12-19 Sat , 2009
Poetry Reading THINK ABOUT AIDSに行ってきた
去年も行った「Poetry Reading THINK ABOUT AIDS」に今年もまた、行ってきた。

去年はTOKYO FMを探すのにむっちゃ苦労して「FM東京通り」を右往左往、何往復したのか分からないほどだったんだけど(もうすぐこの先ってくらいで引き返して来ちゃったり、反対に麹町の駅の近くまで行ったり)、今年はそんなこともなく、すんなりと開場時間である19時にTOKYO FMに行くことができた。

しかしああいうところに行くと、事前に「行くよー」って言った人となんで自動的に会えるんだろうね(笑)入口付近で待ってる間、何人かの知り合いに会い「おー」とか「よう」とか挨拶する。

今回、整理番号は66番で、開場になったあと案内のおにーちゃんが「1番ずつ」番号を呼んで、一組ずつ、中に入るようになってた。受付が入場人数を把握できるように、とのことだろうなー。1枚のハガキで2人入れるんだけど、わたしが入ったときも「2人ですね」って確認されたし。

今回のゲストは、清水ミチコ、高橋源一郎、河口恭吾、松下由樹、茂木健一郎、Fried Prideのみなさんで(敬称略)、特にわたしは「高橋源一郎、来るんだ。へー」なんて思ってた。去年の12月は、知ってるゲストはほんのちょっとだったけど、今回は半分以上知ってる人だ。

まず、清水ミチコ。自身で弾くピアノを伴奏にしての朗読。正直「弾きながらしゃべれるのがスゴイ」とか、変なところで感動してたわたし(爆)朗読後はガンにかかった父親の話をちょろっとして、それからはネタ。あ~、わたし、この人の「幸せの骨頂」のテープを持っているのだけれど、あの頃は野沢那智、じゃなくて野沢、、、あれ、なんだっけ。「バクバクバクバクオオワダバクー」の人。あ、野沢直子か。と共に活躍してたってイメージがあるんだけど、これってわたしが大学生の頃だから'80年代の後半かー。それ以降はほとんど知らないんだけどね(笑)

まず「さっちゃん」のメロディーで桃井かおりとデビ夫人と細木数子と田中真紀子、だったかなあ~、のネタ。わたしは桃井かおりと田中真紀子ならなんとなく知ってるので笑えたんだけど、あとの2人はよく知らないので。。これって、知らない人だとどこが面白いか分からないから、笑えないんだよね、、、(苦笑)なわけで、次は「清水さん自身が『フォーク』と思ってる歌メドレー」だったんだけど、すいません、井上陽水しか笑えなかった。。彼女は研ナオコでゲラゲラ笑ってたけど、わたしはよく考えてみたら研ナオコが歌ってるとこ見たことなかったんだった。あと森山良子も「さとうきび畑」ではなく「この広い野原いっぱい」だったら分かったかも知れん(ってやっぱり古いな)。あ、でも最後に「わたしのお墓の前で泣かないで下さい~」って、ここ数年紅白で歌ってる人のモノマネを聞いたとき、「あー、今年の紅白にはこの人やっぱりこれ歌うのかな?」って思いながら聞いてました(爆)

で、終わったあと、観客が拍手をしてたらすかさず「アンコールありがとうございます」と言われて、あはは、みたいな。やっぱりそういう「間のとり方」ってプロだよな~。なんて感心してたら聞こえてきたのは「シャボン玉飛んだ」の曲。あー、わたし、この曲イヤなんだよね。野口雨情の詩を聞くといつも泣けてくるので、、と思って「あー」って思ってたら、、、もー、すげーブラックなネタで(爆)一度聞いたら忘れられないっていうけど、まさにブラック過ぎて強烈に頭の中にのめり込んだ!彼女もそうだったみたいで、終わったあとに二人で口ずさんで帰った(爆)まー、どういうのだったかはここでは書かないし、多分、ラジオでも放送されないだろうな~、、というわけで、ちゃちゃちゃっとやることやって帰った、みたいな感じだったんだけど。一瞬でも飽きさせない、ってのはやっぱりすごいと思った。

