08-09 Sun , 2009
8月9日 午前11時2分
今日は長崎に原爆が落とされた日。
親族が長崎で被爆をした人がいないため、わたしは広島のことは自分のことのように感じているが、長崎のことはもちろん、頭の中にはあるものの、気が付くといつも午前11時2分は過ぎていたし、テレビで平和祈念式典をやっていることも知らなかった。

「原爆を投下された」と言うこと自体は同じなのに、なぜこんなに意識が違うんだろう、ってずーっと思っている。そこには「当事者性」というものがないからだろうか。しかし「被爆二世である」ということは、広島に落とされようと長崎に落とされようと変わりはないはずだ。だけど、わたしの中では「広島」については人ごとではなく、しかし「長崎」についてはどうしても「客観的な目」で見てしまう。8月6日の午前8時15分の黙祷のとき、わたしはわたしを取り巻く人々が、あの日あのときどうしてたんだろう、一瞬のうちにいなくなってしまったのだろうか、それとも苦しんで死んでいったのではないだろうか、と知らず知らずのうちに考えてしまっている。

しかし、今日の午前11時2分の黙祷のときは、その直前に「長崎が最後の被爆地になるように」と言われた、あの言葉を思い返しながら黙祷していた。キノコ雲の下で起こったこと、のことについては考えなかった。なんといってもわたしは長崎のことは知らなさすぎる。

そしてこのことから、わたしは思う。周囲に被爆者を身近に感じられない人にとっては、広島も長崎も「ふーん」という認識しかないだろうなあと。それはある程度仕方がないことだと思う。「当事者性」とはそんなものかも知れないと思うから。そしてそういう人に「関心」を持ってもらうことはとても難しいことだとも思っている。これって、性的少数者のことについても同じなのかなぁ、ってふと思ったりした。

ただ性的少数者のことについては「わたしは関係ない」で済まされる人もいるだろう。しかし、原爆となると話は別だ。地球上に核がある限り、誰でもみな、被爆者になり得る可能性を持っている。だけどわたしは、もうこの世から原爆投下に伴う被爆者を一人だって出して欲しくない、そう思う。そう思うからこそ、日本にいる人と、日本に来た外国人は、みな広島や長崎の原爆資料館を訪れて欲しいと思う。何度も行けとは言わない。たった1回でいいのだ。

※ここではわざと「被爆者」=「戦争によって落とされた原子爆弾による被爆者」として書いている。実は被爆者というのは、戦争による原爆の被爆者だけでないことは、わたしは十分承知しているからで、例えば「平和利用」と言われている原子力施設での被爆者、核実験による被爆者、そして劣化ウラン弾による被爆者、被爆者は戦争による原爆の被爆者だけではないのだ。しかし、今ここでそのすべてを「被爆者」と定義するならば、話に収集がつかなくなる可能性が十分にあるので、ここでは「戦争による原爆の被爆者」だけのことについて書いている。逆に言うと「この世からもう一人だって被爆者を出したくない」というわたしの本当の願いを書けば、それは単なる「核兵器廃絶」だけの話ではなくなるわけだ。広島のときもそうだったが、わたしは敢えてそのことを「外して」書いている。

しかし、2年前にも書いたと思うが、長崎の平和祈念式典というのは、広島の平和記念式典と比べて明るい感じがする。それは多分、落とされた時刻が違うから、というのが主な理由だろうけれど、広島の平和記念式典が「固い」というイメージで、長崎の平和祈念式典はとても「やわらかな」イメージを持つのはなんでだろうなあ~?長崎の平和祈念式典の司会者が若い高校生だからかな。実は広島の平和記念式典も最後の最後に子供から大人までが集まった合唱がある、ってのを今年初めて知ったんだけど(NHKの中継はいつも、総理大臣の挨拶までで終わるのね。でも今年はケーブルテレビでも中継してることを知って、初めて最後まで見た)、長崎の平和祈念式典では合唱が入ってるよね。2年前、小学生の合唱があったかどうかは忘れたけど、高校生の合唱のことはよく覚えている。広島の式典では広島市長のあとに子供の「平和への誓い」があるだけで、あとは「子供の出る幕じゃない」って感じなんだよね。だから広島の式典は「固く」感じるのかなあ。

しかし、この4月、プラハで「原爆を使用した道義的責任」について述べたオバマ大統領の演説は、被爆者のみならず、核兵器反対を唱えている人の「錦の御旗」みたいになっちゃってるんだなあ~って、今日の平和祈念式典を見ながらそう思ってた。まぁ、今日の式典では「オバマジョリティー」なる言葉は一切使われなかったけど(笑)というわけで、今日の長崎市長の平和宣言。

