った。

2日目は主にゲイの陽性者の話。LIFE東海、という団体の代表を務めているシンヤさん、って人の話だったけど、実はNLGRでLIFE東海のブースがあって、そこにシンヤさんがいらしたので直接話してきたのだった(笑)まー、この回はLiving Together Loungeの話とか、デリヘルボーイ(番組の中では「デリバリーボーイ」って書いてあったけど、計画自体は「デリヘルプロジェクト」だよね?)の話とか、デリヘルボーイの中に女性とか異性愛男性がいるのは知らなかったけれど、わたしにとってはそんなに目新しくない、そんな話だった。

そうそう、Living Togetherで思い出したんだけど、「HIVを持っている人も そうじゃない人も 僕らはもう一緒に生きている」という標語(?)があるよね。でもわたし、どこだったか忘れたけれど「どちらか分からない人も」って言葉が挟まれているのを聞いたことがあって、そのとき「そうだよな、多分、どちらか分からない人、ってのが一番多いんだろうなー」って思ったの。検査を受けてない人でSEXしたことある人の中には自分は「そうじゃない人」だって思う人が多分大半だと思うけど、本当はそうじゃないんだよね。検査をしていない限り「どちらか分からない人」なんだ。そして「どちらか分からない人」で心当たりのある人は、早めに検査をしましょう、と伝えることは大切なことだと思う。そしてそれに付随する問題で、わたしが気になるのは「自分はカミングアウトされる側」と思い込んでる人が多すぎるような気がするってことだ。自分以外の他人は「カミングアウトする方」、自分は「される方」だと決めつけてる。でもそれは違うよね。自分だって「カミングアウトする方」になるかも知れない。って書くと、恐怖心を煽るような言い方になってしまうのだけれど。そういう点でHIV/AIDSについて語ることは実は結構難しい。

HIVは感染力の弱いウイルスではある。だからそんなに警戒しなくてもいい。HIV陽性者だからといって隔離する必要は全くない。だからといって全くうつらないわけじゃない。ウイルスは人を選ばない。だから誰にでも感染する恐れがある。この両方をいっぺんに伝えることはすんごく難しい。だって相反することだからね。番組の中でも2日目と3日目にも話題になったけど「STOP AIDS」や「AIDS撲滅」という標語、非エイズ感染者をエイズ患者から守りましょう、みたいなニュアンスで語られると、陽性者の人は自分が罪人のような気持ちになるらしい。それは十分理解できる。けどわたしが言いたいのはそういうことではもちろんなくて、HIV/AIDSの知識を身につけるのは、自分のためでもあり、そして、知識を得ることによって無知や偏見から来る差別をなくせるのではないか、と思っているわけだけれどね。

誰にでもかかる可能性はある、自分もカミングアウトする側に立つかも知れない。それを思うと人ごとだなんて言ってられないし、少なくとも自分が差別されたくないんだったら、人も差別しちゃいけないと思うんだよね。

で、3日目は再び女性の陽性者が出て来たんだけど、そこで彼女はこう言うの。「女性は自分の身が守りにくい」って。「愛があるんだったらなんでコンドーム付けるの?」っていう風潮が日本にはある(らしい。わたしにはよく分かんないけど)。これって教育の問題だよね?なんか今、中学生の性教育ではコンドームは見せちゃいけないってどこかで読んだ気がするけど、なんで義務教育のうちにちゃんとした性教育をしないんだろうね?ちゃんとしたコンドームの付け方、とか。ただただ「コンドームを付けましょう」だけでやり方を教えなかったら、それは何もしてないのと同じだと思うのだけれどね。で、中途半端な知識を本や雑誌などから仕入れたりして、それで結局「愛があるんだったら生でやらせろ」とか、そういう思想になっていくんだと思うんだけどね~。

といいつつ、だけど、レズビアンのSEXのことを考えると、人のこと言える場合ではないのよね。。

まず、レズビアンの場合、あまり「セーファーセックス」のことは言われない。というかそれこそ初めてのSEXの時に「(デンタルダム)使って」というとまず「はぁ?」って、そこに愛があるかどうかは関係なく、単純に「何言ってるの?」とかもっと言えば「それ何?」とか(苦笑)言われるんじゃないかなぁ~と。そう考えるとレズビアンの場合は一体、誰が教育すればいいんだろう?それに一般的にレズビアンのセーファーセックスにはデンタルダムを使う、ということになってはいるけれど、レズビアンのSEXって、挿入して終わり、じゃない部分があるから、マニュアル化できないと思うんだよね、、うーん、難しいな。そう言えばゲイのSEXでは「ケツ舐め」ってのがあるけど、あれはやり方としてどういう風に予防しろっていうことになっているのかな?まさか、デンタルダム使えって話にはならないだろうけど。。コンドームでは予防できないものねえ。。

ってわけで「ハートをつなごう」の話に戻るけれど、この3日間は割とまんべんなくHIV/AIDSの置かれている状況とか社会的な問題について取りあげていたと思う。なんかあまりにもきれいにまとまっていて、この先どうするんだろう?続編はあるんだろうか、と心配してしまうほどなんだけど。

しかし、危惧するのは、同じハートをつなごうでも「ゲイ/レズビアン」や「LGBT」のときは、あんなに盛り上がったのに、この「HIV」に関してはほとんど話題にもならなかったんだよね。これって一体どういうことなんだろうって思う。関心を持つ、持たないにかかわらず、わたしたちは一緒に生きてるんだし、それは性的少数者とまったく同じなのだ。「あなたの周りにも性的少数者はいます」ってわたしたちよく言うよね?ある意味、それと同じことなんだけどね。関心を持てない何か、というものがあるのかなあ~?
13:23 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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