次に出て来たのは高橋源一郎なんだけど、わたしの頭の中ではなぜかこの人と橋本治が繋がってて、それは多分「ビックリハウス」だろうと思ってたのね。でも、昨日帰って改めて「ビックリハウス」の最終号を読んでみたんだけど、全然違ってて。「あれ、じゃあわたしはどこで高橋源一郎を知ったんだ?」といろいろ記憶をたぐり寄せてみたら(なんせ、この人の著作は自慢じゃないが一冊も読んでいないのです。。すんません>高橋源一郎さん)、どーも最初は'85年の新潮文庫の100冊のコピー「インテリげんちゃんの、夏やすみ。」の「インテリげんちゃん」が高橋源一郎である、みたいなところからわたしの中の認識が始まったみたいだ。で、このコピー作ったのが糸井重里で、糸井重里というと橋本治、みたいなね。でもそれだけじゃなくて「なんか、でもテレビでも見てたよなあ」なんて思いつつWikipediaを読んでたら、どうも「スポーツうるぐす」を見てたときに出て来てたんだった、この人。

てな感じで、著作を読んでない割にはいかにもその人を知ってるような高橋源一郎だったんだけど、この人の朗読とその後の話はものすごく分かりやすくて、身体の中にスーッと溶け込むような感じだった。この人は「ゆうじさん」という人の手記を朗読したんだけど、そこから自分の話を2つ、したのね。一つは自分の子どもの話でもう一つは自分の母親の話。多分、これは後にFM東京でも放送されると思うから、それを聞いてみるといいと思うんだけど、この人直接HIV/AIDSの話をしたわけじゃない。手記を読んで、そして内容に関連すると思われていることについての「自分の体験」を語ったわけだけれど、最後の最後で「ゆうじさん、お母さんを大切にして下さい」って、ちゃんと手記に戻るのね。そういう「構成のうまさ」が「やっぱり作家だよなあ~」と思って、なんかすごく感動してしまった。ただ「母親ってのはこうなんだよね」みたいな「決めつけ」がわたしはちょっと引っかかったりもしたんだけどね(笑)最近、わたしはそういうことにすごーく敏感になっちゃってて、それもどうかと思ったりもするけども。

でも、そういうところを除いても、この人の話はスッと自分の中には入り込んできて、そしてそれを忘れない、というのは、やっぱりこの人の「能力」なんだろうなあ~。。

3人目は河口恭吾って、えーとギター弾きながら歌う人だったんだけど、わたしはこの人知らなくて。なんか「世界の人が平和になるためにプロジェクト作って40カ国くらいの人に楽曲を提供している」って言ってたんだけど。その歌ってる内容が、いちいちわたしには引っかかってしまって。「64億人の人が地球に住んでて、みんな仲良くなろう」みたいな歌詞だったんだけど、わたしはそれに対して「地球にいるのは人間だけじゃなくて、動物も、魚も、昆虫も、植物もあるじゃないか!」ってつい、言いたくなってしまった。。これって、絶対に誰かさんの思考の影響をかなーり受けてるってことなんだけど(笑)、わたしは「人間優先主義者」(至上主義ではないと思う)という自覚を持っているけど、でも「人間優先主義」の自覚がない人がこういう歌を作って「みんな共に生きられる世界に」なんて言ってるのにはちょっと違和感を感じてしまった。だってその人が歌う「みんな」とは、「人間」のこと「だけ」なんだもの。。

