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03-21 Sat , 2009
「海を渡る友情」を観て
今日ももう終わってしまった「在日コリアン映画祭」の話ね。昨日、3日間分、まとめて書いたつもりだったんだけど、その中に2日目にやった「北朝鮮帰国事業」のことにほとんど触れなかったので。ただ「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」も2日目にやった映画で、帰国事業と全く関係ないってわけではなかったんだけど。

「Dear Pyongyang」の前にやった「海を渡る友情」という、これは'59年に制作された東映映画だそうだ。なんと16ミリ映写機を使って、上映する、しかももう50年前のフィルムなので、もしかしたら途中で切れてしまうかも知れない、しかもこの前に上映したのがなんと5年前、という、なんか聞くだけでも「なに、それ?」って思うような年代物の作品だったんだけどさ。これがまた、今の感覚で観ると、とても奇妙な内容なのよ。

小学5年の、まだ自分の父親が朝鮮人と知らない(母親は日本人)子どもが、学校で、同じクラスの朝鮮人の子ども(さいくん:もしかしたら漢字は崔?)をいじめたりしてるんだけど、その子の家はラーメン屋(というか中華料理)なのね。で、あるとき父親の友人が尋ねてきて「自分は北朝鮮に帰ろうと思うんだけど、お前も一緒に帰らないか」って誘うの。「お前とはこの日本に一緒に来て一緒に苦労したから、北朝鮮にも一緒に帰ろう」って。父親は「確かに自分が朝鮮人であることがばれて、それで何回も仕事を変えなければならなかったけど、今は店持って安定してるし。。」と言って悩むのね。で、その妻は日本人だからさ「北朝鮮なんか、全然知らないところに行くのはイヤだ」って言うの。

子どもにはそういうところは一切見せないで、ちょうどそこに子どもが学校から帰ってきたところだったんだけど、無理矢理金渡して「外で遊んできなさい!」とか言ってね。

どうもその子どもは母親の方の籍に入っているから「みやもと」って名字を名乗ってるんだけど、それゆえ、その子どもは自分の父親が日本人じゃないってことを知らないわけ。

で、いじめまくってた朝鮮人の子どもが、いなくなったと思ったら、朝鮮学校に通っていることが分かって、元の小学校に手紙を出すの。その中に「ぼくは朝鮮人であることが恥ずかしくなくなりました」とか書いてあるのね。で、それを読んだ先生が「この手紙について、何がよかったか聞きましょう」とか生徒に質問するんだけど、ここでよくありがちな勉強もできて活発そうな女子(女の子ってより女子だ(笑))が「さいくんは、朝鮮学校に行って、朝鮮人であることが恥ずかしくなくなっていいと思います!」とか、超優等生発言、みたいな感じで答えたりするんだけど、これって、今の感覚で観るととても変なのよね。

果たして、いじめられていた朝鮮人の子どもが、朝鮮学校に行くことが一番なのか?日本人の先生は、朝鮮人の子どもがいじめられているのを知っていても「いじめてはいけない」って一言も言わなくて、逆に彼が朝鮮学校に行ってよかった、って思ってる。小学校は「みんな仲良く」じゃないのか???とかね。

で、みやもとくんのお父さんは、あれはなんなんだろうなー。多分、あの時代、小学校の講堂とか体育館とかあとは公民館なんかを借りて「北朝鮮に帰る人たち」の映像とか、「北朝鮮に行くとこんないいことがある」とかそういうの、ばしばし宣伝してたんじゃないかと思うんだけど、そこに行って、そういう映像を観て「北朝鮮に行こう」って決意するわけ。

その当時、南(韓国)は軍事独裁政権で怖くて、北朝鮮は「楽園」というイメージだったらしい。今はまるっきり反対になってしまっているけど。

そんでみやもとくんのお父さんは「北朝鮮に行く」って行って、その妻は「行くのはイヤだ。富山の実家に帰らせてもらいます」って言って、スーツケースに着物を入れたりしてるところに、学校から子どもが帰ってくるの。何も知らない子どもは「お母さん、どうしたの?」とか言うんだけど、そこでお父さんが子どもに「幸夫(子どもの名前)、お父さんはな、朝鮮人なんだ」ってカミングアウトしちゃうのね。お母さんは「あなた、言わないで」ってその前に止めるし、言ったあと、実は店の従業員の顔が映ってね、「えっ」って顔してるの。もちろん子どもは一番ショックを受けて「お父さんなんか嫌いだ!」って言って、家を飛び出すんだけど。。

なかなか帰ってこない子どもを捜すために、学校の先生とかクラスの子にも事情を話して、一緒に探すのね。当の本人は、電車に飛び込もうとしたけどできなかったり、あと、商店街をぶらぶらしてるところを知り合いのおばさんに発見されて、家まで一緒に帰ってくるんだけど。。そこに先生とか同級生がいて、すべて事情を知ってて、なんとかかんとか言われるのね。あの超優等生の女子もいて、率先してなんか励ましてるんだけど。。こういう子ども、わたしきら~い(爆)