今、私たち人間の前にはふたつの道があります。
 ひとつは、「核兵器のない世界」への道であり、もうひとつは、64年前の広島と長崎の破壊をくりかえす滅亡の道です。
 今年4月、チェコのプラハで、アメリカのバラク・オバマ大統領が「核兵器のない世界」を目指すと明言しました。ロシアと戦略兵器削減条約(START)の交渉を再開し、空も、海も、地下も、宇宙空間でも、核実験をすべて禁止する「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の批准を進め、核兵器に必要な高濃縮ウランやプルトニウムの生産を禁止する条約の締結に努めるなど、具体的な道筋を示したのです。「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」という強い決意に、被爆地でも感動がひろがりました。
 核超大国アメリカが、核兵器廃絶に向けてようやく一歩踏み出した歴史的な瞬間でした。

 しかし、翌5月には、国連安全保障理事会の決議に違反して、北朝鮮が2回目の核実験を強行しました。世界が核抑止力に頼り、核兵器が存在するかぎり、こうした危険な国家やテロリストが現れる可能性はなくなりません。北朝鮮の核兵器を国際社会は断固として廃棄させるとともに、核保有5カ国は、自らの核兵器の削減も進めるべきです。アメリカとロシアはもちろん、イギリス、フランス、中国も、核不拡散条約(NPT)の核軍縮の責務を誠実に果たすべきです。
 さらに徹底して廃絶を進めるために、昨年、潘基文国連事務総長が積極的な協議を訴えた「核兵器禁止条約」(NWC)への取り組みを求めます。インドやパキスタン、北朝鮮はもちろん、核兵器を保有するといわれるイスラエルや、核開発疑惑のイランにも参加を求め、核兵器を完全に廃棄させるのです。
 日本政府はプラハ演説を支持し、被爆国として、国際社会を導く役割を果たさなければなりません。また、憲法の不戦と平和の理念を国際社会に広げ、非核三原則をゆるぎない立場とするための法制化と、北朝鮮を組み込んだ「北東アジア非核兵器地帯」の実現の方策に着手すべきです。

 オバマ大統領、メドベージェフ・ロシア大統領、ブラウン・イギリス首相、サルコジ・フランス大統領、胡錦濤・中国国家主席、さらに、シン・インド首相、ザルダリ・パキスタン大統領、金正日・北朝鮮総書記、ネタニヤフ・イスラエル首相、アフマディネジャド・イラン大統領、そしてすべての世界の指導者に呼びかけます。
 被爆地・長崎へ来てください。
 原爆資料館を訪れ、今も多くの遺骨が埋もれている被爆の跡地に立ってみてください。1945年8月9日11時2分の長崎。強力な放射線と、数千度もの熱線と、猛烈な爆風で破壊され、凄まじい炎に焼き尽くされた廃墟の静寂。7万4千人の死者の沈黙の叫び。7万5千人もの負傷者の呻き。犠牲者の無念の思いに、だれもが心ふるえるでしょう。
 かろうじて生き残った被爆者にも、みなさんは出会うはずです。高齢となった今も、放射線の後障害に苦しみながら、自らの経験を語り伝えようとする彼らの声を聞くでしょう。被爆の経験は共有できなくても、核兵器廃絶を目指す意識は共有できると信じて活動する若い世代の熱意にも心うごかされることでしょう。
今、長崎では「平和市長会議」を開催しています。来年2月には国内外のNGOが集まり、「核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」も開催します。来年の核不拡散条約再検討会議に向けて、市民とNGO都市が結束を強めていこうとしています。
 長崎市民は、オバマ大統領に、被爆地・長崎の訪問を求める署名活動に取り組んでいます。歴史をつくる主役は、私たちひとりひとりです。指導者や政府だけに任せておいてはいけません。
 世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラハ演説への支持を表明する取り組みを始め、「核兵器のない世界」への道を共に歩んでいこうではありませんか。

 原子爆弾が投下されて64年の歳月が流れました。被爆者は高齢化しています。被爆者救済の立場から、実態に即した援護を急ぐように、あらためて日本政府に要望します。
 原子爆弾で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りし、核兵器廃絶のための努力を誓い、ここに宣言します。

2009年(平成21年)8月9日
長崎市長 田上 富久


今回のこの、長崎市長の平和宣言は、素直によかった、と思う。特に広島が「オバマジョリティー」と定義したことが「世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラハ演説への支持を表明する取り組みを始め」という分かりやすい言葉で表現されていて、それには好感を持った。と言っても、多分、あの「オバマジョリティー」という言葉を知らなければ、長崎市長の言っている言葉が何を表わしているかも分からなかっただろうけどね。ということは、奇妙奇天烈に聞こえた「オバマジョリティー」なる言葉も悪くはなかった、ということか。ただ、わたしはこの言葉、使う気にはなれないけど(笑)

ホント、この平和宣言の中にある核保有国や核保有疑惑のある国のトップには被爆地を訪れて欲しい。多分それは、被爆者を始めとする核兵器廃絶を目指している人みんなの願いでもあると思うから。「それを見さえすれば、みんなが核廃絶に協力する」という単純なことにはならないだろうが、しかしあれを「見る」だけで相当印象が違うはずだ。

