03-29 Mon , 2010
花が枯れた
3月11日の日記に書いた、偶然二人で重なって買ってきた花がついに枯れてしまった。今まで毎日水を替えて、元気なくなったかなと思ったら水切りしてできる限り持たせるよう努力してたんだけどね。

わたしが「もう全部枯れちゃったね」と彼女に言ったら、彼女は「じゃ、次の花を買いに行こう!」って言ったのでわたしはちょっとびっくりして「そーじゃないでしょ!」って声を荒げてしまった。わたしとしては「あー、今まで楽しませてくれたのに残念だね」って言葉をなんとなく期待してたんだよね。それがもう次の花に行くなんて、前の花がかわいそうじゃないの?って、どうしてもそう思ってしまう。

わたしは「会う」嬉しさよりも「別れる」つらさの方が、数倍、いや、数十倍くらい印象に残る。

彼女と遠距離だった時代、わたしは会った翌日からもう帰ることの方を考えて悲しくなっていた。彼女が「今、一緒にいるんだから帰ることなんて考えなくてもいいじゃないの」って言うんだけど、わたしはどうしても「あー、明後日の今ごろは」とか「明日の今ごろは」とか、そんなことばかり頭に思い浮かんで、で、会ってるときもすごく悲しかったんだよね。まぁわたしも損な性質だと思うんだけど、こればっかりはなんでこんな性質になったのかよく分からないので、何とも言えない。

生花ももらうと嬉しい。実は顔に似合わず(?)、花束なんかもらうとすんごく嬉しい(ってなかなかもらう機会がないんだけどね)。家に帰って、花瓶に入れて飾っているとなんだかいつも殺風景な部屋がそこだけ明るくなるようで本当に好き。

だけど、そのうち段々花が枯れ始めてきて、枯れちゃった花をついに捨てなくてはならなくなるときは、ものすごく悲しくてね。「これだから生花は嫌いなんだ」って思う(笑)なんか矛盾してるけどさ。

「それだったらドライフラワーにすればいいじゃない」と言われることもある。でもさぁ。ドライフラワーってやっぱり生花に比べると劣るんだよね。で、終いには忘れ去られてホコリかぶってゴミ箱へ、というのが目の前にありありと浮かぶ。それじゃもっと花がかわいそうじゃん。。

もちろん、永遠の生命なんてこの世界には有り得ないわけで。それは花にしても、人間にしても同じわけだけれども。

で、こればっかりは慣れないのね。41年生きてきて、そりゃ、年相応に出会いと別れってのはあったと思う(あ、恋愛関係はないけどさ(苦笑))。まー、身内の別れはあんまり経験してないけど、だけどまったくなかったわけでもないし。だけどね、だからといって「別れ上手」にはなってないような気がするんだよね。

もうちょっと歳を取れば「別れ上手」になれるのかなあ~?
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