03-28 Sat , 2009
「ディア・ピョンヤン(Dear Pyongyang)」
「在日コリアン映画祭」の2日目、「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」っていうドキュメンタリー映画が上映された。上映後、この作品を撮った監督さんと、大学教授がトークショーをしたんだけど、そのときに同じ題名(ディア・ピョンヤン―家族は離れたらアカンのや)で本が出ている、というのをその監督さんから聞き、帰ってからAmazonで見たら、新刊でも売ってたんだけど、中古で75円で売ってたヤツを買った。だって、今、金ないし。。(^^;

うちに届いた日に一気に読んだ。正直「童貞の教室」より面白かった。まー「童貞の教室」は読む対象が中学生くらいだからかな。あ、ちなみに同じく「よりみちパン!セ」シリーズの「さびしさの授業」(伏見憲明著)も図書館で注文して読んだんだけど。。。全然面白くない本だった(苦笑)印象としては、何かを言うために発表されている映画や本などのあらすじを蕩々と述べている、という感じがした。それだったら、橋本治の「シンデレラボーイ シンデレラガール」の方がどんなに面白いか。いや、実は同じことを同じ例を挙げて(障碍者のこと)述べてるところがあるんだけど、インパクトが全然違う!これってだた、わたしが橋本治が好きだからってのとはちょっと違う感じがするのだけれど。。まぁこれ以上言うのはよそう(笑)

で、話は「ディア・ピョンヤン」に戻すと、これは映画を観てから本を読んだ方が絶対にいい、と思う。映画を観たときは「なぜ、済州島出身の父親が、北朝鮮を『祖国』とあがめるんだろう?」というのがわたしの謎でもあったが、実はこの映画を撮った娘も同じようなことを思っている。でも、この本には幼い頃の父親の話なども載っているのだが、それを読むとある程度納得ができる。戦中から「金日成」という人が抗日運動の闘士だった、ということ。戦後、北朝鮮が日本に住む朝鮮人に対して「在外韓国人である」と見なしたこと、民族の教育のために膨大な金を日本に送金したこと、こういう背景があって、あの当時は北朝鮮という国に「救われた思い」をしていたこと、こういうことがあって、行ったこともない土地に対して「祖国」への感謝や共感を得ていったこと。

しかし、その「祖国」は自分たちが思ったようにはいかなかった。いつしか、「祖国に帰った」自分の息子たちの、あまりにやせ細った写真を見てショックを受け、物資やお金を仕送りするようになったこと。

監督はついに「息子たちを祖国に帰して、自分たちはどうするつもりだったのか」を聞くことは出来なかった。というか、これが当初親の思っていたようにならなかった、というのが本当のことだろう。あの当時は祖国統一までにこんなに時間がかかるはずはないと思われたし、また、北朝鮮が今のようになるとは想像だにさえしなかったことだろう。今や、北朝鮮に渡った身内は、ほとんど「人質」のようにわたしには思われてしまう。子や孫が不自由な思いをしないために、両親はせっせと物資を送る。これは人間の感情として、当たり前のことだ。北朝鮮に住む家族は、脱北するしか北朝鮮から離れるすべはないのだ。そして、自分らの行動が、もしかしたら北朝鮮に住む家族に何かの影響を及ぼす可能性がある、と分かっているから、もし仮に心の底では「しまった」と後悔していようが、表面上は「将軍さまのおかげ」と褒め称えなければならない。あ、ホントのところは分からないよ、わたしには。もしかしたら今も本気でそう思っているかも知れないし。しかし、本気だろうがウソだろうが、もう取らねばならない態度は一つしかないのだ。

しかし、この本には映画では全く触れてなかった監督自身の結婚と離婚、そして朝鮮学校のことなどが書いてあって、面白かった。ただ、この監督、わたしより歳が4つ上なのね。トークショーで見たときは、絶対にわたしより年下だと思ってた。けど、この本読んでびっくり。なので、この監督が通っていたときの朝鮮学校と今の朝鮮学校はだいぶ違うと思うけれど、でも、ああ、こんな世界だったのか、と思う。朝鮮大学校文学部を卒業したら、必ず朝鮮学校の国語の先生になることが確約され、本人の希望なしで配属が勝手に決められる。そこで「No」というと、別の人が入ることになり、次々に他の人にまで影響が及んでしまうため、「No」とは言えない。朝鮮学校の先生になったら、朝鮮大学校へ何人送り込むかのノルマが課せられ、成績優秀なものは、たとえ本人が日本の大学進学を望もうと朝鮮大学校への進学を勧める、優秀な人材を残すために。実際、今はどうだかは知らないが、この監督が学校に通っていた頃は、そのようなものだったらしい。

大学なのに全寮制で門限は8時。その当時、この監督は演劇がやりたくて、そして演劇を見たいので、毎日のように外出許可をもらわなければならない。最初の1年目は大変だったそうだが、2年目になると判子を押す人も「今日は何の劇?」」って聞くようになってきたというので、やはり、出過ぎた杭は打たれない、ということか。その代わり大学では「変人」扱いされていたようだが。

トークショーの時に聴いたが、ピョンヤンでの撮影は、表向きは「家族のビデオを撮るため」で、映画にすることは一切伏せていたという。北朝鮮の報道陣への規制は厳しいらしいが、家族としてならば、何ヶ所か取ってはいけないところもあるものの、基本的には自由だそうだ。そして、何十本とビデオテープを持ち込んでもそれがダメだと言われたことはなく。ただし、出国の際は、撮ったビデオをぜーんぶ当局にチェックされるのだという。

何年間かに渡って撮影して映画として公表したが、これによって北朝鮮が何をするということはなかったが、どうもこの本を出してから、監督は北朝鮮への入国できなくなったらしい、と言っていた。なので、今は親にも会えない、と。日本に住んでる親にも会えないなんて、この日本で北朝鮮当局の人間が、マークする人物に対していちいちチェック入れてるのかな??と思うが、どうなんだろう?

確かにこの本は、朝鮮学校や北朝鮮(ピョンヤン)の実態、は書いてあると思うが、特に体制批判しているわけでもないし、自分の親兄弟、そして自分のことについて書いてあるだけなのに、と思う。まぁ、本当のことを書かれると困るんだろうけどね、北朝鮮当局としては。水が朝の時間の2時間しか出ないとか、停電はしょっちゅう起こるとか。いいチマ・チョゴリの生地は実は「韓国製」だとか(笑)

しかし、わたしはこの本を読んで、一層映画の中に出て来たお父さん、お母さんの気持ちの理解が深まったと思ってるし、また、日本の中でこのような思いをしている在日の人がたくさんいるんだろうなと思うと、胸が痛くなる。そして、今はまだ、親が仕送りなどをしているが、これは将来、日本に住む子どもに引き継がれるはずだ。しかし、これから何代も何代もそういうことが続くことがないよう、なにか手立てはないのだろうか、と思ったりする。

北朝鮮というと、拉致問題や、核問題、ミサイル問題など、本当に問題山積、という感じなのだが。。そこに住んでいる人たちはごく一部の人を除いては、わたしと同じ一市民に過ぎないと思う。だからこそ、つらいし問題は複雑だ。

ベルリンの壁が打ち壊されたときのように、どうにかならないのかなあ~。。
なんて。自分ではどうしようもないからね、考えたってどうしようもないんだけど。
わたしとしては、今、わたしと近いところでこのような事実がある、ということを認識するしかないんだよね。。
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