で、歌ってる姿を見ながら「この人、誰かに似てる、似てる」ってずーーーっと思ってたんだけど、途中で「あ、時任三郎じゃん」って思い出して(爆)、「でも、目つきなんかはイチローに似てるよなー」なんて、全然違うことを考えてたりした(苦笑)時任三郎よりは唇厚くないけど、なんとなくそんな雰囲気で、あとは目がイチローだった、という、なんかそれしか思い出せないわたしもわたしなんですけど(苦笑)手記もどんなの読んだのか既に忘れてしまった。。で、上京後にあるプロダクションに所属して、そこがなんかお寿司屋さんでもあったので、最初はその店の使い走りをしてた、って話をしたんだけど、なんかそこは新宿二丁目にも店を持ってたらしく。「二丁目に行ったんですけどなんか雰囲気違うんですよね」とか「僕はそっちの道には行きませんでしたけど」みたいな発言があって、正直「なにそれ?」って感じだった。んじゃ、わたしは「そっちの道に行った」のかよ!とか。

会場にはたくさんのゲイの人が来てるはずで。その中でそういう話はないんじゃねーの?とか、話すにしても話し方があるだろうに、と思わずにはいられない発言だった。会場でも「なんだよ、それ」ってつぶやいてる人もいたし。

おそらくこういう場でなかったら、笑いが取れるネタだったんだろうけど、少なくともあの場ではそういう話をして笑いは絶対に起こらないだろう。だから話してる本人も何回か「(話が)つまらなくてすみません」みたいなことを言ってて、でもその会場が「無反応」だったことについて、自覚してるのかなーとかね、そんなことを厳しいようだけど思ってました、わたしは。

で、5分間の短い休憩のあとは松下由樹。隣に座ってた彼女から「ねー、松下由樹って何に出てた?」って聞かれて即座に「『想い出に変わるまで』に出てた人だよ」と答えたわたしは、やっぱり'80年代で時計が止まってます(爆)「想い出に変わるまで」ってさぁ、うちの妹と同居してるときに、うちの妹が今井美樹好きだったもんで、それでわたしも知ってるんだよね。お姉さんが今井美樹で、妹が松下由樹で、そしてお姉さんの婚約者が石田純一だった。で、妹はお姉さんから婚約者を奪ってしまう、というストーリーなわけだけど、ええ、わたしにとって「松下由樹」と言えば、これしか思い浮かびません(爆)でも一応「知ってる」んだからすごいよね、わたし(^-^)

この人はHIV陽性者が久々にカミングアウトをした、という手記を読んだのだが、最初の方で「自分もいつ移るか分かんない」みたいに話してた割に、急に途中から「自分がもしカミングアウトされたら。。」という「カミングアウトされる人」に固定されてしまって「ありゃりゃ?」って感じだった。自分が「当事者になる」という視点がすっぽり抜け落ちてて、なんだかな~って感じ。確かに今まであまりHIV/AIDSのことを考えてなかったので、当事者以外の人もHIV/AIDSのことを話題にすることによって偏見をなくそう、というのは分かる。分かるけれども、そこでなんで「自分が話する人=当事者じゃない」という決めつけがされるのか。当事者はそれまで「知らない誰か」で、その人が急にカミングアウトをする、とでも言うのか?「身の回りにHIV/AIDSの人はいない」って言ってたけど、「いない」んじゃなくて「話されていない」だけなんじゃないのか?「いるかも知れない」という想像がなぜできないのか?自分は絶対「カミングアウトする方」にならないのか?自分は絶対に「当事者にならない」という自信があるのか?

まー「HIV/AIDSのこと」を考え始めた「初心者」にそういうことを理解しろ、というのは難しいのかも知れない。けど、わたしはそこに「小中高生が書いた読書感想文」と同じようなものを見てしまう。「この人の作品は面白かったです。だから他の本も読んでみたいと思います」と言って、結局それはそこだけの話で、そんなことは書いた1秒後に忘れ去ってる、みたいなね。すごく意地の悪い見方だけれど。で、こんなこと書いてるわたしって「一体何様?」とも思うけれど(苦笑)

この人が昨日言ったことを今日はすっかり忘れていないことを願ってます。

次に出て来たのが茂木健一郎。わたしは今は見てないけど、一時期NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を毎週見てたことがあったんで、この人は知っている。

