04-01 Wed , 2009
悲しい
昨日、実は中古CD屋で「フレディ・マーキュリー追悼コンサート [DVD]」を3,300円で買ったんだけど。。あ、もちろん、わたしはずっと前にビデオで出た「Freddie Mercury Tribute Concert [VHS] [Import]」を持っているわけなんだけど、んー、やっぱりビデオテープというのはいつか劣化しちゃうんじゃないかというのと、アナログなので、見たいところがさっと出て来ないというのが不便で。で、彼女が見つけて、わたしが買ったんだけど。

改めて見直してみて、悲しくなった。多分、ビデオテープを見てても同じことを思ってみてたんだろうけど、Queenの3人はいるけど、Fredeeはいない。彼一人いないだけで、QueenはQueenじゃない。それを否応なく「見せつけられる」コンサートだった。もちろん、出てきて歌った人は、それぞれ有名な人たちで、そういう人が一堂に出てきて歌うってのはすごいと思うけど、でも、肝心のFredeeがいない、と思ったら、ホント、悔しくて悲しくて。

改めてHIV/AIDSのことについて思った。
あの時代、何人の有名人がAIDSで亡くなったことだろう。
亡くなった彼らが、今、生きていたら、どうだっただろう。
考えると、悲しい。

あの時代、AIDSを発症して死ぬ、というのは、同性とSEXをする男性(同性愛者とは限らない。けど、AIDS=同性愛者のかかる病気、という認識が一時あり、AIDSの前にGRID(Gay Related immune deficiency syndrome:ゲイ関連免疫不全症候群)という名前を付けられていた時期があったのだ)と思われててというか、実際そうだったんだと思うけど、だけど「奇病」としか知られてなくて、治療法もないまま、バタバタと死んでいった、という感じがあのときのわたしにはあった。あのときはまだ若かったからか(?)、遠い国の話だったり、そんなにショックを受けるような話ではなかったが、改めてAIDSで命を落とした人のことを考えると、なんてもったいないことをしたのだろう、と感じる。彼らは世界に影響を及ぼすことができる人々だったのだ。

もちろん、HIV/AIDSが表面化されたことにより、同性愛者の可視化が進み、今までにない同性愛者の活動によって同性愛者の権利運動等が進んできた、という一面もあった。この動きは今の「同性パートナーシップ」や「同性婚」への動きと繋がっている。

そうそう、そういえば、フレディー・マーキュリーの死後、ジム・ハットンという当時の恋人(?)が「フレディ・マーキュリーと私」という本を出して、わたし、これも持ってるんだけど、読んでたら悲しくなったことを思い出す。詳しい事情は分からないんだけど、この本、単純にフレディーとの愛情関係を述べているものじゃなく、最後の方に自分とフレディーが住んでいた家を取られそうなこと、遺産のことについて争っている、などが書いてあったのだ。わたしはこの本を読んだとき無性に悲しかったのを覚えている。それは、、この本を書いた意図が分かってしまったからだ。

確かに残された彼は、フレディーとの愛情をこのような形で発表はしたくなかったと思うが、、しかし、残された彼にとっては、このような方法でしか法律と争えなかったのではないか。

今なら同性同士の「パートナーシップ法」がないから、この人は有名な自分のパートナーとの私生活を書くことにしたのだ、とその人の気持ちも分かる。が、この本を買って読んだ当時は「なんでこんなプライベートな争いのことをこんなところで書くのだろう。そんなに残された財産が欲しいのだろうか」と少しこの書いた人に対して反感を持ってしまったのは事実だ。

そう、これって「同性愛者のカップルに対してはなんの権利保障もない」ということを端的にあらわしている事実だったのだ。その当時はそんなことも考えたことがなく、全く自分の思っていたことを気恥ずかしく思う。

しかし、あの時代からイギリスは、大いに進んで、現在は同性婚と同等の権利を得られるようになっている。一方日本は、、なんて考えたくないけどね。。日本はあのときからもずっと変わってないから。何一つ、進歩してないから。もちろん、声を上げる人がいなければ、物事は一つだって先に動かないのは知ってるけど。

そしてわたしは、ついこないだようやくElton Johnのライフスタイルを彼のパートナーが撮影してTVのドキュメンタリーとして放映されたらしい「Tantrums & Tiaras (Full Dir) [DVD] [Import]」が発売されていることを知って、今、届くのを待っているところだ。

彼は'80年代の終わりに、SEX依存症と薬物依存で病院に入院した経歴を持っているんだけど、彼自身、HIV/AIDSに感染していなかった、ということで、いろいろ考えただろうな。。と思う。彼自身、エイズ基金を持ってるしね。その前にディオンヌ・ワーウィックとか、あと誰だっけ、あ、スティービー・ワンダーとかと一緒に「That's what friends are for」だったっけ、あれに参加してるんだよね、って知らない人もいるかも知れないけど、この曲って確かディオンヌ・ワーウィックがエイズのためにこの曲の売り上げをエイズ基金に寄付しようって言った曲だったと思うんだけど、わたしは、あの時代、滅多にレコードなんか買う機会なかったんだけど、これは確か買ったんだよな。そのときElton Johnのことなんかよく知らず、だけど、この人の声は好きだったので、それで覚えてるんだけど、その当時のわたしは、スティービー・ワンダーの方が好きだった(笑)

ってなんかつらつら自分の思い出話を書いちゃってるけど、なんかね、思いもしないところで繋がっていくんだなって感じたんだよね。

でも、やっぱりDVDを見ると悲しかった。もう18年も前の話になるのにね。。

ともすると、彼らの「性行動」について、文句を言いたくなる。だけど、それは違う、というもう一方の声もある。彼らの行動ではなく、単に病気が悪いのだ。しかもあのときは何が原因かなんてほとんど分からなかった。AIDSは発症するまでに長い時間がかかるから、なおさらだ。誰が悪いんだろう、誰も悪くない、でもなぜ、、って何かを恨みたくなる。何かを恨んでも仕方ないのにね。

今は、本当に悲しい気持ちだ。長い間持っててもまだ読んでなかったランディ・シルツの「そしてエイズは蔓延した〈上〉」「そしてエイズは蔓延した〈下〉」を読もうかな。
23:18 | (性的少数者)映画のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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