で、なんと言うことがすごい。学校の先生が「みやもとくんは朝鮮人なんだから、朝鮮学校に行った方がいい」とか平気で言うんだよ。それはまるで日本の学校に朝鮮人がいたらいけないような物言いじゃない?つい、昨日までは日本人だと思ってたから、日本の学校に通っていた。けど、朝鮮人と分かった今は、その全てを捨てて朝鮮人の学校に行け、なんてさ、今の感覚で言うと「すげーひでー」と思うじゃない?でもそれが当たり前の世界なの。。

結局、こういう一件があったり、あと、お母さんがなぜか知らんが「わたしもお父さんに付いて北朝鮮に行くわ!」ってことになって。。その子どもは「もうすぐ帰国するから」ってことで、帰る前まで朝鮮学校に転校するの。で、転校したときの紹介された名前は何故か「李幸夫」になってて、、えー、だって、母親の戸籍に入ってるんじゃないの?とか、なんか話が急転しすぎて、わたしは目が白黒なってしまった。

で、朝鮮学校でまた同じクラスになった過去にいじめてた崔くんと一緒に、前に通ってた日本人の学校のクラス宛てに「今度、帰国することになって、その送別会が朝鮮学校でやるので、みんな来て下さい」って招待状を出すのね。

そこでその送別会に日本の学校の元クラスメイトが行くんだけど。あー、そこんとこどうだったのか、イマイチはっきりは覚えてないんだけど、「今度、この学校から4人の人が北朝鮮に帰国することになりました」って言われてね。その中にみやもと、いや李くんとか崔くんがいるんだけど。そこの場面、あんまり覚えてないんだけど、多分、この映画で一番描きたかったんだと思うよ、日本人の学校の生徒が朝鮮学校に行って、そして2つの民族、仲良くしましょう、なんてさ。だいたいそんな趣旨で作られてたと思う。こういう重要なところをほとんど覚えてないってのは、多分、わたしがそういう「みせかけ」の「作られた」「表面だけお互い理解しているような嘘くさい雰囲気」がとても気持ち悪かったからだと思う。

そして北朝鮮に帰ると言う日、幸夫は日本の学校に行って、グラウンドで高鉄棒でぐるぐるしながら、このグラウンドでみんなとドッヂボールしたことや、いろんなことを思い出すんだよね。で、自分のそばからいなくなったということに気が付いた母親が、いろんなところを探し回った挙げ句、小学校のグラウンドでグルグルしてる子どもを見つけるのね。

ってところで、フィルムがおかしくなって、一生懸命直そうと努力されたみたいだけど、結局時間ばかり食うってことで、あと3分か5分のところだったらしいんだけど、それで終わってしまった(苦笑)結局どうなったかは、その話を知っている人から口頭で説明があったけど、母親に発見されて素直に一緒に品川までバスに乗り、品川から専用の列車で新潟港に向かうシーン、で、最後に鳩が飛ぶんだっけ、なんかそんなことを言ってた記憶が。

なんかさぁ、50年前ってこんな感覚だったのかな、と。まぁ、50年前も今も日本政府の考えは同じだと思った。実際、その当時、生活保護を受ける朝鮮人の比率が高かったため、日本政府としてはどうにかして、彼らを北朝鮮に送り込みたかったらしい。あ、ただし日本と北朝鮮は国交がないため、赤十字が主体となってやった事業だと聞いた。

で、あとのトークショーで法政大の先生が解説してたけど、この当時は前にも書いたけど「南は軍事独裁政権で、なんの情報も伝わってこず、暗黒の国、というイメージがあり、しかし、北は南よりずっと進んでいる国で、夢の楽園とも言われていた」んだという。で、わたしも疑問に感じた「同じ学校で仲良くしなさい」という感覚はなかったそうだ。その当時の誰も。左翼すら「朝鮮人は北に戻った方がいい」と考えていて、帰国事業に賛同していたらしい。あ、あと在日の出身地はその何パーセントって言ってたかな、90%かもうちょっと多かったくらいのイメージなんだけど、それは昨日も書いたけど、現在の韓国なんだよ。誰も北朝鮮が故郷の人はいなかった。だけど、その当時「社会主義の方がインテリ」っぽいイメージを持たれたので、北朝鮮については、日本でも好意的に見られていたそうだ。

今からするとちょっと考えられないけど、50年の歳月って、物事をまるっきり逆のイメージに変える力があるんだなあ、、って感じた。

しかし、確かにそういう事実があった、としても、この映画は今のわたしの感覚からすると、突拍子もない、すんごい変な映画なのよ。「海を渡る友情」という題だけれど、一体、そのときに考えられてた「友情」って何?ってね。結局日本人は在日の人を受け入れられなくて、お払い箱みたいにして他の土地に行かせた、ってことじゃん。そこには「一緒に暮らす」という概念が全くなくて、すごくびっくりした。結局は、日本政府を初め、日本人も「日本には日本人以外住むな」と考えているんだろう。昔も今もね。だって今でもネット上では、在日の人に対して「在日は朝鮮に帰れ」って馬鹿みたいに言われてるんだよ。どうしてそう、排他的な考えを持てるのか、わたしはすごく不思議だ。彼らがもし、日本からいなくなれば、それがどうしたっていうのだろう?彼らが日本からいなくなることによるメリットがなにかあるとでも言うのだろうか。わたしは「在日は朝鮮に帰れ」というのは、弱いものいじめとしか思えないんだよね。ま、実際、弱いものいじめなんだけどさ。昨日も朝鮮学校にひどい電話がかかってくるって書いたけど、なんで弱いところに向かうのか、その気持ちがわたしには分からない。