この人は手記を朗読して語るだけだったんだけど、選んだ手記がそれまでの人と違ってた。その手記は「普通」に過ごすこと、それを疑問に感じている、というものだった。今まで圧倒的に「HIVに感染して一時はわけ分からなくなって落ち込んだけれど、今は自分を受け入れられて、で、HIVと共に幸せに暮らしている」みたいな内容か、あとは淡々と日常を語る系、が多いんだけれど、「普通じゃないこと」に対する「権利」について書いた手記を読み上げた人って、少ないわたしの「手記朗読」を聞いたところでは初めてなんじゃないかなって思う。

この茂木健一郎の朗読は、それまでの人が一言、一言、咬んで含めるように朗読するのとは違って、まるで自分がしゃべっているかのように遅かったり早かったりした。それにも随分びっくりしたんだけど、彼はその手記を読み終えたあとに2人のゲイの話をした。一人は「アラン・チューリング」という天才的な数学者の話。彼はコンピューターの基礎を発明した人らしいんだけど、ゲイであることで「矯正」させられ、その挙げ句自殺してしまった、という。もう一人はわたしでも知ってる「オスカー・ワイルド」で、特に「獄中記」の話。この中で彼は「人は自分の魂の軌道を追求する権利がある」と述べる。「『普通』は人の数だけある」と述べる。彼の話の中で感心したのは「男、女」と言ったあとに「どちらでもないジェンダーの人」(確かこんな感じ)と、さらりと言ったこと。

わたしたち(敢えて「たち」を付ける)は「男」とか「女」という言葉に敏感だ。わたし自身は「女」と思ってて、そこから揺らぐことはないのだけれど、でも「男か女か」で揺らいでる人もいれば、「男でも女でもない」と思ってる人もいれば、「どっちと決めつけたくない」という人がいることを知っている。だから、この世の中「男」と「女」しかいないような発言はつい「え?」と思ってしまう。だからこそ、ここでそれこそ「フツー」に「ジェンダー」という言葉が出て来たことにまずびっくりしたのだ。

そして彼の発言内容から、彼ももしかしたら「普通であること」によって苦しめられたことがあるような、だからこそ「『普通』は人の数だけある」「人は『何かになること』で自分じゃない仮面を被ることになるけれども、そうではなく『自分は自分』として『自分の魂の軌道を追求する権利もある』のだ」「みんなが同じという共生ではなく、自分と違う他人を認めるということが共生なんだ」と言い切れるんじゃないかな、と思った。

実際、彼は多動(ADHD?)らしく「僕って動作がおかしいでしょ?」って言ってたし、実際、椅子に座って朗読して話をしているときはそうでもないんだけど、あとで段上で司会の人と話してる最中は、なんか落ち着かない様子で、身振り手振りも激しく「えらく熱い人だなあ」って思ったんだけど。あのNHKで話してる姿って、もしかしたら彼にとってはとても「苦痛」で「自分を作ってる」のかも知れないなあ、なんてちょっと思ったり。

しかし、ホント、偉く「熱く語る」人で、ついつい引き込まれていってしまうのは、この人の魅力なんだろうな。。って感じた。で、帰ってきてネットで調べてたら結構バッシングがあったのでびっくりしたけどね。まー、バッシングの内容については、わたしはその分野の人ではないので何も言わないが、ただ、昨日本物を見て、そして話している様子とか内容を聞くと、ものすごく人を引き付ける力は持っている人だと感じた。

あー、ただ「人は自分のため、と思うより他人のためと思った方が、数倍力が出るし、これは『愛』なんだ」と言っていたけれど、わたしはそれに対しては「うーん」って思う。確かに「他人のため」と思った方が力は出るだろうけど、、それ以前に「他人のため」というのはわたしはとてもおこがましいと感じているから。自分自身は「自分の頭の上のハエも追えないのに、他人のため、なんて、んな偉そうなことできるわけないじゃん」って思ってるんだよね。それに「他人のため」ってなんか胡散臭い。押しつけがましい感じもする。「他人のため」なんて言って本当は「自分のため」なんだろう、とか「他人のため」とか言っても実際他人のことを考えずに他人は迷惑に感じるだろう、とか。あー、元がネガティブなんでね、わたし。「愛」も胡散臭い言葉だよね。というわけで、ここのところだけは同意できなかったわたし(笑)