その次に被爆者代表の女の人の言葉があったんだけど、わたしは単純にあの人すごい、って思った。それまで9人家族だったのに、あの原爆によって弟と自分だけ生き残ってあとはみな死に、その生き残った弟もやけどがひどくて10月になくなり、一人になってしまったという。そして46年間は原爆のことも被爆のことも何も考えたくない、と耳をふさいで生きてきたそうだ。これってね、年を取ってから初めて原爆の語り部を始める人と同じなんだよね。多分この人も何十回、何百回と「なぜ自分だけが生き残ったんだろう」「みんな死んで、自分だけ生き残って申し訳ない」と思ったことだろうね。だから原爆のことは思い出したくない。だけど、気が付いてみたら、周りに原爆の体験を語れる人がどんどん少なくなってきている。「これは自分が話さなければ」と思い、語り部を始める。しかし、何年も何十年も同じことを語るつらさって多分、わたしの想像が及ばないくらいだと思う。だって、自分にとって一番つらいことを話すわけさ。思い出したくないことを話さなきゃいけないわけさ。話すたびに精神的に疲れるだろうな、ぐったりして起き上がれないくらいに疲れるだろうな、って思う。できることなら話さずに済めば話したくない、でもそこのところを敢えて犠牲にして、原爆の悲惨さを知らない人たちに語りかける。これってすごいことだと思う。

その後総理大臣の話は、正直、広島での挨拶をそのまま持って来たようで、つまらなかった。あ、ただ、広島のときは下に字幕がついてたのね。わたしはそれと見比べて聞いてたんだけど、こないだのイタリアでのサミットのときの話の中でね、字幕では

先月のラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」に言及し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明しました。


って書いてあったにもかかわらず、本人は「力強いメッセージを表明」じゃなく、「気運の高まりを維持・強化するための採択をしました」って言っちゃってて「おいおい、表明と採択じゃ全く違うだろう!」って思わずテレビに突っ込んでしまった。てーか、この間違いってすごいよね。それに懲りたのか、今日の平和祈念式典では、字幕は付いてませんでした(爆)あ、ただ、「採択した」とは言わなかったけどね。

国連議長の挨拶は広島のときもあったけど、同時通訳がつかず、正直何を言っているのか分からなかったんだけど、新聞で「カトリック教徒として同じ宗教を信じるものが原爆に関与したことを日本国民に謝罪したいと言っている」というのは読んで知っていた。しかし、Webなどを見ると、広島ではそのことについてはっきり述べていたようだし、今日の挨拶でも同じことを言っていた。なんでこの人が?と思ったけど、この人はカトリックの神父さんなんだそうだ。

あと、これはWebでは探しきれなかったんだけど、最後の方に「国際社会では『核廃絶』ということは『核の数を減らすと言う意味のこと』」とあとなんだっけな、なんかね、いくつかの「言葉」を例に挙げて「そういう偽善的なことはもう止めよう」って言ったんだ。あれについては涙が出たね。言葉が本来の言葉の意味でなく、真綿に含んで言いくるめられているような意味になっていることを、ちゃんと本来の意味に戻して、そして話し合っていかねばならない、って言ったんだ。確かに国連自体には強制力はないだろう。しかし、今、こういう人たちが核廃絶に向けて努力し始めているのだ。それも始まりはプラハのあのオバマ大統領の演説からか、と思うと、世界の国におけるアメリカの位置ってものすごく強大なものなんだなと思うが。ただ、こうやって「核兵器廃絶」の錦の御旗みたいにされてしまったオバマ大統領、今後、「反核廃絶」の人から攻撃を受けなければいいが、と思っている。

日本政府としては、このプラハの表明に対しては支持していないとか。それは今の日本の平和がアメリカの「核の傘」の中で守られているからこそで、それがなくなると脅威にされされるからだという。しかし、わたしは北朝鮮が日本と戦争をしたがってるとはどうも思えないんだよね。北朝鮮が「ほら、核作ってるぞ、ミサイル発射してるぞ~」って言ってるのは、あくまでもアメリカの気を引きたいがためであって、本当は北朝鮮は日本なんか目じゃないし、もし万が一、間違って日本に核を打ち込んでしまったら、今度はそれが「口実」となって、世界中から国内が攻め込まれるだろう。そんなことしたら、北朝鮮は今の体制が崩壊するのは目に見えてる。そんなこと、北朝鮮だってわかりきってるだろう。だから、北朝鮮のやっていることは日本にとって怖くも何ともないのだ。だから日本は「アメリカの核の傘」なんて本当はいらないのだ。

六 戦争の放棄
みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、決して戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、自分の国をほろぼすようなはめになるからです、また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。

(「あたらしい憲法のはなし」より「六 戦争の放棄}


日本政府はプラハでのオバマ発言を支持し、唯一の戦争での被爆国として核廃絶に向かって世界をリードする存在になって欲しい。わたしはそう願っている。
13:36 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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