日本の社会構造が悪いのは、自分たちを含めた日本人で、それを変えるために訴えるべきところは政治家や国なのだ。日本人だったら選挙権あるだろ。その選挙権を行使することこそが、日本を変える一歩になるのだ。それをなんだ、憂さ晴らしできればそれでいい、みたいに弱いものいじめをしてさ。弱いものいじめをしても世の中変わるわけがない。逆に為政者にとっては、自分のことから目が逸らされて好都合だろう。なぜそのことが分からないのか。意見するなら、弱いものを脅迫するんじゃなくて、強いものに対して立ち向かっていけよ!!そっちの方がよっぽど建設的でカッコイイと思う。

って、だんだん、別のところで怒りが湧いて来ちゃったんだけど(苦笑)

いや、ホントはわたし、こういうこと書きたかったんじゃなくてね(笑)、ホントは昨日も書いた「なんで全く知らない北朝鮮が『祖国』と思えるのか?」が疑問なんだよねぇ~。そりゃ、北のプロパガンダに載せられた、というのも理由の一つだろうけれど。。

例えばね、ここで自分のことについて考えてみる。わたしは生まれはまぁ、母親の実家だけれど、父親は就職のために東京に出て来てて、母と結婚した後ももちろん、ずっと東京で暮らしてた。そこにわたしと妹が生まれるんだけど。だから、言うなれば、わたしの故郷は「東京」だ。だけどね、父母の出身地は、それまで先祖代々住んでいたところで、父にとっても母にとっても出身地が自分の親が住む故郷であり、そして先祖代々からずっと住んでいる、と言うことになる。わたしは盆と正月しか、その場所には行かなかったけれど。そして、親が実家に戻ったときに「東京はおまえらの故郷ではない。親がいるところが故郷だ」と言われ「そんな、住んだこともない土地のことを故郷なんて言えるか!!」とわたしはすごく反発した。

だけどね、最近、思うのよ。あー、わたしの故郷って東京じゃないのかな、と。先祖代々住んでたところが故郷とも考えられるのかな、と。故郷との絆って、そういうものなのかな、と。なんせ、わたしの身体の中には「東京人」の血は流れてないんだから(苦笑)だからと言ってそこに住みたい、とは思わない。老後に行きたいとも思わない。だけど、なんというのかな、両親とか親戚とか、今住んでる人のことじゃなく、先祖代々ってところで、わたしはその場所に親近感が湧くのね。

同じ日本の中でも、わたし自身、こういうストーリーを持ってる。

それを無理矢理「在日」に当てはめてみると、分かるんだよ。彼らは今、日本に暮らしていて、日本以外に住みたくはないと思っているものの、自分の先祖の出身は韓国にある、だからその場所に親近感や愛着がある、たとえ一回も行ったことがない土地だとしても、ってね。自分の場合と当てはめることによって、なんとなく理解できる気がする。

ただ、やっぱ理解できないのは、先祖代々の土地でもないはずのところを「祖国」と思う気持ちね。これは自分の経験と当てはめようがない。例えば、わたしはアメリカに一回も行ったことがないけど、もちろん、アメリカが自分の祖国だ、なんて思えない。まー、普通の感覚で言うとそうだよね。でも、そうじゃないってことは、そこにわたしが経験したことがない、そして想像も付かない何かがあるってことなんだよ。「何かがある」ということまでは分かる。が、その「何」がわたしには分からない。それは「思想」だったり、あるいはもしかしたら「洗脳」だったりするのかも知れない。今、わたしが思いつくのは、こういうきな臭いものしかないのだが。これもその時代を生きてこなければ分からない、何かがあるのだろう。。おそらくわたしは死ぬまでこの感覚は分からないだろうな、と思っている。

「ふるさとは遠きにありて思うもの」でいいじゃないか、と思う。日本人に対して、東京出身者しか東京にいちゃいけない、とは誰も言わないだろう。田舎もんはみんな自分の田舎に帰れ、とは誰も言わないだろう。在日の場合もそれと全く同じだと思う。彼らにとっての故郷は、日本じゃないと思っている人もたくさんいると思う。でも日本に住んでいる。それでいいじゃん。東京で生まれ育ったものも、田舎から出て来て今、東京に住んでいる日本人も、在日の人も、在日以外の在日外国人もいろいろなルーツがあって、縁あって同じ東京(別に東京じゃなくてもいいけど。わたしが暮らしてるのが東京なんで)で暮らしてる。それでいいじゃん。

といっても、もちろん、小学校みたいに「みんな仲良くしましょう」なんて言わないけどさ(笑)でもそれでいいじゃん?
22:05 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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