でも嵐のようにやってきて嵐のように過ぎ去っていったなあ~って印象が強く残った。

で、最後はFried Prideってバンド(と言ってもギターとボーカルのみ)の演奏だったんだけど、このリーダーのギターの横田さん(一見するとかまやつひろしを彷彿とさせるが、実は「のっぽさん」にも見える。ま、多分帽子のせい)って人のギターのテクニックがものすごくって。テクニックだけじゃなく、いろんな分野の曲も弾けて。ボーカルの人は、うーん、ちょっとパンチ力ないかなあって思ったんだけどね。でも、全然知らないバンドで、大抵そういうのは「退屈」なんだけれども。昨日はすごかった。横田さんの「コールアンドレスポンス」のとき、最初は「イェイ、イェイ、イェイ~♪」みたいな感じだったんだけど、途中で「Living Together」が出て来たときは「やられたー!」って感じだった(笑)なんてったって「Living Together ゴー!ゴー!」だよ(爆)そして最後にはなんとウェーブもやらされた!!今まで野球場でしかやったことないし見たことないウェーブ!あんなところでやるなんて。。「なんか、、うまく乗せられちゃったなあ~」って感じだったんだけど、でも、楽しかった(笑)

てなわけで、19時30分に開演して、22時過ぎで終わったわけなんだけど、今年は前回に比べて面白かった。うん、格段に面白かった。

それは、なんと言っても幅の広い人選だと思う。まー、確かに途中、「え?」って思う人もいたんだけど、でも、そういうのがなければ、密度が濃すぎて却って疲れてしまったかも知れない、と。そういう意味ではバランスがよかったと思う。

そして、、自分自身が変わりつつある、ということも。
上にもちょっと書いたけど、HIV/AIDSの人の手記って割とワンパターンではある。もちろん、それが主流なのだろうとは思う。そして、あのような内容だと全く知らない人にでも受け入れられやすいんだと思う。

けど、、それって「ステレオタイプ」な「HIV感染者/AIDS患者像」を造り出すことにも繋がらないだろうか。「HIVに感染した人はかわいそう」「それでも明るく前向きに生きてる姿が感動的」、こういうことって逆に言えば「HIVに感染した人は自業自得だ」って考える人と実はあんまり差がないような気がするんだよね。。

茂木健一郎が言ったように「普通は人の数だけある」、「自分と隣の人は意見が違うかも知れない、けど違う人がいることを理解するのが共生」、わたしはそう思うんだよね。まー、だからといって「だったらどうすればいいの?」と聞かれるとこれまた難しいのだが。。確かに「初めて来た人にHIV/AIDSのことを考えてもらうきっかけ」を作ることは大切なことだろうし、逆にわたしみたいなのがそういう場に行くのはもう、相応しくないのかも知れない。

けど「HIV/AIDSのことにいつまでも関心を持つ」ためには、こういうイベントを見に行くしかないわけで。自分で何かしようと思わない限りは。そこんとこが難しいよね。昨日のアンケートの中に「今日、このイベントに参加したあとに、あなたは明日から何を始めたいですか」みたいなアンケートがあった。わたしは「特になし」って書いた。だって、わたし、これ以上何すればいいのか分からないし、これ以上何かをする、というのはもう「ボランティアをする」くらいしか思いつかない。でもわたしは今それを考えてないし、だけどHIV/AIDSについては、この先もずっとずっと関心を持ち続けていきたいと思っている。それだけなんだけどなあ、、

あ、昨日の模様は12月29日18時から18時55分までFM東京、じゃなくてTOKYO FM(80.0MHz)でオンエアされるようです。それを聞き逃しても「ポッドキャスト」というのがあるみたいです。今までの朗読などもここから聞けます。

テーマ:同性愛 - ジャンル:日記

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